入学と面会日
街の中心に向かって歩いて行く。
レイナが城の様だと思った、巨大な建物が「魔法学園」らしい。
石造りの塀と金属製の柵に覆われ、入り口は頑丈そうな門で閉ざされている。
警備なのか、武器を持って立っている人がいたが、教師であるマクシーネが付いている為、レイナは誰かに引き留められる事もなく中に入る事が出来た。
「うわぁ…」
学園内が、1つの街の様だった。
花壇や噴水付きの芝生の校庭では、生徒らしき子供達が寝そべったり、本を読んだりしている。
その奥にそびえる校舎を9つの塔が取り囲んでいる様子は、まるで要塞だ。
「先生!あの塔みたいなの、何ですか?」
「あれは寮よ。組によって寮が分かれていて、真ん中にあるのが教師用ね」
へぇー、と相槌を打ちながらレイナが落ち着きなく辺りを見渡す。
幼い子供の様な反応を微笑ましそうに見つめながら、マクシーネが迷わず校舎に入った。
歓声を上げるレイナを連れて、校長室の扉をノックする。
「A組担当教師のマクシーネです」
「入りなさい」
奥から女性の声が聞こえた。
前もって知らせてあったのか、その声から驚きは感じ取れない。
「失礼します」
「し、失礼しますっ」
緊張した面持ちで扉を開け、校長室に入る2人。
A組担当教師兼、副校長のマクシーネでも、校長室に入る機会は中々無く、慣れる事はないのだ。
校長室は応接室も兼ねている様で、来客用と見られるソファや机が置かれ、その奥の一際重厚な椅子に1人の女性が腰を下ろしている。
執務用の机に頬杖をつく年嵩の女性の目が、一瞬マクシーネに向けられ、その後レイナに固定された。
「結界の外で保護した、記憶喪失の少女です。魔力持ちである事は確認済みで、適性は…信じられない事に7種全てです」
言い切ったマクシーネが、レイナの背を軽く押して挨拶を促す。
「始めまして、レイナと言います」
自己紹介で良かったのかは疑問だが、学園で叩き込まれた礼だけは完璧だ。
レイナが顔を上げると、こちらを見詰め続けていた校長の藍色の瞳と目が合った。
「事情はわかりました。貴女が記憶を取り戻す日までは、マクシーネと私が保護者になりましょう」
―ごめんなさい、そんな日は一生来ません…!
レイナの心中は緊張と罪悪感の大嵐だったが、顔には出さずに「ありがとうございます」と礼を言うだけに留めておいた。
「何組に入るかは決めているの?」
「はい、出来ればマクシーネ先生が担当されるA組が良いのですが…」
どれにも適性があるのなら、唯一知り合いがいるA組に入りたい、とレイナは考えていた。
「では、その様に処理しておくわ」
校長が引き出しから書類を取り出して何かを書き込み、席を立って奥から箱を持って来た。
別の場所から用意した赤色のブローチを箱の上に乗せ、レイナに渡す。
「レイナ、貴女を歓迎します」
「ありがとうございます」
箱の中身はレイナの制服や教材だ。
ブローチを手に取ると、一瞬淡く光った。
「ブローチは学生証になっているの。詳しい事はマクシーネに聞くと良いでしょう」
「お任せ下さい」
マクシーネが了承したのを見て、校長は静かに頷き、
「話は以上よ。下がりなさい」
最後まで感情を見せない瞳のまま、退出を促した。
◇ ◇ ◇
カラーン、カラーン…
「―はっ!」
1日の始まりを知らせる鐘の音。
今日は日曜日―レイナの母親が、第0区に入る事が出来る珍しい日だ。
「指輪は…あるね」
右手の中指には、確かに指輪がはまっている。
それは充分に不思議現象だが、今日はそれどころではない。
鐘が鳴ったという事は、既に開門の時間になっている。
慌てて飛び起き、クローゼットから外を歩ける服を見繕い、着替える。選択肢が少ないと、こういう時に迷わないで済むから楽だ。
髪を整え、家を飛び出す。
門の周辺には人集りが出来ていて、馬車が何台も通ったり、平民達が両親と再開を喜んだりしている。
「―お母さん!」
「レイナ!」
レイナもその1人だ。
周りと違うのは、母親しかいない事か。
「久し振りね。少し痩せたんじゃない?」
「お母さんこそ!」
手を引いて、家に案内する。
数週間に1度しかない面会の機会を、無駄にしない様にしなくては。
話したい事は、山程あるのだ。
* * *
「―嬢様、ティナお嬢様」
豪華なベッドで、細かい刺繍が施された掛け布団を被り、眠りについている少女を優しい手が揺り起こす。
「お目覚めの時間でございます」
ここ最近、ティナは寝坊する事が多かった。
側近が起こしに来る程というのは珍しいが、転校の影響で疲れているのだろうと思い、皆そっとしている。
「…ん、おはよう。リーゼ」
「おはようございます、お嬢様。既に鐘は鳴りました。お召し替えを」
「えぇ」
普段着に着替え、朝食の席へ向かう。
途中、ふと窓の外に目をやると、レイナが女性を連れて家に入る姿が見えた。
「あれは…」
「今日は第4区出身者の面会日ですから。お母様に会われるのでしょう」
「そうね」
弾けんばかりの笑顔のレイナに、慈愛に満ちた微笑みを向ける女性の姿が、目の裏に焼き付いて離れない。
仲の良い親娘なのだろう。
自由に会えない立場にありながら、決して切れない絆で繋がっている2人を見て、ティナが軽く息を吐いた。
「お嬢様?」
「ごめんなさい、行きましょう」
胸の奥で微かに疼いた感情に名前を付ける事を止め、ティナが歩き出す。
その時にはもう、2人の姿は見えなくなっていた。