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6話 元俳優の矜持

「レイン!?」

「大丈夫!?」


 父上と母上が、うずくまった僕に向かって駆け寄ってきてくれる。朧げな視線には、アンドリューが剣を、ローガンが斧を抜いて構えているのが見えた。

 みんなに大丈夫だと伝えたいが、あまりの痛みに声が出ない。


「だから言ったでしょう! さあ、早く“白の聖女”を私に!」


 占い師は興奮しているのか、大手を振って声高に叫ぶ。

 さらに痛みが増した。


「何をしたんだ!?」


 父上が壁に飾られた剣を抜いて、その切っ先を占い師に向けた。


「ハアー、ハアー……うっ、グ!」

「レイン! 誰か、早く回復術師を!」


 侍従の一人が走る音を聞きながら、占い師の方を見る。


「ああ、なんと可哀そうな子。言っているでしょう。彼は魔神に呪われているのです。それを解呪するためには、敬虔なる女神教の信徒である私に“白の聖女”を捧げる必要があります」


 さらに痛みが増した。

 う、ぐ……! 全身が裂けそうな痛みだ。


「何が敬虔なる信徒だ! 君がやった女神様への裏切り行為を知らないとでも思ったか!!」

「あ、あなた……」


 激昂する父上を母上が心配そうに見る。もしかしたら、父上とは違って占い師の言う通り“白の聖女”を渡した方がいいと葛藤しているのかもしれない。


「さあ早くしなさい! そして、愚かな私を許した女神さまに恩を返させてください!」


 占い師がさらに催促する。

 その表情は本当に迫真で――


「ち……が……」


 違う。あれは嘲笑だ。表では本当に心配している顔だが、その裏にあるのは悪意だ。


 僕は、前世である白原優也から受け継いだものがいくつかある。

 それは、後悔による努力の原動力や知識、そして俳優としてのスキル。あと、パルクールの技術だ。


 白原優也は俳優としての演技力を磨く一環と芸能界という魑魅魍魎の住む場所で生き残るために、演技力と他人の表情が本心のものかどうかがわかるようになった。

 その判定ではあの占い師は黒だ。真っ黒だ。

 この力がなければ、本当に呪いがこの世界にあるしそれの一種かもしれないと思っただろうけど、これは違う。


 つまり、あの占い師は僕に何か魔法のようなものをかけていると思われる。

 しかし、魔法ではない。魔法ならば、アンドリューや憲兵隊トップのローガンが気づかないはずがない。

 だからこの痛みは魔道具によるものだ。魔道具は魔法陣を描くことで、その力を使うことができる。

 歴戦の兵士である二人も、彼らに勝るとも劣らない父上も気づかないということは《認識阻害》の魔法陣が組み込まれているはずだ。それも大きな縛りつきで。


 魔道具の魔法陣は、条件を決めるほど効果が高くなるとデイジーが言っていた。

 “白の聖女”と言った瞬間痛みが増したことから考えると、痛くなる方の魔法陣は発声による発動という条件があると考えられる。

 そして、《認識阻害》の条件は対象を絞れば絞るほど強くなるから……25歳以上にしか効かないとかか? 僕から阻害する意味ないし。


「イーナを連れてきました!」

「すぐに回復魔法を!」

「は!」


 考察しているとアルブム家のお抱え回復術師に回復してもらった。

 おかげで痛みが引いてきた気がする。


「そんなことは無駄です! 貴方方ができることは“白の聖女”を捧げることだけです!! 早くしないと大変なことになりますよ!!」

「ガッ、ゲホ!」


 “白の聖女”と叫ばれた瞬間、痛みが戻ってきた。

 やっぱり、痛みの魔法陣の条件は発声か。


「そ、そんな……!」

「くっ!」


 母上が絶望したかのように膝をつき、父上が悔しそうに声を漏らす。


「……ッ!」


 駄目だ。意識をしっかりしろ!

 観察だ。観察するんだ……!


 意識を奮い立たせ、占い師を深く見る。

 何のために前世の記憶を持っている! 知識が役に立たないのなら、俳優のスキルを活用しなければ白原優也の努力は無駄になるぞ!


 見ろ。占い師の身に着けているものを見ろ!


「……あっ……た!」


 そしてついに見つけた。

 あの占い師が着けているネックレス。そこに五芒星が描かれている。


「……わかった。“白の聖女”を渡そ――」

「あああああああ!!」


 父上が言い終える前に、占い師――否、詐欺師に突進する。


「ぎゃ!」


 詐欺師は予想だにしていなかったのか、僕の突進をもろに受けて倒れた。


「こ、このガキ――!」

「ぐううううう!!」


 ネックレスを思いっきり叩く。

 叩く。

 叩く!

 叩く!!


 しかし、まだ五歳の僕では腕力が足りず、破壊には至らなかった。


「“白の聖女”!!」

「ぐっ! くう!!」


 痛みが大きくなる。

 ま、まずい、もう意識が――!


「……ッ!」


 意識がなくなる直前、僕が見たのは剣を鋭く振るうアンドリューだった。


 あ、痛みが引い――


◇◇◇


「ここは?」


 ……僕は何を。


「そ、そうだ! あの詐欺師は!」

「レイン!!」

「ああ良かった……!」

「わっぷ」


 父上と母上に抱きつかれる。


 誰かが運んでくれたのか、僕は真っ白なベッドで寝ていたようだ。


「大丈夫かい? どこか痛むところはある?」

「は、はい。大丈夫です」

「本当に? 無理しなくていいのよ」

「大丈夫ですって。アルブムの人間は丈夫なんです」


 二人の質問にこたえながら部屋の中を見る。

 部屋にいるのは、僕と両親を除いて憲兵隊隊長のローガン、部隊長のアンドリュー、回復術師のイーナ、ケネスをはじめとした侍従侍女4人だ。


「あの詐欺師はどうなりました?」


 二人の質問の区切りがついたので、あのおばさんについて聞いた。


「もう心配はいらないよ。あの女と侍従は捕えてるし、魔道具も没収した」

「そうですか。それは良かった」


 本当に良かった。

 まあ、あの二人は強そうになかったし、魔道具がなければ生け捕りは簡単か。


「ところで“白の聖女”は無事ですか?」

「もちろん。ほら」


 父上が懐から白い宝石が付いたブローチを取り出した。


 この白いブローチがアルブム家の家宝である“白の聖女”だ。パールとも違う美しい白い宝石はこの世にないものと言われているらしい。

 ちなみに他にも“○の聖女”というアイテムはあるらしく、王家が“黄の聖女”、ウィリデ公爵家が“緑の聖女”、アーテル侯爵家が“黒の聖女”、ルーフス伯爵家が“赤の聖女”、カエルレウス伯爵家が“青の聖女”を所持している。

 これらの家は、かつての勇者聖女伝説で聖女を支えた六家だ。


「いいのですか、ここに持ち出して」


 “白の聖女”は普段はこの家で一番頑丈な宝物庫で管理されている。僕も見たことがあるのは、エマとキール・ミアが生まれた日と五歳の誕生日だけだ。


「うん。万が一があるといけないからね。しばらくは僕が直接持っておこうと思う」


 そうなのか。それだったら、まあ万に一つも奪われる心配はないか。

 父上の傍には王国一の斧使いと呼ばれるローガンが常にいるしね。それに父上自身が強いらしいし。


「そういえば、今日の夕ご飯は……」

「残念だけど……! 本当に残念だけど、今日はなしだ」


 心底悔しそうに膝を叩いて父上が応える。


 そうか。エマも僕もすごく楽しみにしていただけに本当に残念だ。

 ……許すまじ。あの詐欺師……!


「まあ、代わりと言っちゃなんだけど、予定を一日遅らせて明日はみんなと過ごせるようにするから」

「それは嬉しいですし、エマも喜ぶと思いますけど……よろしいのですか?」


 父上は補佐だが、メインで仕切っている曾爺様が近々隠居することもあってほとんどの業務を担っているらしい。

 だから、そんな簡単に休めるとは思えないけど……。

 ちなみにお爺様は自由気ままに冒険している。


「大丈夫さ。父上もわかってくれるよ」


 そうだろうか?


「それにしてもよくわかったね。あれが魔道具だって」

「デイジーが教えてくれました」

「……もう魔道具のことまで勉強してるのかい?」


 父上が少し驚いたように聞いてきた。

 家族以外のことで読めるレベルの感情を表情に出すとは珍しい。


「はい」

「レインフォード様は、すでに因数分解を理解しておられるほどですので。デイジーも教えていて楽だと言っておりました」


 アンドリューが僕の返答に補足してくれる。


「それに剣術でも非凡な才能を発揮しておられます。一か月前にはスライムを単独で討伐いたしました」


 ちょっと恥ずかしいな。

 でも努力を褒められるのは嬉しいから、もっと言ってほしい。もっと褒めて!


「……そうか、……ふむ」

「父上?」


 父上が黙って何かを考え始めた。

 いつもの父上なら『さすがは僕の天使レインだよ!! チューしようチュー!!』くらいは言うのに。


「……まあ、レインが無事で良かったよ」


 そう優しく笑って、父上が立ち上がる。


「もっと一緒にいてあげたいけど、あの詐欺師どもををいつまでも放置させておくことはできないからね。テストも後日にするし、今日は安静にしておきなさい」

「何かあったら、みんなに言うのよ」

「はい。ありがとうございます」

「無理はしないでね。別に絶対にテストが必要ってわけじゃないんだから。ちゃんと安静にしているのよ」

「もう。そんなに言わなくてもわかっていますよ」


 父上も母上も過保護だと思う。

 結構なんともないんだけどな。痛みも完全に引いてるし。


「アンドリュー、レインをよろしくね」

「……よろしいのですか?」

「あいにく、君以上の戦力はローガンくらいしかいなくてね」

「……かしこまりました。次こそは守り通して見せます」

「信じてるよ」


 そうアンドリューに言って、父上と母上、そしてローガンとケネスは退室した。


「……レインフォード様」

「どうしたの?」


 ベッドの上でみんなを見送ると、アンドリューが話しかけてきた。


「申し訳ございませんでした」

「うん?」

「貴方様を傷つけてしましました」


 ああ、そのことね。


「みんな心配性だね。どこも怪我してないし、大丈夫だよ」


 手をプラプラして無事をアピールする。

 しかし、アンドリューは納得していない様子だ。


「父上も許すって言っていたでしょ」

「私が仕えているのは、アーノルド様とレインフォード様のお二人ですので」


 うーん、そう言われてもアンドリューを切るなんてありえないし。


「いかような処罰もお受けいたします」

「わかったよ。それじゃあ、次からの稽古もっと厳しくしてもらっていい? 今日ので、僕がいかに貧弱か思い知ったからさ」


 ネックレスを破壊できなかったのは悔しい。


 僕の返答を聞くとアンドリューはきょとんとした顔になった。


「ふふ、あはは。初めてアンドリューのそんな顔を見たよ」


 いつもナイスダンディなアンドリューのそんな顔を見れたのが嬉しくて、思わず笑ってしまう。


「それとずっとここにいるだけってのも暇だし、チェスを教えてもらってもいい?」


 侍従たちに頼んでチェス盤を持ってきてもらう。

 ちょうどやってみたいと思ってたしちょうどいいや。


「ふ……わかりました。お受けいたしましょう」


 アンドリューが静かに笑う。


 うん。相変わらずのナイスダンディだ。


「よーし、チェスじゃ負けないよ」


 そう勢い込んで、チェス盤に駒を教えてもらいながら置いていく。

 ある程度、ルールがわかると本格的に戦い始めた。


 ……結果? 僕の完敗だけど?

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