誘われた夕食
目を開けたレイナは、真っ先に現在地がアトフィリオにある魔法学園のA組寮である事を確認した。
「ふぅ…」
迷惑はかけない、そう決めたからにはしっかりと勉強しなくては。
本を開き、内容を次々と頭に入れていく。
コンコンッ コンコココンッ
かなり特徴的なノックの音が聞こえ、レイナは顔を上げた。
「どなたですか?」
「ラウラだよー!えっと、夜ご飯一緒にどうかなーって」
扉の向こうから、元気一杯の声が聞こえて来て、レイナの口元が緩む。
「ありがとう!今行くね」
いつの間にか日が暮れていた。机の上に積み上がっている読了した本の、山と言っても過言では無い量にレイナは驚きつつ、扉を開ける。
「あー、邪魔しちゃった?」
「ううん。丁度お腹が空いた所だよ」
やったぁ!と飛び跳ねるラウラを見て、レイナは何とも微笑ましい気持ちになった。
「行こ行こ!今日はね、デザートにケーキが出るんだって!」
「えっ、どこで知ったの?」
「食堂のおばちゃんに聞いたの!黒いのと白いのがあるけど、早めに来ないと無くなるよって」
恐らく、チョコレートケーキとショートケーキの事だろう。あの厨房の規模を見る限り、そう簡単に無くなるとは思えないので、きっとラウラは揶揄われたのだろうが、楽しみにしているのはとても伝わって来る。
「まぁまぁ落ち着いて。走ると危ないよ?」
かく言うレイナも、甘い物には目がないのだが。
「はぁーい!」
短い階段を上り、突き出した台から一気に跳躍。すぐに詠唱を行い、風を起こす。慣れた様子で最短で下まで降りたラウラがぶんぶんと手を振った。
「レイナー!早く早くぅ!」
この高さを飛び降りるにはかなりの勇気がいるが、ラウラをあまり待たせる訳にもいかない。
朝はルナが支えてくれたので、そこまでの危険は感じなかったが今は1人で、しかも魔法は習ったばかりなのだ。
「うぅ…えいっ」
落ちる人間を受け止めるくらい強い風!と頭の中で念じると、ごぅっと下から風が吹き、何とか着地に成功した。
…寧ろ強すぎて一瞬上に飛んだ様に思えたが、気のせいだという事にしておこう。
「おー、上手い上手い!」
「お待たせ」
ラウラの歳は知らないが、身長はレイナの方が高い。言動も幼く感じるからか、お姉さんぶった余裕そうな笑顔をレイナが浮かべた。言ってしまえば、見栄を張った訳だ。
「食堂はね、これが1番近いんだよ!」
ラウラはラウラで、後輩に良い所を見せようと張り切って道案内をする。どやっという笑顔が無ければ、優しい先輩だねで終わっていたのだが。
絵を通り抜け、食堂に向かう。
ラウラの言っていた通り、ケーキが1切れずつ皿に盛り付けられていた。
「レイナはどっちが好きー?」
「えぇー、私はどっちも好きだからな…どうしよう?」
「そーゆー時はね、両方取ればいいんだよ!」
幾ら取り放題でも、人気のケーキを2皿も取ったら怒られないか、と冷や冷やしたが、意外と周囲に同じ事をしている生徒がいたので安心した。
片方だけにする、という選択肢はレイナにはともかく、ラウラには存在しない。
メインも沢山種類があり、レイナは昼同様かなり迷ったが、ラウラの「早く食べよう」オーラに押され、時間短縮に成功した。
「「いただきまーす!」」
…当然ながら、とても美味しかったとだけ明記しておこう。
「それじゃ、また明日ね!」
「うん、誘ってくれてありがとね」
バイバイ、と手を振って部屋の前で別れる。
椅子に腰掛け、本の続きを読み、こっそり魔法の練習をする。
「んーと、人差し指に蝋燭、中指に水滴、薬指に竜巻、小指に土塊…」
右手の指先に、それぞれ思い描いたものが現れる。蝋燭と言っても、白い円柱ではなく、灯っている火の方をイメージしたのだが。
「親指が空いてるなー…光とか?」
ぽぅ、と小さな爪程の光の球が親指に現れた。
「よし、完璧!」
同時に創り出すのは成功だ。ふっと力を抜けば、イメージ通りに消える所まで、何の問題もない。
「いよいよ明日か…」
半日で、出来るだけの事はした。恐らく今ここで寝れば、カサティリアで目を覚ますだろう。そして向こうで1日を過ごし、夜になれば―
「よし、とりあえず寝よう!」
明日、カサティリアの貴族学園では卒業式の準備が行われる。普段と違う行動をしなければいけないので、ぼーっとしてはいられない日だ。
―変則的な授業の後で魔獣討伐とか、滅茶苦茶な生活だな…
毎年、卒業式の前は平民弄りと退学者が増える傾向がある。理由は、目前に迫った「卒業」を取り上げて楽しむ為だとか、やり過ぎても大人達が止めない事が多いからだとか、そういったものだ。
―あの6年生だった子も、可哀想に…
数日前にブローチの剥奪、退学になった子を思い出す。同情はするが、そこまでだ。レイナにはそれ以上何も出来ないのだから。
◇ ◇ ◇
予想通り、目を覚ましたのはカサティリアの自室。朝だ。
「まぁ、そうだよね…」
この不思議現象に慣れてしまっている自分がいる事に驚きながら、学園に行く支度を始めた。




