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5章 妹の家で一夜過ごします、女装姿で その15

 午後七時頃、新たなお客さんがお見えになりました。

「クククククッ! 地獄の静寂しじまが地上を覆いし時、闇と戯れ夜に狂い。冥界の王・魔光まこう! 月下のもとに魔の集いに招聘しょうへいされ参上すッ!!」

 どかどかと居間に来られた魔光さんは、開口一番にそう名乗られました。


「……あ、わざわざお呼び出しして申し訳ありマセン」

「やっぱりい、一応名乗りが終わるまで待つのでござるな……」

「まあ、こんなのでも一応先輩デスカラネ」

「聞こえておるぞ、和花女史じょしよ。まったく、そなたは昔から目上の者への態度というものがなっとらん」

「尊敬できる人には、敬意を表するんデスケドネ」


「まあ、いい。それで、その者が、月夜に狂いし小娘か?」

「……本当は男性なんデスケドネ」

 またおかしなことを夢咲さんはおっしゃいました。わたしのどこが、男だというのでしょうか?


 夢咲さんは混乱されているのか、支離滅裂なことを説明されていました。

「我には至極簡単な話に思えるのだが。生まれたままの姿を見せて、真実を突きつければいいではないか」

「ミー達女子に、それはハードル高くないデスカ?」

「話を聞くに、最初に女子おなごの服の着替え方を教えたのは和花女史なのだろう?」

「は、裸は見せマセンヨ、裸は!」

「男女一つ屋根の下に住んでいて、未だに裸体の一つも見せておらんのか?」

「そっ、その理屈は三世紀ぐらい前の話デス!」

 魔光さんは「そんなことないと思うがなあ」と呟きながら首を傾がれていました。


「まあ、よい。それよりそなた等、腹は減っておらぬか?」

「……お腹、ですか?」

「ま、魔光サン、ま、まさか……」


 さっと夢咲さんと宇折井さんの顔が青ざめていきます。どうされたのでしょうか?

「ククク。今宵の空腹を紛らわせてやろうと、我が己が手で夕餉ゆうげを作ってきてやったのだッ!」

「……ダストボックスまでご案内しマスネ」

「だからそなたは先輩の扱い酷いなっ!?」

「こここ、今回ばかりはちょっと、せ、拙者も擁護しかねるでござる」

「ぬう、宇折井女史まで……」


 ぷうと頬を膨らませた魔光さんは、中二病が影を潜めて幼さが全開になったギャップが可愛らしいです。胸がきゅんってしちゃいます。


「じゃあ、わたしがいただきますよ」

「おおっ、そうか!」

 魔光さんはお日様が雲間から出てきたように顔を輝かせました。その笑顔を見ていると、わたしまで嬉しくなっちゃいます。


「あ、あの、生流……セリカサン」

「はい?」

「……悪いことは言わないから、命が惜しければやめておいた方がいいデスヨ」

「和花女史よ、悪いことの意味をもう一度小さき学び舎で学習してきた方がいいぞ」

「命を救うのだから、他人を侮辱することぐらい大目に見られるべきデス」


「あはは、大丈夫ですよ。料理を食べたぐらいで、死ぬわけないじゃないですか」

「……セリカ嬢、フラグ乙」


 魔光さんはいそいそと取り出したお弁当をわたしに押し付けるように手渡してきました。

 なかなか独特なデザインのお弁当で、蓋には火を吐くワイバーンが描かれ、箸も持ちて側の端が十字架になっています。魔光さんらしさが滲み出ていて微笑ましいです。

「新たな友よ、我が直々にこしらえた品々で、舌と胃袋を漆黒に染め上げるがよい」

「のり弁やひじきが入っているんでしょうか?」


「……なんというポジティブ」

「あ、あのポエムが比喩じゃないのが、お、恐ろしいでござる」


 お二人が部屋の隅で何やら話しておられます。どうも魔光さんお手製のお弁当が苦手なようです。


 どんな料理が入っているのかと開いてみると、ユニークな料理が顔を出しました。

 あらゆるものに、のり佃煮つくだにがかかっているのです。

 ……でも香りはなんだか違います。甘いような、辛いような、不思議な感じ。

 どんな味がするのかと、わくわくしながらわたしは箸を手に取りました。


「第一関門の臭いを、と、突破したでござるよ」

「セリカサンって、基本的にプラス思考なんデスヨネ」

「……び、美徳でござるな」

「時にそれが命取りになると、今学ぶんデショウネ」


 箸でつまんだ唐揚からあげを口に運びます。

 それをぱくりといただいた瞬間。

「――んぅううぅぅううぅぅううウウウウウ~~~~~ッッッ!?」

 口内で花火が爆発したような、硝煙が漂うかのような、はたまた辛味と苦味がスイーツの上で酸味の重火器をぶっ放して戦争を始めたかのような。

 ……味が、味覚が、バベルの塔のように……崩壊、して、いく……。


「生流サンっ、生流サンッ!?」

「し、しっかりするでござる!!」

 気を失う瞬間、みんなが名前を呼んでいる声が聞こえた気がした。


   ●


 夢を見ていた。

 記憶を想起し、過去を追体験するタイプの夢だ。

 これは……、俺が初めてセリカとしてゲーム実況を投稿した日のことか。


   ●


 「動画の題材にするゲームは決まりマシタカ?」

 朝食の席で 夢咲が溶かしたチョコをトーストにとろりと垂らしながら答えた。


 俺は苺ジャムを塗ったトーストを手に、ため息混じりに首を横に振った。

「いや。TPSかFPSにしようかなとは思ってるけど……」

「あー、それはやめた方がいいデスヨ」

「どうして?」


 夢咲はコンソメスープをスプーンですくって答えた。

「レッドオーシャンだからデス。自分の専門分野を動画にすると、どうしてもマニアックになりがちなんデスヨ。そうすると視聴者のタイプもかたよりがちになって、後々間口を広げにくくなるんデス」

「別にいいじゃないか。十万再生を取り続けられる程度の視聴者がいてくれれば、実況者一本で食べていけるんだろ?」


 コンソメスープをずずっとすすった夢咲は、曖昧あいまいな感じでうなずいた。

「まあ、そうデスネ。ブルーオーシャンならむしろお勧めするんデスヨ。ライバルがいなければ、そのフィールドのファンを独り占めできマスシ。でもすでに安定期に入ってるFPSとかTPSだと、もう視聴者が固定されてる感じがあるんデスヨ」

「……ええと?」

「お店に例えると、人気ラーメン店がのきを連ねる街で新しいラーメン屋サンを開くようなものデスネ」


 少しばかり例えを頭の中で噛み砕いてから訊いた。

「大手からお客を引っ張ってこないといけないってことか?」

「イエス。変わり種を用意できるなら、話は別デスケド」

「それなりに腕はあるぞ。なんせ、一応はプロゲーマーだったんだからな」

「上手い人なんてのも結構いマスカラネ。というか、それで生流サンは一度失敗されたのではないデスカ?」


 俺はそっぽを向いて呟いた。

「……失敗はしてない。成功しなかっただけだ」

「ならなおのことダメデスネ。失敗は成功の母デスケド、どっちつかずなのはもっとダメダメデス」

 3ダメを食らった俺は心に傷を負い、胸を押さえて訊いた。

「……じゃあ、どんなゲームならいいってんだ?」


 ソーセージをぱりっとかじって夢咲は言った。

「『ぶどうの森』なんてどうデショウ?」

「……ああ、なんか『ランブル』でキャラだけは見たことある気がする。ゆる系のキャラが出てくるヤツだろ?」

「どういうゲームかはご存知デスカ?」

「いや、まったく」

「初見プレイデスカ。まあ、初心者に初見プレイはグダりがちであまりお勧めはしないんデスケド、元プロゲーマーなら大丈夫デショウ」

 勝手に決めつけて一人うなずく夢咲。


 まあ、難しそうなゲームではなさそうだし、大丈夫だろう。

 楽観的思考が過ぎる気もするが、ことゲーム実況においては緊張して硬くなるよりはいいはずだ。多分。

 かくしてセリカの初実況では、『ぶどうの森』をプレイすることになった。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


【次回予告!】


佳代「愛衣っちって、生流っちの妹なんっしょ?」

愛衣「そうだぞ」

佳代「じゃあじゃあ、生流っちの色んな秘密とか知ってるワケ?」

愛衣「うーん、どれが秘密なのかよくわからないけど……」

佳代「へえ。そんじゃあさ、生流っちの初恋の人とかは?」

生流「おい、愛衣に何訊いてんだよ?」

佳代「ゲッ、いたんだ生流っち」

生流「俺の初恋の相手はモロハちゃんに決まってるだろッ!」

佳代「キレるとこそっち!?」


愛衣「あはは……。次回、『TIPS 魔光、ドームにて ~1000万の配下~』 なのだ」

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