TIPS 幼稚園にて ~俺と妹~ 後編
タサイと少女は幼稚園前の公園に来ていた。
近くのベンチには30代ぐらいの女性が腰を下ろして二人を見ている。
「もう、本当に連れ出してきちゃうなんて……」
「お母さんは静かにしてるのだ! いまはあたしと姉ちゃんが話してるんだから!!」
「はい、はい」
お母さんと呼ばれた女性は肩を竦めて、口をつぐんだ。
少女はタサイの顔を覗き込んで訊いた。
「姉ちゃん、大丈夫か? ケガとかないか?」
「うん」
タサイはモタモタとうなずく。
少女はにこっと笑って、タサイの頬をぷにぷにとつついて言った。
「よかったのだ。姉ちゃんはすっごく可愛いから、心配だったのだ」
「可愛いと、虐められるのか?」
「だって、あたし達がいじめられるのは、可愛いからって……」
顔を曇らせる少女の頭にタサイはぽんと手を乗せ、砂場を指差した。
「……遊ぼう。砂のお城作るの、好きだろ?」
少女は顔をほころばせて、「うん!」と大きくうなずいた。
二人が砂場へ向かうのを見ていた母親は、ふと公園の入り口で教諭が読んでいるのに気付いた。
母親はタサイ達が砂遊びを始めたのを確認し、教諭の元へ向かった。
タサイは砂場に着くなり、「あっ」と声を上げて立ち尽くした。
「どうしたのだ?」
少女が訊くと、タサイは申し訳なさそうに俯いて言った。
「……ごめん。スコップとバケツ、ない」
「そんなの大丈夫なのだ! あたしのハンドマジックなら、スコップなんてなくてもお城の一つや二つ、余裕で作れるんだぞ!」
そう言ってカーディガンを腕まくりし、砂場の砂を手ですくって積み上げ始める。
ふっと頬を緩めたタサイは、シャツをまくって少女の手伝いをする。
途中で水道まで行き、水を手で運び、砂にかけて固めていく。
最初は山状だった砂は、幼子が作ったにしては上出来な形になってくる。
「もう少しで完成なのだ!」
そう少女が声を上げた時。
「おい」
テノールの声が、少女の背にかけられた。
タサイと少女が見やると、そこにはでっぷり太った男児がいた。
手には玩具がいっぱいのバケツを持っている。
「オマエ等、そこどけよ」
少女がぴくっと眉間に皺を寄せて振り返る。
「なんでなのだ?」
「オレ様が使うからだよ」
横暴な男児に、少女が我慢ならず怒声を上げる。
「あたし達が先に遊んでたのだ!」
「ふんっ、スコップも持ってない『しょーしみん』がえらそーに」
「スコップを持ってないだけで、砂場で遊ぶ権利を剥奪されるいわれはないのだ!」
「……けんり? はくだつ? いわれ……?」
己が辞書にない言葉のオンパレードに男児の頭がパンクしかける。
少女は勢いそのままに畳みかける。
「それにここは公共の施設なのだ。誰もが自由に平等に使うことができるはずなのだ」
「え、ええいっ、わからねえことをごちゃごちゃと! ここはこの黄金のスコップを持つオレ様の、わかさまんぺい様のものなんだよ!」
と言って、『わかさ』と書かれたシールのついた、やたらキラキラ光るスコップを見せつけてきた。
少女はそれをふんと鼻で笑う。
「趣味が悪いのだ」
「ふっ、これは『こーき』なる者にしかわらかぬ『ごーじゃす』なスコップなのだ。王たるオレのか、ろ、か……ろっかんにひれ伏すがいい」
「……もしかして、貫禄って言いたかったのだ?」
「そうだ、貫禄だっ!」
「なんというか……バカすぎて話にならないのだ」
その一言に、わかさの顔がみるみる赤くなっていく。
「クッソ―、生意気なヤツめ! これでも食らえッ!!」
わかさは砂場の砂をスコップですくい、少女――ではなく、もくもくと城を作っていたタサイにぶっかけた。
「あ、ね、姉ちゃんっ!」
少女が悲鳴を上げたが、タサイはまったく反応せずになお城作りに励んでる。
わかさがゲラゲラと笑い出した。
「ははっ、ハヒャヒャヒャ! 砂かけられても気付かないとかー!! ソイツホントに生きてんのかよ!?」
「ね、姉ちゃんによくも、よくもっ……!!」
顔を真っ赤にする少女に、ニヤニヤ笑いのわかさが訊く
「なあ、さっきから姉ちゃん姉ちゃんってなんだよ? ソイツ、男じゃん」
「姉ちゃんは姉ちゃんなのだ!」
「はあ? ソイツの着てる服、そこの幼稚園のじゃねーか。ズボンは男が穿いてるだろ」
「だからっ、姉ちゃんは姉ちゃんなのだッ!」
「意味わかんねーんだよっ、オラッ!」
わかさはスコップですくった砂を少女の顔目掛けてかけた。
少女は慌てて顔を庇ったが、もろに砂がかかってしまう。
「ちょっ、何するのだ!?」
「ヒャハハ、王たるオレ様に逆らった罰だ! ヒャハヒャハッ……ハ?」
わかさのスコップを握った手を、何者かがつかむ。
「誰だよ、……っ!?」
見やったわかさは瞠目し、言葉を失う。
手の主はタサイだった。
驚いたのは、意外な人物だったから、だけではない。
真に彼を驚嘆させたのは能面の鬼神のごとく、憤怒を露わにしたその面だった。
「……俺の妹に、手を出すな」
握力はさほど強くはない。しかしタサイの放つただならぬ気迫が、わかさの心身共に震え上がらせる。
「あっ、あ……ウワァアアアアアーッ!!」
わかさは手を振りほどき、玩具を投げ捨てて逃げ出した。
タサイはヤツが園外へ出て行くのを横目で確認した後、少女の方を見やった。
「大丈夫だったか?」
「ねっ、ね、ね……うっ、うう――ぁああっ!」
少女はタサイの胸に飛び込み、声を上げて泣いた。
タサイはそんな少女の頭や肩についた砂をぽんぽんと払ってやり、それから頭を優しく撫でた。
「ありがとう。俺のために、怒ってくれて」
「うっ、ううっ、あ、あた、あだじ、あだじごぞ、うっ、ぐず……」
「……うん、どういたしまして」
少女はぎゅっとタサイを抱きしめて、泣き続けた。
遠くから大人が二人、声を上げて走ってくる音が聞こえる。
タサイはそれでも構わず、少女のことをぎゅっと抱きしめ返した。
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【次回予告!】
夢咲「徹夜明けで起きてきた生流サン。果たしてその原因とは?
そして密かに抱いていた悩みとは――?
次回、『TIPS ゲーム実況者として応えるということ』」
生流「……本編でやれよってぐらいの真面目さだな」
夢咲「TIPSも正史には入りマスノデ……」




