昼食と説明
レイナはマクシーネに連れられて、食堂に向かった。こっちの世界で食べた物はどこに行くのかは疑問だが、朝ご飯を食べなかったのでお腹は空いていた。
「ここが食堂よ」
「おぉぉー!」
目に飛び込んで来たのは並べられた大量の机と椅子、そして奥の厨房から運ばれて来る沢山の料理だった。
「学園関係者は無料だから、好きなのを取ってね。席は自由だけど、あそこは上級生向けだから避けた方がいいかも」
ほら、とマクシーネが指す先を見ると、屋内であるにも関わらず花が咲き乱れる空間があった。教室程の広さで、優美な彫刻が施された机と椅子がかなりの間隔を開けて置かれている。
「すごい…どうやっているんですか?」
「〈植物〉で花を咲かせて、〈四元素〉で風を送って、〈創造〉で疑似的な太陽を創って、〈空間〉でそれらを管理している、だったかしら?庭に行くのは面倒だけど、綺麗な景色の中でご飯を食べたいっていう願望が元で作られた場所よ」
「へぇぇぇ」
確かにあれなら雨が降る事もなければ、花の手入れが必要だという事もない。便利だな、と素直にレイナは感心した。
「それじゃ、選びましょ」
自由に取って良いのだとわかっていても、やはり遠慮してしまう。だけど、どれも美味しそう…。
散々迷った挙句、レイナが選んだのはこんがり焼かれた丸パンとクロワッサン、熱々のクリームシチュー、切り分けられた果物の盛り合わせだった。
「いただきます」
パンを手に取り、千切る。柔らかく、このままでも充分美味しいが、シチューに浸すと更に―
「どう?口に合うといいのだけど…」
午前中の話等すっかり忘れて蕩けていたレイナを、マクシーネが現実に引き戻した。
「はい!とっても美味しいです」
それから暫くの間は、互いに無言だった。レイナは料理を堪能していたから、マクシーネは考えて込んでいたからだ。
「ご馳走様でした」
綺麗に平らげて食器を返却してから、2人は午前と同じ、マクシーネの部屋に戻った。
「…それで、レイナ。明日の事について詳しく説明しておくわね」
「…はい」
マクシーネが考えていたのは、魔獣の話はレイナには衝撃が強過ぎたかな、という反省だった。
アトフィリオに住む人は皆、生まれた時から魔獣は敵だと教えられ、忌み嫌い、憎む対象として認識している。だが、記憶を無くしたレイナには、その前提となる認識が存在しない。
そんなレイナに生き物を殺せと言って、あっさり頷かれる方が危険だろう。
「F組の、基礎課程をほぼ終えて連れて行けると判断された生徒と、中級課程の希望した生徒に精霊と契約させるのが今回の目的よ。生徒2人につき、教師1人か2級以上の魔法使いが付き添う事になっているわ」
だから、丁寧に教えるべきだったのだ。魔獣の脅威と、戦う事の必要性、そして危険性を。
レイナは賢い。魔法陣を一瞬で暗記する程の頭脳の持ち主なら、話せばわかってくれるはずだ。
「ただ、レイナは中級課程だけど入学してから1週間も経っていないのを考慮して、私が1人で付ける様に頼んでおくから」
「あ、ありがとうございます」
「そんなに、気を張る必要はないわ。1度で成功する人の方が珍しいから」
レイナが指輪をつけたのも、入学したのも、つい昨日の事なのだ。新しい生活に慣れてもいない子供に相当無理をさせる事はわかっているが、仕方がない。
「レベル2以上の魔獣は私達が倒すから、数が減った所を1匹でいいから自分で倒して、魔力で縛るの。再び動き出したら成功らしいわ」
〈精霊〉に適性の無いマクシーネは自分で精霊を使役した事が無いが、副校長の権限で秘匿されている情報も知る事が出来る。
「生徒の過半数が目的を達せられたら、帰還するわ。だから、もし動けなかったら、後ろで待機していれば…」
逃げる、隠れるも侮れない立派な戦術だ。初めての実戦なのだから、見学止まりでも責められはしないだろう。
「わかりました」
こくん、とレイナが暗い表情で頷く。その瞳は、顔色同様に自信無さげな暗色をしていた。
「それじゃ、今日はもうお終いにしましょう。明日の朝、朝食を取ってから正門…いえ、この部屋に1度来てくれる?」
「はい。ありがとうございました」
頭を下げて、マクシーネの部屋を後にする。閉じられた扉を挟み、2人がはぁと息を吐いた。
◇ ◇ ◇
「…魔獣かぁ…」
カサティリアの部屋で起き上がったレイナが、自分の指輪を見詰める。どちらの世界にも共通している唯一の物だ。
「入学してから、一気に色々ありすぎだよ…」
こちらの世界では1週間が経過していて、細切れに情報が入って来たのでそこまで混乱はしなかった。だが―
「魔法って、もっと楽しいものだと思ってたのにな」
誰でも1度は憧れるだろう。空が飛べたらいいな、瞬間移動が出来たらいいな、手から火とか水とかが出せたらいいな、花を綺麗に咲かせられたらいいな…と。
でもそれは、自分が楽をしたいからであったり、ちょっとした好奇心であったり、そういった理由のはずで―
「殺す為の手段、ね…」
少なくとも、何かを傷付け、命を奪う為では無かったはずだ。
レイナは魔獣を知らない。
それがどれ程の脅威なのか、どういう存在なのか、どうして憎まれているのか、何も知らない。
「私には…無理だよ…」
もし仮に知ったら、答えは変わるのだろうか。
「どんな理由があっても、私には…」
ぎゅっと両腕を抱え込み、ベッドの上で丸くなった。
―いっそ、あの世界にはもう…
レイナの心中等お構い無しに、夜はやって来る。
寝なければあの世界には行かないかもしれない。
だが、永遠に起き続ける事は不可能だし、何より―
見知らぬ子供に親身になって支えてくれるマクシーネと、自分の時間を削って案内してくれたルナとラウラ、指輪屋のおばちゃん、校長先生…
たった数人でも、知り合い、言葉を交わした相手がいるのだ。
彼女達には、向こうでしか会えない。
「手は出さない。迷惑をかけない様に、見ているだけ。うん…そうしよう」
心を決めたレイナは、静かにベッドに横になった。ドクドクと心臓が高鳴る中、レイナの意識はすっと闇に落ちた。




