5章 妹の家で一夜過ごします、女装姿で その5
魔光のすごさ――
まずヤツはとにかく口が動く。
『むむっ? 鮮血の臭いを纏う戦士がはびこりし、剣呑な殺気が漂いたるここはいかなる世界だ?』
『ロビーデスヨ。もしくは『ザ・ランセ』の世界デスネ』
『ロビーとな。しかしそれにしては、猛者共が鬼のごとき血眼で疾駆しているが』
『確かにそうデスネ……』
発言の内容が濃ゆいうえに長い。
脳と舌にそれぞれ加速装置でもつけてるんじゃないかってぐらい。
しかも魔光は、大勢の観客の前にいる。
尋常じゃないプレッシャーを感じているはずだ。
にもかかわらず、平時と変わらない調子でしゃべることができている。
しかもだ。
ステージ上に登場してから、すでに30分は経過している。
だが一向に勢いが衰える様子はない。
むしろどんどんハイテンションになってすらいる。
『ふむ。このゲイムはロビーで武器やアイテムを黄金の魔力によって所有の契りを結ぶことができるのだな』
『珍しいデスネ。魔光サンは何を買いマスカ?』
『ククク、決まっておろう。強者は力こそ全て! ゆえに血肉を食らいし牙をこの胸に抱くのだッ!!』
『近接武器デスネ。なら、ミーは移動用の足を買っておきマスネ』
『足……とな(ニヤリ)』
『いや、あの、ユーと一緒にしないでクダサイネ? 別に誰かの足を刈り取ってきたりシマセンカラ』
『照れなくともよい、ミルク殿よ。我が背中を預けられるのは盟友であるそなただけであるからな!』
『はあ、まあ、ありがとうございマス』
その一言一言が、十連ガチャのごとく間隙なくするっと出てきている。
キャラを作っていると感じさせない。
まあ、昼間に話した感じ、これが魔光の素である。
しかし面接や発表の時に、本来の自分の話し方ができる人間がどれだけいるだろう?
魔光のキャラは、相方の夢咲にも作用していた。
最初は硬かった表情も、今は自然に動くようになっている。
ひとりよがりではなく――いやまあ、たとえそうだったとしても――魔光は夢咲の緊張を解きほぐしていた。
その本当の理由はよくわからない。
が、沸き起こる観客の笑い声が、答えを明示している気がする。
魔光のゲーム実況者としての売りは、おそらくあの安定した中二病だ。
それは独自の世界観を持ち、周囲の人間を巻き込んで爆走していく。
暴走とすら言えるかもしれない。
それに付き合えている夢咲も、かなりの対応力を持っていると言える。
『ほほう。青ざめた顔の馬か』
『白馬と言ってクダサイヨ』
『これに跨り、紅き雨と霧の世界に乗り出していくのだな』
『そんなにはグロくないと思いマスケド……』
『ディアボロス三世よ、そなたの肌を今に美しき真紅に染めてやるからな』
『それを聞いて喜ぶ馬はいないと思いマスケド』
『感じる……感じるぞ、そなたの血肉を求める抑え難き衝動を!』
『うわぁ、段々乗りたくなくなってきマシタ』
『安心せい。我が盟友に牙を剥くような不届きな輩だったら、我が鳴狐がこの首をただちに刎ねてやろう』
『HAHAHA。もしも本当にできたら、なんでも一つ言うことを聞いてあげマスヨ』
『フッ、その盟約、忘れるでないぞ』
『ハイハイ、わかりマシタヨ』
……夢咲、フラグって言葉はもう死語になりつつあるが、その存在はきっとまだ残ってると思うぞ?
まあともかく、夢咲の発言に観客が笑い声を上げた。
このイベントで、初めてだ。
そう。
夢咲にエンジンがかかる今この時まで、魔光のヤツが一人で観客を沸かせていた。
その発言の一つ一つが、爆笑の火薬、あるいは卵となっていたのだ。
夢咲が役立たずだったわけではない。
彼女なりに魔光の発言を補足したり、ヤツが話しやすいよう受け答えたりはしていた。緊張していた時だって、一般人よりは滑らかに言葉が出てきていた。俺だったらもう少しまごついたり言い淀んだりしただろう。
役割分担していた、とも捉えることできる。
漫才におけるボケとツッコミのように。
いや、もしかしたらそうなのかもしれない。
『行け、ディアボロス三世よッ! この空の限界、地の果てまで!!』
『あの、バトロワで地の果てまで行ったら、ペナルティダメージで死にマセンカ?』
『我が魂を捧げるのは気に食わんな。この地肉は、死後に盟友であるミルク殿に託すと決めているからな』
『いりマセンヨ。というか、ミーより先に死ぬつもりデスカ』
『無論、ミルク殿が先にくたばったら、そなたの地肉は我が授かろう』
『Ewww! 絶対にあげマセンカラ』
『なら我より、先に死ぬでないぞ』
『言われずとも』
ゲーム画面に『開戦!!』の文字が表示される。
周囲に妖怪らしきデザインのモンスターが出現する。
『さあっ、我の鳴狐の初陣と行くぞ!』
『あの、今更なんデスケド、確か明智光秀は銃系の武器が強い、遠距離キャラじゃありマセンデシタカ?』
『そんなことは関係あるまい。進むべき道は運命になど左右されるものではなく、己が魂で決めるものだ!』
『だったらキャラセレクトの時点で近距離系のを選んでクダサイヨ』
『相変わらずツッコミの切れ味は鋭いか。して、その手の刃は?』
『当然、抜群デスヨ!』
夢咲の操作する信長がモンスターの群れに突っ込み、刀を閃かせて切り裂いていく。
『さすが盟友であるな』
言いつつ、魔光は明智光秀に溜め攻撃の構えをさせる。
『止めは任せよ! 『紅蓮の斬撃』ッ!!』
大迫力の特殊演出ムービーが表示され、モンスターを一掃する。
普通なら、この序盤にたかがザコモンスター相手に隙が大きく時間を無駄に消費する必殺技を使いはしない。プロモーションイベントということを考慮してのことだろう。
二人はモンスターの落としたアイテムを集めながらも、ハイタッチを交わす。
『フーッハハハ! 圧倒的ではないか、我が軍は!!』
『軍といっても、二人しかいマセンケドネ。……あ、これがチームキルボーナスというヤツデスヨ』
『なんだ、チームキルボーナスとは?』
『さっき紹介してたデショウ。チームメイトが同じ敵を攻撃して倒すと、経験値がその人数分倍になって増えていくんデスヨ』
『なるほど。ということは、ただ単に威力が高い攻撃をぶっ放していくのではなく、二人で連携して倒せる戦い方をしていった方が効率的ということだな』
『デスカラ、勝手に一人で突っ走ってどっかに行ったりしないでクダサイネ』
『よかろう。我とミルク殿で、天下を取ろうではないか!』
『イエス! ……あっ、あれは敵キャラデスネ』
夢咲のゲーム画面の遠方に、敵武将キャラが映っていた。
『ククク、我等二人に見つかるとは、運のないヤツめ』
『どうしマス?』
『愚問だな。敵の姿あらば、突撃あるのみである!』
『デスヨネ。……あっ、ちょっと。馬に乗ったら、さすがにバレてしまいマセンカ?』
『影からこっそり近づいて、など姑息が過ぎるだろう。ここは騎馬して真っ向から蹴散らすのが武将というものだ!』
『……遠距離攻撃で倒されたり逃げられそうな気もしマスケド、まあNPC相手なら通用しないこともない……デショウカ』
不思議だ。あの魔光と一緒だと、夢咲が熟練のゲームプレイヤーに見えてくる。
いや、ただ単に魔光が無茶苦茶なだけなのだが。
しかしそれが観客には受けていて、彼女の一言一言、一挙手一投足に笑い転げているという感じだった。
……もしかしたら俺はゲームのプロモーションではなく、お笑い番組を視ているのかもしれない。
「お風呂あがったぞー。おーい?」
愛衣の声に、俺は我に返った。
いつの間にか、すぐ真横に彼女はいた。
「あ、えっと、すみません。動画に熱中してしまっていて……」
慌ててセリカの口調で返す。上手く作り声も出てくれた。
とっさにしては自然な演技だった。
……実況者ってのは、こうして日常が浸食されていくのかもしれない。
俺は少し魔光の中二が理解できた気がした。
いやまあ、卵と鶏どっちが先かはわからんが。
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【次回予告!】
乙乙乙「……ZZZ」
魔光「なんだ、この眠り姫は……」
乙乙乙「むにゃむにゃ、……誰?」
魔光「我は冥界の王、魔光であるが……」
乙乙乙「……そう。じゃあ次回予告、よろ……しく……ZZZ」
魔光「まっ、待たれい待たれい! 王である我に命令するのか!?」
乙乙乙「くー……ZZZ」
魔光「ぬ、ぬぬ……いたし方あるまい」
魔光「次回、『妹の家で一夜過ごします、女装姿で その6』ッ!」




