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TIPS 幼稚園にて ~俺と妹~ 前編

「みんな、先生の前をしてね。お歌も一緒に歌ってくれると嬉しいなあ」

「「「はーい!」」」

 少し年の行った女性の教諭きょうゆが、園児達に手遊び歌を教えている。

 集まっている園児のほとんどが女の子だが、その中に一人だけ男子が混じっている。

 ここの幼稚園は男子用制服はチェックのブレザー、とズボン、女子用は同じデザインのブレザーにスカートの組み合わせゆえに、性別が一目でわかるようになっている。今のところ、男女の制服は固定されていて例外が認められた前例はない。


 その男子はぼんやりしていそうな雰囲気を漂わせている。頭に林檎を乗っけても気付かなそうなぐらい。


 彼は現状に羞恥しゅうち心も過度な喜びを感じている気配もない。ただ周囲の女の子と同じく、教諭の発言と所作に期待と好奇心を抱いているだけ。場の空気に自然と溶け込んでいた。

 周囲の女の子達も、その男子に対して嫌悪感などを抱いてはいないようだ。手や腕が触れ合っても特に大きなリアクションは取らない。いないものとして扱われているわけではなく、女子の一人が「楽しみだね、タサイくん」と声をかけていた。タサイはゆっくりとした動作でうなずいた。


 その様子を目を細めて見ていた教諭は、「じゃあ始めるよ」とみんなに声をかけた。

 女の子たちの視線が集まったのを確認してから、彼女は大きく手振りをつけて、優しい声音で歌を歌いだす。

「コンパクト」

 女の子達とタサイは、声をそろえて繰り返す。


「口紅塗って、アイシャドウつけて、ファンデーション塗ったら、つけマツゲ」

 女の子達は各々(おのおの)はしゃいだり気恥ずかしそうにしながら、教諭の真似をする。

 タサイはちょっと遅れがちではあるが、教諭の動きにならって手を動かしていく。その顔は相変わらずぽけっとしたものではあるが、お化粧したようにほんのり頬に赤みが差していた。


 歌は終わりに差し掛かる。

「きれいになったでしょ、ウッフン」

 最後の『ウッフン』の部分だけは、みんな思い思いのポーズを取っていた。

 ピースサインを作って片足を上げている子もいれば、頬に握りこぶしを当てている子、うさぎの耳を手で再現している子……。

 タサイはと言えば、まるでお祈りでもするように、胸の前できゅっと手を重ねていた。


 歌が終わってすぐ、輪の外から男の子がやってくる。


 彼等はタサイを取り囲んで、あざ笑いながらはやし立てる。

「やーい、男のクセに女の遊びしてやんのー」

「オカマ、オカマー!」


 タサイはまた元のぽけっとした顔で男の子を見回している。まるでそこにいる者を理解できないような顔で。

 教諭が諭すような声音で「コラ、やめなさい」としかると、男の子達は「だってコイツ変なんだもん」「男なのに、女みたいなことしてるし」と口々に言った。

 すかさず女の子達は「いいじゃない別に、男の子が女の子の遊びをしても!「そうよそうよ、『ダンジョビョウドウ』よ!」と反論。

 場はどんどん荒れていく。


 教諭はその様子を眺めながら考えた。

 子供達のケンカは、後々(のちのち)の成長に繋がる。

 互いに本音をぶつけ合うことで、相手の考えを知り、何を言ったら傷つき、どんなことを言われたらイヤな思いをするのか――、それを幼い頃に知るいい機会だ。

 自分の仕事は、その経験を彼等のかてにする手伝いだ。

 自分がされてイヤなことは、相手にしない。相手を傷つけることは、口にしない。そういう当たり前の気遣いをできるような子に、なってほしい。


 問題はどのタイミングで口を挟むかだが――と教諭が思案しかけた時。


姉ちゃん・・・・をっ、いじめるなぁあああああッ!!」


 幼い少女の怒声が、遠くから響いてきた。

 場にいた全員が驚きを露わに声の方を見やる。


 そこには園児よりも幼い少女が仁王におう立ちし、肩をいからせていた。

 手はワンピースをぎゅっと握り、精一杯の勇気を振り絞っているのだな――と教諭だけが気付いた。


 男の子の一人が仲間の一人に訊く。

「……だ、誰だ、アイツ?」

「タサイの妹だよ、ほら、えっと確か……なんて言ったっけ」


 と話している間にも少女は土足のままずかずかと外から部屋に入ってきて、タサイの手を握って強めの口調で言った。


「ほらっ、行こう、姉ちゃん!」

「え、で、でも……」

「こんなところといたら、姉ちゃんがいじめられちゃうもん。ほらっ、行こっ!」

 タサイは少女に手を引かれたまま、そのまま部屋の外へ連れ出されていく。


 誰もが呆気あっけに取られていて、二人を止める者はいなかった。


「……あのー、すごい声がしたんですけど。何があったんですか?」

 廊下から顔を覗かせた、若い女性の副教諭――20代前半か、中盤ぐらいか――に、教諭は手短に用件を伝える。

草土そうどさん、悪いんだけどこの子達のお世話と床の掃除をお願いできる?」

 少女の残した土足の跡を見やった草土は「あ、はい、ただいま」と部屋の奥にあるウォーター・クローゼットへと向かおうとした。

「わたしはちょっと出てくるわ」

「あれ、どこに?」

「タサイくんと、その妹さんのところ」

「……はあ、妹さん?」

 草土は首を傾げたが、それ以上は何も言わずにWCへと歩いていった。


 教諭は下駄箱からサンダルを取り出し、外へ駆けだした。

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