第5話
回復の泉と私が勝手に名付けた湖で体力を回復する。どうやらまだまだお前には世話になりそうだ。
水を飲んで一息ついていると、不意に視界の端が動き私は瞬時に身を隠す。
身を隠したまま音が聞こえそうな程暴れまわる心臓を押さえつけ、この数時間で鍛えられた視力でよく見てみると、小さな羽にドレスのような服を着た小さな女の子が飛んでいた。
「妖精だ……」
そうだ、たぶん妖精だ。日本では限られた人だけが見る事が出来るというあの妖精だ!
随分とファンシーなその姿に、私は張りつめていた心が解放されるのを感じた。
やっとこの世界の良い所を見つけたような気分だ。
そうだよ、これだよ!ファンタジーってさ!異世界ってこうだよね?サバイバルは違うよね?
自問して目で妖精を追う。可愛い存在に私の心は風船のように浮上した。
よく見てみると、他にも何匹も妖精が飛んでいる。私が気付かなかっただけでこの辺には妖精も存在していたのか……
妖精たちは一定の方向に向かって飛んでいる。?あっちに何かあるのだろうか。
その時、結菜の言葉を思い出した。
『そしたらぁ~案内役の妖精がね、私を神の子として大妖精様の所に連れて行ってくれるのぉ!大妖精様はぁ、男の人で~結菜を妖精の国の王女にしたいって求婚されるのぉ!!』
だいたい求婚される設定の結菜の話を思い出し、私は妖精の後をついて行った。大抵の事は妖精について行くとどうにかなるのだと思ったのだ。
私がやっていたゲームでも妖精がチュートリアルをしていたし、異世界ではもしかしたら妖精がお助けキャラなのかも知れない。
そしてついて行くと、妖精たちは何かに集まっていた。
何やら興奮しているのか甲高い鳴き声が聞こえる。私は何をしているのか見ようと顔を左右に揺らして見た。
…もしかしたら大妖精様かも…そしたら、私妖精の国の王女にならないといけないのかな……
結菜の言葉を信じるなら妖精達が集まっているのは大妖精様だ。そうだった場合私は最初から帰るつもりだという事を公言しておかなければならない。
そう決意を決めると、妖精の隙間から黄色が見えた。
「………っ…」
違う、虎だ。さっきの虎に集まっている…!!
な、何してるんだろう……あ、赤い……血がついている。
どうやら虎は負傷しているようだ。私はそう簡単に動けないであろうことを確認し、安堵の息を吐いた。
…でもそれなら妖精は何をしているのだろう?私はまだその場で観察を続けた。
妖精という事は治癒魔法とかが使えそうだ。……ちょっと待って!もしかして虎の治療とかしてるの!?やめてよ!私が殺されちゃう!!
不安になり戻ろうかと足を滑らせて後ろに歩く。妖精は気付いてはいないようだ。
…でもその時、今度は沙織の言葉を思い出した。
『―でも妖精っていたずら好きって聞くわ。騙されているんじゃないの?それ。それに残酷な性格をしているっていうのも聞くわね』
…その会話を思い出すと同時に、1匹の妖精が私の方を振り返った。
―その口の周りに、大量の血を付けて。
私は悲鳴を上げるのも忘れて走った。見えてしまったのだ、妖精が何をしていたのか。
あれは治療をしていたのではなかった。食べていたのだ…虎を。
私を振り返った妖精の背景になっていた虎の皮膚は食い破られ、白い骨が露出していた。
食べている。妖精が…虎を!!
この世界の妖精は肉食だった。しかも死んでいるのを食べる系ではなく捕食系の生き物だった。
先程の虎はまだ意識があったのか、時折唸り声のような声が聞こえてきた。
私はかなり走った後、後ろを走ったまま振り返った。
「―!!やばいやばいっ!!追いかけてるぅぅっ!!?」
先程の半数程の妖精が私を追いかけていた。どうやら虎にありつけなかった妖精が私の方に来たようだ。
一瞬見えた妖精の目は、人間のようなクリっとした愛らしい目ではなく、バッタに近い無機質な目だった。それが私の恐怖をさらに加速させた。
「結菜のバカああぁぁっ!!あんたの首を結ってやろうかああぁぁ!!たすけてぇぇぇえ!!沙織いいぃぃぃ!!!」
やはり持つべきものは沙織だ!何が「異世界行ったらどうする?」だ!結菜のバカ野郎!!異世界いったら妖精に食べられて死ぬんだよっ!!
いや待ってほんと無理!!私食べられて死ぬの!?しかも踊り食い!!
嫌だって!!1番されたくない死に方1位だよ!?しかも私まだ17歳!!せめておばあちゃんになってからにしてよ!!出来れば寿命で死にたいけどさ!!
だって女子高生だよ!?みんなの憧れ!!私だって憧れた花の盛り!!確かに上等な肉だろうけど嫌だよ!!もっと熟成させたいよ!!
馬鹿な事を考えていないと理性を保てない。だってこんなの、意味が分からない。
私が考えている間にも妖精は笑顔で私を追いかけてくる。だが皆一様に捕食者の目をしている。
その瞬間私は気付いた。そうか、この辺はこの妖精の縄張りだったんだ。
最初の私を襲った虎は、きっと縄張り外に居たのだと思う。その虎は私より強く、妖精よりも弱い。だから私を追いかけて縄張りに入り妖精に食われたのだ。
…あの湖、あれも妖精の物だろう。蛍と妖精は綺麗な湖に集まるって聞いた事がある。つまり私がずっと暮らしていたのは、肉食妖精の縄張りだったという事だ。
ゾッとした。今まで出会わなかったのはただ運が良かっただけだったのだ…
もしかしたら寝ている間に食われていた可能性だってあったという事だ。
パズルのピースがそろうように全ての辻褄が合ってゆく。最後の事実に気付いた時、私は今までで1番巨大な大木が道を塞ぐ行き止まりに行き着いていた。
そう、行き止まりだ。後ろからは妖精、前は木、左右は崖。
完全に逃げ場を失った。私はその時自分の手が真っ白になっている事に初めて気付いた。
きっと誘導されていたのだろう。妖精は知能が高いと聞く。私はまんまとここにおびき出された訳だ。
「わあああああぁぁ!!!嫌ぁぁっ!!死にたくないよぉぉっ!!!お母さぁんっ!!お父さぁんっ!!お兄ちゃあんっ!!沙織いぃっ!!結菜ぁっ!!怖いよおおぉぉっっ!!!」
あまりの恐怖に大木に縋りつき泣き喚く。他には何も考えられず、その単語以外の何も私は話せなくなった。
後ろを見るのが怖くて必死に大木に顔を押し付け見ないようにした。気絶が出来ればどれだけ良いだろう。
…しかしどれだけ望もうと、狂う事は出来ても意識を飛ばすまでには至らず額に伝わる木の感触が自分の生と現実を伝えてくる。
…何でこんな事になったんだろう。
放課後は普通だった。おかしかったのはバスだ。バスで寝なければ良かった?
いや、そもそもバスに乗らなければ……違う、バスは絶対に乗った。
原因を延々と考えるも、異世界に飛ばされるなんて事に原因があるのかも分からない。神様の気まぐれ以外に原因なんてあるだろうか。
それに神様の気まぐれだとして、どうやったら回避出来たんだろう。ただの人間に何が出来たのだろう。
…やっぱり考えても答えは出なかった。ここで私が死ぬことに理由なんて在りはしないのだ。
そう結論を付け、さらに大木に体をくっつけた。もう縋る物がこの大木しかないのだ。
……しかしここでようやく気付いた。
あれ?……何か意外に時間に余裕ない?
そう気付いてから10秒程自分の中でカウントを取ってみるも、やはり妖精はまだ襲ってこない。
……いや、だめだめ!振り返ったらガブリかも知れない!!だめよ、振り返ったら!!
…でも今がチャンスかも……もしかしたら何かに足止めされてるのかも知れない……
…見よう。このまま抱きついていたって死ぬ。なら少しでも可能性がある方に賭けよう。
私は爆発しそうな心臓を押さえつけ、勢いよく振り返った!
「………………え?」