試験後の面談 その2
―中等部への推薦。
人数が限られているが希望者は多い、狭き門だ。
それでも進学希望者が多い背景には、中等部からは男女共学になるという点がある。つまり、大半は玉の輿狙いだ。他にも、少数だが勉学を極めたいという純粋な熱意を持つ者がいる事は否定しないが。
「ティナの成績なら、問題はありません」
こうして学園側が太鼓判を押すのは、かなり珍しい。それだけ、〈無色〉が1位を取るのは異例なのだ。
―私は…
机の下で拳を握る。自分で道が選べたなら、どれ程幸せだっただろう。だが、それを顔には出さない。
「両親と相談して決めます。私に、決定権はありませんので」
「…そうですか。この成績を知られたら、きっと否とは言われませんよ」
残念そうな先生から、教室に戻って次の人を呼ぶよう指示を出される。
「ありがとうございました。それでは、失礼します」
ティナは最後まで、完璧な作り笑顔だった。
* * *
―はぁ…
心の中で溜息を吐きながら、レイナは静かな廊下を歩く。考えているのは、ティナの事だ。
―メローネったら、あんな命令を…〈黒〉に逆らえないからって…ティナ、大丈夫かなぁ…
他クラスを合わせて第21位だったレイナの面談順は早い。ティナに警告する機会を見つけられないまま、呼ばれてしまった。
―変な証言をされたら、せっかく晴れた不正疑惑が…
ティナに退学処分になって欲しくない。貴族学園を卒業した平民は持て囃されるが、退学処分になれば一生の汚点となる。
―あと1年…短い時間だけど、一緒に通いたい。
ティナの顔を見ると安心する。
ティナが笑うと嬉しくなる。
ティナと手を繋ぐと胸の奥が温かくなる。
ティナと目が合うと何故か泣きたくなる。
―大好きで、大切な友達。
―だから絶対に守ってみせる。
平民には力が無い。
胸元で揺れるブローチは最下級の透明。権力も財力も圧倒的に劣っていて、いざという時に縋る先は、貴族学園で作った貴族の友人だけ。
だがレイナは、貴族との繋がりを作らなかった。
―だから、私に出来る事は…
メローネに敵視されようと、今更だ。
隣にティナがいれば、乗り越えられるから。
強く握り締めた拳で、面談室の扉を叩いた。
* * *
「…つまり、メローネがティナを退学処分に追い込もうと手を回していると?」
「はい。試験での不正疑惑について、クラスメイトに虚偽の証言を強要しています」
面談室に入ったレイナは、自分の進路の話をそっちのけで、先程の教室でのやり取りを告発した。
先生が驚きで黙り込んでいるのを良い事に、さらに続ける。
「それだけではありません!今回の成績は、ティナが学園を買収したからだという噂を流せと―」
「…証拠は?証拠はありますか?」
流れる様に動いていたレイナの口が、不自然な形で止まった。何かを言葉にしようと開閉を繰り返すが、声は出て来ない。
「この話は聞かなかった事にします」
レイナが何も言えない事を確認した先生は、綺麗な笑顔を浮かべた。
「まっ、待って下さい!」
「ティナの不正疑惑は、証拠があったから話を聞きましたし、証拠が不十分だったから今も在籍を許しています。勿論、彼女の機転もありましたが…貴女の話は、聞くに値しません」
―そんな…
先生が言う「証拠」とは、ティナの机の中から見つかった紙の事だろう。自分の言葉は、あんな偽物の紙切れにも劣るのか。それとも―
「…最初に、先生にカンニングを知らせたのはメローネですよね」
「えぇ。ティナが紙を見たというのは、彼女の誤解だったと処理していますが」
―そんな訳…そんな都合良く、自分に有利な誤解をするものか。
「…メローネが、貴族だからですか?〈黒〉だから、彼女の言う事を信じたんですか?」
「この学園は、身分に関係無く切磋琢磨する事が目標です。貴族だから、平民だから、という事はありませんよ」
先生は、相変わらず笑顔だ。聞き分けのない幼い子供を宥める様な、仕方がなさそうな笑みを浮かべている。
「それなら、私の言う事も聞いて下さい!メローネの証言だけでティナの机を確認した様に!」
先生は、メローネの証言の裏を取る為に、ティナの机を探った。あの時点では、物的証拠は何も無かったにも関わらず、だ。なのに何故、レイナの証言の裏を取ろうとはしないのか。
「貴女の話では、メローネが事実とは異なる証言をするようクラスメイトに命じたそうですね?」
「はい!」
―やっと、聞く気になってくれた?
「では、それをどうやって証明しますか?確かな証拠が、何処かを探せば出て来ますか?」
「っ!」
出て来る訳がない。メローネの命令は全て口頭で出されたものであり、もし仮に、その場にいた全員が証言をしても、確かな証拠にはなり得ない。
「私が言っているのは、そういう事ですよ。無闇に騒ぐのは、自ら退学処分にしてくれと申し出ている様なものです」




