TIPS 魔光、ドームにて ~1000万の配下~
都内にはレジェンド級の者のみがイベントを開くことが許される場所が二つ存在する。
一つは武道館。
最大収容人数1万人越えの超巨大会場である。
主にアイドルやバンドマンなどがここを一つの到達点とする。
武道館ライブは彼等、彼女等の目標であり、またファンの夢である。
両者の熱意があって初めて辿り着くことができる――ランクマゲーの頂点に位置する場所なのだ。
もう一つがドーム。
ここのキャパはなんと5万人。
ここで単独ライブができるレベルになったら、スターと自称しても過言ではない。というか積極的に名乗っていくべきだろう。
ちなみに5万人というと、ローマのコロッセオの収容人数とほぼ同数になる。
建築構想者が古代ローマの盛り上がりを現代に蘇らせようとした――と考えると、なんだか胸が熱くなって来ないだろうか? いやまあ、催しものの内容自体は全年齢対象とR-15だかR-18ぐらい違うだろうけど。
さて。
そんなドームでイベントを開こうとする、ある人物がいた。
ドームには『――チャンネル登録者数1000万人突破記念イベント』という横断幕がかけられている。
とある控え室。
その室内の隅で、黒いローブを身に纏いブツブツ何か呟いている者が、本日の主役だ。
だしぬけにコンコンとドアがノックされた。
ビクッとその者が跳ね上がる。
「にゃっ、にゃっ、にゃんであるかっ!?」
若い女性――いやまだ少女らしさの残る声が部屋に響く。
それからドアの外から、瑞々(みずみず)しい女子の声が聞こえてくる。
『……ミーデス。可愛い後輩デスヨ』
ローブの者がほっと胸を撫で下ろす。
「な、なんだ、そなたであるか。というか、自分で可愛いと申すとは……」
『お邪魔してもよろしいデスカ?』
「う、うむ。入るがよい」
許しを受けて入ってきたのは、夢咲和花だった。
彼女はデカデカと『Hades!!』と禍々(まがまが)しいフォントの文字が入り、ある少女の顔がプリントされたTシャツに、チェック柄の赤いキュロットスカートを穿いていた。
ローブの者が胸を張って出迎える。
「よ、よく来たな」
「そりゃ、ケーアイする先輩の晴れ舞台デスカラ」
「……敬愛の部分だけ棒読みだった気がするが?」
「気のせいデスヨ」
ローブの少女はフードから覗く目で疑わし気に見やる。
夢咲はTシャツを手で軽く引っ張り言う。
「それよりほら、見てクダサイ。今日のためにこの恥ずかしいデザインのTシャツを着てきたんデスヨ」
「恥ずかしい言うなっ!」
それきり、ローブの少女は口を閉ざす。
夢咲は頬に手をやり、首を傾げ不思議そうに独り言つ。
「あれ? いつものまな子サンならここで『闇の力を発する毒々しい服だろうが』とか言いそうな気がするんデスガ」
それを受けたローブの少女がばね仕掛けでもされていたように、勢いよく立ち上がる。
「ええいっ、そんな低俗な文句は言わんわッ! 『鮮血香る邪気を纏いし風雅なる出来の装束であろう』と高尚なる文言で讃えよッ!! というかまな子と呼ぶなといつも申しておろうがッッッ!!」
「でも、盟友なんだから真名で呼んでもいいじゃないデスカ?」
「親しき者にも礼節あり、だ」
「ならまず初めに、そのローブ取ってクダサイ。顔を見せないのは礼儀に反するんじゃないデスカ?」
「むっ……、それは一理あるか」
言いつつ、ローブの少女は右手で後ろに払うようにフードを取った。
ばっと紫の長い髪が宙を舞う。
フードの下から現れたのは、眉を逆八の字にした笑みを浮かべる少女だった。
胸を反り返らせている様から推測するに『大胆不敵』の文字が彼女の頭に浮かんでいるのだろう。しかし実際は背の低さも相まって『小生意気』という感が拭えない。
なぜか左目を隠すように眼帯をつけている。あらわになっている右目は黒目がちな大きな瞳だ。見る者を一睨みで圧する……とまでは容姿のせいでいかないが、確かな力強さを有してはいた。
紫の髪は日系の顔立ちからして染めているのは明白だが、質のいいヘアカラーリング剤を使っているのか色合いは自然だった。地毛だと思う者はいないだろうが、さほど違和感を与えるようなものではない。もしかしたら間抜けなヤツは、容姿の愛らしさの方に目を引かれて髪色については記憶に留めないかもしれない。別にどこぞの女装ゲーム実況者のことではない。それは少し先の未来の話であり、現時点で語るべきことではないのだ。
ローブの少女は「クククククッ」と笑って腕を組んだ。
「我が真なる姿を見せたということは、この世界に終止符を打たれる刻限が定まったというわけだ」
「そういうのもういいんで。ただの一実況者の魔光サンもといまな子サンに、そんな力があるわけないデショウ」
「だからっ、我は『まな子サン』ではないわッ!」
ブチギレローブ少女に、夢咲は冷めた目で言う。
「明智まな子サン――戦国の武将・明智光秀の『あけち』に、平仮名のまな、子供の『こ』で明智まな子サン。デスヨネ?」
「ぬぉおおおおおッ!? 毒素が、毒素が体を蝕むぅうううううッ!?」
顔を真っ赤にして踊り狂ったかのように暴れるまな子に、夢咲は呆れた様子でため息を吐いた。
「自分の名前ごときでそこまで羞恥心に悶えなくても……。のただの識別番号みたいなものじゃないデスカ」
ドライな物言いに、まな子は漫画でよく使われる謎の汗マークを額に浮かべる。
「……そなた、それはさすがに名付け親が可哀想ではないか?」
「子供を作って浮かれた父と母が冷静さを欠いた状態でつけた名前に愛着を持てと?」
「いや、まあ別に好きになれとは言わんが……」
鼻息を短く吐いて、夢咲はまな子を見やり。
「……ところで、なんで部屋の隅っこにいるんデスカ? そのパイプ椅子、元々真ん中の机にあったものデスヨネ?」
部屋の中央には折り畳み机が二列並んでいる。
壁際の身だしなみを整えるための美容院的なお洒落なスペースとはかなり対照的というかミスマッチな雰囲気が漂っており、予算の都合などがあったのだろうかと見る者に考えさせる様相となっている。
夢咲の言ったように、パイプ椅子はその中央の机に今は三つほどある。
不自然に奇数なのは、四つ目がまな子が部屋の隅に持っていったものだからだろう。
まな子は夢咲の指摘を受け、顔を赤らめて言った。
「こっ、ここは闇の龍の力が集まる場所であって! 宴に備えて、我が魔力の補充を行っていたというわけなのだ!! け、決して緊張して狭い場所を求めたなどという臆病な理由ではないのだぞッ!!」
「勝手に墓穴を掘らないでクダサイヨ」
ふわりと微笑を浮かべた夢咲は、きまり悪そうにそっぽを向くまな子の傍へ歩いていく。
三歩ほどの距離を開けて立ち止まった彼女は、まな子の顔を覗き込んで言った。
「さっき会場を見てきマシタケド、満席デシタヨ。いっぱいまな子サン――いえ、魔光サンのファンが来てくれてるんデス」
「ふんっ、運営が鮮血を吸いし木を用いた儀式で使い魔を召喚したに決まっておろう」
「サクラなんかじゃないと思いマスヨ。だって皆サン、とっても楽しみにしていらっしゃいマシタシ」
まな子は目を見開き、弾かれたように夢咲を見やる。
「……そなた、よく今の呪文の真なる意味を読み解くことができたな」
「呪文って……」
苦笑しつつ夢咲は肩を揺らす。
それから彼女は居住まいを正し、大きな黒目を見据えて。
透き通るような声音で言った。
「わかりマスヨ」
室内の静寂が、夢咲の発した声をたちまち無に帰していく。砂漠の熱砂と一滴の雫がごとく。
それでもまな子の耳には、彼女の声が残り続けた。
「だって、ミーも魔光サンのファンなんデスカラ」
まな子の見開かれた目が潤み、震えだす――表面張力によって。
「……わ、我は……ただ、ゲームをやってただけで――」
「みんな、大好きなんデスヨ。魔光さんの、ゲームをやっている時の反応や――姿が」
夢咲は自分の思いを穏やかに、でも真摯に訴え続ける。
それでもまな子の瞳からは、不安は消えない。
「でもゲームはへたっぴだし、言ってることは無茶苦茶で……」
「それでも好きなんデス」
「色々やったけど失敗ばかりで、ゲーム実況者ぐらいしか、取り柄がなくて……」
「好きなんデス」
「それに、それに……」
何か言いかけたまな子のことを。
夢咲はぎゅっと抱きしめた。
「好きデス」
「えっ……?」
呆気にとられるまな子に、夢咲は語り続ける。
「魔光サンのことが――ゲーム実況者の中の、誰よりもミーは大好きなんデス」
まな子はぽっと頬を染め、目を細め。
頬を一筋、雫が伝った。
それはぽとりと夢咲の肩に落ち、小さなシミを作った。
「……我も」
まな子は夢咲の背にそっと手を回し。
肩に顔を埋め、彼女へ言った。
「我も、ミルク殿のことを愛しておる」
二人は係員が呼びに来るその時まで、互いに抱擁し続けたのだった――
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【次回予告!】
まな子「ククク、ついに来たな我の主役回が!」
夢咲「まあ、お世辞にもカッコよく大活躍って感じではなかったデスケドネ」
まな子「そ、それはきっと次回にとっておいてるのであるぞ。多分」
夢咲「……まあ、そういうことにしておきマショウ」
まな子「な、なんだその口ぶりは!? そなた、何か知っておるのか!?」
夢咲「次回、『5章EX かつての仲間と、プロゲーマー時代の己が土俵で対決する その1』デス」
まな子「こっ、答えよ和花女史! 和花女史ーッ!!」




