脇役の卒業式と覚悟
少し疲れた顔のレイナとティナが学園に駆け込む。まだ、式は始まっていなかった。
「…レイナ、私達の担当は?」
息を整えながらティナが問い掛ける。責任感の強い彼女は、仕事の遅れを取り戻そうと焦っていたのだが。
「在校生側の席に座る。必要なタイミングで拍手を送る。以上」
当日の仕事はそんなものだ。
「え、そのお客様を出迎えたりとかは…?」
「それは貴族の仕事だよー。何か偉い人が来るから挨拶したいのと、平民の相手も…え、えあ何とかっていう家の人が担当だって」
レイナの認識はざっくりしているが、事実だ。
貴族学園女子初等部の卒業式は、この街の最高権力者が直接訪れ、彼に顔を覚えて貰いたい貴族の面々が仕事を奪い合う、数少ない行事として知られている。
「…そっか。じゃあ、講堂に行けばいいの?」
ティナにその知識は無かったが、やるべき事はわかった。
「うん」
にこにことレイナが笑いながら、講堂に向かう。その隣を歩きながら、ティナは物思いにふけっていた。
雑事は全て押し付け、整えられた舞台で観客からの賛辞を欲しいままにしている貴族。それが、正当な報酬を支払った結果、努力と実力に応じた担当、本人達が納得した上での決定ならば、ティナに思う所はなかった。
―納得しているの?この理不尽な状況に?
ちらり、とレイナの横顔を覗き見る。その純粋な笑顔からは、少なくとも不満や憤りは感じ取れない。だが…
―している、訳がないよね。
ただ生まれる家が違っただけ、ただ親の身分が違っただけで、こんなにも扱いが変わる。それに疑問も反感も抱かない程、レイナはお人好しではないだろう。
「…ティナ、どうしたの。顔怖いよ?」
「えっ?あぁ、ちょっと考え事してて…何でもないから大丈夫」
―“ヴィーンシャフト家には、娘の行動が目に余ると忠告しておいた。学園では権力を振りかざす行為を禁止している、次はないぞ、と”
朝一番に届けられた手紙に記してあった文面を、不意に思い出した。
迅速な対応にはもちろん感謝しているし、メローネの態度は行き過ぎだったので、こちらが責められる事はない。
だが、とティナは続けて思う。
―他の生徒の時は、助けなかったのに。
何故、自分だけなのか。
もっと皆の声を平等に聞けば、より良い学園が、都市が、出来上がるのではないか。
ここは…カサティリアは、そういう場所ではなかったのか。
―私は、本当に何も知らなかったんだ。
転校して数週間で、知った気になっていた。
十分に、知ったと思っていた。
だが実際は、毎日の様に理不尽と不平等の一覧に項目が追加されていく。
自分の知識は、あくまで贈られた本や関係者から仕入れたもので、それらは貴族に都合の良い様に作り変えられた美談でしかなかったのだと。
このカサティリアが、見た目通りの美しい街ではなかったのだと。
そう、思い知らされた。
* * *
卒業式は恙無く終わった。
途中からティナの元気がなかった事が気掛かりだが、早朝から走る事になって疲れたのだろう、と判断した。その元凶であるレイナが何を言っても言い訳になりそうで、気遣う言葉はかけられない。
「…はぁ、いよいよだ」
息を吸う、吐く、吸う、吐く、吐く、吐く―
「っ、けほっ!」
途中で酸素不足に陥り、慌てて正常な呼吸に戻す。考え事をしながらの深呼吸は危険だった。
「よし、向こうに行ったらまずは…」
全力で竜巻を起こし、塀の上から魔獣まで、一気に距離を詰める。幸い高さは十分なので、横に移動するだけで済むだろう。問題は―
「…結界を張るにも、砂で先生達の居場所がわからない」
大規模な結界は、その分時間がかかる。
だが、最小限で済まそうにも、対象が見えないでは話にならない。
「魔獣に魔法を打ち込んで、後ろに仰け反らせるしかない、かな」
足を退かして、その間に結界を張る。簡潔な作戦だが、難易度も高い。何より―
「私が、やるしかない…」
―出来るはずだ、〈7色〉の私なら。
躊躇は許されない。一瞬の油断も、細やかな憐憫も、全てが命取りになる。
戦いに飛び込んだ後もそれを徹底し、自分の行動に仲間の命もかかっている事を忘れない。それがどれ程大変な事か、まだレイナは体験していない。
「初陣の相手があの怪物かぁ…」
だが、荷が重過ぎる、と言ってくれる人はここにはいないし、既に覚悟を決めた。
「…行こう」
心臓が高鳴り、身体は興奮状態にあるのに、眠りはあっさりと訪れ、その瞼を下に―
◇ ◇ ◇
「っ!?」
瞼が持ち上がった。ドォォン…という衝撃の残響が、尾を引きながらゆっくりと、小さくなって―
―先生!
ごぉぉぉ、とこれまでにない速さで竜巻が完成し、レイナを目的地へ運ぼうと結界を突き破った。
「おい、な、うぁぁぁぁ!?」
リボンで繋がれていたイリスも、一緒に。
「…あ、ごめん」
竜巻に巻き込まれてぐるぐる回っているイリスを慌てて手繰り寄せ、隣に座らせる。
「おまっ、なにを…いや、あたしのこと忘れてただろ!」
「うん、そういえばいたなーって」
「そんな数秒で忘れられる程うっすい関係だったかぁ!?」
「先生と比べれば、今日が初対面だし…ん、先生も会ったのは一昨日くらいか」
「んなこと聞いてねぇよ!」
ぎゃあぎゃあと喚くイリスを放置して、目の前に迫った魔獣に目を向ける。
「うわ、でっけぇ…」
聞こえてきた感想にはレイナも、大変不本意ではあるが心の底から同意した。
「先に謝っとく、巻き込んでごめん」
「はぁぁ!?おまえ、ふざけんなよっ!?」
「でも、無駄死にはさせない。絶対、生きて帰すから!」
耳元で鳴る風にかき消されない様、大声で叫びながら。練り上げた魔力を使い果たす勢いで、前方に向かって打ち出した。




