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5章 妹の家で一夜過ごします、女装姿で その10

 画面に『始め!』の文字が表示された。

 俺はすぐさま武蔵を後退させた。予想通り物干し竿のが直前までいた場所を真一文字にいだ。

「おっ、今の一撃を躱すなんて。セリカちゃん、結構やるのだ」

「偶然ですよ、偶然」

 予想通りの一撃――俺にとっては今の回避は必然だった。

 昔二人で対戦していた時、愛衣は先手必勝を好んでいた。そのくせが残っているならば開戦直後に仕掛けてくるだろうと予測するのは至極当然。この対戦では俺だけが可能な、人読みだ。


 大振りで隙のできた小次郎に、武蔵を突っ込ませる。

 まずは一発を叩きこむ。攻撃の出が速い突きを繰り出そうとした。

 この間、時間にして僅か1秒にも満たないはずだ。

 武蔵は作品内で随一のスピード系のキャラだ。所持武器が木刀ということもあり、強みがほとんど打ち消されていない。最強のキャラと最弱の武器。その二つが合わさる時、神速の一撃が生まれる――!


 だが突きはひらりとかわされる。

「えっ――?」

 思考が一瞬止まる。

 小次郎の横薙ぎ――胴は繰り出した直後に隙が生まれるはずだ。ゆえに今の攻撃が回避されるはずがない。


 ではなぜ、と思った直後に武蔵の体が浮いた。そのまま背負い投げをされる。

 ようやく理解が追いつく。

 愛衣は刀を捨てさせることで、生まれるはずだった隙を打ち消した。さらにカウンター技である背負い投げを発動させて武蔵の攻撃を捌きつつ反撃に出た、ということだろう。

 しかし一歩間違えれば防御の手段を失ったところで攻撃を食らい、そのままコンボで倒される危険をはらんでいる。よほどプレイングに自信があるか、あるいはバカでなければ取れない戦術だが……。


「ふふふ、もらったのだ!」

 間髪入れずに小次郎が、ダウンした武蔵へ踏みつけの攻撃を仕掛けてくる。

 身体の部位を用いた攻撃は剣より威力が低めに設定されている。だがトップクラスのパワー系の佐々木小次郎に限り、それは当てはまらない。


「くっ……」

 どうにか武蔵を逃がした頃には、体力ゲージの半分ぐらいまで削られていた。

 このゲームは高威力のコンボが決まればそのまま決着がついてしまうぐらい、キャラの耐久が紙同然だ。相手が刀を持っていなかったから助かったが、下手したらあのまま試合が終わっていた。


 だがチャンスが訪れた。

 相手は刀を持っておらず、こちらは武器を所持している。この状況であれば、一方的に攻めきって勝利することも夢ではない。

 小次郎に刀を取らせぬ立ち回りをし、機会を窺う。


 間合いを慎重にはかり、だしぬけに武蔵は最強の必殺技を放った。

 兜割り――。攻撃力が底辺の木刀であっても決まれば一撃、外せば大きな隙を見せることになる、ハイリスク・ハイリターンのロマン技。

 普通ならば確実に防がれるが、小次郎は今や刀を持っていない。

 その一刀はヤツの脳天を叩き割るはずだった。


 だが予想を裏切り、斬撃は防がれた。

「なっ……!?」

 小次郎は木刀を白刃取りしていたのだ。


 白刃取りは素手で行える防御技の一つだが、タイミングがシビアすぎるため基本的に戦術には組み込まれない。


 確かに兜割りは他の技に比べてモーションが長いが、CPも使わず『伍剣』はネット対戦に対応していないため対人戦の機会もない。つまり防御の練習ができない幻の技であり、タイミングをつかむのはほぼ不可能なはずだ。

 それを愛衣は易々とやってのけた。


 ……嘘だろ?

 コイツ、こんなに強かったっけ……?

 愛衣がここまでゲームが上手かったという記憶は、俺にはない。

 対人戦に誘われたことはよくあったが、その時は俺がほぼ圧勝していた。ワンサイドゲームすぎて彼女を泣かせてしまったこともある。


 なのに今は逆に追いつめられている。

 俺の腕が鈍ったか……、もしくは。

 愛衣の顔を見やった。

 興奮した表情の彼女はすっかり意識をゲームに奪われていて、こちらに気付いていない。


「さあ、ここから反撃開始なのだ!」

 小次郎は兜割り後に50フレームほど発生する硬直状態の武蔵の胸倉をつかみ、頭突きを食らわせる。武蔵は混乱状態に陥り、攻撃技がしばらく繰り出せなくなる。

 その隙に小次郎は物干し竿を拾い、武蔵に斬りかかる。

 急いで前転回避のコマンドを入力、間一髪で武蔵は攻撃を回避する。


 頭突きのせいでさらに体力ゲージは減らされ、もはや武蔵は虫の域だった。


 ここから木刀で形成を逆転するには、やはり兜割りを決めるか、一撃も相手から食らわずに攻撃を連続で決めるしかない。

 どちらもかなり絶望的だ。

 兜割りは相手に大きな隙が生まれなければ当たらない。

 連続で攻撃を食らわせるならフレーム数の少ない技を使えるが、装備しているのが木刀である。威力は低く、仰け反らせ攻撃となるとフレーム数が通常の武器と大差ない。愛衣ならば対応してくる。


 体温が際限なく上昇している、なのに冷や汗が止まらない。

 どうするっ、どうすればっ……!?

 結論を催促する言葉が頭を駆け回るが、答えは出ない。暴動を起こした民衆の怒声を一身に受けているおささながらの状態だ。


 もしやプロゲーマー時代の感覚が蘇っていたのは、愛衣が強者だと勘づいていたからか?

 ある一定以上の実力者同士が相対した時、対戦者がどれほどの力を持っているかが雰囲気でわかることがある――らしい。

 俺にもその第六感の欠片ぐらいはあり、警鐘を鳴らしたのかもしれない。

 コイツはヤバい、強敵だぞ――と。


 小次郎の猛攻を、武蔵はかわし続ける。

 本来の構図は逆なのだ。宮本武蔵が連撃を放ち、佐々木小次郎はそれを捌きながら反撃の機会を窺う。

 だが現状は一撃もらえば即死必須、回避に専念するしかない。


 指の休まる暇はなく、心身共に限界まで追いつめられていく。反撃の糸口がまるで見えてこない。

 もうやめたい、投げ出したい、楽になりたい。ここから勝負をひっくり返すなんてできっこないじゃないかと、弱気がささやく。


 ミス一つで命取りになる状況は、ハルネと対戦した『ストリーム・バトラーズ』の一戦でもあった。しかしあれはこちらが仕掛けており、いずれチャンスがやってくると思っていたから気持ちに余裕があった。今はそんな希望なんて欠片もない。

 小次郎の攻めはまるで隙がなく緩むこともない。このまま永遠に防戦が続くんじゃないかとさえ思えた。

 傍から見れば固着状態だろうが、武蔵の体力は減らずとも俺の精神ゲージは紅く点滅しだしていた。


 ――このまま負けてもいいのか? お前は元プロゲーマーだろう?


 己が心の問いに、俺は言い返す。

 プロゲーマー時代の専門はシューティングゲームだ、格ゲーじゃないっ!


 ――お前は『ストリーム・バトラーズ』で全国百位を取ったことを誇っていた。格ゲーに対しても矜持きょうじを持っているんじゃないか?


 ……言葉に詰まる。

 俺はプロゲーマーとして、あらゆる分野を極めようとシューティングゲーム以外にも様々なジャンルに手を出していた。

 専門外でもせめてアマチュアには勝てるレベルになろう、と。


 ――専門の分野で、トップに立つ。そのための努力ができなかったから、お前は世界大会で優勝できなかったんじゃないか?


 返す言葉もない。

 だけど、なりたかった。どんなゲームも軽々とこなす、本当のゲームのプロフェッショナルに。ゲームの神様に。


 ――ゲームの神様に……、なぜだ?


 妹がすごい兄ちゃんなんだって、ゲームのプロなんだって、誇れる存在になりたかった。

 だから。だからっ――


 ――違う。


 その否定に、俺は眉根を寄せる。


 違うって、何がだよ?

 俺は元プロゲーマーとして、そして兄として、妹に負けるわけにはいかない。

 その何が違うってんだよ?


 俺の疑問に、己が心は問い返してきた。


 ――お前は愛衣の兄、生流ではないだろう?


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


【次回予告!】


魔光「なあ、佳代女史よ」

佳代「ん、ナニさ?」

魔光「我と佳代女史はこうして言の葉をわしているが、本編ではまだ顔を合わせてはおらぬであろう?」

佳代「多分、そうじゃん?」

魔光「つまり敵同士で相対するかもしれぬ者と、呑気のんきに茶を飲み交わしているわけだが。これでよいのだろうか……」

佳代「難しく考えても仕方ないっしょ。今が楽しければそれでいいじゃん?」

魔光「むう……」

佳代「ほら、刹那的ってコトバ、なんかカッコイイし魔光っちも好きっしょ?」

魔光「ククク、確かにそうだな」


佳代「次回、『5章 妹の家で一夜過ごします、女装姿で その11』 じゃん!」

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