ティナの決意
「ふぅ〜読み終わった!」
『魔法の応用』ではなく『魔法学園の構造と規則』を先に読んでみたが、レイナが想像していたよりもずっと規則は少なかった。
「基礎課程は生徒1人につき1人の先生が教える、か…マクシーネ先生だといいな」
魔力と魔法についてある程度の知識を身に付け、選んだ適性の魔法を扱える様になるまでが基礎課程。
適性のある魔法を一通り使える様になるか、1つの適性を極めるまでが中級課程。
3級以上の資格を取るまでが上級課程で、戦闘訓練が主になってくる。
「戦闘訓練って…何と戦うんだろ…?」
魔法学園を中心とした街、外からの侵入を防ぐ様な塀、そしてそれらを囲う結界。
「学園の規則にもあったな…緊急事態を除き、教師の付き添い無く結界の外に出てはならない、だったっけ?」
一体、外に何があるのか。
「考える事多過ぎだよ…」
わからないまま、気分転換に備え付けのベッドに飛び込んだ。ふかふかの毛布に身体が沈んでいく。
「ふわぁ…」
自然と瞼が下がっていき、欠伸が出た。
―夢の中なのに、眠くなるなんておかしいな。
そう思いながらも襲ってくる眠気には抗えず、レイナは眠りについた。
◇ ◇ ◇
「…ん…」
太陽の光が見え、鳥の鳴き声が聞こえる―朝だ。
ガバッとレイナは飛び起きた。
「こ、ここは…!?」
周囲を見渡し、今いる場所がカサティリアである事を確認する。いつの間にか戻って来た様だ。
「その内、混ざっちゃいそうだな」
夢の中でも寝たからか、いつもよりすっきりして、疲れも取れている様に感じる。
「ま、夢かどうかも怪しいけど…」
ぶつぶつ呟きながら、レイナは朝の支度を始めた。
* * *
「おはようございます、ティナお嬢様」
「…っ、おはよう、リーゼ」
びくり、と身体を震わせてから、ゆっくりとティナが目を開いた。
「お支度を。それと、昨日仰っていた件についてご報告が」
「着替えながら聞くわ。何?」
リーゼが持って来た皺一つ無い学園の制服に袖を通しながら、ティナが促す。
「平民の退学理由はまだわかりませんが、冤罪である事はほぼ確実です。卒業間近な時期に決行したのは、一種の嫌がらせでしょう。本人に話を聞こうにも、彼女は既に平民街に帰されました」
やっぱり、とティナは息を吐いた。
「貴族の方に確認は取れないの?」
「今はまだ、不可能だと思われます」
今はまだ。その言葉に込められた意味を、ティナは正確に理解した。
「そう…わかったわ、ありがとう」
今のティナに出来る事は少ない。ここで我儘を通しても、何の利益もないこともわかっていた。
―“平民を虐めて楽しむ様な貴族の下に付けない”、ね…
全員がそうではない、と言いたかった。だが、その言葉を紡ぐ訳にはいかない。
貴族が平民からどの様に思われているのか、その認識が甘かったのだと、ティナは唇を噛んだ。
―“もしもの時は…諦めるかな”
レイナの台詞が胸に刺さって抜けない。
昨日の平民の悲痛な叫び声が、硝子の破片を見て諦めた姿が、瞼の裏に焼き付いたまま離れてくれない。
―一体、今までに何人の平民が諦めてきたのだろう?
頼れる人も、守ってくれる人もいない、外面だけが美しい貴族街で。貴族の命で呼び出されたにも関わらず、貴族に疎まれ、身分不相応だと罵られる。
そんな身勝手な貴族を、平民が許すはずがない。
―もし仮に、許されなくても…
「リーゼ、お母様はもう食事を終えられた?」
「いえ。先程起床されたと聞いております」
「なら、行きましょうか」
隙の無い完璧なお嬢様の仮面を被って部屋を出ながら、ティナは静かに決意した。
―レイナだけは、絶対に守り切ってみせる。
* * *
「おはよう!」
ティナの顔を見て、レイナはそっと安心した。だいぶ落ち込んでいた様なので心配していたが、何とか乗り切ったみたいだ。
「おはよう…どうしたの?にやにやして」
だが、安心したのが顔に出る辺り、レイナもまだまだだ。気付いたティナが茶化すと、
「えっ、いや、いつも通りの顔だよ!?ねぇ、マリちゃん」
面白いくらいに慌て出した。
心配していた事を隠しておきたいのか、必死で年下の女の子に同意を求めている。
「いえ、レイナ先輩は確かに笑っていました」
だが、求めた相手はティナの味方だった。まぁ、本人からすれば事実を述べただけなのだが。
「えぇ…そんな事ないって!」
ころころと表情を変えるレイナを見て、よく学園に残れているな、とティナは密かに疑問に思った。
「ほら、早く行こ!」
「はいはい」
身長差故に歩幅の違うマリを気遣いながら、慣れた道を歩いて行く。
いつもと変わらない日常だった。
平民1人が隣の教室から消えた事について、抗議する生徒はもちろんいなかったし、話題にすら上らなかった。




