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魔獣討伐 その1

砂を押し退けていた風が弱まり、消える。少し乱れたスカートの裾を叩きながら、レイナは辺りを見渡した。


「え…」


最初の時は門と塀に気を取られ、振り返る事のなかった景色が今、目の前に広がっている。


魔法都市アトフィリオと隣接していながら、全く逆。そこにあったのは獣が住んでいると言われ想像していた森でも、人間がいないならと思い描いていた自然豊かな土地でもなかった。


一面の砂と廃墟、所々に枯れ木や割れた岩があるだけの、荒れた空間。


そして、砂の上を屯し、闊歩する黒い獣達。


「あれが…」


「あれが魔獣よ。レベル1だし、まだ数も少ないから、そこまでの脅威はないわ」


見た目は鼠や兎、犬や猫等の動物に似ていて、様々だ。だが、まるで影の様に全身真っ黒で、牙を剥き出し、敵意を漲らせて結界に向かって来る所は共通している。


「準備の出来た者から前へ!」


教師の合図が響いた瞬間、何人もの生徒が飛び出して行く。


「《燃えろ、炎よ》っ!」

「《氷の槍よ、貫け》!」


手の平程の大きさの炎が、鋭く尖った氷の槍が、1番接近していた魔獣に直撃する。


黒い身体が赤々と燃える炎に包まれて地面に横たわり、氷で貫かれた個体は一瞬の硬直の後、前のめりに倒れた。


「う、ぁ…」


レイナがいるのは、結界と塀の間の僅かな隙間。1歩踏み出せば、そこはもう―


「レイナ…?」


倒れた魔獣の身体が、風に浮かされる。その魔法を行使している生徒は、魔獣の死体を一瞥した後―おもむろに魔獣を遠くへ放った。


「雑魚か…つまんねぇの」


自分に駆け寄って来る鼠似の魔獣を見て吐き捨てると、踵を返し、担当の教師の所に戻って行った。


「《雷よ、罪深き獣へ裁きを下せ》」


追いかけて行く魔獣に、別の生徒が雷を落とす。

その中で最も身体の大きい個体を選び、縛って引きずって来た。

結界の近くに魔獣を横たえ、何かを呟く。


「せ、先生、あれは何を…?」


「契約よ。魔獣を自分の魔力で縛り、精霊に作り変える…1度に契約出来るのは1匹までだから、大物狙いの生徒は目標達成出来ないかもね」


魔獣の黒い身体から、何か靄の様なものが出ている。

その靄は身体の色と同じ黒色をしていて、身体から抜けている様だった。

抜けた穴を補う様に、生徒の魔力が魔獣の身体へと注ぎ込まれていく。


「ああやって自分で倒して、自分の魔力を注ぐの。上手くいけば、精霊になるわ…あんな風に」


生徒の魔力が魔獣の身体に行き渡ったのがわかった。次の瞬間、完全に命を落としたはずの魔獣が―否、精霊が立ち上がった。


体毛は黒ではなく、魔法を行使した生徒の髪色と同じ色になっている。


「《我が精霊よ、眼前の敵を駆逐せよ》」


鼠の姿をした精霊はその命令に頷き、魔獣に向かって駆けて行った。かつては仲間だった、同じ鼠型の魔獣に喰らい付く。


「うっ…」


1人が契約に成功している間にも、辺りでは魔獣討伐が進められている。自分に相応しい材料を求めて魔法を放ち、採用されなかった魔獣の屍が数え切れない程辺りに転がっている。


「レイナ、大丈夫?」


―身を守る為に、仕方なく殺すのではなかったのか。


一方的な殺戮。しかもその大半が意味の無いものだ。


―これじゃ、まるで…


「おい、あんた」


唐突に声をかけられ、思わず下げていた顔を上げる。目の前に1人の少女が立っていたが、見覚えはない。

自分の後ろに誰かいたかと振り返ったが、誰もいなかった。


「あんたに言ってるんだよ、A組」


「え、私…?」


他に誰がいるんだよ、と呆れた顔になりながらレイナの顔を覗き込む。


「ひっでぇ顔。さっきから突っ立ってばっかだし…あ、もしかして外に出るの初めて?」


「ちょっと、貴女ね…」


隣のマクシーネが止めようと身を乗り出したが、


「あたし、そいつに話があるんだ。ちょっと担当変わってよ」


教師に向けたものではない口調に鼻白む。それを見て「勝った」という笑顔になりながら、魔獣の群れを指差す。


「どんどん増えてるし、行って来てよ。あ、もしかして実力疑ってる?こう見えてもあたしは2級魔法使いだ。そりゃ、あんたには負けるけどさ、護衛としては十分だろ?」


しっしっと手で払われ、マクシーネは仕方なさそうに前線に出る。最後まで心配そうな視線を送られていたレイナが、微笑んで頷いた事が決め手となった様だ。


「えっと、あなたは…初対面だよね?」


「あぁ、正真正銘の初対面。名前はイリス。服でわかると思うけどF組な。あんたは?」


「私はレイナ…その、話って?」


何か知らない間にやらかしたのだろうか、と首を傾げる。だが、イリスの話というのは全く予想外の事だった。


「何でこんなとこで立ってんだ?って」


「こんな所…?」


「あぁ、せっかく外に出してもらってよ、あいつらをぶちのめす機会だってのにさ」


―…今、何て…?


「外に出れる他組って事は、中級課程だろ?しかもエリートなA組様なんだ、魔法の1つや2つ、簡単に使えるに決まってるよな?」


この少女―イリスは、歯を剥き出しにして笑っている。


「ビビってんの?違うな、そんな奴に外出許可なんて出ねぇ。それとも…迷ってんのか?魔獣相手に?」


マクシーネから散々聞かされたのは、魔獣が危険だから討伐する必要がある、という話だった。

だが、これではまるで―


「さっさと()っちまえよ。そうすりゃスカッとすんだからさ」


これではまるで、魔獣を殺す事を心底楽しんでいる様ではないか。

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