5章EX かつての仲間と、プロゲーマー時代の己が土俵で対決する その6
なぜTPSでは先に動いた方が負けるのか?
想像してみてほしい。
1・突っ立ったまま動くものを撃つ
2・走りながら静止したものを撃つ
どちらが難しいか。
前者はどうにか落ち着いて射撃に臨める余地がある。だが後者は二つのこと――撃つ、走る、躱すと気持ち的にはさらに一つ追加して、三つのこと――を同時に行う必要性に迫られる。マルチタスクが実は効率が悪いことはすでに科学的に証明されている。
かつての日本には馬上から弓を射る特殊な戦闘訓練があったほどだ。視界がぶれるとエイムが合わなくなるのは自明の理と言える。
それでもなお疑念の晴れぬ人は小学校や中学校の社会科の教科書の、日本史関連の部分を読み直すことをお勧めする。平安や戦国など古き日本の戦場を描いた絵。その中で、遠距離武器――火縄銃にしても、長弓にしても――を用いている者達のほとんどが、しゃがむなり体幹がぶれぬように脚を肩幅ほどに広げて立って、身体をしっかり支える姿勢で射を行っているはずである。
さて、今から俺がせねばならないのは相手の弾を避けつつエリア収縮から逃れるべく前進して、さらに乙乙乙のキャラに弾丸をブチ当てることだ。まとめるとジグザグ走行をしつつの射撃。
せめてエイムがブレブレの初心者が相手なら、当たるなとお祈りしながら立ち留まって撃つこともできよう。エリア収縮前に決着をつけることもできる。
だが相手はプロゲーマーだ。乙乙乙程ではないにせよ、アマチュアよりも断然エイム力がある。多少の回避行動もしてくるだろう。真正面から突っ込んだら、おそらく負ける。
代替案として、ひとまずは移動に専念することにして、遮蔽物から遮蔽物へ移るというものがある。しかし都合が悪いことに、周囲に適当な遮蔽物が俺の隠れている岩以外には存在しない。
このうえ、まだこちらが不利だという根拠がある。
それは向こうが後出しじゃんけんをできるということだ。
相手は木の裏に隠れている。その中心部に隠れていれば、左右どちらへも数歩で出ることができるだろう。時間にして1秒弱。つまり相手はこちらの居場所を知ったうえで出てこれるが、こちらは木の左右どちらから出てくるかわからない。右だと予測して銃口を向けたにもかかわらず、左から現れて一方的に撃たれる可能性もあるということだ。
もはや状況は絶望的。白旗を上げてしまいたいところだが、それは元プロゲーマーとしての意地が許さない。
かといって策はない。
どうしたものかと頭を抱えたその時。
「……ワット・アー・ユー・ドゥーイング?」
ギョッと肩を跳ねさせて振り返ると、そこには額に怒りマークを浮かべて仁王立ちしている夢咲がいた。
「なっ、なっ、なぜにお前がここに!?」
「調子はどうかと見に来たんデスヨ、そろそろ編集をしているかもう終わっている頃合いだと思って。なのにTPSで遊んでるなんて……」
「す、少しやったら、やめるつもりだったんだよ。本当だ。だけどなんか思いのほか、夢中になっちゃってさ」
「小学生みたいな言い訳、乙デス」
「乙といえば、今『エデン』の頃の仲間と戦ってるんだ」
「『エデン』って、生流サンが所属してたプロゲーマーの?」
上手いこと夢咲の関心が逸れてくれた。俺はうなずいて、早口で説明する。
「そうだ。どうだ、すごいだろ?」
「えっ……ええ、まあ、すごく」
通信環境が悪い状態で発生するラグの影響を受けたようなうなずき方の夢咲。
調子づいた俺は画面に目を戻し、声のトーンを上げて続ける。
「佳代に乙乙乙って、二人もいてさ。こりゃいい試合になるだろうし、実況動画としても使えるかなって」
「……とても実況してるようには見えマセンデシタケド?」
疑念に満ちた声で問いかけられたが、すかさず弁解を入れる。
「最初はしてたんだよ。だけど試合が白熱して、ついムキになっちゃってさ」
「実況者ならいついかなる時も撮れ高を気にしてプレイしてほしいんデスガ?」
「撮れ高?」
夢咲は「はあ」と赤点の答案用紙を渡す時の教師みたいなため息を吐いた。
「撮れ高っていうのは、動画に使用できそうな面白い映像のことデスヨ」
「へえ。まあ、そういうシーンもあるんじゃないか? ゲーム音声と生声は別々に録ってるんだし、実況は後付けすればいいわけだし」
「……後付けって、意外と大変なんデスヨ。プレイ映像に合わせてしゃべるのは通常の実況とはまた違ったスキルを要しマスシ」
「とりあえず今は、目の前の敵を倒すことに専念するよ」
カウントダウンは残り5秒。0になってから2秒弱で岩から出なければエリア収縮に飲み込まれる。
ちょうどその時、空が晴れて辺りが明るくなった。いやまあ、試合にはまったく影響がないことだが。
ふと夢咲が「んっ?」と声を上げた。
「あれ、なんデショウ?」
夢咲が指差したのは、佳代が隠れている木の上。そこの左側に光るものがある。スコープ越しに見やると、パイナップルもとい手榴弾であることがわかった。
その時、頭に一つの策が浮かんだ。
「……一か八か、やってみる価値はあるか」
「え? 今、そんなマズい状況なんデスカ?」
「後で説明してやるよ」
俺は岩場の影から躍り出て、目的の木へと突っ込んで行く。
「確率1/2一――それを引き当てれば、俺の勝ちだ」
俺はADS|(スコープを覗き込むこと)しながら、手榴弾のひっかかる枝に照準を合わせて引き金を引いた。
ちょうど折よく、その真下に佳代のキャラが姿を現す。
「よしっ、アイ・ウィン・ベット!」
「……ああ、『I won the bet!』デスネ」
夢咲が何かを言っていたが、無視する。
相手が銃を構える直前、放った弾丸が枝をへし折る。
その枝が支えを失い、手榴弾を取りこぼす。ピンを煌めかせて落下。
「――予測できぬ行動をするヤツを相手にするなら、法則に従う事象を利用すればいい」
言いつつ俺は二発目の弾丸を放つ。
「悪いが佳代。俺はこの戦況を挽回――いや、卍回させてもらう」
弾道がはっきりと見える。鉛玉は吸いこまれるように手榴弾へ真っ直ぐ突き刺さる。
「お前の敗因は約400年前、ニュートン先生が重力を発見したことだ」
手榴弾、銃弾が一直線に重なる。やや横に、佳代のキャラの頭。
銃弾は頭を貫かない。しかし命は刈り取る。
「林檎かパイナップル、好きな方を恨みな」
手榴弾が爆発する。
それは敵の頭を吹き飛ばし――はしない。ただ血を撒き散らして倒れるという、マイルドな表現で決着がついた。
「……あれ、銃弾って爆発しマシタッケ?」
夢咲は対戦相手の心を代弁したかのようなことを口にして、首を傾げた。
俺はゆっくりかぶりを振って、肩を竦めた。
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【次回予告!】
ハルネ「真実はいつも一つ、だよ!」
真古都「なんや金持ちの坊ちゃんみたいな格好して」
ハルネ「ふっふっふー。今のハルネは灰色の脳細胞を持ってるからね。どんな謎もあっという間に解き明かしちゃうよ」
真古都「そか。じゃあ昨日、うちが買っといたプリンがなくなってたんやけど、誰が犯人か教えてくれへん?」
ハルネ「えっ!? えーっと……。小人たま?」
真古都「あんさんは探偵やのうて作家を目指した方がええで」
ハルネ「じっ、次回、『5章After 灰色の脳の声を聞け』 だよ!」
真古都「犯人は現場に戻る、ここは台所や。おまけにハルネはんが口につけてるんは……」
ハルネ「あ、あばよ真古都おねぇたまーっ!」




