1話 握手会の悲劇
僕、白原優也は17歳で高校二年生兼俳優である。
幼い頃から養成所に通っていた僕は、最初こそ面倒だと稽古をサボっていたが、ある日を境に全力で取り組むようになり、今では青春ものでは欠かせないと言われるほどのスターだ。
異名も数多あり、“次世代の大スター”、“麗しの不死鳥”etc……まあ、僕しか使ったことないし、一、二回だけだけど。
「今日も見守っていてね。愛、灯華」
「……またその写真を見てるの?」
「うおっ! ……いたんすか」
いつの間にか控室にいたマネージャーが呆れたように言う。
それに驚いた僕は、かわいいかわいいショタ時代の僕とその時から仲が良かった二人の少女が写ったホーム画面を閉じた。
「たく。あなたのことが好きな女の子なんてもっといるでしょうに。どうして、あなたは普通の高校生と三流アイドルにしか興味ないの。それこそ、この前女優からお弁当もらっていたじゃない」
嘆かわしいと言わんばかりのマネージャーに、僕は微妙な気持ちになる。
というか、あれ恋愛的な意味のアタックだったの? なんかあのお弁当食べたら、動悸が止まらなかったんだけど。攻撃的な意味のアタックだったよ。美味しかったけどさ。
「ふはは。僕は二人に感謝していますからね。まず、愛との出会いは七年前――」
僕がまだかわいい十歳の時、僕は雪の降る中――
「そんな回想いらないから、さっさっと準備しなさい」
「バッサリ切らないでくださいよ!」
知ってたけど、このマネージャー僕に興味が無さすぎる。金にしか視線が向いてない。
「まあ、ともかく、あの二人以外に興味ないですよ。というか、恋愛自体にあんまり興味が……」
「それだったらいいのよ。ただ、熱愛のような世間から注目を集めるイベントは派手にやってほしいからね。相手が格下だと勿体ないじゃない」
「なーに言ってるんですか。僕に比べたら全員が格下ですよ。ふっふーん」
「その自信も、そんなことを言いながら先輩の演技を観察しまくっているのもあなたの長所だわ。なんとか他人に語ってもらって、美談にしてお金にしたいわね」
「お金のことしか考えてないんですか? というか、恥ずかしいからやめてくんない?」
まったく、マネージャーのマネー主義には困ったもんだ。
「一番いいのは二次元を好きになることね。最近はそういうのも受け入れられるようになったし、今までとは違う客層にもアピールできるわ。ほら、このゲームでもやってみなさい。それ恋愛要素が強いだけじゃなくて、あなたの好きなRPG要素が強いから気に入るわよ」
マネージャーに渡されたのは『六色の聖剣』というゲームだ。こっちには、金、黒、赤、青、緑、銀色の髪をした少年たちが写っていた。乙女ゲーと言うやつだろうか。
これ、女の子がするやつじゃないの?
「そっちの銀髪の男はあなたに似ているわ」
「はあ……」
そんなに似ているかな?
少なくとも容姿は違うように見えるけど……性格的な話しだろうか。
まあ、位置的に主人公じゃないし、僕とは似ても似つかないね。あとで、僕がいかに世界の主人公かを教えてあげよう。
「それよりも、そろそろ握手会始まるわよ。さっさと用意しなさい」
「はーい」
マネージャーの言葉に返事をし、二本のゲームを机に置いて、用意された衣装に着替え始めた。
そう。今日は僕の握手会である。人気があるうちに歌関係でも売り出そうという事務所の狡い戦略で、先日発売されたCDについた握手券の消化日だ。加工がすごいとかSNSで色々言ったやつらは絶対に許さない。
「その子たちは今日来るの?」
「はい。さっき着いたって連絡がありました」
「ほどほどにしておきなさいよ。また修羅場を起こされたらたまらないわ」
「わかっていますよ。つい昨日、家で喧嘩が起こったせいで、宝物のティーセットぶっ壊れましたからね」
流石に握手会で器物破損レベルの修羅場はやばい。事務所が恋愛NGじゃないとかそういう次元じゃない。
まあ、流石にあの二人もそんなことはしないだろう。きっと多分。
「これでいいですかね」
不安な気持ちを断ち切って衣装の確認を取る。
危ない危ない。あれ以上考えてたらマイナス思考のまま握手会を迎えるところだった。
「大丈夫よ」
「それじゃあ行きましょうか」
許可を得て、僕は会場へと向かった。
◇◇◇
「おめでとう……優也」
「ああ。ありがとう」
(基本的に)おとなしい灯華からのエールに応える。
彼女はいまだに慣れないのか、頬を赤らめ、わっわっと暖かい手で握る。手汗も心地よく感じるのは彼女がアイドルだからか、それとも僕が変態だからか。
「応援してるから!」
「うん」
一応アイドルなのに誰もそれに気がついた様子がないのを見ると、マネージャーが彼女を三流と言ったのも理解できる。
とはいえ、彼女が努力しているのは僕が一番よく知っているし、きっと今は流れが来ていないだけで、いつかは必ず売れるようになるだろう。努力こそが結果を出す唯一の方法なんだから。
「結構来てるな」
灯華を見送りながら奥に視線を向ける。
そこにはファンたちの長蛇の列ができており、なんなら会場から飛び出していた。
そんないつ終わるかもわからない握手会に戦慄するが、次のファンに向けて笑顔を振り撒く。
「灯華と一緒に来たんだ」
「うん。まあ、同じマンションに住んでるしね」
次に来たのはもう一人の幼馴染みの愛だった。愛はあだ名で本当の名前は心愛だ。
「頑張ってね。優也くんが世界の主役になるのを待ってるから」
「うん。世界一の大スターになって、この世の中心になるよ」
七年前から言い続けてくれる言葉に、覚悟を新たにする。
この僕の壮大な夢を知っているのは愛と灯華だけだ。インタビューには世界征服って答えている。
「いつもありがとう。愛」
「うん。ずっと応援してるからね。優也くん」
愛も灯華ももちろん他のファンも応援してくれている。僕はそんな彼女らの思いに応えなければいけない。
――うん。頑張ろう。
そう決意し直した僕は、また次のファンに笑顔を向けた。
次の子は、清純(だと思われる)な灯華や清楚(とも見ることができる)な愛とは違って美人で頭がよさそうだった。
「いつも応援ありがとう!」
「……んで」
「ん?」
彼女は一つ前のイベントにも来ていたはずだ。結構強引な人だったから覚えている。
そんなことを思い出しながら顔を下に向けた彼女のエールを待つ。
「なんで、私に連絡くれなかったの!? SNSのアカウントも教えたのに! 私たち付き合ってるんでしょ!?」
「え?」
すると、女性は突然顔を上げたかと思えば、いきなり突進してきた。
何を言っているかは理解できなかった。
「あ……は?」
怨嗟の声と表情を振りまきながら女性はその手に握ったもの――包丁を僕のお腹に突き刺した。
お腹が熱くなり、血が止まらない。
「きゃあああああああ!!」
「警備員、彼女を取り押さえて! あと誰か救急車を! くっ、スタッフは何やってるの!!」
悲鳴とマネージャーの声を遠くに聞きながら、僕はぼんやりとした視界で周りを見渡す。
そこには、顔を真っ青にしながら駆け寄る二人の少女が見えて――何も見えなくなった。