押すと目の前にいる女性が「こんなオバサンでもいいの?」と言ってくれるボタン
「はい松田くん、揚げ出し豆腐」
「あ、どうもです! わあ、今日も美味しそうですね!」
「ふふ、本当に松田くんは揚げ出し豆腐好きね」
いや、慶子さんが作ってくれた揚げ出し豆腐だから好きなんですよ!
――俺は慶子さんに、かれこれ一年近く片想いをしている。
慶子さんはこの小さい割烹居酒屋、『ふじよし』を一人で切り盛りしている美人女将だ。
社会人になりたての頃、会社の先輩にこの店に連れてこられたのが慶子さんとの出会いだった。
――所謂一目惚れだった。
品の良い着物を着こなした、凛とした佇まいのその女性に、「ようこそいらっしゃいませ」と包み込むような笑顔を向けられた瞬間、俺は恋に落ちた。
それ以来今日まで一年、何とか慶子さんとお近づきになれないかと、足繫くこの店に通っているという訳だ。
だが、酸いも甘いも嚙み分けているであろう大人の慶子さんからしたら、若造の俺なんて眼中にないに決まってる。
そう思い、今日まで何一つアクションを起こせなかったヘタレな俺だが、今日は違う!
――俺はスーツの内ポケットに忍ばせている、怪しいボタンの感触を確かめた。
――昨夜のことだ。
いつも通り、誰も待っていない賃貸アパートへの薄暗い道を一人寂しく歩いていると、不意に後ろから「フッ、ちょっとよろしいかな、そこの君」と声を掛けられた。
聞き覚えのない女性の声だったので警戒しながら振り返ると、そこには明らかに二十代半ばはいっているであろうに、何故かパツパツのセーラー服に身を包んだ、怪しさ満点の巨乳の女が佇んでいた。
え……、誰、この人?
「ああ、いやいや、怪しい者ではないよ。安心してくれ」
「……」
滅茶苦茶怪しい。
さては変態だな?
よし、適当に受け流して、さっさと逃げよう。
そう思った刹那――
「フッ、実は、君の慶子さんへの片想いを実らせてあげようと思ってね」
「――!!」
という言葉を投げかけられ、俺は一歩もその場を動けなくなった。
「……何であんたがそのことを知ってんだよ」
誰にも俺の慶子さんに対する気持ちは話したことはないのに。
「フッ、それは今はいいじゃないか。それよりも、君に良いものをあげよう」
「良いもの?」
――そして今現在。
俺はあの変態女から渡された、『押すと目の前にいる女性が「こんなオバサンでもいいの?」と言ってくれるボタン』を握っている。
これがあの変態女のイタズラだということは重々承知している。
そんな夢みたいな発明品、今の科学力で作れる訳がない。
――でも万が一本物だったら?
こんな俺でも、慶子さんと付き合えるかもしれない……!
まあ、イタズラだったとしても、俺にデメリットがある訳じゃないんだ。
騙されたと思って、一回だけ押してみよう。
幸い今は、開店したばかりで客は俺しかいない。
絶好のチャンスだ。
問題はいつ押すかだが……。
「それにしても松田くん、まだ若いのに、こんな寂れた居酒屋に通い詰めてていいの? もっと若い女の子と遊びにでも行ったら?」
「――!」
ここだ!
「……いや、俺は出来れば慶子さんと遊びに行きたいですよ」
「え?」
俺はボタンをそっと押した。
――ポチ
「っ!……こんなオバサンでも、いいの?」
「――!!!」
言った!!!
ほ、本物だったんだッ!!!
……いや、待て待て俺。
今のは偶然かもしれないじゃないか。
もう何度か、試してみないと。
「もちろんいいですよ! じゃあ今度、ドライブでも行きませんか?」
――ポチ
「こんなオバサンでも、いいの?」
おおっ!!
「因みに去年の流行語大賞って、何でしたっけ?」
――ポチ
「こんなオバサンでも、いいの?」
「宇宙飛行士のガガーリンが、地球を見て言った名言といえば?」
――ポチ
「こんなオバサンでも、いいの?」
本物だッ!!!!!
よ、よし、後は、「俺と付き合ってください!」と言ってからこのボタンを押せば、既成事実が作れる!
言うぞ!
言うぞ!!
言うぞ――!!!
………………。
「? どうかした、松田くん?」
「あ、いや……」
歳の割にあどけない表情をしながら俺の顔を覗き込んできた慶子さんと目が合い、俺は我に返った。
……何してんだ俺は。
こんなものに頼って、仮に慶子さんと付き合えたとして、俺は嬉しいのか?
違うだろう……!
俺の慶子さんを好きだって気持ちは、こんなものじゃないはずだろう……!!
俺はボタンから手を離し、慶子さんを真っ直ぐに見つめた。
「……慶子さん」
「え? は、はい」
俺の纏う空気が変わったのを察したのか、慶子さんは緊張した面持ちを見せた。
「……俺は…………、慶子さんが好きです」
「――!!」
慶子さんが息を吞むのがわかった。
俺は深く頭を下げた。
「一目会った時から、ずっと慶子さんが好きでした。慶子さんからしたら、俺なんてまだまだ若造かもしれませんが、絶対幸せにしてみせます! だから俺と……付き合ってください!」
「……松田くん」
頭を下げたままの俺からは、慶子さんがどんな表情をしているのかは見えない。
――ダメか?
「……こんなオバサンでも、いいの?」
「――!!!」
えっ!?!?!?
お、俺、ボタン押したっけ!?!?!?
……いや、押してない。
ってことは――!
俺は慌てて顔を上げた。
すると――
「……嬉しい。……本当に、嬉しい」
「っ!……慶子さん」
涙を拭いながら、口元を綻ばせている慶子さんが目に入った。
け、慶子さん……。
「……私もね、松田くんが好きよ」
「っ!!?」
慶子さんは両手で頬を抑えながら、小声でボソッとそう言った。
う、うおおおおおおおおおおお!!!!!!!!
「……でも、ごめんなさいね」
「え?」
ごめんなさい……?
そ、そんな……!?
好きだけど、やっぱり歳が離れてるから付き合えないとか、そういう感じですか!?
そりゃないっすよ!!
「松田くんを騙すようなことをしちゃって」
「……は?」
騙す?
……どゆことっすか?
「これ」
「――?」
慶子さんは着物の左腕の裾をめくった。
すると脈の辺りに、円形のシールのようなものが貼ってあった。
何、あれ?
「松田くんがそのボタンを押すとね、これに電気刺激がくるようになっていたの」
「……え」
慶子さんは右手で俺の内ポケットを指差した。
なっ!!!?
「だから私は電気刺激がくるたびに、『こんなオバサンでもいいの?』って言ってただけなのよ」
「何で……」
何でそんなことを……。
「……松田くんにはまだわからないでしょうけど、この歳になるとね、女は恋に臆病になっちゃうものなの」
「……」
慶子さん……。
「だから松田くんへの想いも、私の中だけで封印しようとしてたのよ。……でも、梅ちゃんがね」
「梅ちゃん?」
誰?
「あなたにそのボタンを渡したセーラー服の女の子よ。私の友達なの」
「っ!!」
あの変態女、梅ちゃんって名前だったの!?
随分古風な名前だな!?
え? そしてあの変態女と慶子さんが友達!?
待って待って!?
情報が一気に来過ぎて頭がパンクしそうッ!!!
「梅ちゃんに松田くんのことを相談したら、そういうことなら任せとけって言われて、この機械を渡されたって訳」
慶子さんは左腕のシールを愛おしそうにそっと撫でた。
……そういうことだったのか。
やれやれ、変態かと思ったら、俺達のキューピットだったとは。
最近のキューピットは、セーラー服を着てるものなんだな……。
「ねえ松田くん、最後にもう一度だけ確認させて?」
「――!」
慶子さんはつぶらな瞳を潤ませながら、言った。
「こんなオバサンでも、いいの?」
お読みいただきありがとうございました。
本作は「しいたけ」様の『ここにある【んほぉぉぉぉボタン】を押すと女騎士が「んほぉぉぉぉ!!!!」と鳴きます』
https://ncode.syosetu.com/n6748fz/
に触発されて書きました。
「しいたけ」様に許可はいただいております。
また、普段は本作と同じ世界観の、以下のラブコメを連載しております。
梅ちゃんも活躍しておりますので、もしよろしければそちらもご高覧ください。⬇⬇(ページ下部のバナーから作品にとべます)
2020.2.3追記
(Picrewの「現代和装女子」でつくったよ! https://picrew.me/share?cd=mLc3W5TJMT #Picrew #現代和装女子)
「砂礫零」様から慶子さんのファンアートをいただきました!
誠にありがとうございます!!!
砂礫零様の
「グリム童話は夢を見せない」
https://ncode.syosetu.com/n4261fx/
も、是非ご高覧ください!