4話 知識チートをしたかった
勉強と剣の稽古のサイクルにも慣れた僕は、ついにチートをしようと思う。
チートと言っても最強の力を得るのではなく知識チートだ。
「よーし。前世の知識を活かして、アルブム領をさらに発展させるぞ!」
とりあえず、この世界の文明レベルの確認だ。
今日は日曜日なので勉強も剣術もない休みの日だ。
そう。この世界も地球と同じく、1年12か月365日で、1週間は7日で日月火水木金土だ。
「まずは経済だ!」
絵本や子供向けの本、教科書がたくさん置かれている書庫で経済の本を探す。ここは本邸にある父上の書庫とは違い、僕の勉強用の本がたくさん置かれてある。
特にうちは貿易のかなめなので、経済と地理の本が多い。
「えっと、貨幣は世界共通で、聖金貨・金貨・聖銀貨・銀貨・聖銅貨・銅貨の順。銅貨一枚で1ディニロ。ディネロ?」
ディネロってどういう意味だろう? ……まあ、円もなんで円なのかわからないし、そんなものなのかな?
「……て、今はそれよりも、どうやって前世の記憶を活用するか考えないと」
経済という分野で僕は何ができるのだろうか?
「あーと……貨幣の価値は一つ上がるたびに10倍になる。また、通貨を管理しているのは実質的には各国だけど、貨幣を作っているのはお金の神様の教会と」
さらに読み進めるが、専門用語が多くなってきたのでまた勉強してから続きをしようと思う。
……うーん。いい勉強になった。
伸びをして、僕は本を戻した後、書庫から出た。
◇◇◇
経済チートは無理だった。というか、前世でも経済の科目は苦手だったわ。こんなのが貿易都市の領主候補で大丈夫なのか?
そして、どれでチートできるんだろうか? よくあるのは料理とかだろうか。
「坊ちゃま、夕食のお時間ですよ」
自分にできることを考えながら、文字の書き取りの復習をしていると、僕が住む屋敷の侍女長のグレースがノックしてきた。
侍従や侍女にも階級というのがあって、偉いのから本邸の長、王都の屋敷の長、今の僕のような小さい子が住む用の屋敷の長、各別荘の長だ。つまり、グレースは三番目に偉い侍女と言える。
「うん。今行く!」
笑顔で答えて、すぐに部屋から出る。
すでに興味は今日の献立に移ってしまった。
この世界のご飯はおいしい。地球にあった食材やこの世界で初めて見る食材でつくられた料理は絶品だ。
「今日はいつも頑張っている坊ちゃまのために料理人が腕によりをかけて作られました」
「おお!」
侍従のマシューたちが料理を並べてくれる。
マシューの言う通り、今日の夕食は豪華でガーリックトーストとコーンスープ、ポテトサラダ、ケチャップがかかったハンバーグに鮭のムニエル、デザートにナザリーという甘酸っぱい果物がメインのパフェだ。しかも飲み物がこの前父上に頼んだ紅茶だ!
僕は前世の白原優也時代から紅茶が大好きだった。紅茶狂いってテレビで紹介されるほどに。
いやー、前世はもやしと高級紅茶がご飯の主なメニューだったけど、今では比べ物にならないな!
「とりあえず一杯」
もう我慢できない! こちとら三年間待ったんだぞ!!
紅茶を一杯飲んでみる。
「おいしい!」
あああああああ!! おいしいいいいいい!!
やばい、この紅茶。
芳醇な香りで飲む前から美味しく、また楽しませてくれる。そして肝心の味だが……もう感無量だ。ビックバンだ。
「坊ちゃま、はしたないザマスよ。もっと紳士としての行動を心掛けるようにするザマス」
「はい……」
はしゃいでしまったのでデイジーに怒られてしまった。彼女はマナー講師として、僕の生活の所作一つ一つを見張っている。
ぶっちゃけ息が詰まるが、礼節は絶対に身につけておかなければいけない項目だ。前世でもこんなガチガチなのはやっていないので、一から学んでいかないと。
それに社交界に出たら、僕を見張るのは全貴族だ。デイジー一人に苦戦してはいられない。
「いただきます」
一人で挨拶して食べ始める。
僕の食事は基本的に一人だ。
侍従たちや侍女たちを誘っても身分が理由で断られる。
寂しいが、それを無理に頼んでも迷惑がかかるのは彼らだ。給料が出ているとはいえ、ただでさえ世話を焼いてもらっているんだ。余計な迷惑はかけれない。
寂しい気持ちを笑顔の仮面で隠して、音をたてないように気を付けながらご飯を食べる。
父上や母上がいる時は一緒に食べるんだけど、父上は王都にいるし、母上は伯爵家のお茶会という名のママ会に呼ばれているのでアルブム領にいない。
「おいしい!」
「坊ちゃま」
「す、すみません」
あまりのおいしさに声が漏れてしまい、デイジーに怒られた。
でも仕方ないと思う。なんせ三年目の紅茶だ。
……舌が合って本当に良かった。紅茶が飲めないのは命にかかる。
その後、紅茶を三杯飲みながら僕はおいしい料理に舌鼓をうった。
◇◇◇
お腹が膨れたところで、知識チートで何ができるか考えよう。
「ちょっと寒い」
「かしこまりました」
「ありがとう」
グレースに部屋の温度を上げてもらう。エアコンみたいな魔道具の設定温度を上げるには魔力が必要なので、まだ魔力解放式をしていない僕では使えないのだ。
魔道具とは、魔物というモンスターを倒した時に得られる魔核というアイテムを使うことで製造される道具とかのことだ。大きくなったり、構造が複雑になるほど必要な量が多くなったり、大きい魔核が必要になるらしい。
また魔核は、魔物一体一体によって質が違う。同じスライムでも、大きさはすべて同じだが強さによって質が異なるらしい。
さて、何か知識チートできるか考えないと。じゃないと僕が前世の……異世界の記憶を持っている意味がないし。
とりあえず、一番メジャーなのは何か画期的なものを作ることか?
「坊ちゃま、お風呂が沸きましたよ」
「はーい」
そう言われて、天気予報が流れていたラジオの電源を切った。
侍女と一緒にお風呂へ行く。
僕はまだ三歳なので一人でお風呂に入るのは危険だから、侍女か侍従が一緒に入ってくれる。
服を脱がしてもらって浴室に入る。
温泉かな? と思うくらい広い湯船を持つ浴室では、侍女がシャワーの温度を確かめていた。
ちなみに侍女はちゃんと服を着ている。
「さ、坊ちゃま。目をつぶってください」
シャワーがかかる。
気持ちいい。
そして、シャンプーとリンスで髪が洗われ、柑橘系の香りがするボディソープで全身を洗われ、湯船につかる。
気持ちいい。
「……九十九、百!」
百秒数えたので湯船から出る。
浴室から出るとお風呂の人とは違う侍女に、ふかふかなバスタオルで髪と全身を拭かれる。
拭き終わると、広げられたパンツを履いた。おむつよりも断然着心地がいい。
用意してもらった部屋着は一人で着た。これまた着心地抜群だ。
タオルとドライヤーで髪を乾かしてもらい、お風呂上がりの牛乳を飲む。身長が伸びますようにと心の中で祈る。
その後、お肌に良いクリームを塗ってもらい、歯を磨いてもらった。
◇◇◇
「おや、レインフォード様。ご就寝ですかな」
寝室に戻る途中、アンドリューに出会った。
「ううん。まだ単語の復習が残ってる。アンドリューは?」
「私は、交代の時間まで囲碁でもしようかなと思いましてね。一人でも面白いですよ」
囲碁もあるんだこの世界。なんか和洋せわしないな。
「僕もやってみたい」
「ふむ。確かに知的遊戯を嗜むのはいいことでありますし、ですが囲碁は難しいと思いますよ」
アンドリューが顎に手を当てる。
「では、あちらにしましょうか」
少し悩んだ後、アンドリューが遊戯室に案内してくれた。
「わあー!」
初めて入った遊戯室には様々な遊具があった。
わーすごい立派なチェス台がある。
チェスをやったことはないけど、チェス台ってなんかテンション上がるよね。
「レインフォード様、こちらです」
チェス台に見惚れていると、アンドリューが一つの盤を持ってきてくれた。
「こちらはオセロと言って自分の色で挟んだ相手の色を自分の色にして、最終的な多さで競う遊戯です。簡単でしょう?」
オセロはやったことがある。と言っても前世で、だけど。
「では始めましょうか。白と黒どちらがいいですかな?」
「じゃあ白で」
よーしやってやるぞ!
……負けた。完膚なきまでにボコボコにされた。
黒一色の盤を見ながら呆然としてしまう。
「も、もう一回!」
「残念ですけど今日はここまでです。お勉強があるのでしょう?」
「うっ、そうだった」
確かにもう一戦やってしまったら、決められた就寝時間を過ぎてしまう。
……う~。
「ま、また今度!」
「ええ。楽しみにしていますよ」
「それじゃあ、おやすみ!」
「おやすみなさい」
挨拶をして、アンドリューと別れる。
次は勝つぞ!
◇◇◇
「これで合ってる?」
「はい。百点です」
グレースに確認してもらう。
「それにしても坊ちゃまはすごいですね。まだ三歳なのに」
グレースがほめてくれるけど……うん、まあ前世の記憶があるからね。理解度が段違いだよ。
「ありがとう。そろそろ寝るね」
「かしこまりました。おやすみなさい坊ちゃま」
「ん。おやすみ」
ノートをなおしてベッドに向かう。
天蓋付きのふかふかなベッドに潜ると、グレースが布団をかけてくれた。前世で使っていたものとは比べ物にならないふかふかさだ。
う~ん。今日も充実した一日だったな~。
前世では感じえなかった羽毛の心地よさに包まれながら、僕の意識は沈んでいった。
……知識チートで何ができるんだろう?