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いざ、寮へ

「着いたわ、ここよ」


立ち止まった場所は、一見何の変哲もない廊下だった。

来た道にあったものと同じ様な絵が壁に掛けられているだけで、扉は見当たらない。


レイナがキョロキョロとしていると、マクシーネが笑いながら一際大きな絵を指差した。


「これよ、これ。ここが入り口なの」


「えっ?」


神話の挿絵に使われていそうな不思議な絵と、古そうな額縁。

どこかに取手でも付いているのだろうか、とレイナが絵に近付いた所で―


とん、と背中に軽い衝撃が走る。


それ程強い力ではなかったが、予想していなかったレイナは前に倒れ込み、咄嗟に絵に手をついた。否、つこうとした。


手の平に感じるはずの感触が無い。


「て、てて、手が!?」


手が絵の中に吸い込まれた様に、腕の半分が壁の向こう側にある。

こちらの世界で何度目になるかわからないパニック状態になりながら、レイナは振り返った。


「額縁に足をかけて、上ってみて」


「え、ええ…」


―あ、この人確信犯だ。


反応を明らかに面白がっているマクシーネを放置しつつ足を動かすと、曲げた膝が絵をすり抜ける。

額縁に乗せた足に体重をかけて身体を前に出すと、全身が絵を通り抜け、向こう側の空間へ着地した。


後ろから、慣れた様子のマクシーネが続く。


着いた先の空間は、不思議な場所だった(この現状が既に不思議の塊だが)。

すり抜ける絵が背後の壁に透けて見え、その絵の横には似た様な―つまり、透明で反転している―絵が幾つも掛かっている。


正面の壁には何も無いが、床には何かが描いてある。


「この絵は校内のあちこちと繋がっている、秘密の抜け道なの。それで、この魔法陣は―」


数歩進み、魔法陣の上に足を踏み入れた瞬間、魔法陣とブローチが淡く光った。


塀を越えた時の様に、ごう、と突風が足元から吹き、2人の身体が押し上げられる。


「うわぁぁぁ!?」


―せめて予告してからにして!


天井付近まで昇った身体が、ぺいっと横に放り出され、正面の壁の上方に作られたバルコニーの様な部分まで飛ばされた。

その事を知っていたマクシーネは綺麗に着地し、レイナは潰れたカエルの様な声を出しながら、自身もグシャッと潰れ―否、着地した。


「痛たた…先生、一言言ってからお願いしま、す…」


目の前に明るい暖炉の炎が飛び込んで来た。


「ようこそ、A組寮へ」


振り返り、下を覗き込むと、かなりの高さだった。建物で例えるなら、3、4階くらいだ。


―これ、下りる時はどうするんだろ?


侵入者対策がばっちりだという事はわかったが、やり過ぎじゃないか。

そんな疑問を覚えながら再び前を向き―目の前の光景に息を呑んだ。


正面にはぽかっと空いた空間があり、短い階段で下りられるようになっていた。

階段の向こうでは、炎が赤々と燃え、街を一望出来る大きな窓から光が差し込んでいる。

椅子や机、本棚が配置されており、制服を着た子供達が思い思いに過ごしていた。


暖炉の前の椅子で寛いでいた数人が、こちらを向く。


「先生、どうされたんですか?」


「その子は…」


担当教師が直々に来るのも珍しい。明らかに新品のローブを着た少女を連れているとなれば尚更だ。


「新入りですか?」


「すごーい!ねぇねぇ、名前は?」


ここに来るという事は、新入生に他ならない。

興味津々の組生達に、レイナはあっという間に取り囲まれてしまった。


「えっと、レイナです。よろしくお願いします」


きゃあきゃあと歓声を上げる同い年くらいの少女達を見ながら、ティナもこんな気持ちだったんだな、とレイナは思った。


「どこから来たの?」「歳は?」「好きなものとかある?」「得意な魔法は?まだ早いかな」「Aに来たって事は〈四元素〉でしょ?その中で好きなのはどれ?」


矢継ぎ早に質問さら、レイナが目を白黒させていると、


「はいはい、皆落ち着いて」


マクシーネが手を鳴らして止めてくれた。


「これは口外しないで欲しいんだけど、レイナは記憶喪失なの。名前以外の事は覚えてなくて、魔法に関する知識もほぼ0よ」


「えっ…」


「そうだったんだ…」


少し気まずそうに、少女達が1歩下がる。

記憶喪失だと言われ過ぎて、レイナもあまり罪悪感を覚えなくなってきた。

その分神妙な顔をしたのだが、それがかえって、皆の同情を誘っていた。


「だから、レイナに色々教えてあげてね。それと、明日の朝、私の部屋に連れて来て」


「はーい」


「わかりました」


落ち着きを取り戻し、それぞれが頷く。

それを見て安心したマクシーネが、レイナの肩を軽く叩きながら「また明日ね」と言った。


「はい。ありがとうございました」


微笑んでから、元来た空間に身を投げ出す。風を緩衝材に、ふわりと床に着地したマクシーネは、最初とは別の絵画に身体を突っ込み、そのまま姿を消した。


―ここまで来たら、もう何があっても驚かないや。


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