5話 乱入者
僕、レインフォード・アルブムは五歳になった。
知識は増えたし、最弱と呼ばれる魔物であるスライムを倒せるようになった。最近はダンスや乗馬も頑張っている。
「これで良し、と」
グレースに礼服を着させてもらう。
それを鏡で確認すると、そこには俳優だった前世以上に将来イケメン間違いなしと予想できる銀髪銀眼の少年がいた。父上も母上もすごく顔が整っているからね。
「おにいちゃま、おはようございまちゅ」
「おはよう、マイエンジェルエマ。今日もエンジェルだね」
この屋敷に住んでいるマイエンジェルシスターエマが挨拶してくれる。今日も聖なる銀色の髪が可愛らしくツインテールで輝いていて、また天使を思わせる愛くるしい顔もきらめいている。
エマは才女だ。まだ三歳なのにカーテシーできるのだ。
天才ですごいねと言ったら「おにいちゃまにいわれたくありません」と怒られてしまった。
「ちょうは、おとうちゃまとおかあちゃまにあわれるひでちゅね。わたくしのぶんもあいさちゅちておいてくだちゃい。きーるとみあはわたくちにおまかちぇくだちゃい」
キールとミアは去年生まれた双子の弟妹だ。二人ともエマに負けず劣らずのエンジェルだ。
「うん。お願いね。……とは言っても、今日の夜はお二人ともここに来るんだけどね」
エマが言ったように、今日は父上と母上がアルブム領にいる日だ。
前までなら、最初から二人ともこの屋敷に来ていたが、今日は僕が本邸に呼ばれた。
「坊ちゃま、そろそろ向かいますよ」
「わかった。じゃあ、もう行くね」
「いってらっちゃいまちぇ、おにいちゃま」
エマと話しているとグレースに呼ばれた。
本邸は隣にあるとはいえ、あまり外に出る機会はないのでわくわくする。
アンドリューに連れられて外に出る。
外には、一頭の美しい毛並みをした馬がいた。
「ほら、レインフォード様。挨拶してあげてください」
「うん。よろしくね」
アンドリューに促されて、僕が乗る馬に挨拶する。
美しい馬はヒヒーンと鳴く。
「では、乗りましょうか」
「うん!」
アンドリューに抱っこしてもらい馬にまたがる。
アンドリューは後ろで僕が落ちないようにしてくれていた。
高い! けど、やっぱり乗馬は楽しい!
「では行きましょうか」
アンドリューが馬を操る。
隣にあると言っても、本邸まで歩きだと結構時間がかかる。
なので、まだ小さいうちは馬での移動だ。
馬から落ちないように気を付けながら、流れる景色を見る。
庭師の腕がいいのか、美しく整えられた庭は見ていて楽しい。
やがて、視界が並木道に変わり、大きなお屋敷が見えはじめた。
馬は前世で言う自転車並みの速度で走っていたが、15分ほどの時間がかかった。
いや、遠すぎじゃない?
大きくなったら探検できるじゃん。楽しみだなあ。
「ほわあ」
思わず声が出てしまう。それ程、目の前の本邸は大きかった。
「行きましょう」
馬を本邸の侍従に預けたアンドリューに促されて、左右対称の庭を歩く。
庭から玄関の中まで侍従と侍女がズラッと綺麗に並んでいた。
離れの屋敷での生活でこういうことになれたと思ったが、全然そんなことはなかったようだ。結構緊張する。
「今日はようこそおいでくださいました、レインフォード様。私は侍従長を務めさせておりますケネスと申します」
ケネスは白髪をオールバックにしていて立派な髭を持つ人物だ。右目にはモノクルをかけている。
なんか、THE執事みたいなキャラだ。
「今日はよろしくね、ケネス」
返答する。
ちなみにこういう時に貴族は頭を下げてはいけないらしい。
「父上と母上とはもう会えるの?」
「はい。既に旦那様と奥様の準備は整ってあります」
「ん。待たせちゃったか」
それは悪いことをした……というか、向こうの準備が完了する前に着くのがマナーなのに。これじゃデイジーに怒られてしまう。
「いえ、旦那様たちが早く会いたいと準備を早めただけですので……」
「…………」
相変わらずの父上に思わず黙ってしまう。
「父上がごめんね」
「いえいえ、旦那様も忙しく三か月ぶりの再会なのですから」
「そう? ありがとう」
お礼を言って、父上と母上が待つ部屋に案内してもらう。
本邸は僕が住む屋敷よりも豪華ながらも上品な感じがする。父上たちの趣味がいいのか、アルブム家の家具は全体的に下品な感じなく、伝統的な雰囲気だ。
「旦那様、奥様。レインフォード様がいらっしゃいました」
「そうか、入ってきてくれ」
案内してもらった部屋から、若いが威厳のある声が聞こえてくる。
「失礼します」
「失礼します、父上、母上。お元気でしたか?」
中にいるのは、いつも通りのとてつもない銀髪のイケメンと鶯色の髪の美女だった。
「あああああ! 久しぶりだねぇ、レイン!!」
銀髪のイケメン――父上が突進してきた。
◇◇◇
「今日ここに君を呼んだのは他でもない。今の君をテストするためだ」
「は、はあ」
落ち着いた父上が、僕を呼びつけた理由を説明してくれる。
「テストですか?」
「ああ。レインももう少しで七歳だろう? 七歳になるとお茶会やパーティーに呼ばれるようになるから、悪いところがないかチェックするんだ」
貴族は一般的に七歳で社交デビューするらしい。
一応、すでに予定が決まっているのは来年の“女神の誕生日”に王宮で開かれるパーティーだ。流石に、その前に練習としていくつかのパーティーに参加するとは思うけど。
「ところで僕の天使であるエマたちは元気かい?」
説明を終えた父上が、弟妹たち三人の近況を聞いてきた。
「はい。三人とも元気でエンジェルです」
「そうか。それは良かった」
「ええ。エマなんてもうカーテシーもできるようになって」
「なんだって!? くう~、僕が一番最初に見たかった」
父上が本気で悔しがる。
時々思うけど、この人は大貴族なのに親バカすぎる。
「ふふ。みんな元気そうで良かったわ。レインも凄く頑張ってるって聞くし、アルブム領も平和だし、これで我が家も安心――」
「旦那様!!」
母上の話しを遮って、一人の若い侍従が入ってきた。
え、誰?
「……ノックもせずにどういった用件かな? 火事でも起きたのかい? それともテロリスト?」
「い、いえ……」
「じゃあ、どういう要件だい。緊急の用事でもないのに、僕たちの話しを遮るなんて」
父上が笑顔で聞いた。
あ、これ怒ってる時の表情だ。父上が怒るのを見たことはないが、前世で培った表情の裏を読むスキルで何となくわかる。
「は! それが――」
「君には皮肉も通じないのかい?」
父上の怒りに気づかずに喋り始める侍従を父上が遮る。
「ケネス」
「は!」
「我がアルブム家の従者の質はこんなに低下していたのかい?」
「いえ……申し訳ございません」
「まあいい。取り敢えず、この無礼者をつまみ出せ」
「かしこまりました」
ケネスが指示を出し、警備の人が乱入者を掴む。
「な!? お、お待ちください!」
乱入者は暴れるが、屈強な兵士をびくともすることもできず、外に出されそうになる。
「まあまあ、お待ちください。彼は己の主の御子息の危険を知らせようと焦ってしまっただけなんです」
その瞬間、まるでタイミングを見計らったようにバーンと扉が開いた。
そこから入ってきたのは、ミステリアスな美人のお姉さんだ。
「また君か。占い師だか何だか知らないが、もう関わるなって言ったよね」
父上が非常に冷めた目で占い師を睨む。
「僕の大切な息子との時間を無駄にしたんだ。打ち首くらいは覚悟してるんだよね?」
父上が怖い。こんな父上は初めてだ。
「怖いですわね。しかし、そんな貴方もすぐに私に感謝することになるでしょう」
しかし、占い師は余裕の態度を崩さない。
「何を言われてもあれは渡さないよ。あれは祖先が王家より賜った大事な宝だ」
父上が本当に不機嫌そうに言うが、占い師はどこ吹く風だ。
というか、あれって何?
「貴方がレインフォードですね?」
「……そうですけど」
唐突に占い師の矛先が僕に向く。
占い師は僕を見た瞬間、目をカッと開いて、可哀そうな子を見る表情になった。
「ああ、なんということでしょう。この子には凶星が迫っているわ。早くあれを――このアルブム侯爵家の家宝である“白の聖女”を納めなさい!」
占い師がそう叫んだ瞬間、僕の胸に痛みが走った。
遅くなり申し訳ございません。