結界の内側
通れると言われても、1度弾かれた記憶がある為、躊躇してしまう。
既に結界の向こう側にいるマクシーネが、苦笑しながら手を振った。
―どうせ、もうじき覚める夢なんだ。
―どうなったって大丈夫。
意を決したレイナが、目を瞑って結界の中に飛び込む。
予想していた痛みはなく、ほんの僅かな違和感を一瞬感じただけで、目を開くとマクシーネの同じ内側に立っていた。
「大丈夫でしょう?」
「はい!お待たせしました、えっと…先生?」
呼称に悩んだが、学園の教師だと言っていた事を思い出して「先生」と呼んでみると、正解、と言う様にマクシーネが微笑んだ。
「入るわよ、と言いたい所だけど…少し、ズルをしても構わない?」
「え?あ、はい」
門を前にズルとは一体何をするのだろう、と好奇心半分、疑問半分でレイナが頷く。
それを確認したマクシーネが、レイナの手を取って何かを呟いた。
ヒュゥッと耳元で風の鳴る音が聞こえる。
風が渦を巻き、地面の砂や石がくるくると円を書いた。
「うわぁっ!?」
急に足下の感覚が消え、視線が高くなる。
風に身体が持ち上げられたのだと気付いた時には、塀と同じ高さまで昇っていた。
―街だ。
整った街並み、中心にそびえる城の様な大きな建物と石畳が目に飛び込んで来る。
背中を押す様に横向きの風が吹き、レイナとマクシーネは塀を越えた。
ゆっくりと、内側の地面に着地する。
「せ、先生…今のは…?」
「魔法よ。貴女にも魔力があれば、出来るかもしれないわ」
―これが、魔法…
初めて目にし、体験した不思議現象に、レイナは胸が高鳴るのを感じた。
「さ、行きましょう。まずは指輪ね」
その現象を起こした張本人は至って平然としている。
辺りを見渡すと、上から見た通りの風景が広がっていた。
すぅ、と空気を吸い込む。
結界の外側よりも澄んでいる気がした。
「はい!」
マクシーネの右手に輝く指輪。
あれと同じ物が手に入ると思うと、わくわくしてくる。
期待を込めて一歩を踏み出した―
◇ ◇ ◇
「…んぅ…」
視界が暗く、身体の下が柔らかい。
結界の中に入ったのが数秒前の様に感じられるが、目を開くと、今いるのが自分の部屋だとわかった。
「…やっぱり、夢か…2日連続なんて、すごいなぁ…」
せっかくなら指輪も見たかったが、覚めてしまったのだから仕方がない。
つらつらと考えていたせいで、昨日は遅刻しそうになったのだ。同じ轍は踏むまい。
「よしっ!」
パチンと両頬を叩いて意識をはっきりさせ、ベッドから下りる。
制服に着替えようとした所で…ふと、気が付いた。
「…今日、土曜日…」
うっかりしていたが、土・日曜日は学校はお休みだった。
そして、今日は土曜日。
「ま、早めに気が付いて良かったってことで」
誰に向けた訳でもない、誤魔化し笑いを浮かべながらレイナが呟く。
返事は当然ない。窓から漏れる朝の光が空を飛ぶ鳥に遮られて揺れ動いた。
* * *
休日と言っても、特にする事はない。
支給されたお金を少しでも仕送りにあてられる様に、極力動かず、体力を温存するのが常だ。
「宿題は終わった、本は読んだ、やることなーい!」
だが、飽きた。暇なのだ。
朝ご飯を削り、昼ご飯も抜くつもりでいる以上、疲れるので、遊びに行く訳にもいかない(そもそも、遊べる場所等ないが)。
「…寝るか」
空腹を感じない、1番の方法は寝る事だとレイナは思っている。
夜まで寝よう、とベッドに潜り込んだ。
「夢の続き、見られるといいな…」
大して疲れてもいないはずなのに、レイナの意識は闇へと落ちていった。
◇ ◇ ◇
目を開ける。
「っ!」
目の前には、整えられた綺麗な街が広がっていた。
いよいよ夢にしてはおかしいのではないか、と不安になる気持ちが、ない訳ではない。
だが、基本は楽観的思考の持ち主であるレイナは、よし楽しもう、という気持ちの方が勝つのだ。
「先生、指輪の色はどうやって決まるんですか?」
レイナの質問に、「そうだった」という顔をし、咳払いをしてからマクシーネが話し始めた。
「まず、人間の大半は魔力を持っているの。極稀に例外もいるのだけど、今は置いておくわね。魔力を操って魔法を使うのだけれど、魔力によって、どの魔法に適しているかが異なるの」
教師をしているだけあってか、きっちり説明している。
「魔法は7種類に分けられて、私の場合、その内の4つに適性…使える可能性があって、それが指輪の色に現れるわ」
マクシーネの4色に分かれていた指輪を思い出して、レイナが頷いた。
「生まれた子供は最初に魔力の有無を調べて、魔力持ちだと判明したら指輪をつけるの。適性は平均で2つか3つね」
「先生はだいぶ多いんですね」
「そうね…着いたわ、ここよ」
1軒の建物の前で足を止めた。
見た目は普通だが、花の様な不思議な紋章が看板に刻まれていた。
「入りましょう」
「はい!」
扉を開けると、付いていたベルがカランカランと音を立てた。
カウンターの奥から人の良さそうなおばちゃんが顔を出す。
「いらっしゃい。ご用件は?…おや、マクシーネじゃない」
「ご無沙汰してます。今日はレイナの魔力測定と指輪を」
親しげなやり取りから、2人は知り合いなのかな、とレイナは思った。
子供の頃に指輪を求めて来店したマクシーネを、店主であるおばちゃんは覚えていたのだ。
「この歳で?珍しいね」
「実は…結界の外側で発見したのです。どうやら記憶喪失の様でして」
事情を聞いたおばちゃんが、気の毒そうな目をレイナに向けた。
「外に出て無事だなんて、奇跡だよ。怪我しない内に保護されて良かったねぇ、レイナちゃん」
「あ、ありがとうございます」
レイナとしては騙している様で、この状況を非常に申し訳なく思っているのだが。
「それじゃあ、魔力測定だったね。ここに手を置いてくれる?」
カウンターの上に置かれた、両手サイズの水晶玉を指差す。
「はい…」
期待と不安が半分半分。
そっと手を伸ばし、水晶玉に触れた。