7種の魔法
「さっきも言った通り、魔法は全部で7つに分けられているわ。赤色は〈四元素〉、橙色は〈創造〉、黄色は〈治癒〉、緑色は〈植物〉、水色は〈空間〉、青色は〈精霊〉、紫色は〈系統外〉ね」
「その中でも〈四元素〉は火・水・風・土を操れるから、1番人気なのよねぇ。私には適性がなかったけど」
1度に詰め込まれた情報を整理して、飲み込んでいく。
「…〈系統外〉って何ですか?」
「他の6つのどれにも該当しない魔法の詰め合わせよ。中には、本人にしか使えない魔法もあるけど…実戦的でないものが大半だから…」
言いにくそうにマクシーネが濁した言葉を、おばちゃんが引き継いだ。
「“落ちこぼれ集団”って渾名で呼ばれるくらいなのよねぇ。上手く活かせば良いのに、本人も不貞腐れちゃうから…」
そんな名前で呼ばれたら、やる気も無くすだろう、とレイナは軽く同情した。
“平民上がり”、〈無色〉、と毎日の様に言われているので、何となく気持ちはわかる。
「先生が担当されているA組は〈四元素〉のクラスなんですか?」
「そうよ。このブローチの色が所属を表しているの」
とん、と白ローブを留めている胸のブローチを指して、誇らしげにマクシーネが言う。
「それじゃあ、指輪も用意出来た事だし学園に行きましょうか」
「えっ?」
突然の入学宣言に、レイナは驚いてしまう。
学園に行く事になるのはわかっていたが、急過ぎないか。
「もしかしたら思い出すかもしれないし。7色何て珍しいから、誰か貴女を知っている人がいるかも」
ここに来て、記憶喪失という設定がマクシーネを後押ししてしまった。
今更訂正は出来ないし、「夢ですか」とも聞けないので、その設定で押し通すしかないのだが。
「わかりました」
「どの組に入るかは、ゆっくり考えればいいわ。性格もあるし」
「レイナちゃんの事は黙っておくから、焦らずに思い出すんだよ」
気遣う様にマクシーネが声をかけ、おばちゃんも優しくレイナを慰めた。
「…ありがとうございました」
おばちゃんにお礼を言って店を出ると、何故か、外の空気がキラキラして見えた。
蛍が飛び交っている様な、火の粉がふんわりと舞っている様な、不思議な光景。
見間違いかと目を擦ったが、光は消えない。
「先生、このキラキラしたの何ですか?」
この世界での頼みの綱であるマクシーネに質問をぶつけると、驚いて目を丸くした後、レイナと視線を合わせる様にその場に蹲み込んだ。
「先生…?」
「それは魔力よ。魔法やその辺りに生えている植物が含んでいる魔力が、空気に漂っているの。魔力に対する感覚が鋭いと、目視出来る事もあるから…見えなくなる様に念じれば消えるはずだわ」
言われた通り、魔力よ見えなくなーれ、とレイナが念じると、視界に溢れていた光がすぅっと薄れて消えていった。
「出来ました!」
綺麗だったが、視界にちょろちょろと光が浮かんでいると、気が散ると言うか、鬱陶しいと言うか…
無事元通りになったのだが、マクシーネはレイナと目を合わせたまま、何かを考えている様だった。
「あの…」
「レイナ」
いつになく真剣な声に、「大丈夫ですか」と続けるつもりだった台詞が萎んでいった。
「貴女は7種の魔法全てに適性がある。これは大変素晴らしい事だわ。おめでとう」
「あ、ありがとうございます…?」
お祝いを言う為だけにこんなに悩むだろうか?
きょとんと首を傾げてマクシーネの目を見つめ返す。
暫くの間逡巡していたマクシーネは、意を決した様に口を開いた。
「―いい?この世界は実力が全てよ。生き残る為には、強くなるしかないの。そして、貴女にはその手段がある」
―生き残る為には…
その言葉を聞いて、美しいと思っていたこの世界が、決して平穏ではないのだとレイナは悟った。
「まず、忘れてしまった常識と知識を身に付けなさい。貴女を欲しがる人は、これから沢山出て来る。利用されない様に、細心の注意を払って生活するの」
―私を、利用する人…?
「ここの事を何も知らず、力も無いけど、桁外れの才能だけある子供なんて、確実に狙われるわ。1人で出歩いたり、知らない人に付いて行ったりは絶対に駄目。良い話を持って来る人は全員、怪しみなさい」
―そっか…私って危うい立場にいるんだ。
マクシーネが保護しなければ、右も左もわからない迷子状態だったレイナ。誰もが、マクシーネみたいに丁寧に教え導いてくれる訳ではないのだ。
もし、別の人に拾われていたら…想像するとゾッとした。
「…気を付けます」
「はぁ…そこまで言われても、私の事は疑わないのね」
貴女を騙しているかもしれないのよ、とマクシーネが呟く。
そして、悪者っぽい不気味な笑顔を作った。
「私、これでも信用出来るかどうかは自分で見極めるタイプなんで」
だが、そんなものレイナには効かない。
伊達に邪智奸佞の渦巻く学園に身を浸している訳ではないのだ。
「…まぁ、いいわ。私は貴女を私益の為に利用するつもりはないから」
「ありがとうございます」