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理不尽な命令

「―そこでサボっている2人!責任者である私が直々に指導しに来てあげたわよ」


まるで推理を終えた探偵が「犯人はお前だ!」と言う様な仕草で、メローネが自信満々にレイナとティナを指差す。


「…うわぁ」


面倒な事になったぞ、とレイナは思った。


「…はぁ」


そんな事している時間があるなら手伝えばいいのに、とティナは思った。

顔を見合わせ、とりあえず舞台に近付く。


「私達に何か用?メローネ」


「ふん、私達のお金で学園に通えているだけの平民が偉そうに」


そのお金は平民から徴収した税金だろう、と思ったが口にはしなかった。


「持ち場である舞台を離れてサボるなんて言語道断よ」


自分が正義だと信じて疑わない顔。あれは何を言っても駄目だと悟ったが、それでも反論せずにはいられなかった。


「いや、水を取りに行ってただけなんだけど」


「私は塵捨てに…」


「黙りなさい!言い訳無用よ」


言い訳では無く本当の事だが、一蹴されてしまった。溜息を押し殺しているレイナとティナに、メローネが心底楽しそうな笑顔を向ける。


「罰として、講堂の清掃と器具の運搬を命じるから」


「…それって元から、私達の仕事だよ?」


まさにその仕事の最中だったのを、現在進行形で邪魔されているのだが。


「知ってるわよ。だから、今から担当を変更するの」


―何だろう、猛烈に嫌な予感がする。


「〈無色〉のレイナとティナは講堂における全ての準備を今日中に終わらせる事!」


数十人分の仕事量を、2人で終わらせる。

流石に無茶だと、真っ先にレイナが抗議した。


「…そんなの、いくら責任者だからって許される訳ない」


責任者は、あくまで現場を円滑に回す為の代表に過ぎない。学園の不利益になる様な事は出来ないはずだ。

だが、メローネは―


「これは責任者としてではなく、メローネ・トータ・ヴィーンシャフトとしての命令よ。逆らったらどうなるか、わかっているわよね?」


自分が持つもう1つの立場、権力を使って、理不尽とも言える指示を出した。


「他の生徒は帰宅して良い、そう伝えて来て」


くるりと肩越しに振り返り、後ろに立っていた2人の生徒にそう命令した。


「「はい、わかりました」」


その内の1人は当然、カンネ。そしてもう1人は―


「―クライネ!?」


1番あり得ないと思っていた人物に、レイナの声が裏返る。だが、かつての友人はレイナの顔を見る事無く、俯いた。


「…メローネ、どういう事!?」


「どうって、そのままの意味だから叫ばないでくれる?それじゃ、またね」


胸元に光る黒色のブローチを見せつけながら舞台から降り、勝ち誇った笑みと共に2人を引き連れて講堂を後にする。


他の生徒達の気配も次々と消えていき、広い講堂にはレイナとティナだけが取り残された。



 * * *



「ねぇレイナ、どうしてそんなに…メローネとクライネの間に何があったの?」


ぎゅ、と雑巾を固く絞りながらティナが遠慮がちに声をかける。クライネがメローネの後ろから出て来た時のレイナの驚きは尋常ではなかった。2人きりになった今も、何かを考える様に沈黙している。


「その、言いたくないなら別にいいんだけど…」


「…いや、隠す事でもないんだけどね」


ティナに気を使わせた事に気付き、ばつが悪そうな弱々しい笑みを浮かべた。


「入学してすぐの時にね、クライネが嫌がらせの標的になったの。平民って3年生から入学だから、貴族の派閥が既に出来ている所に乱入する形なんだ。筆頭がメローネだったから、クラスメイトの大半がそれに従っちゃって…」


当時のレイナはまだまだ子供で、貴族の怖さをわかっていなかった。


「クライネとは話した事もなかったんだけど、放っておけなくて…メローネに「何でそんな事するの?」って言ったの」


「それは…よく無事だったね」


今では考えられない事だ。庇ってくれる人がいない中で、貴族であるメローネを面と向かって非難するなんて。


「真正面からだったからかな。メローネはそれ以上、あからさまな事はしなくなって…」


雑用を押し付けられたり、裏で噂されたりは日常茶飯事だが、それ以上の事はされていない。運が良かったのだろう。


「それで私はクライネとよく話す様になったんだ。クラスはずっと固定だからさ」


それ以外の生徒は、貴族に目を付けられた私達から距離を取ったので、他に話す人がいなかったというのもあるが。


「…それなら、クライネにとってメローネは、嫌がらせの主犯でしょ?そんな人と何で…」


「そう、そこが疑問なんだよ。あのメローネが謝るとも思えないし」


うーん、と首を捻る。一体何がどうなれば、あの2人が一緒に行動する事になるのか。


「…ま、仲直りしたなら私は嬉しいけどね。過去のあれこれを忘れて、2人が大人になったのかな」


「…だといいね」


頷き、床を拭いた雑巾を絞り直しながらティナは、一瞬浮かんだ最悪の予想を打ち消そうとしていた。


―私達が舞台を離れたのは、ほんの僅かな時間。


あまりにも、メローネにとって都合の良い状況だった。貴族であるメローネが、真面目に責任者の役目を果たしに講堂まで来るなんて、滅多にない事だ。


―偶然にしては、出来過ぎている。


あの時講堂にいて、私達の動きを知れたのは平民だけだ。貴族がふらついていたら、流石に目立つ。


―講堂にいた平民。その中の誰かが、メローネに報告した?


控室や器具庫担当の生徒が舞台を監視するのは難しい。となると、1階席か2階席担当の生徒だろうか。


―カンネはヴィーンシャフト家に仕える〈白〉で、クライネは平民…


―クライネは確か、1階席担当だった。


レイナは貴族からクライネを庇った。

もし、そのクライネが貴族(メローネ)に付いたのだとしたら…。

もちろん、情勢を読んで派閥を変えるのは、あまり褒められたものではないが処世術の1つであり、ありふれた行為だ。

だがそれは、無知だったとはいえ、クライネを守る為に貴族に逆らったレイナに対する裏切りに他ならない。


―そんな裏切りが、許されてたまるか。


「よし、ティナ!こっちは終了だよ」


疑う事を知らない、純粋な瞳がティナを射抜く。レイナからは見えない角度で、そっと拳を握った。


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