夢の続き
鏡に向かい、髪を梳かす。
肩にかかるかどうかという長さのこげ茶色の髪を整え、最後に全身を確認してから帽子を手に取った。
学年によって異なる色の布で作られた花が縫い付けられているそれを頭に乗せ、家を出る。
「「ごめん、遅くなっちゃった!」」
自分と同じ台詞を道の反対側からも聞いたレイナとティナが顔を見合わせた。
「あれ、レイナも?」
「ティナも?それなら遅刻じゃないかも」
実際は普段より10分程遅いのだが、仲間がいると安心してしまうのだろう。
だがそれは、全員が遅れて来た場合であり、
「あれ、マリちゃんは?」
「私が起きるの遅かったから、先に行ってもらったよ。私達も急がないと」
今回の様に、1人でも正しい時間に来ている時は通用しない事が多い。
ティナの言葉に「やっぱりかぁ」と反省したレイナは、ティナの手を取り、
「わかった、走ろう!」
まだ挽回出来る!と意気込んで走り出した。
「えっ、えぇぇ!?」
引っ張られる形でティナもどんどん加速していく。
閑静な住宅街に、2人の少女の悲鳴と笑い声が響き渡った。
* * *
「「はぁっ、はぁっ…」」
淑女らしからぬ行動ではあったが、お陰で(?)2人は遅刻せずに済んだ。
だが、「無事に」とは言えないだろう。
「あら、レイナ。案内係の身分で遅刻なんて、ティナに迷惑だと思わないの?」
教室に入ってすぐの位置に、メローネ+その取り巻き達が通せんぼをする様に立っていたからだ。
「いや、その、それは…」
まだチャイムは鳴っていない。
恐らく、あと1分程で鳴るだろうが、2人はもう教室にいる。
つまり、遅刻はしていない。
「これだから平民上がりは…時間の管理もまともに出来ないなんて」
だが、レイナとティナが普段より遅かったのは事実である以上、下手に言い返す事は出来ない。
「私が次期ロルフになったらこんな制度、即撤廃する案を出すわ。皆もそう思うでしょう?」
「仰る通りです」
「平民と同じ空間で学ぶなんて、我慢出来ません」
裏を見せない笑顔。本当に彼女達がそう思っているのかはわからないし、そんな事は重要ではない。
〈黒〉のメローネがレイナを疎ましく思った、その事実だけでクラスメイトの半数以上がレイナの敵に回る。
返す言葉が見つからず固まるレイナの横を、1歩進み出る影があった。
「皆さんすみません。今日は何だか夢見が悪くて、レイナにも迷惑をかけてしまって…危うく、遅刻する所でした」
綺麗な所作でメローネ達とレイナ、それぞれに頭を下げる。
ティナが口にしたのは、丁寧な謝罪。
にも関わらず、平民だと蔑んでいた貴族達が思わず気圧される程の不可視のオーラが放たれた。
「そ、そうね…次から気を付けなさいよ」
「はい。ご忠告感謝します」
控えめな笑みを浮かべてお礼を言う姿からは何も感じられない。
先程の、圧倒的な強者の気配は気のせいだったのではないかと思える。
だが、間近にいた生徒達はティナから感じ取った底知れない何かを、忘れる事は出来なかった。
* * *
「はぁ…すごいな、ティナは」
気を緩めるな、隙を見せるな、油断した者から敗者になる。
わかっていたはずなのに、早々にやらかしてしまった。
「何も知らずに、じゃなくて、全部わかった上での行動なんだもん。あれが同じ平民だなんて…」
あの後すぐにチャイムが鳴ったから良かったものの、身分では最底辺の〈無色〉が〈黒〉を引き下がらせた、等と噂になれば大変な事だ。
建前上は「身分に関係なく〜」という事になっているので表立ったお咎めは無いが、残り1年と少しの学園生活は肩身の狭い思いをする事になる。
「宿題もやったし、今日は寝よっと…」
精神的に疲れを感じていたレイナは、早々にベッドに横になった。
お休みなさいを言う相手はいない。
◇ ◇ ◇
「―私はマクシーネ。魔法学園A組の担当教師です」
目を開けると、昨日と同じ女性と一緒に門の前に立っていた。
「…へ?」
大きな門と高い塀、それらを囲むドーム型の結界に、白いローブと赤いブローチの女性。
昨日と同じ夢。その続きを見ている…?
「あぁ、もしかしてこれも忘れてる?魔法学園というものがあって、魔力持ちは全員、入学するの」
レイナの疑問を、記憶喪失故だと受け取った女性―マクシーネが補足したが、殆どがレイナの右耳から左耳へ通り抜けていった。
―落ち着こう、私は間違いなくベッドで寝た。
―つまり、これは夢。
―昨日の夢の事を考えていたから、また夢に出た。
―きっとそうだ。
通っている様な、いない様な理屈で一先ず自分を納得させたレイナは、そっと息を吐いた。
―悪夢っていう訳でもないし、せっかくだから楽しもう。
「学園?が、この中にあるんですか」
「えぇ、行けばわかるわ。そうだ、一応これ書いてもらえる?」
マクシーネが1枚の紙とペンをレイナに手渡す。
「通行許可書」と書かれており、同伴者の欄はマクシーネの名で既に埋まっていた。
「名前を書くだけで大丈夫よ」
言われた通りレイナと記入すると、「許可書」が淡く発光した。
「えっ!?」
端から光が綻び、崩れ、粒となって空気に溶けていく。
数秒後には、手の中には何も残っていなかった。
「これで貴女も結界を通れるわ。さ、行きましょう」
それを当然の様に見届けたマクシーネは門へと向かい、レイナは慌ててその後を付いて行った。