5章EX かつての仲間と、プロゲーマー時代の己が土俵で対決する その3
プロゲーマーをやめて女装ゲーム実況者になって。
ネカマしつつプロ時代のゲームをやってたら、かつての仲間と偶然鉢合わせた。
何を言ってるのかはおそらくわかると思うが、んな偶然あんのかよと絶賛唖然としてる。
『卍小路 >>Serika ね、もしかしておねーさん、『エデン』のファン? ファンなワケ?』
画面に見えているのがキャラだから断言できないが、おそらく今頃佳代のヤツは、目をキラッキラさせてるに違いない。あいつの喜色に満ちた表情は今もなおはっきりと目に焼き付いている。
『Serika >>卍小路 そんな感じです』
『卍小路 >>Serika そっかそっかー。あとでハルネ達にも教えてあげないと。あーし等のファンとゲームで会ったって!』
ヤバッ、と顔が青くなる。
迂闊にも俺は、セリカの名前がもろに打たれたアカウントでゲームをしていた。
もし今回佳代にセリカがマーキングされて、それで正体がバレでもしたら……。あまりに間抜けすぎて笑い話にもならん。
『Serika >>卍小路 他にもチームメイトの方っていらっしゃるんですか?』
『卍小路 >>Serika 乙乙乙がいるよ。『乙カレー』ってプレイヤーネームの』
佳代と乙乙乙……。『エデン』のメンバーの中で、俺が比較的勘が鋭いと思っている二人である。まあ、ゲームに限って言えば、他の二人よりはマシかもしれない。
もっと佳代から情報収集をしておこうと思った矢先に、ぱっと画面が切り替わって島を上空から写した光景が映される。
「ここからプレイヤーの好きなタイミングで落下することで、ゲームが開始します。もっともいつ、どこに降下するかということを選ぶのも重要で、駆け引きはすでに始まっているとも言えます」
どんなに焦っていてもセリカである以上、実況はしてしまう。彼女のトークの調子はとても落ち着いていて、話しているはずの自分でさえもつい聞き入ってしまう。
「降りるタイミング次第で、マップのどこに着地できるかが制限されます。バトロワゲーをやったことがなくてイメージしにくいルーキーの方は、一枚の地図に端から端まで直線を引いて、その線に沿って適当な同じ直径の円をコンパスで描いてみてください。それが降下可能範囲ということになります」
……セリカ頭いいな。そんな例えがさらっと出てくるなんて。
我がことながら、他人の話を聞いたかのように驚いてしまう。
普段の俺ならこんな的確――まあ微妙に回りくどくはあるが――な話など、できやしないだろう。
もっと直情的にものをしゃべるような気がする。あるいはもしかしたら、普段から無意識にこんなことを言っているのだろうか? わからないが、俺は高校時代に現代国語のテストでクラスで上から三番目の成績――漢字の書きは全て不正解だった――を取り、コンビニ・エンスストアのアルバイトの面接は10回受けて全て落ちた。趣味はゲーム以外には読書、苦手なことは論理的思考に基づく口頭での説明である。
だからその気になれば、セリカみたいな話し方も可能ではあるのだろう。ただそのためのアドリブ力、対人能力のステータスが致命的に足りないだけで。
俺はマップ端ギリギリまで待ってから下りることにした。
「この手のマップ横断系降下スタート制を採用しているバトロワゲーでプレイヤーが集まりやすいのは、開始直後の端っこと、真ん中です。前者は物資の早めの入手という点で、後者はエリア縮小という点で有利なんですよ」
淀みない口調、抑揚のある声。
学校の教師の話がなぜつまらないか、という話をテレビ番組で見たことがある。
それはただ勉強の内容がつまらないだけでなく、声のトーンが一定に保たれているせいであるようだ。
セリカの口調はその点を完全に克服していて、すごく聞きやすい。多分、普段の俺よりもしゃべり方も声音の調整もずっと上手い。
もしも生流じゃなくてセリカとして生まれていたら、もっとうまく世の中を渡ることができていたかもしれない。人生の難易度がスーパー・ハードモードからイージーとまでいかなくても、ノーマルモードぐらいにはなっていただろう。
それに。
俺はさっき自分が鏡に映った姿を思い出して、かっと顔が熱を持つのを感じた。
身だしなみを整えて、お洒落した女の子。
そんな自分なら、もっと俺は自分のことを好きになれただろう。
顔の熱が全身に回ってくる。
意識が朦朧としてくる。
自分が少しずつ失われていくような……。
怖い。
でも、そうなってしまえばどんなにいいだろうという思いもある。生流なんてきれいさっぱり消えてしまって、新しいセリカになれればどんなにいいだろう。
思えば生流の人生は、あまりいいことがなかった。
就職は上手くいかなかったし、プロゲーマーだって戦力外通告された。
それに幼少時代は……。
蘇りそうになった記憶を、俺は慌てて頭から締め出す。
……ダメだ、これは思い出しちゃいけない。
逃げ出すことのできた脅威は、忘れるべきだ。
人はクソゲーを愛すことはできても、クソみたいな現実は受け入れられない。黒歴史はどれだけ時を経てもクソであり続ける。それを笑い話にできるような精神的な強靭さは残念ながら、俺は持ち合わせていない。ステータスを自分の思うまま間に割り振ることができるのは一部の優秀な人間と、ゲームのキャラだけなのだ。
「まず降下したら、物資集め。これはバトロワゲーの基本中の基本です。椅子取りゲームのような素早さと正確さが求められますよ。まあ、バトロワゲーはミスったら尻もちじゃ済まないですけどねー。でも『PONN』はそこら辺が少し特殊で――」
セリカの声が遠くから聞こえてくる。
自分の口が動いているはずなのに、他人が話しているみたいだ。
……女装ゲーム実況者として。
セリカとして、生きていくなら。
生流なんて、いらないんじゃないだろうか。
普段の実生活でもセリカとして生きたっていいんじゃないだろうか。
きっと俺よりもずっとマシな人生を送ってくれる。
女の子同士だし、夢咲も生流よりも気楽に接しやすくなるだろう。
愛衣が少し心配だが……まあ、アイツはしっかり者だ。むしろ生流がいなくなった方が愛衣の負担は減るかもしれない。
……セリカになりたい。セリカに……。
俺はかつてないほど、強く願った。
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【次回予告!】
まな子「……名前がズルいぞ、そなた」
真古都「なんや、藪から棒に」
まな子「名前の話である! 我が明智 まな子といういたって平凡な名前なのに、そなたは鳳来院 真古都といういかにも風雅で響きのいい名を授かりおって!」
真古都「そないなこと言われても。名前は自分で決めたもんやあらへんし。それに明智はんも自分で魔光っちゅう……おもろい命名してるやないの」
まな子「おもろいとはなんだ! この高貴なるセンスがわからぬか!!」
真古都「はいはい。かっこええ、かっこええ」
まな子「コラー、適当にあしらうでないッ!」
真古都「次回、『5章EX かつての仲間と、プロゲーマー時代の己が土俵で対決する その4』や」




