５章EX かつての仲間と、プロゲーマー時代の己が土俵で対決する その５
足を止めることなく走り続け、常に耳を澄ませる。
……左？ いや、右だ。
勘を頼りに、右折。
ちょうどその時、背後から発砲音。響きからして、ちょうど俺が左折した辺りに着弾したような音だ。
さっきからずっとこんなことが続いていた。
絶えずどこからか発砲音が聞こえてきて、狙われ続けている。
前後右左、３６０度全方位あらゆる方向からの発砲音。まるで行く先々で待ち伏せされているかのようだ。しかしこちらからは位置を特定することができない。
……クソッ、何がどうなってるってんだ！？
佳代の手の内が読めぬ以上、対策はとれない。ゆえに俺には逃げ続けるほかない。
足を止めれば死、読みが外れれば死、他の敵に遭遇して戦闘になれば無論、漁夫られてジ・エンドだ。
俺は佳代の居場所、他の敵や戦闘場所を耳で探知し続けている。前者はともかく、後者の場所はある程度わかる。
とはいえ、バトロワゲーはエリアがどんどん縮小して範囲が狭くなっていく。どうしたって敵と鉢合わせかねない状況に陥ることもある。
そういう時は、敵に攻撃されることを覚悟で退避するほかない。射線から外れる場所まで祈りつつ逃げるのだ。
『卍小路 ＞＞Serika うわあ、逃げるの上手いねえ。なかなか追いつけないしー』
当然である、俺は逃げに徹しているのだから。
脇目も振らず、一目散に。
佳代の魔の手を振り切るために。
これはもはや、バトロワではない。
圧倒的な相手から逃れるための、鬼ごっこである。
撤退戦と言っても過言ではない。
敗走――そんな言葉が頭に浮かぶ。
いや、負けてなどいない。
これは勝つための布石、戦略的撤退。
今は相手の掌で踊る、道化師かもしれない。
それでも、最後に勝つのは――この俺だッ！
残り人数を見やると、すでに５人まで減っていた。
四、三、あと一人……！
勘が囁く、次は右折だと。
だろうなと理性の俺が同意し、右へ。
ジグザグ走行を使い一方的にやられるリスクを少しでも減らす。
発砲音が背後からして体力が半分近く持っていかれた。
背中を打たれでもしたか。
だがどうにかくたばる前に岩陰に入ることに成功する。
眼前はエリア・ウォール。この外に行くと、時間経過に伴いダメージを受けてしまう。外に出るメリットは基本的にはほぼないと言っていい。バトロワゲーの基礎中の基礎である。
ダッシュゲージと体力を回復させつつ、背後の様子を窺う。
途端、二、三発の銃声音が聞こえた。
それからしんと静まり返る。
残り人数は二人になっていた。つまり俺と、他の誰かだ。
しばらくして、全体チャットに新着メッセージが浮かんだ。
『卍小路 ＞＞Serika まさか、ここまであーしから逃げ切るとは思ってなかったし』
全体チャットに書き込めるのは、生存者だけである。
予想はしていたが、やはり佳代との一騎打ちになってしまったか……。
沼にでも沈み込んだかのように空気が体にまとわりつき、重たく感じた。
『卍小路 ＞＞Serika Serikaっちってなかなかしぶとね。だけど――』
ふいに太陽が千切れたような雲によって隠された。
辺りが薄暗くなり、ざわざわと梢の擦れ合う音が鳴った。
ゲーム内の出来事であるはずなのに、皮膚が冷たくなっていく。
続く佳代のメッセージに、俺は今の自分の状況を思い知らされた。
『卍小路 ＞＞Serika チェックメイトだよ』
語尾には天使やら赤いハートやら弓やら色々な絵文字がごてごてとついていた。
その宣告はハッタリでもジョークでもない。現状を盤面にたとえれば、王手はかかっていることだろう。
背後にはエリア・ウォール、反対には玉の佳代に香車の銃。駒一枚の差は大きいなと嘆息が漏れる。
俺がどうして今まで佳代から逃げることができていたのか。
それはひたすら自分を悪い状況へと追い込み続けていたからだ。
安全地帯を避けるように、激戦区とエリア外ギリギリを走り続ける。
佳代は安置側に弾丸を置き、俺を走らせ続ける。
闇雲に走り続ける俺を見つけた敵が頭を出したら、その獲物を狙うべく周囲への警戒心が散漫になったヤツを佳代が狙い撃つ。
つまり俺は生きる撒き餌、囮になっていたのだ。
佳代からしたら、俺が早々に死んでもよし、上手く活用できれば楽に敵を倒せてよしとどちらに転んでもよかったのだ。
そんな無茶苦茶な作戦を可能にするのが、ヤツの空間把握と追跡能力。
一流のスナイパーの中には、照準器の外の光景をもリアルタイムで感知し続けられる化け物みたいなヤツがいるらしい。
それを佳代はゲームの世界でも行え。
なおかつ、そのうえで相手をハイエナのごとく追いかけ回し、仕留める実力も持ち合わせている。
佳代と乙乙乙が組み、かつそこに司令塔のハルネが加わっていたら……、アマチュアチームでは絶対に勝てっこないだろう。
いや、そんな仮定の話は置いておけ。
今は残り３０秒で、佳代を倒す手立てを考えるべきだ。
現状、俺はエリア間近の岩場に隠れている。
佳代の位置はさっきの銃声から把握できた。
というかこの狭いエリアに隠れられる場所なんて、あの一際太い木ぐらいだ。
その木はエリア中央にあり、佳代はもう動く必要はない。ただ待ち伏せしていればいい。
反対に俺は次のエリア収縮に合わせて、動かねばならない。
基本的にＴＰＳでのタイマンは、先に動いた方が負ける。
その定石に則れば、俺の敗北はすでに決していた。
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【次回予告！】
ハルネ「ねえねえ、生流おにぃたまはどんな果物が好き？」
生流「果物かあ。苺とかメロンかな」
ハルネ「おお、定番だね！」
生流「ハルネは何が好きなんだ？」
ハルネ「うーんとね、桃と……ソーマトコッカス・ダニエリかな」
ハルネ「次回、『５章EX かつての仲間と、プロゲーマー時代の己が土俵で対決する その６』 お楽しみに！」
生流「……それって確か、砂糖の三千倍以上甘いヤツじゃ……」
ハルネ「美味しいよ？」
