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街案内

「ふぅ〜」


筆記試験を終えて帰宅したレイナが、ベッドに倒れ込んだ。まだ実技が残っているが、今から焦っても出来る事はほとんどない。

ティナの件で精神的に疲れていた事もあり、そのまま眠りに落ちた。



 ◇ ◇ ◇



目を開ける。

夢の世界(アトフィリオ)との行き来は一瞬で、その為自分がどちらにいるのか混乱してしまう事があるが―


「おい、どうかしたか?」


横を歩いていた少女の、怪訝そうな声を聞いて意識がはっきりした。


「ううん、何でもない。どこに向かっているのかなって」


買い出しを終え、昼食に氷を砕いた何かを食べ、塀から降りた所だ。暇なら付き合え、とイリスに引っ張られながら街を歩いている。


「あー…あんた、記憶喪失なら街の事も覚えてないんだろ?」


「う、うん」


本当は記憶喪失でないという罪悪感がちくりとレイナの胸を刺したが、押し殺して頷いた。その表情は悲しみを覆い隠している様でもあり、ますます記憶喪失という言葉の信憑性を高めているのだが、レイナは気付いていない。


「あたしの観光のついでに、わかんねぇ所は教えてやるよ」


自分の出身の街を観光って…と言いかけて、気を使わせまいとするイリスの不器用な優しさなのだと思い至ったレイナの顔に、笑みが浮かんだ。


「街の地図なら覚えたよ?」


だが、指摘されたくないだろうし、しても「そんな訳ねぇだろ、馬鹿か」と鼻で笑われるのがオチだろうなと思い、全く別の答えを返す。


「へぇ…なら、そこの角を右に曲がって、3つ目の角を左に曲がったら、何が見える?」


「お昼ご飯を買った通りだよね?」


レイナは平民でありながら、貴族学園に入学出来た。つまり、頭が良い。午前中の買い出しで現在地や縮尺を照らし合わせたので、恐らく迷子になる心配もない。地図に載っていない様な細い路地に入り込まなければ、だが。


「…3つ目の角を左、次の角を右、その次も右に行って、右に曲がって真っ直ぐ」


「今いる場所じゃん」


「ちっ」


勝った…!とレイナが勝利を噛み締める。引き分けになる事が多いレイナとイリスの言い合いだが、今回はレイナの完全勝利だろう。


「でも、どんな場所なのかはよくわかっていないから、教えてもらえると嬉しいなー」


「…仕方ねぇな」


それでも観光はしたかったレイナが下手に出ると、呆れたのか乗せられたのか、イリスが頷いた。


「っても、観光名所がごろごろ転がってる訳じゃないからな。4つの門と8つの監視塔くらいで…」


「監視塔…あぁ、門の間にあるやつ?」


東西南北にある4つの門と、それぞれの門と門の間に2つずつ、街に近付く魔獣を即発見、殲滅する為の計8つの監視塔。


「ま、それでも見に行くか」



 * * *



「なぁ、緊急召集の音は場所によって違うって知ってたか?」


通りを歩きながら、先程レイナに負けたのが悔しかったのか、イリスが知識を披露する。


「そうなの?私、聞いた事ないから…」


「カンカンカン、とかガンガンガン、とかグァーングァーンとか、全部で12種類。緊急度とレベルでも変わるから、覚えとけ」


さっぱり音が伝わって来なかったが、色々な音を聞き分ける必要があるという事はわかった。


「お、近道だ。行くか」


イリスが近道扱いしたのは、住宅街の中だ。昼で皆が働きに出ているのか、賑やかな印象とは違って静まり返っている。


「通ってもいいの?」


「立ち入り禁止なんて書いてあるか?」


確かにと頷かざるを得ない理論に丸め込まれたレイナと、ほんの少し懐かしそうな笑みを浮かべたイリスが、大通りから外れた道に入る。


「イリスの家もこんな感じ?」


「あたしは…あー、まぁそうだな」


学園の寮は、他に行き場のないレイナにとっては救済措置だが、自分の家と家族がいる生徒は寂しさを感じるのかもしれない。

何とも言えないイリスの顔を、レイナはそう解釈した。


「あのさ―」


会話を続けようとして、微かに聞こえた音に口を噤む。


タッタッタッ…


靴が地面を蹴るような乾いた音が、どんどん近付いて来るのがわかった。


「足音…?」


どこからだろうか、と辺りを見渡し―直後、小さな影が脇腹を直撃した。


「わっ!?」


「誰だ!」


レイナの短い悲鳴とイリスの誰何が重なりながら、人影に向けられる―幼い、子供の人影に。


「おねーさんたちこそ、だぁれ?」


成長途中の高い声に、2人を見上げるまん丸な瞳。短髪がぶつかった衝撃で乱れている。


「あ、えっと…レイナ、です」


「何律儀に答えてんだよ」


子供の肩をイリスが軽く引いて、レイナから引き離す。ぱちくり、と1度瞬きしてから元気一杯の笑顔を浮かべた。


「ぼくはカイ!ね、あそぼ?」


カイと名乗る男の子がくいくいっと2人の服を引く。その右手中指に、銀色のリングが輝いていた。

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