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5章 妹の家で一夜過ごします、女装姿で その12

 わたしは左手でやや平べったい箱を大事に抱え直して、玄関に配された金ノブのドア――前々から不思議に思っていたのですが、これは純金なのでしょうか――を開いて、中に入りました。

 一日ぶりの、馴染みの夢咲家の香り。なぜだか、愛衣さんの家のものより、こちらの方が落ち着くような気がしてきます。

「お帰りなさい、生流サン」

 出迎えてくれた夢咲さんに、わたしはぺこりと頭を下げて言いました。

「ただいま帰りました」

 夢咲さんはわたしのお顔を見て、ぱちくりとまばたきをされました。

「どうされましたか?」

「へ? あ、いや、その……」


 わたしは靴を脱いで、それをシューズボックスの中に仕舞しまいました。

「ずいぶん、所作がなんというか……女性的デスネ?」

「まあ、女の子ですから」

「……ワォ」

 わたしの言葉に、夢咲さんは豆鉄砲を受けた鳩のようなお顔になりました。


「……夢咲さん、なんだか今日は様子がおかしいですね」

「あの、それはミーじゃなくて……」

「あっ、帰りにお土産を買ってきたんですよ。なんとっ、行列のできるケーキ屋さんの限定品です! 今日はたまたまレディースデーで安くなってたので、ちょっとお時間がかかっても頑張っちゃいました」

「レディース……デー?」

「うふふ、少しお得でラッキーでした」


 知らぬ内に鼻歌が出ていました。音痴なので普段は恥ずかしくて頼まれてもやらないのですが、愉快になるとつい歌ってしまっているのです。後で思い出して羞恥心で悶えることになろうとも。

「さあ、一緒に食べましょう。あ、わたしお茶入れますね」

「は、はあ……」


 ぽかんとしたお顔のまま、夢咲さんは玄関にお立ちになったまま私を眺めてきます。やはり今日は調子が悪そうです。後でお熱をはかった方がいいかもしれません。


   ○


「……というわけなんデス」

「生流殿が、せ、セリカ嬢に……?」

 わたしの前で、夢咲さんは先ほどお招きした宇折井さんにわたしの様子がおかしいと説明されていました。こちらとしては、まるっきりの逆だと思うのですが。


「あ、宇折井さん、お茶をどうぞ。いらっしゃるとわかっていれば、宇折井さんの分のケーキも買ってきたのですけど……」

「いっ、いえ、お構いなく!」

 宇折井さんはぶんぶんと大きく首をお振りになりました。

 首が外れてしまわれないか、少し不安になるぐらいに。


「な、なるほど。確かに立ち居振る舞いが、か、完璧に乙女のものでござるな」

「イエス……。デスガ、原因がさっぱりで」


「愛衣嬢にれ、連絡は取ってみたのでござるか?」

「一応昨日の様子は訊いてみたのデスガ、特に変わりはなかったと」

「愛衣嬢はこ、込み入った事情は知らないでござるよね? ななななら、見落としがあるのかもでござる」


「どうデショウ。もしかしたら、行き帰りの間に何かあった可能性もありマス」

「頭を打ったとか、拾い食いをしたとかでござるか?」

「どれも全て憶測のエリアを出ないんデス。それよりも優先すべきは、生流サンを基に戻すミーンズを探すことデス」


 宇折井さんはしばし考え込んだ後におっしゃられました。

「も、戻す必要……あるのでござるか?」

「……ホワイ?」

「だ、だって今の生流殿……いやセリカ嬢、ちょ、超可愛らしくないでござるか?」

 問われた夢咲さんはこちらを見られました。


「……まあ、可愛いと言えば可愛いデスケド」

「だ、だから、別に無理に戻さなくても、はぁ……はぁ、いいでござらんか?」

 息を荒げる宇折井さんを見る夢咲さんの目が次第に白くなっていきます。


「……いえ、戻しマショウ。今すぐに」

「な、なぜでござるか!?」

「なんだか、クライム・リークスがしたので」

「べっ、別にセリカ嬢のなしパイをペタペタしたり、一緒にお風呂であああ、洗いっこしようなんてか、考えてござらんよっ!?」


「よくもまあ、そこまで素直に自供できマスネ。逆に尊敬しマスヨ」

「ううっ、い、一生の不覚!」

「一生のしょうが、爆笑のしょうに聞こえマスケド……」

「し、しかしっ! せ、セリカ嬢を生流殿に戻す方法は未だてがかりすら見つかっていないでござる!! ふ、ふふ……ふひっ、さあ、どっ、どうするでござる!?」


「なんで敵になってるんデスカ、芽育サン……」


 ため息を吐かれた夢咲さんは、わたしの方を向いて尋ねられました。

「もう一度クエスチョンしマスガ、昨日か今日で変わったことってありマセンデシタカ?」

「うーん……。目覚めた時、すごく頭の中がすっきりしてた、ぐらいでしょうか」

「頭の中が……すっきり。生流サンは、少し低血圧デシタヨネ」

「ふひ、き、きっと生流殿が、セリカ嬢という本来の姿に戻ったからでござる」


「……とんでも理論なのに、現状だと否定し難いデスネ……。っていうか、前々から思ってたんデスガ、なんでミーも女の子なのに夢咲殿なんデスカ?」

「りっ、リアルで初めて会った時、ゆ、夢咲殿がそのままでいいと申していたからでござる」

「あれ……、そうデシタっけ?」


「で、どうするでござるか? 拙者はせ、せせせセリカ嬢でも構わんでござるけど!?」

「……あの、宇折井さん? 鼻血、出てますけど……」

「お、おおっと。つい、興奮しすぎてしまったでござる」

「待っていてください。今、拭きますから」

 わたしがティッシュで宇折井さんの鼻を押さえると、なぜだかもっと勢いを増して出てきて持っているティッシュだけじゃ足りなくなってしまいました。


「あ、あわわ、ど、どうしましょう!?」

「落ち着いてクダサイ。芽育サンも、興奮を治めて」

「ど、努力するでござる」


 しばらくして、鼻血騒動はどうにか収まりました。

「ふう……。すごい鼻血でしたね」

「面目ないでござる……」

「いつものことデスシ、それはどうでもいいデス。それより……、セリカサン」

「ええと、昨日か今日で変わったことでしたね。……うーん、それなら一度、愛衣さんの家に伺うためにお出かけしたところからお話ししましょうか」




 わたしのお話を聞いた夢咲さんは、深いため息をおきになりました。

「結局手掛かりは、何もつかめませんデシタネ」

「ふ、ふひひ、これでセリカ嬢は永遠のものに……!」

「あ、そういうのはいいんで、もう真面目にやってくれマセンカ?」


 宇折井さんは「拙者はわ、割に真面目な、つもりでござったた、ん……だがなあ」とぼやきながらもぶきっちょそうな手つきであごを撫でながら、しばらく考え込まれました。

 やがて彼女はふいに手を打ち合わせ、声を上げました。

「ど、道中に魔光嬢と会ったのは、何か関係があるのでござらんか!?」


「……そうデスネ。今は藁にでもすがりたい気分デス。お忙しいデショウガ、ご足労を願いマショウ」

「んん? で、電話で話を聞けばよいのではご、ござらんか?」

「いえ。直接会えば、何かのきっかけで元に戻るポジビリティーもありマスシ」

「あ、ああ。あの人、い、インパクト強いでござるからな。出会った拍子にぽ、ぽんって元に戻る可能性も、な、なきにしもあらずでござる」


「デショウ。じゃあ芽育サン、連絡お願いしマス」

 宇折井さんは瞬間的に立ち上がって半身を捻って、両手を後頭部斜め後ろにやるという、何やら面白いポーズを取られました。どうやら驚愕を意味するリアクションのようです。

「せっ、拙者がでござるか!?」

「イエス。頼みマシタヨ」

「……うう、あ、あの人と、一対一で話すのはに、苦手でござるが……」

「まあ、悪い人じゃないんデスカラそう嫌がらなくても。……一風変わっているのは確かデスケド」

「ゆ、夢咲殿はその間、何を?」


 夢咲さんはすっくと立ち上がり、背を向けて言われました。

「準備デスヨ」

「準備……? な、なんのでござるか?」

 肩越しにこちらを見やった夢咲さんは不敵な笑みを浮かべ、どこからか取り出したコントローラーをわたし達に見せてきました。

「ゲーマーにとってもっとも効果的な薬は、やはりゲームデショウ」


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


【次回予告!】


セリカ「うふふ。可愛いお洋服を着ると、テンション上がりますね」

夢咲「……そ、そうデスカ」

セリカ「あ、今度はアクセサリーショップに行きませんか? ネックレスとか見てみたいんです」

夢咲「い、いいデスネ。でもその前に、ちょっとカフェで休憩していきマセンカ?」

セリカ「あ、いいですね。新作のパンケーキが気になってたんですよ」

夢咲「そうデシタカ。じゃあ一緒に食べマショウ」

セリカ「あ、その前に次回予告ですね」


セリカ「次回、『5章 妹の家で一夜過ごします、女装姿で その13』 です」


セリカ「アクセサリーショップの後は、ランジェリーショップに行きませんか?」

夢咲「それはさすがにやめておいた方がいいんじゃないデスカ……」

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