5章EX かつての仲間と、プロゲーマー時代の己が土俵で対決する その1
俺が寝室に利用している防音室で、機材の準備をしていた。
といっても、特別なものばかりを用意しているわけではない。
キャプチャーボードとマイクは一般家庭にはないかもしれないが、他にはテレビとPC、ゲーム機の『Sweet』と馴染みあるものばかりだ。
だがどれも夢咲の使っていたもので、ゲーム機以外のものは桁違いの値段がするらしい。一般実況者が喉から手が出るぐらい欲しいものばかりなんだろうな……。大事に使おう。
準備が終わりよしとうなずいたところで、夢咲が部屋に入ってきた。
「用意はできマシタカ?」
「ああ。一応確認してくれ」
「……カメラはどこデスカ?」
ギクッと肩が跳ね上がってしまう。
「……うっかり忘れたことにようと思ったのに」
「いやいや、完成した動画も確認しマスカラ。その時に顔出しじゃなかったらどうせダメ出ししマスシ」
「二度手間になるってわけか……。はあ」
俺はテレビの下の収納スペースに隠しておいたカメラを渋々設置した。
「テレビのキャスターはきちんとロックしてありマスカ?」
「ああ。カメラはどこに設置すればいいんだ?」
「テレビの上部につけて、気持ち下めを向くようにしてクダサイ。……ええ、それぐらいでいいデスヨ」
「じゃあ、始めていいか?」
「待ってクダサイ」
夢咲は俺の真ん前に立って、じっと上下に視線を往復させた。
今日の俺はレース生地がふんだんに使われた紅いドレスだった。地味に露出度が高くて気恥ずかしい。
「……うん、キュートデス。これならパーティー会場にだって行けマスヨ」
「いや、行く気もないし機会もないぞ」
「少し薄め色のサマーカーディガンを着た方が、少し落ち着いた感じがしてセリカサンっぽくなるかもデスネ。持って来るので、ちょっとまっててクダサイ」
そう言って夢咲は部屋を出て行った。
俺はため息を吐いて、椅子に腰かけた。
改めて自分の姿を見下ろす。胸までわざわざ少し盛った、気合の入った女装だ。毛も剃っているため、肌もすべすべ。元々色白で細めということもあり、本当に女の子の体に見えてくる。
ふと壁にある姿見が目に入った。全身が映るぐらい大きい。
今は布がかけてあるが、もしもあれで自分の姿を見たらどうなるんだろうか……。
心臓がバクバクと動き出す。気持ち、鏡の方へ飛び出そうとしているように感じる。
ごくりと唾を呑み込んだ。
気が付くと立ち上がって、鏡の方へ歩いていた。
手が持ち上がる。自分で生まれて初めてやったネイルアートが目に入り、ますます胸が疼き出す。
布を手でつかむ。
これを取ったら、今の自分の姿が目の前に晒される。
女装姿の自分、セリカが。
女の自分を、目の当たりにすることに……。
いやどうせ、動画を編集することになるんだし。
ここで見たって、同じことだ。
ふっと胸の内が軽くなり、腕のこわばりもなくなった。
俺は手に力を入れ、布を取った。
瞬間、ドアが開いた。
「お待たせしマシ……タ?」
目を見開いている女の子がいた。その斜め後ろに、ぽかんとした顔の夢咲。
紅いドレス姿の女の子が、肩越しに背後を振り返る。それはまるきり俺のした動作と一緒だった。
「……ワォ。お邪魔デシタカ?」
「あ、これは、その……」
慌てて手を振る。女装姿の自分を見てしまったせいか、その所作が若干女の子っぽくなっている気がした。
「フフフ、恥ずかしがることないデスヨ」
歩み寄ってきた夢咲がグレイッシュグリーンのカーディガンを広げ、そっと俺に羽織らせてきた。
「ほら、鏡を見たまま袖を通してみてクダサイ」
言われるままに俺は鏡を見て、右腕を軽く持ち上げて袖に手を通した。
女の子が、カーディガンを着ている。その子は俺なのに、どうしても自分自身だとは思えない。この行為がまるで、自ら女の子を見に纏うためのものに思えてきた。
カーディガンを着終えると、本当に自分がセリカという存在になったかのような気がした。
「似合ってマスヨ、セリカサン」
夢咲が肩に手を置いてきて言った。
ドキッとする。肌の感覚が、いつもより敏感になっている気がした。
「……はい」
その声はもう生流ではなく、セリカのものだった。
椅子に座り、『ぶどうの森』を始める。
夢咲は部屋を出て行ってもういない。
だけどまだ興奮で体が火照っているような感じがした。
いやでも、実況はちゃんとしないと。
「初めましてみなさん。新米実況者の、セリカと言います」
ちょっと固すぎだろうか? いやでも、初々(ういうい)しいぐらいがセリカというキャラにはちょうどいいんじゃないだろうか……多分。
「今日はこちらのゲーム、『ぶどうの森』を実況していきたいと思います」
『今回』はではなく、『今日』はというのが重要らしい。なんでも後者の方が言葉の印象が柔らかく、よりライブ感があるらしい。よくわからんが。
一言発するごとに、どんどん自分がセリカに馴染んでいく気がした。
もしも実況が終わったら、自分が本当に女の子になっているんじゃ……。
いやまあ、そんなことあるわけないが。
「やりました、目標ベールが貯まりましたよ!」
最初は女の子を演じて実況なんて大変だろうなと少し不安だったが、やってみれば意外となんとかなるものだった。
思えば俺は、生まれた時からずっと身近に女の子がいた。
実家にいた頃は愛衣、『エデン』時代にはハルネ達、今は夢咲。
彼女達と一緒にいる内に、女の子がどういう存在なのか無意識下で学んでいたのだろう。
「それじゃあ、今回はここまで。また次の動画でお会いしましょう、バイバイ」
実況が終わり、録画ソフトを停止させる。
うんと背伸び。ついでに肩を回してみる。いつもはぽきぽきとなるのに、今日はやけにスムーズに回る。
疲れてはいるけど、なんだかまだエネルギーがあり余っているような、不思議な感じ。
まだもう少しだけ、セリカでいたいような気持ち。
デスクトップの時計をちらりと見やる。
まだ時間には余裕がある。
ふともしもセリカの状態でTPSを実況したらどうなるのかという疑問が湧いた。
やっぱり俺自身が実況するよりも面白い動画が撮れるのだろうか? それともあまり変わらないんだろうか?
気になりだしたら居ても立っても居られなくなった。
俺は編集ソフトと『PONN』を起動させ、再び実況を始めるのだった。
「はいどうも、ゲーム実況者のセリカと言います」
にこりと笑みを浮かべる。さっきよりも自然な表情になっている気がした。
「今日はこちらのゲーム、『PONN』の実況をやっていきたいと思います」
画面が制作会社のロゴから、タイトルに切り替わる。
見慣れたタイトル画面も、実況するとなると少し違って見える。未知のゲームを前にしたかのような、新鮮な気分だ。
「では早速始めて行きましょう。遊ぶモードは、レクリエーションです。これはレートの増減がなく、しかもカジュアルと違ってすごく色んなことができちゃうんです。初心者の方もきっと楽しくプレイできますよ」
実況における序盤は肝心で、ここで視聴者のハートをキャッチしなければいけない。
色々と方法はあるが、オーソドックスなのは視聴者に語り掛けることを意識するというものだ。そうすることで、実況者である自身に関心を抱いてもらおうという狙いがある。
ゆったり動画やボイスガールなら冒頭でコントを入れるとかだろうか。
お遊びながらも基本には忠実にやっていく。
「このゲームのキャラは、見た目が自由に変えられるんです。今はカッコイイおじさまですけど、こうしてこうすれば……可愛い女の子に大変身です!」
キャラスキンの高速着替えはプロゲーマー時代に息抜きでよくやっていた。
これならカットは……必要だろうか? 視聴者がどういうものを望んでいるかでシーンの取捨選択は変わるが……。
ああ、楽しい!
自分が頑張れば、誰かに視てもらえる。
たくさんの人に、今のセリカを。
そう考えるだけでワクワクしてきた。
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【次回予告!】
愛衣「TPSとかFPSとかやってると、銃に詳しくなるのだ?」
生流「いやー……、どうだろうな。まあ一般人より銃の名前は覚えられる気がするけど。M26とかスカーとかウィンチェスターとかな」
愛衣「じゃあ、兄ちゃんが好きな銃は?」
生流「…………なあ、愛衣」
愛衣「なんなのだ?」
生流「真っ先に思いついたの、『PONN』の最強武器だった」
愛衣「兄ちゃんは自分の好みより性能を取る、根っからの戦士なのだな!」
生流「次回、『5章EX かつての仲間と、プロゲーマー時代の己が土俵で対決する その2』」




