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5章 妹の家で一夜過ごします、女装姿で その13

 夢咲さんの準備宣言から間もなく、居間のテレビ画面にゲームのタイトルが映し出されていました。

「ほら、ランブルデスヨ、セリカサン。覚えてマスカ」

「なんですか、その記憶喪失の人に向けたみたいな言い方は。わたしにはきちんと、今まで生きてきた記憶があるんですからね」


「せ、セリカ嬢。ち、ちなみに学校のプールで着ていた水着のデザインは?」

「……ええと。ちょっと待ってください」

 あれ、なんでしょう。

 記憶の中のわたし、なぜか……上半身が裸なんですけど!?


「あ、顔真っ赤になりマシタネ」

「わっ、わたし体が弱かったもので、ぷ、プールの時間はずっと見学していたんです!」


「……ふひっ、ふひひ、セリカ嬢は一体どどど、どんなことを考えておったんで、ご、ござろうな?」

「余計な詮索はしないでおきマショウ」

 クールに返した夢咲さんを宇折井さんは肘でつついて、しつこく追及されます。

「そそ、そんなこと言って、夢咲殿もバッチリ、も、妄想してるくせにでござる」

「そっ、それよりセリカサン! ランブルの画面を見ていて、何か思い出すことってありマセンカ!?」


「うわ、ご、ごまかしたで、ござーる」

「芽育サンっ、シャーラップ! どうデスカ、セリカサン?」


 わたしは言われてじっと画面を見つめました。

 ……このゲームは遊んだことがあります。当然、たくさんの思い出があるはずです。

 なのにその全てが……どことなく、作り物めいた異質さを感じずにいられない。


 考えている内に、段々と息苦しくなって、鈍い頭痛がしてきました。

「うっ……はぁっ、はぁっ……」

「どっ、どうしマシタカ?」

「頭と……胸がっ……」

「ふぃひぃいいっ! セリカ嬢の胸ぇッ!」

「Fuck you.」

「ひぃっ、辛辣ッ!?」

 宇折井さんの悲鳴が頭に響きます。今すぐ口の中井にスイカを丸ごと一個突っ込んでやりたいです。


「セリカサン、セリカサン、しっかり!」

「ああぁ……くっ、ううッ……!」

 どんどん頭痛が酷くなってきます。わたしの、わたしの頭の中に、何か……異物のようなものが、入り込んできているような……。

「ゆ、夢咲殿っ!」

「今緊急事態なんデスケド、その目と頭はお飾りで?」

「まっ、真面目な話でござるから!」

「……芽育サンの真面目はあまり信用できないんデスケド。なんデス?」


「も、もしかしたらセリカ嬢は、生流殿の記憶を取り戻してるからくっ、苦しんでるのではござらんかっ!?」

「……た、確かにその可能性は、ありマスケド。でも、病気とか、ケガだったら……!?」

「きゅ、救急車を呼んだ方がいいでござろうか!?」

「そうデスネ、すぐに連絡を……」

 スマホを取り出した夢咲さんの手を、わたしは反射的につかんでいました。

「せ、セリカサン……?」

「わたしは、だ、大丈夫です」

「で、デスガ……」


 なぜだかわからないけど、拒絶反応のようなものが胸の中で起こっていました。

 この状態を、病気だと思われる……そのことが、イヤだって。


 そして眼前のコントローラーに、ゲーム画面。

 わたしを苦しめた原因らしきこれ等が、同時に救いの手になるだろうと根拠もなく信じていました。


 コントローラーを手に取り、すっと息を吸いこみ。


 意識を無にし、頭に思い浮かんだ言葉をそのまま口に出して唱えました。


「――今こそ映世うつしよを舞う時」


 頭の中で響いていた雷が止み、雲が晴れていくような感覚。


「わたしのプレイング、おせします」


 そう言い切った瞬間、気分がすっきりし、体が充足感に包まれていきました。

 頭痛はさっぱりなくなり、息苦しさもすっかり解消されました。


「今の、な、なんでござるか?」

「わかりマセン……。ただ、セリカサンの纏う空気が神聖なものに、……一変したような」


「ご心配をおかけしました、お二人共」

 わたしはお二人の方を向き、はやる気持ちをそのままに言いました。

「さあ、一緒にゲームで遊びましょう」




「……ううっ、やっぱり勝てマセンカ」

「わーい、勝ちました! 全勝です!」

「せ、生流殿も戻らずでござるか。……それにしても」


 宇折井さんはいつもとは打って変わったとても真剣な空気を醸して、しきりに顎を撫でていらっしゃいます。

「どうかしマシタカ?」


「……夢咲殿。生流殿とプレイしていて、何か違和感を覚えなかったでござるか?」

「違和感? うーん……そうデスネ。常に実況してるのとか?」

「今回はそういう、明らかにろ、露骨なものはおおお、置いておくでござる」


「あとなんかこう、いつもより際どいというか、安定感がないのに付け入る隙がまるでなかったというか……」

「ど、同感でござる。拙者も生流殿が天空殿として活動していた頃のプレイはジャンル問わず色々と拝見していたでござるが、冷静さを欠いていない時はかなり戦略的な、堅実な作戦で戦うプレイヤーでござった。しっ、しかし今回はやたら、魅せプレイというかリスキーなプレイングが目立ったでござる」


 夢咲さんも眉間に皺をよせ、難しい顔をされました。

「……つまり、いつもより上手くなっているってことデスカ?」

「それと、夢咲殿の行動を先読みしたようなプレイングも多かったでござる。人読みをしなければ、いくら夢咲殿の腕でも三機十戦で一発も攻撃を与えられないのは考えられないでござる」

「さらっとディスってきマシタネ……」

「事実でござるから」


 さっきまでうろたえてばかりいた宇折井さんは、今は夢咲さんの鋭い睨みにもまったく動じず自らの思考の中に入り込んでいきました。

 その最中に何度か、鑑定士のような空間を丸ごと吸いこんでいくような深い色を湛えた眼差まなざしをわたしに向けてきました。

「……ドッペルゲンガー、と言われても信じられるでござるな」

「わたしは本物です。本物の、セリカですよ」

「…………」

 宇折井さんはわたしの主張には答えずに長い時間、怖いお顔でじっとこちらを眺めてこられました。


 ずっと黙りこくっていたお口がやっと開いた時、わたしはなぜかほっとしました。

 それどころか。

「セリカ嬢。拙者とも一戦、交えてもらえんでござろうか?」

「はっ、はい、喜んで!」


 胸の内が踊りだしました。

 今日はなんと、二人もわたしの対戦相手になってくれるのです!

 ……あれ、二人も?


 わたしは毎日、もっと多くの方と対戦していたような……。


 まあ、細かいことはどうでもいいでしょう。

 それよりも、今は目の前の対戦です。


 わたしは1Pコントローラーを手に、ワクワクしながらキャラクターを選択しました。


「ピース姫でござるか」

「はい。平和を愛するお姫様で、王族でありながら自ら悪者に立ち向かう姿がとってもカッコよくて、かつデザイン可愛らしいのです! わたしも昔、とっても憧れたんです」

「……どうも真実かどうか、判別しかねる言葉デスネ」

「では拙者も、可愛さで対抗してマリンで行かせてもらうでござる」

 マリンは真珠をモチーフにした、『ポシェットフェアリー』のキャラクターです。普段は貝の中に住んでいるのですが、戦う時になると外に出てきて光玉を放って攻撃します。傷ついても貝の中に戻ってしばらくすると回復することができちゃったり、すごい生態を持っているんです。


「……いいんですか、マリンで。初代『ランブル』のマリンは、吹っ飛びやすくて弱キャラ扱いされてますよ?」

 わたしが挑発すると、まったく動じずに宇折井さんも返してきました。

「そっちこそ、初代ランブルのピース姫は吹っ飛ばし力が全キャラ中最下位の撃墜難だったと思うでござるが?」

「ふふ、条件は同じということですね」


 わたしはく気に背中を押され、ステージカーソルを終穹しゅうきゅうに合わせました。

「ここでいいですよね?」

「構わんでござる」

 終穹はとてもシンプルなステージで、純粋なタイマンをする際に好んで選ばれます。

 わたしは選択ボタンを押し、読みこみ画面をじれったい思いで眺めていました。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


【次回予告!】


宇折井「と、時々、急にミスした記憶の後悔が押し寄せてきて、暗い気持ちになることってないでござるか?」

真古都「ああ、あるなあ。胸の中がもやもやーってして、自分が許せなくなる、みたいなやつやろ?」

宇折井「そ、そうでござる。そんな時、真古都嬢ならどうするでござるか?」

真古都「んー、せやなあ。そのことばかり考えんようにして、別の何かに熱中するんがええんちゃうか?」

宇折井「別の何か……でござるか?」

真古都「せや。反省するんはええけど、あまりそのことを意識すると人間ってのは自己暗示にかかってもうて、同じ失敗を繰り返してまうんや。せやから、そういう時は気分を切り替えて客観視できる状態に自分を持っていってやるんがええんよ」

宇折井「な、なるほどでござる。そうできるように頑張ってみるでござる!」

真古都「そか、応援しとるで」


真古都「次回、『5章 妹の家で一夜過ごします、女装姿で その14』 や」

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[一言] セルフ記憶改変してる……!
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