2つの世界
水晶玉の表面はひんやりと冷たかった。
だが、そう感じたのも一瞬の事。
カッと強い光が水晶玉の内側から放たれる。
「うわっ!?」
驚いたレイナが思わず手を離すと、光も収まった。
「な、何ですか、これ…?」
「魔力持ちが触れば光るのだけど…あれ程強い光は初めてねぇ」
おばちゃんも驚き、レイナをまじまじと観察する様な目付きになった。
「あー、こほん!」
嘘くさい咳払いが聞こえ、2人がはっと振り返る。
「指輪をお願いします」
我に帰ったおばちゃんが、カウンターから1つの箱を取り出した。
ゆっくりと蓋を外し、レイナの前に置く。
「利き手の中指に、はめてごらん」
銀色のリングに、半球体の透明な石が乗っている。その中には、双尖六角柱の水晶の様なものが垂直に立っていた。
…色は、まだ付いていない。
箱から指輪を取り出し、そっと中指に通す。
透明な水晶が、まるで蕾が開く様に、音も無く上方から割れていった。
徐々に色が付き、染まっていく。
開き切った時には半球体の中に、赤、橙、黄、緑、水、青、紫の7枚の花弁を持つ花が咲いていた。
「うわぁ…」
綺麗だ。思わず感嘆の声が漏れる。
どれも大きさに偏りはなく、光を受けてキラキラと輝いていた。
「…れ、レイナ…それって…」
「まさか…そんな…」
純粋に感動しているレイナとは違い、常識をよく知っている大人達は「綺麗」で済ませる事は出来なかった。
顎が外れそうな程口を開き、パクパクさせている。
それを見てレイナは漸く、平均は2〜3色だという話を思い出した。
「あ、あの…」
多いのは良い事だ。使える魔法が増えるのだから。
だが、限度というものがある。
「…いい、レイナ。7色というのは前代未聞なの」
「長年この店をやってきたけど、初めてねぇ」
2人からそう言われ、どうやら自分は普通ではない様だとレイナが自覚する。
「普通は、1番大きい…適性が高い魔法を専門的に学ぶのだけど…」
「マクシーネはA組、私はB組出身だけど…レイナちゃんはどうするんだい?」
その時になって、おばちゃんの胸に橙色のブローチが留められている事に気が付いた。
マクシーネの物と、色違いだ。
「ど、どうって…私は…」
―ここは、いつ終わるとも知れない夢の世界。
―どうするかと聞かれても、私は…
◇ ◇ ◇
「…わたし、は…」
ぱちっ、と目が覚めた。
現在地が、指輪の店ではなく自分の部屋だという事を確認して、息を吐く。
束の間の楽しい時間は、終わったのだ。
「…指輪、綺麗だったなぁ」
ベッドに仰向けになり、右手をかざす。
その中指には、夢で見たのと同じ、綺麗な指輪が…
「…そうそう、こんな感じの……えっ」
―指輪が、はまっている。
夢で見た物と寸分違わぬ、7色の結晶が入った銀の指輪。
「…ん?え?は?」
ちょっと待て、一旦落ち着こう。
左手を伸ばして指輪に触れる。
コツンという音と硬い感触。幻覚ではない。
頬を抓る。
滅茶苦茶痛かった。
部屋中を歩き回り、窓の外を見る。
ここは紛れもなく自分の部屋で、夕日で橙に染まるカサティリアの風景が目に飛び込んで来た。
しばらくの間、他人からは奇行としか見えない行動を繰り返し、最後にベッドに腰を下ろした。
「…」
―あれは、夢ではなかったのか。
―夢でないとしたら、何だったのだ。
寝ぼけて近所を徘徊した訳ではないし、誰かに誘拐された訳でもない。
そもそも、レイナの知る限り、あんな街も、魔法も、存在しない。
「…どういう、こと?」
マクシーネと名乗る女性。
指輪の店の店主のおばちゃん。
彼女達に今まであった事はないし、あの街に見覚えもない。
「…全部、はっきり覚えてる。私が寝た後に見る光景。あれは…夢、だよね…?」
睡眠中に見るものは夢。
大体は知っている人や記憶に残っている場所を見るし、レイナも今まではそうだった。
街は…カサティリアに似てると言えば似てるから、まぁわかるとして。
マクシーネとおばちゃん、それに魔法と指輪の存在はどう説明するのだ。
「…」
混乱が極まり、何も言葉が出て来なくなる。
もう1度寝るか、と現実逃避気味に思った所で―
ぐぅぅぅ〜…
「…お腹、空いたな」
寝てばかりとは言え、朝から何も食べていないのだ。
とりあえず食べて、それから考えよう。
* * *
お腹は満たされたが、現状は何も変わっていないし、右中指に輝く指輪が消えたりもしなかった。
「…はぁ…」
いくら考えても答えがわからないまま、夜になってしまった。
「もう…寝ようかな…」
何なら、今こうしているのも夢ではないかと疑いたくなってくる。
もう1度寝て、起きたらはっきりするだろう。
◇ ◇ ◇
「いきなりの事で、貴女も戸惑っているわよね。でも、学園には入学してもらう。これは、魔力を持つ者の義務よ」
―夢のはずなのに…
目を開くと指輪屋の中にいた。
とりあえず、不審がられない様に会話を続けなければ、という思いでレイナが口を開く。
「…わかりました。魔法には、どんなものがあるんですか?」