第1話
「ねぇねぇ!叶は異世界行ったらどうする?」
放課後、友達の結菜にそんな質問をされた。
私がまたか…と困った顔をしていると、私より先にもう1人の友達の沙織が眼鏡を上げながら、私の代わりに返事を返してくれる。
「異世界と言うと具体的にどんな世界かしら。ゲーム?」
「ちがうよー!えっとねー、あたしが魔法使いでー…歴代のどの魔法使いよりも凄い力もっててー、イケメンに迫られるのー!!」
いや、どんな世界か全く分からない。ジャンルはファンタジーなのかラブストーリーなのかはっきりしてくれ。
「ぜんっぜん分からないわ。何で異世界でイケメンに迫られるのよ。結菜、今あなたクラスの男にも相手にされてないじゃないの」
バッサリ言い放つ沙織。私達3人の知恵担当だ。そして癒し担当の結菜は沙織の言葉に胸を痛めている。最近振られたばかりなのだ。
「いいいいてて…!!完治したはずの傷が…!!」
そう言って「沙織を責めろ」と目だけで私に訴えかけてくる。お判りだろうが癒し担当とは結菜の自称だ。
「…やめてあげて、沙織。結菜はこの間うせろデブって言われて振られたばっかりじゃない。流石に可哀想だって」
「あ…そうだったわね…ごめんなさい、軽率だったわ」
「ごめんじゃねーわ!!叶も謝れよっ!!いらん事思い出させんなっ!あんたらはガリとまな板じゃねーか!!骨浮き出てんだよ!お前は胸が抉れてんだよぉ!!人の事言えんのか!!?」
交互に私と沙織を指差し中傷する結菜は体重96キロの自称ぽっちゃりさんだ。そして私はまな板の叶である。
結菜は私達を非難した後机に突っ伏して泣いた。それよりも椅子がギイギイ泣いていて可哀想だった。
「いいじゃんかぁっ!!夢見ても!どこかに私だけ愛してくれる人が居たら嬉しいじゃない!それがいっぱい居たら尚更嬉しいじゃない!!」
うおおおおん!!と獣の雄叫びを上げる結菜はこの学校で獣の結菜として名を馳せている。時たま下のクラスにまで雄叫びが聞こえ七不思議とされた獣だ。
そんな結菜は先日、学校一のイケメンだと有名な久世川君に告白をし、こっぴどく振られた。流石にあれは可哀想だと思う。
…しかし後日、奇妙な事が起こった。
まず、朝の挨拶運動をしている久世川君がその日は来なかった。その次の日も、またその次の日も。
やっと久世川君がやって来たのだが、その姿を見た全校生徒は絶句した。
何と久世川君は黒髪ヒョロ男になっていたのだ!トレードマークの銀の鎖のネックレスも無くなっていた。
そしてそのやつれた顔。常に何かに怯えるようにキョロキョロと挙動不審に目を動かし、背後から声をかけると
「イヤアアアアアァァ!!!!許してぇっ!!ごめんなさあああぁいい!!!」
と白目を向いて逃走。
その後全校集会が開かれ、事件が露わになった。
「えー、犯人は下校時、久世川君の背後に立ち無理やり髪染めで黒髪に戻したらしい。その時、黒髪になれ。悔い改めよ。と延々呟き、抵抗する久世川君の頭を15分間撫で続け、チェーンのネックレスを素手で引きちぎったらしい。もし何か知っている生徒がいれば、速やかに先生に教えて欲しい」
…その時私は見た。えー、こわーい!と自分を守るように両手で体を抱きしめる結菜の茶髪に染めたツインテールの先が一部斑に黒く染まっているのを……。
そんな犯人を彼女にしたいと思う人間がいるだろうか?いや、いない。
しかし、それが分かっているから結菜も異世界に賭けているのだろう。そう思うと憐れな化け物だ。
私は突っ伏して呻きを上げる友人に同情の視線を送った。
「じゃあ痩せなよ、結菜」
「やだ!素の私を好きになってくれる人がいいっ!!それに異世界行ったら痩せるの、勝手に!!」
痩せねぇわ。勝手に痩せるならそれは病気だ。
「それは危ないわ。世界が体に合ってないんだわ。そのまま行ったら結菜、栄養を取っても吸収できなくてお陀仏よ。恋愛どころじゃないわ」
「真面目に返すなよ!!程よい所で体重の低下は止まるの!!そんで今までの皮も消えて普通の芸能人みたいな綺麗な体になんのっ!!」
どうやったら痩せたら芸能人みたいになるという自信が生まれるのか。
「叶だって異世界行ったらFカップだよ!?行きたいよね!」
「うるさい。私はこのまな板に自信を持ってるの。一緒にしないで」
私がそう言うとより一層結菜が騒ぎ出した。
騒いでいる結菜には悪いが、もう帰ってバイトに行かないといけない時間なのでそろそろ帰らせて欲しい。
雄叫びの秘密を暴こうと違う学年の生徒もやって来て、騒がしくなり始めたので私は強行手段に出る事にした。獣を鎮める簡単な呪文だ。
「ねえ、結菜。久世川君の事件の犯人…知ってる?私…心当た「えー?もうこんな時間―?私、今日はカップケーキ作る予定なのにぃ!じゃあね、2人ともまた明日ね!!」
早口で言い鈍足でドッシンドッシンと地鳴りを起こし階段を下って行き獣は姿を消した。……流石に刑務所に入るのは嫌なのだろう。
「今日も長かったわね……でも、異世界とか本当にあったら面白そうよね」
「そうかな?魔法とか使えたら良いけど…現代人でも魔法って使えると思う?」
……無理そうだ。まず血筋が無いもん。魔法使える血筋がうちの家系に居ないもの。
そんな不毛なやり取りをしながら靴を履き替えて沙織と別れた。そしてバイトに直行しようとバスを待っているととんでもない事に気付いてしまった!!
「ああっ!?今日ってお弁当持ってたんだった!!やだ、学食食べちゃった!」
現在真夏。湿度の高い日本でこの弁当は凶器に生まれ変わってしまわれた。やだー…捨てるのも怖い…
そして現在私は呪いの箱を装備したまま帰りのバスに乗り込んだ。でも今日は家に帰らずバイトに直行なのでしばらく仮眠を取ろう。
私は大体15分くらいで着くだろうとスマホのアラームを設定して眠りの世界に落ちて行った…
「お嬢ちゃん、お嬢ちゃん。もう降りてくれなきゃ困るよ」
「…っ!?…えっ、あ!ご、ごめんなさい!降ります!!」
運転手さんに起こされてしまった。恥ずかしい!しかし幸いにも私以外には誰も乗っていなかったので目撃者は誰も居ない。
ホッとして逃げるようにバスから降りる。くそう!アラーム鳴らなかったぞ!
運転手さんに顔を見られないようにスマホを確認しながら地面に足を下ろした。
…あれ?私、寝てから8分しか経ってないの?余裕持って早めにアラームかけてたのに…いつもより着くの早いな…。
違和感を感じた直後、私はさらに奇妙な違和感を感じた。
「っえ…何、これ……雑草?」
私の降り立ったバス停に雑草が生い茂っていた。ちなみにうちのバスのルートに山なんてない。
さらに顔を上げるとそこには私の知っている木の大きさではない大きさの木が所狭しと立ち並んでいた。
……え………お、降りる所……間違えちゃった?
呆然と辺りを見渡しゾッとした。こんな知らない所で高校生にもなって迷子だなんて、恥ずかしいにも程がある!結菜と沙織にも笑われるし、何よりバイトに間に合わない!!
私は急いで振り返った。と、とにかく!もう一度バスに乗って―…
「あ…あれ……?運転手さん……?」
そこには何もなかった。
バスは元より、運転手も、バス停も……道すらない只の緑の茂みだけが広がっていた……。
え…いやいや……え?……え!?ちょっと待ってよっ!!
「あ…っ…そうだ!地図……っ…!?」
私はスマホの位置情報で地図を出そうとした。しかし、そこには私の予想だにしない文字が表示されていた。
“データにない地域です。位置情報を確認して下さい”
「うそ……っ!!何処!?ここ!!」
データにないって何!?意味が分からない!
私は焦ってお母さんに電話を掛けた。お願い!出て…お母さん…!
ツー、ツー、ツー、ツー
「……………」
スマホを見たら圏外になっていた。滝のように汗をかいてベトベトの手で先程の地図を開こうとしたら、そのアプリももう既に開かなくなっていた。
「…今時、圏外になる場所って…あるの…?」
ペタリ、とゆっくり座り込む。急に立ち方が分からなくなった。
「……これが俗に言う、腰を抜かす…てやつ?ははは…初めてなった……」
ははは…、と面白くもないのに喉が震えて笑いが出る。
何処ここ……これがもしかして結菜の言ってた、異世界?だったりして……イケメンどころか、人もいないじゃん……違うよね……?
ははは、と再度笑いを零す。笑う以外何をすればいいのか分からないのだ。
…その時、私の物ではない鳴き声のような何かが聞こえた。
「カカカカカカカカ!!キィエッ、キィエッ!!カカカカ!」
その瞬間、現代社会に慣れきっていた私はやっと理解した。
…ここは、私の知っている世界ではない。と…