11歳の誕生日
「初めてまして。ティナと同じクラスになったレイナです」
そういえば、3年生の妹がいるって言っていたな、とレイナは思い出した。
「ごめんね、レイナ。友達と一緒に行くって言ったら…」
「ううん、全然大丈夫だよ」
キラキラした目でこちらを見上げてくるマリは、一言で言えば可愛い。
ティナとはあまり似ていない様だが、2人とも可愛いので、並んだら絵になるだろう。
「よろしくお願いします、レイナ先輩」
「せ、先輩!?」
初めての呼称に、どう反応して良いのかわからなくなっているレイナを面白そうに見つめながら、
「道案内よろしくね、せんぱい」
ティナが乗っかった。
反論したかったが、「通学歴で言えば、私が先輩で間違いはないか…」と変に納得してしまったせいで、レイナは何も言い返せなかった。
そんな2人を、マリが不思議そうに見詰めていた。
* * *
マリと別れ、レイナとティナは教室に向かう。
扉を開けると、お喋りをしていたクラスメイト達の視線が一斉に集まった。
「おはよう」
「おはようございます」
正確には、転校2日目のティナに、だ。
平民でも、いや、だからこそ派閥に関係無く人が集まって来る。
このクラスは唯一〈黒〉のメローネの独裁状態であり、メローネに従う派vs反発する派で分かれる、ある意味単純な構図になっている。
影響力を強めたい貴族にとって、庇護を必要としているであろう平民は、恰好の獲物だ。
ティナがあっという間に取り囲まれる。
こうなると、もうレイナに出来る事はない。
直接危害を加えられる訳ではないので、頑張れ、とエールを送ってから自分の席に荷物を下ろした。
「おはよう、レイナ」
「あっ、おはよう!クライネ」
いつも通りの挨拶を返したつもりなのだが、クライネはどこか不機嫌だった。
「朝から大変だね。今日もティナと帰るの?」
「はは…うん、そのつもりだよ。だからー」
会話の途中でチャイムが鳴った。
あちこちで交わされていた言葉が静かに消えていく。
「そっか、わかった」
それはレイナとクライネも例外ではなく、「3人で帰らない?」というレイナの声は届かなかった。
* * *
「レ〜イナ!」
授業が終わり、帰り支度をしていた所、ぽんと肩を叩かれ、振り返る。
「どうしたの、カンネ?」
「ティナの歓迎会兼誕生会をやろうって、メローネが言ってたんだけど」
「へぇ、いいと思うよ!」
メローネにしては珍しいな、とレイナは思ったが顔には出さなかった。
それよりも、何故自分に言ったのか。嫌な予感がしたからだ。
「だから、準備よろしく。6日後の1時間目で、場所はここを使える様に、先生にお願いしといて」
矢継ぎ早に出される指示に、目を白黒させる。
「あと、驚かせたいから当日は少し遅れて来てね。それと、飾り付けとかを当日に出来ない分、事前準備を頑張ってね、だって」
レイナが何かを言う前に、カンネは立ち去ってしまった。
だが、その胸で輝く白色のブローチが、拒否は許さないと物語っていた。
* * *
結局、先生に交渉するのも、飾りを作るのも、流れを考えるのも、全部レイナがやった。
メローネやカンネは、「私達がやりました」という自慢げな顔をして拍手をしただけ。
その事に、今更疑問は覚えない。
これくらいの事で不満を抱いたりもしない。
平民が貴族に従うのは当たり前で、建前上、身分を振りかざす事が禁止されている学園でも、その常識は覆らない。それに、何より―
―もう、慣れた。
* * *
今日は、少し変だった。
いつもは時間ピッタリのレイナが遅刻するし、誕生日だというのに、何も言ってこない。
その理由は、チャイムギリギリに教室に入ってすぐにわかった。
「「「ティナ!誕生日おめでとう!」」」
クラスメイト達が一斉に手を叩く。
黒板には、「おめでとう」「ようこそ」と書かれた紙が貼ってあった。
「ね、レイナ、これって…」
「誕生日おめでとう、ティナ」
レイナはそう言って、優しく微笑んだ。
悪戯が成功した少年の様でもあり、幼い妹か子供を祝福する様でもある笑顔だった。
授業を1時間潰して行われた誕生会は、円滑に進んでいった。
聞けば、メローネが計画してくれたらしい。
「ありがとう、メローネ」
「ううん、どういたしまして」
お礼を言うと、メローネと、その後ろに付き従っていたカンネが笑顔になった。
先程レイナが見せたものとは違う、綺麗な作り物の様に感じたのはティナだけではないはずだ。
その証拠に、目が笑っていなかった。
辺りを見渡すと、2時間目に間に合う様に1人で教室を片付けているレイナが目に入った。
* * *
―ああ、やっぱりこうなるんだ。
わかっていたけれど、手を出してはいけないの。
―ごめんね…
* * *
「今日のって、レイナがしてくれたの?」
すっかり慣れた帰り道で、ティナが徐に切り出した。
「え?」
「今日の会。準備してくれたの、レイナだよね?」
確信がある様な口調に、口止めをされていた訳でもないし、問題ないと判断したレイナは頷いた。
「何で…?」
「飾り付け。あれ、全部レイナの字でしょ?それに、私の為にメローネ達があんなに気を利かせるはずないし」
嘘くさい笑顔も、その裏にある意図も、全てティナは見抜いていた。
「ありがとう、レイナ。それと、誕生日おめでとう」
あの場でそれを指摘したらどうなるのかも含めて、全て。
その上でメローネの顔を立て、改めてお礼とお祝いを言う方を選んだのだ。
「ティナ…」
だが、改まって言うのは照れくさかったのか、「あ、家に着いちゃった!また明日ね」と言い残して足早に自分の家へ入って行った。
「ありがとう…気付いてくれて」
レイナの呟きは宙を舞い、空気に溶けて消えた。
* * *
「ミルク、おいで」
餌の入った皿を置きながら呼ぶと、とことこと白い子猫が歩いて来る。
その姿を眺めながら、クライネは息を吐いた。
ミルクは捨て猫だった。
家に帰る途中、ボロボロになっているのを見つけ、何とか救えないかと2人で奔走した記憶が脳裏をよぎる。
―あの時は、ずっと一緒だったのに。
―それなのに、何故…
自分も助けて貰った身であるという事を都合良く忘れたクライネの、嫉妬とも言える炎は、徐々に強さを増していった―。