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TIPS かつての7月7日~いつかゲームの世界に生きる~ ※なろうオンリー、暴力注意

 これは生流と愛衣がまだ幼く、実家で暮らしていた時のこと。

 この出来事は彼の意識の遥か深層にあり、すっかり忘れてしまっている。


   ●


 その日は七夕だった。

 朝から雨が降っており、今年も織姫と彦星は会えないんだなあと窓から眺めてぼんやりと思っていた。

 この時期はほぼ毎年のように晴れない、というのは過去の天気予報を見ればすぐわかる。

 地域によっては晴れている場所もあるのかもしれないが、少なくともこの周辺はどんよりした天気がデフォルトのようだった。


 まあ、俺がいくら織姫と彦星を不憫に思おうが、何かが変わるわけではない。

 人は人らしく、天の意思に従うほかないのだ。

 俺はランドセルから数枚のプリントを取り出し、宿題に取り掛かろうとした。


 ちょうどその時、コンコンと部屋をノックする音が聞こえた。

 かなり遠慮気味の、小さなもの。妹の愛衣だろう。

「なんだ?」


 ドアの外から「……しーっ、なのだ」と声がした。口の前で人差し指を立てている様が眼に浮かぶ。

 俺は愛衣に合わせて「……入っていいぞ」と小声で答えた。

 ドアがそっと開く。愛衣がにゅっと頭を出し、きょろきょろ部屋の様子を眺め回して確認してから、忍び足で入ってきた。

 胸には予想通り、携帯ゲーム機があった。


 俺はため息を吐いて言った。

「なあ、ゲームは夜に十五分だけって、クソオヤジから言われてるだろ」

「クソなんて言っちゃダメなのだ」

「そのクソオヤジの言うことを破ろうとしてる、お前はどうなんだよ?」

 と訊くと、愛衣はうつむき気味に言った。

「……だって、十五分だけじゃほとんど何もできないのだ」

 しゅんと落ち込んだ姿を前にしては、それ以上何かを言うことはできなかった。


「で、用事は?」

 わかりきったことだが、一応訊く。

 愛衣は勢い込んで、声のトーンを上げて言った。

「ゲーム、ゲームしたいのだ! 兄ちゃんと一緒に!!」


 俺はその笑みを目にして、胸がくすぐったくなる思いを覚えた。

 しかし表面上は考え込む様を装う。

「……どうすっかなあ」

「ダメ、なのだ?」

「だって宿題もあるし……、バレると殺されるし」


 殺される、その言葉を聞いた途端にビクッと愛衣は身震いした。

 その言葉がまるで比喩ではないように。


 俺はじっと愛衣の様子を窺う。

 そのまま帰るかな、と思ったが彼女は踏みとどまって、顔を上げた。

「……兄ちゃんはゲーム、したくないのだ?」


 ふっ、と自身の表情が和らぐのを感じた。

「ちょっとだけだぞ」

 愛衣はぱっと顔を輝かせた。

「うんっ!」

 俺は机の中からゲーム機を取り出し、愛衣と向かい合わせに座って対戦を始めた。




 ゲームを開始してすぐ、部屋のドアが凄まじい音を響かせて開いた。

 愛衣がビクッと身震いをしてその音の方を見やる。

 そこにはクソオヤジがいた。

 ヤツは目をギラギラ光らせて大股でこちらに迫ってきた。

 俺は愛衣を背にやり、憎き男を睨みつけた。


 クソオヤジは毛むくじゃらの手をぐっと握りしめた。


「オマエ等……ッ」

 ドスのきいた声を共に、手を振り上げる。

「何勝手にゲームやってんだよォオオオオオオオオオオオッ!!」


 ブォンッと空を切る音がしたと思ったら、俺の体は吹っ飛んでいた。

 頬が尋常じゃない痛みをうったえる。


「愛衣も……っ、兄貴にたぶらかされて……ッ」

「ちっ、違うのだ……ッ。あ、あたしが、兄ちゃんを誘って……」


 だがクソオヤジは愛衣の言葉など聞いていない。

 ヤツは彼女の髪をつかんでぐっと上に引っ張る。

「イヤッ、ヤァッ……! やめてっ、父さん……ッ!!」

「あっ、愛衣ィイイイイイイイイイイイッッッ!!」


 頭に血が上り、俺はがむしゃらにクソオヤジに突進した。

 だがクソオヤジは飛んできたサッカーボールのごとく、俺を軽々と蹴り飛ばした。


 体が転がって、壁にぶつかる。

 鉄のキツイ臭いがして、鼻が異様に熱くなる。

 意識が朦朧もうろうとして、視界が揺らぐ。


 そんな中、愛衣の悲鳴とクソオヤジの吐き気のする声が聞こえた。

「ゲームなんてしてたら、クズ人間になるんだよ。何にもならねえ、ただ時間を無駄にするだけだッ! こんなもんやってる時間があるなら勉強しろってんだ、勉強!!」


「で、でも、ゲームで、生きてる人も……」

「口答えするなッ!!」

 鈍い打撃音が聞こえた。

 愛衣を救いたい。だけど体が動かないし、俺にはクソオヤジを止める力もない。


「ゲームで生きているヤツはなあ、みんなクソなんだよ! 頭の悪いヤツから金を奪い取ってる詐欺野郎さぎッ!! そんなクソッたれなヤツ等にあこがれてるわけじゃねえよな? ……おいっ、なんとか言ったらどうなんだよッ!?」


 身の毛のよだつ音が聞こえる。でも俺には、どうすることもできない。

 意識が闇に沈んでいく。体の感覚がなくなっていく。


「ったく、アイツがゲームなんて買い与えるからこんなことになっちまったんだ。壊したらうるせぇしよっ、胸糞悪いぜ……ケッ!」


   ●


「うっ、うっ、うわぁあああああ……っ!」

 愛衣が泣いていた。青あざのできた顔を涙でぐしゃぐしゃにして。

 ……月曜日、学校に行く時までに治りきらないだろうな。

 その姿を思い浮かべると、じくりと胸が痛んだ。


 しかし愛衣が悲しんでいるのは、別のことだった。

「ゲーム……、ゲームられちゃったぁ……!!」


 意識が戻った時、俺達のゲームはこつぜんと姿を消していた。

 そのことをクソオヤジに問い詰めるとヤツは、「失くしたんじゃねえの」ととぼけやがった。


 その後、家中探したがゲームはどこにもなかった。

「泣くなよ、きっと俺が見つけてやるから」

「うっ、ぐすっ……、本当?」

「ああ、本当だ」

 俺は胸を叩いてうなずいた。


 しかしそれが根本的な解決にならないことは、小学生の俺にもわかっていた。

 ゲームが自由にできる環境――それが必要だった。


 しかしそんなもの、どうやって手に入れろというのだ。


 歯噛みした時、ふと意識を失う前のことを思い出した。

『で、でも、ゲームで、生きてる人も……』

 愛衣はそう言っていた。


「……愛衣」

「なんだ、兄ちゃん?」

「俺、ゲームのプロになる」

 愛衣はまだ涙ぐんでいた目を大きく開いた。

「ゲームの……、プロ?」

「そうだ。プロゲーマーになって、たくさんお金を稼げるようになれば、クソオヤジだっていくらゲームをしてたって文句言えないだろ?」


「……でも、プロゲーマーになるって大変なのだ」

「ゲームが大好きだから、へっちゃらだ。なんだったらプロになるだけじゃなくて、でっかい世界大会で優勝だってしてやるぜ!」

「おおっ、すごいのだ!」

 愛衣の目がキラキラと輝き始める。

 その期待が俺の胸の内で、魂を燃え上がらせるエネルギーに変換されていく。


「決めたっ。絶対に俺は世界大会で優勝してみせるッ!」

「本当なのだ!? 本当に本当なのだ!?」

「ああ、愛衣に誓ってな」

「じゃあ、指きりするのだ!」

「ああ、いいぞ」

 俺は愛衣と小指を絡ませ、馴染みの節を歌った。

「「指切りげんまん、嘘ついたら針千本飲―ます。指切った!」」

 ぱっと離して、二人で顔を見合わせたままにっと笑みを浮かべた。


「これで兄ちゃん、世界大会で優勝できるのだ?」

「ああ。どんなことがあっても、絶対にあきらめない。いつか愛衣に金メダルをかじらせてやるよ!」

「金メダルって……美味しいのだ?」

「さあ。……あ、そうだ」


 俺は立ち上がって机のそばに行き、ランドセルから学校で作って余らせていた短冊を取り出した。

 愛衣を振り返り、俺は言った。

「なあ、これに願い事書かないか?」

「願い事……、なのだ?」

「ああ。書いたら、笹はないから……、これに吊るすか」


 部屋の隅に会った木製のポールハンガーを叩いた。

 愛衣は大きくうなずき、俺から受け取ったマジックで短冊に願い事を書き始めた。

 俺も紙面にペン先を走らせる。

『世界大会で優勝!』

 でかでかと七文字とエクスクラメーションマークを並べた。


「できたのだ!」

 愛衣の声が聞こえたので見やると、つぶれかかった文字で『金メダルをかじる』と書いてあった。

 俺は思わず「ぷっ」と吹き出してしまった。


 愛衣が困惑した表情で尋ねてくる。

「え、何かおかしいのだ?」

「いっ、いやっ、別に……、ははっ、ハハハッ!」

「なっ、なんで笑うのだ兄ちゃん、兄ちゃんっ!?」




 かくして俺達は、7月7日に二枚の短冊をポールハンガーに吊るした。

 その短冊は大事に取っておこうと思っていたのだが、いつの間にかどこかになくなってしまっていた。

 ポールハンガーも捨ててしまい、思い出の品は完全に俺の手から失われた。

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