表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
37/54

イリスの精霊

「イリスの〈精霊〉は、ちゃんとここにいるじゃない」


目には見えないし、手を伸ばしても掴めない。

イリス本人でさえ存在を疑った事のあるのに、レイナはあっさりと、そう言い切ってみせた。


「――は?」


「イリスを包み込むみたいに、側にずっといるもん。これがイリスの精霊…ううん、守護霊でしょ?」


「あ、あんたは…何を言って…」


レイナの目は、イリスとその横の空間に向けられている。だが、何度見ても何の姿も見えないし、手は空気をかくだけで、何の感触もない。


「魔獣討伐の時、覚えてる?先生が見つからなくて…」


魔力を見える様になれと念じた結果、空中を舞う無数の光を目視した。イリスは何が起こったのかわからなかっただろうが、あの時レイナは―


「魔力を見たの。魔法を使った場所だからか、たくさんの光が溢れてて…でも、その後イリスが魔法を使った時、今までで1番綺麗な光の塊が、イリスの周りに集まってて―」


「ちょっと!ちょっと待て」


綺麗だったが、眩し過ぎた。驚いたレイナが、思わず見えなくなる様念じるくらいには。それで見えなくなった為、気のせいで片付けていたが。


―あの光、あの魔力が、他の魔法から溢れた欠片だとは思えない。


―あれ自体がイリスを守る精霊だったのではないか。


「あんた、さっきから何を言って…魔力を見た?あたしの精霊がここにいるって?」


愕然とした表情。その上に、何を言っているんだと笑い飛ばそうとして失敗した、下手くそな歪んだ笑顔が浮かんだ。


「うん、今もいるよ。イリスが詠唱した瞬間からずっと、イリスを守ってる」


塀の上に座って怪我防止で魔法を使った時、レイナは確かめる為に魔力を見ていた。

結界の膨大な魔力とは別の、優しく包み込む様に温かく、守るという強い意志を感じる光を目にして、精霊の存在を確信したのだ。


「そんな…」


側にいると言われ、イリスが期待を込めて手を伸ばす。だが、いつも通り何も感じず、手は何かを掴む事無くすり抜けた。


その光景を、レイナは悲しみを込めて見ている。


「…どんな見た目か、わかるか?」


「背が高くて、手も足も2本ずつある。動物って言うよりは、人に近いかな」


あまり動物に詳しくないレイナには、それ以上の例えは出て来なかった。


「そっか…あたしには、何も見えねぇけど…いるんだな、ここに」


「信じられない?」


「いや…」


自分では確かめられなかったという無力感、本気で信じていなかった事を責める気持ち、本当に信じても良いのかという不安、純粋に喜びたいという欲求、何故自分には見えないのかという嫉妬心が綯い交ぜになり、何と返すべきかわからなくなっていた。


「…イリス」


複雑な色に揺れる、透き通った水色の瞳を見詰めて、レイナがそっと名前を呼ぶ。過敏に反応して顔を上げるイリスが、救いを求める幼い子供の様に見えた。


「無理に信じなくてもいいよ」


イリスには魔力が見えない。だから、仮にレイナの言う事が嘘に塗れていても、嘘だと断定する事は出来ないし、本当の事を話していたとしても、信じるに足る証拠はない。


「私の事は信じなくてもいいから…イリスをずっと守ってきた、この〈精霊〉だけは信じてあげて」


数日前に会っただけ―それも出会いは一方的な喧嘩腰だった―の自分を信じられないのは当然だと、レイナは思っている。

だが、こうして話している間もずっと、静かに寄り添っている〈精霊〉だけは、信じてあげて欲しい、と願っていた。


―こんなにも、愛情に溢れているのに…


その対象(イリス)が信じなきゃ、あまりにも報われないよ


暫くの間、沈黙が流れた。


「…信じるよ」


数時間にも感じられる長い長い逡巡の後で、漸くイリスが顔を上げた。


「あたしは、あんたを信じる。あんたがいるっつーなら、そうなんだろ」


あんたが下手に嘘吐く必要ねぇもんな、とレイナを小突く。


イリスが何故、あんなにも長い間考えていたのかも、信じる理由はレイナが言ったからだと、晴々とした表情で言い放った時のイリスの心境も、レイナには想像もつかない。


だが―“信じる”と清々しい程にはっきりと言われるのは、思いの外悪くなくて。


「…じゃあ、イリスに幻滅されないようにしないとね」


笑って、イリスに勧められた氷菓子をスプーンで掬った。長話の影響でただの砂糖水になりかけているそれを、魔法で再び凍らせる。


「言っとくけどな、それあんま人気ない事で有名だぞ」


「えっ?なんでそんなの勧めたの!?」


氷を口に入れた後での爆弾発言に、思わず抗議してしまった。


「あたしは、ここでしか食べられない物を紹介しただけだから。美味いとは一言も言ってねぇし…よく食えるな」


確かに、「美味しいから食べてみろ」とは言っていなかった気がする。今回の口論はレイナの完全敗北だろう。


「別に、不味くはないよ?ほら、イリスも食べてみてよ」


「いらねぇよ!つーか、食った事くらいあるし!」


「1回溶けてから固めたから、味が均等になってて美味しいって!ほら!」


だが、その敗北を受け入れないのがレイナだ。

特にイリスに関しては負ける訳にはいかないと謎の執念を燃やし、食べさせようとスプーンを差し出す。


食べてみてよ、いらねぇ、食べてって、いらねぇっつったよな、…という延々に続くと思われたやり取りは―


揉み合い、塀から落ちかけた所で試合終了。引き分けとなった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ