夢の中での読書
「…」
「ティナ…大丈夫?」
朝の光景を目撃してから、ティナは始終無言だった。余程堪えたのか、顔色も悪いままだ。
レイナだって平気ではないし、気分が良い訳ではないが、ティナを気遣える程度には慣れてしまった。
無言のまま授業を終え、帰路に就く。
道で2人きりになって漸く、ティナが口を開いた。
「…あれは、よくある事なの…?」
「ブローチの剥奪?そうだよ。皆、平民と同じ空間にいるのも嫌だって思ってるんだから」
学園を退学、追放された生徒のブローチは破棄される。大体は、その平民を追い込んだ貴族の手によって。
「でも!身分を振りかざす行為は禁止でしょう!?」
「禁止されてても、考え方は変えられないよ」
あの少女が何をしたのかはわからないが、規則の目を掻い潜って平民を処罰に追い込む事は簡単だ。
だから「気を抜くな」と言われるし、いざと言う時に守ってくれる庇護者に擦り寄っている。
「…あの子は、どうなるの?」
「たぶん、元いた区に…家族の元に帰される。どんな名目で退学になったのか知らないけど。退学処分になった時点で、仕事に就けるかもわからないんだから。余程実力がないと、平民街では生きていけないよ」
再び絶句。
「だから、ティナも気を付けてね。私の事は放っておいて、誰かの下に付くといいよ。メローネとか?性格はあれだけど、〈黒〉だからね。ばっちり守ってくれる…んじゃないかな?」
これを機に、忠告しておく。
メローネに疎まれている自分といない方が良い、と。
「…レイナは?レイナは平気なの?もし標的にされたら…」
「私は…メローネの所にはいけないよ。ううん、メローネだけじゃない。平民を虐めて楽しむ様な貴族の下に付けない。極力気を付けてるけど、もしもの時は…諦めるかな」
ショックを受けていても自分の事を心配してくれるティナの気持ちは嬉しいが、レイナの決意は変わらない。
「そっか…」
何かを決めた様にティナが頷いた所で、家に到着した。
「またね」
「うん、また明日」
* * *
「ただいま」
「お帰りなさいませ、ティナお嬢様…何かございましたか?」
「…少し、頼みたい事があるのだけど」
* * *
「これでよしっと…お休みなさい」
宿題を終えたレイナがベッドに横になる。
すぅ、と意識が遠のいていった。
◇ ◇ ◇
目を開けると自分の部屋だった。もちろん、夢の世界の、だ。
「よいしょっと」
ちょうど、貰った箱の蓋を開けようとしている所だった。そのまま行動を再開する。
箱の中には教科書らしき本がぎっしり入っていて、その上には制服が畳まれて置いてあった。
「何々…『魔法の基礎〜魔力の扱い方〜』に『魔法の応用』、『魔法学園の構造と規則』…うわ、まだある…」
カサティリアでは絶対に見ない題名の本だ。
制服は白いブラウスに赤のタータンチェックのスカートで、上からローブを羽織れば完璧だ。
着替え終わった所で、今まで自分が着ていた服に目をやった。
今までは不思議と気にしていなかったが、レイナが見た事のないワンピースだった。
「…誰の服…?」
部屋に置いてある鏡の前に立つ。見慣れない制服を着てはいるが、映っているのは間違いなく自分だ。服が普段と違うからか、どこか大人びて見える。
「パジャマで来るよりはマシだけど…」
ワンピースを手に取ってしげしげと眺めていると、唐突に服が光に包まれた。
「…へ?」
結界の中に入る前に書いた通行許可書の様に、さらさらと崩れ、光の粒が宙を舞う。
一瞬の事で、手の中には何も残っていなかった。
「…え、あれ…?」
幻覚でも見ていたかの様に、ワンピースは跡形もなく消えてしまった。
「…うん、まぁ、私の服じゃないし…いいけどさ、別に」
呆然とレイナが呟く。
服が誰の物かよりも、目の前で消えた事に突っ込むべきなのだろうが、不思議現象に対する感覚が麻痺してきたレイナは少しずれた感想を抱いた。
「…さて、これからどうしよう?」
現在地・現在時刻が共にわからない。
また明日、と言われるという事は夕方だろうか。
「暇だし、教科書でも読んでおこうかな」
言われた通り休むべきなのかもしれないが、レイナは今「夢の中」にいるのだ。
つまり、現在進行形で休んでいると言える。
「『魔法の基礎』、まずはこれにしよっと」
読書好きのレイナはわくわくしながら箱から適当に1冊を抜き取り、表紙を捲った。
「文字は一緒なんだよね…不思議…」
11歳で新しい文字を覚えるのは大変そうなので、その必要がなくて良かったとは思う。
「なになに…魔力は血液の様に体内を巡っています。まずは、身体を流れる魔力を感じましょう。目を閉じて集中すると感じ易いです」
書いてある通りにレイナが目を閉じる。
心臓の辺りに仄かな温かみを感じた。鼓動に合わせて、身体中に広がっていくのがわかる。
「これが魔力?…え、これでいいの?じゃあ次は…」
次からは基礎的な魔法の使い方について書かれていた。
基本的に呑み込みの早いレイナだが、流石に魔法を試してみるのは躊躇われた。
「うぅ…やってみたいけど、失敗したらなぁ」
暫く悩んだ後、明日マクシーネに会ってからでも遅くはない、と一先ず我慢し、知識だけ詰め込んでおこうと次の本に手を伸ばした。




