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HalloweeN ✝︎ BATTLE 〜僕が夢みた150年の物語〜  作者: 善法寺雪鶴
侵攻軍
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案内人

「⋯⋯凄い⋯⋯。」

「話には聞いてたけど、こんなに時計で溢れてるんだね!素敵!」

「2人はここに来たのは初めてか?」

「うん。」

「初めてだよ!」


 時計の街「クロック」に入ってすぐ。

 ホワリとシュロが四方八方時計で囲まれている風景を見ると、驚きから歩みを止めた。

 2人だけではない。「クロック」に初めて訪れた者達は目からウロコが落ちたような表情を浮かべていた。


 驚くのも無理はないだろう。

 「クロック」に入る前から街の中央にある大きな時計塔が目に入っており、「クロック」特有の雰囲気は感じ取れていたとはいえ、街へ1歩踏み入れると、建物の外壁・街灯・地面の至る所が時計で出来ており、どこに視線を動かしても必ず時計が視界に入り込んでくる不思議な景色が広がっているのだ。

 地面や壁の時計はもちろん動いてはいないが、それでも驚きを与える材料としては十分の圧を発揮していた。


 ただ、「クロック」独特の雰囲気に圧倒された。驚きの理由はそれだけではないだろう。


「ビア。」


 街の人々から視線を外さず俺に声を掛けてきたのは椰鶴(やづる)だった。


「ここはオスクリタの支配下じゃねーのか?」

「いや。そのはずだが⋯⋯。」


 不思議なことに、支配下になっているとは思えないほどに賑やかな街の姿が俺達の目に飛び込んできていた。

 ゾンビ化していたり眠っていたり、ましてや子どもにされている訳でもない。


 ごく普通の「クロック」の街並みが広がっていた。


 ただ、「クロック」に来るまでの街は全てオスクリタの支配下となっていた。

 わざわざ「クロック」だけを支配下から外すだろうか。


「ビア。少しいいか?」

「あぁ。」


 いつの間にか隣に来ていたランドが神妙な面持ちで辺りを見渡した。


「ここ⋯⋯本当に「クロック」か?」

「⋯⋯どういう事だ?」

「俺の知っている「クロック」とは何か違う気がするんだ。」

「まるで、過去に戻ってるかのよう⋯⋯ですよね、ランド。」

「あぁ。」


 ランドと同じことを考えていたのだろう。ランドの言葉に付け加えるように、華紫亜(かしあ)が後ろから言葉を紡ぐ。


「「クロック」の景色は古来から不変で、視界に入る全ての物に時計が使用されており、老朽化した場合は都度新しい時計へと交換されております。ですが、今我々の目に飛び込んでくる時計の中に、本来の「クロック」の景色の中には既に存在していないはずの時計が設置されております。お気づきになられましたでしょうか。」


 辺りを見渡してみる。見知った時計ばかりが視界に入ってくる。

 砂時計⋯⋯は確かに古いが、店舗によっては景観を意識しアンティーク品として使用されていたはずだ。トゥールビヨンも数は多くないが古いとは言い難い。

 では一体何が⋯⋯あぁ、なるほど。

 あまりにも違和感なく設置されていた為気が付かなかった。


「水時計か。」

「ビアさんならお気づきになられると思いました。」


 微笑んだ華紫亜は、近くにあった街灯を見上げる。


「一見普通の街灯のようにも思えますが、よく見ると逆さに釣られた水時計となっております。中にライトを入れ街灯として使用しているのでしょう。ただ⋯⋯。」


 視線をこちらへ戻した華紫亜の表情から、いつにも増して真剣なのが伝わってきた。


「水時計は既に「クロック」では全て交換されていたはず。万が一景観を意識し残されていた物があったとしても、我々の目に入る全ての街灯が水時計で出来ているという状況は、本来なら有り得ないでしょう。」


 確かに水時計のような紀元前に現れた時計は全て新しい物に交換されていると考えて間違いないだろう。

 その上まだ関わりは浅いとはいえ、誰よりも知識が豊富な華紫亜の発した言葉だ。

 「有り得ない」という言葉は、信じるに値するだろう。


「華紫亜の言葉を踏まえるなら、今この「クロック」は過去に戻ってるということになるが⋯⋯。」

「街一帯が過去に戻るなんて、規模が大きすぎじゃないか?」

「えぇ。ただ、今までお会いしたオスクリタの方々も、全員が街1つを囮としておりました。それらを踏まえた上でこの状況を目の当たりにしてしまうと⋯⋯これがオスクリタによる物である可能性は否定出来ません。」


 華紫亜の言葉にいつしか全員が耳を傾けていたようで、街の様子に興味津々だったみんなも浮かない顔をしていた。


「オスクリタは国を、権力を奪おうとしております。短期間で国の半数の街を支配下としている事実がございますし⋯⋯そこに所属する者は皆、我々とは比にならない程の力をお持ちの可能性が高いでしょう。街一つを1人のレガロで支配するのは容易いのかもしれません。」


 何となく察していた事実。しかし誰もが気が付かない振りをしていた。

 しかし今。

 もしかしたら、オスクリタは俺達よりも実力が遥かに上なのでは無いかという恐怖が、俺達を一斉に襲った。


 そんな憂いに沈んだ空気を壊すように、明瞭な声が響いた。


「珍しいお客様ですね。」


 穏やかな声に振り返ると、そこにはいつの間にか「クロック」の人々が立っていた。


「他の街の旅人さんがいらっしゃること自体がとても珍しいですが、様々な街の方々がお揃いなのは更に珍しいですね。」


 ふふっと柔らかく微笑んだのは、茶色のショートボブヘアに水色の目が映える背の高い青年だ。


「この街で出会えたのも何かの縁だろう。「クロック」へ来てくれたこと、感謝する。」


 先程の青年の隣に立ち丁寧にお辞儀をしたのは、茶色のショートヘアに水色のキリッとしたツリ目でこちらを見据える同じく背の高い青年だ。


「貴方達は⋯⋯。」

「失礼。ご挨拶が遅れましたね。僕は(はく)。「クロック」で観光客の方々や旅人さん達の案内をしております。」

「俺は(ごく)。珀と共に案内をしている。」


 名乗った2人は兄弟、だろうか。

 「クロック」特有のアンティークな時計が組み込まれたスチームパンクの服を着用している似た風貌の2人は、髪型や雰囲気は違えど、どこか繋がりのありそうな様子が伺えた。


「珀さんと圀さんですね。俺はビアと申します。ここにいる者達と旅をしています。まだここへ来たばかりで右も左も分からずにおりましたので、案内人のお2人に声をかけて頂けて安心いたしました。」


 「クロック」が過去に戻されているのは分かっているが、オスクリタがどこに潜んでいるかはまだ検討もつかない。それに、ただ単に過去に戻されているだけとも考えにくい。

 その為、俺はこの2人に余計な情報を与えぬよう、差し支えない事だけを伝えた。

 2人の後ろに構える街の人達にもあえて聞こえるような声量で。


 珀は俺の回答に微笑むと、圀と視線を交わし頷いた。

 

「ビアさん。嬉しいお言葉をありがとうございます。そんな素敵な旅人さんにはこの街を是非紹介させて頂きたいのですがよろしいでしょうか。」


 街の案内。観光目的で来ているならとても有難いお誘いだ。ただ、今は違う。それに時間を割いて良いのだろうか。

 ⋯⋯いや、今この街で何が起きているのかを把握するには案内してもらう方が丁度良いだろう。


「こちらこそ、是非よろしくお願いします。」

「そう言って頂けて良かった。それでは皆さん、こちらへどうぞ。「クロック」をご案内いたします。」

「気になることがあったらいつでも聞いてくれ。」


 2人に連れられ街を歩き出した俺達。

 説明を受けながら街の至る所を見渡していると、案内されている様子を見た街の人達が何故か俺達の後ろを着いて来るようになった。


 街の人達の表情と、初めに珀が言っていた「珍しい」という言葉を思い返せば、着いて来られている理由も何となく理解出来た。


 丁度、先頭を歩く2人の真後ろを歩いていた俺。

 2人の背中を眺めていると突然違和感を覚えた。


 違和感の答えを探っていると、後ろからトントンと背中を叩かれた。

 振り返ると、そこには後方を歩いていたはずのメロウがいた。


「ちょっといい?」


 メロウに促され一旦列から離れた俺は、最後尾にいた鴇鮫(ときさめ)椿(つばき)牡丹(ぼたん)の前へ入った。

 3人は、メロウが俺を連れてここへ戻ってくることを知っていたようだった。


 敢えて1番後ろではなくここに来たのは、後ろを歩く大勢の街の人達と距離をとる為なのだろう。

 3人は俺達よりも歩くペースをほんの少し遅くし、距離を取らせてくれているように感じた。


 3人のおかげで距離は取れているが、それでも慎重にメロウは小さな声で話し始めた。


「牡丹達と話してたんだけど、あの2人の服装、今のこの街の年代に合ってないよね?」


 なるほど。違和感の正体はそれか。


「街の人達が近付いてくるから服装見てたんだけど、それぞれ階級の違う服を着ているとはいえ、あの2人みたいに「メカニック」感の強い服は誰も着てない。「メカニック」の要素と「クロック」の要素を掛け合せ出したのって、今のこの街の時代よりももっと近代だと思うんだよね。」


 最近は他の街の要素を掛け合せた服が様々な街で販売されている。「クロック」は、機械の街「メカニック」と共同制作した服を販売していた。

 それは、メロウの言う通り『最近』の話だ。


 過去に戻されている今のこの「クロック」には似つかわしくない服だ。

 メロウは俺に少し屈むよう手で合図を出した。


 膝を曲げると、メロウはそれに合わせて背伸びをしながら俺の耳に口を近づけた。


「あの2人が、オスクリタって可能性ない?」


 囁かれたその言葉は、俺が薄々感じていた事と一致していた。

 後ろに視線を送ると、3人共俺を見ていたようで、周りに勘づかれない程度に一斉に軽く頷いた。


「やはりそうか。俺もそう思っていた。」


 俺のつぶやきを聞くと、真横を歩いていたメロウが視界から外れた。

 何かあったのだろうか。そう考えるよりも先に、今度は鴇鮫が視界に入ってきた。


 メロウと鴇鮫が場所を入れ替わったようだった。


「メロウちゃんが最初に違和感に気づいて俺に相談してきたんだ。」


 鴇鮫は前を向いたまま話し始めた。


「真意を確かめようかとも思った。ただ、心を覗くのは簡単だけど、相手がどんなレガロを持ってるかなんて分からないからね。無闇に覗いてそれが相手の逆鱗に触れたりなんかしたら怖いから。1番近くを歩いてたビアがどう思ったか聞くのが間違いないって話になったんだ。」


 今まで出会ったオスクリタの面々が、口を揃えて「闇喰(あんく)に怒られる」「余計なことしたら殺される」と言っていたことを考えれば、今この時点であちらから被害を受ける可能性は少ないだろう。

 ただ、これからどんなレガロを持った者が現れるか分からない今、手の内はできるだけ明かさない方がいい。

 そういう意味でもレガロを使わなかったのは賢明な判断だ。


「メロウは、誰よりも周りをよく観察してるんだな。」

「自分よりも年上ばかりのこのガーディアンの中で「私はみんなを守る為にここにいる」って言い切れるような子だからね。きっと使命を果たそうとしてるんだろうね。俺達も見習わないと。」

「そうだな。それで、2人のことだが⋯⋯。」


 2人への対応について話し合おうかと思った矢先、タイミングを見計らったかのように珀が俺達全員に聞こえるよう声を上げた。


「これがこの街のシンボル、ビレクタワーです。」


 2人の示す先、みんなが見上げる方に目線を動かすと、案内された広場には、「クロック」に入る前から存在感のあるオーラを放っていたあの時計塔があった。

 そしてその目の前には、時計を近くで見られるよう作られたと思われる、両端に長い階段のついた広い足場があった。


「良ければこの上から街の景色を見てほしい。」

「ここはね、街を一望できるオススメスポットなんですよ。」


 穏やかに微笑む2人に促され、階段を登り始める。

 頂上に着き広場を眺めると、下から眺めていた時に想像していた高さよりも、より高い位置に足場が設置されている事が判明した為だろう。

 先に登っていたグレイは一瞬足がすくんだように見えた。

 ただし、後ろを続いていた吉歌(きっか)が「早く登るにゃ〜」と軽く背中を押した為、それも長くは続かずに済んだようだった。


 全員が登り終えたのを確認すると、珀は街に視線を移した。


「いかがですか?他の街に比べて色彩が少なく古びた街ですが、上から見ると案外綺麗でしょう?」

「いや、案外っていうか、凄く綺麗だよ!」

「そうか。それならここに連れてきて良かったな。」


 和倉(わくら)の言葉に淡々と答える圀と、どこか物憂げな表情で街を眺める珀。


 なんだろう。珀の言い方が少し引っかかる。

 オスクリタの可能性が高いとはいえ一応街を案内するような立場でいる者が、その街を卑下するような表現を、ましてやこちらに違和感を与えるような表現を使うものだろうか。


「ねぇビア⋯⋯。」


 先程のメロウの時のように背中が叩かれた。

 振り返るとそこには俯いたヒショウがいた。

 ほんの少し震えているようにも見える。


「どうかしたか?」

「あのさ、何で広場にいる人達みんなこっち見てるんだろう⋯⋯。」

「⋯⋯そうだな。」


 遠くの景色ばかり見ていたからか、ヒショウに指摘されるまで気が付かなかった。

 広場に視線を落とすと、確かにその場にいる街の人々がこちらを見上げていた。

 気の所為ではない。確実にこちらを見ている。

 違和感はそれだけでは終わらなかった。


「⋯⋯さっきまでこんなにいたか?」


 いつの間にか広場を埋め尽くす程の街の人々が集まってきていた。

 ここへ来た時は移動がしやすいくらいだったはず。

 俺達の後ろを着いてきていた人達はいたが、それでもこの広さを埋め尽くす程ではなかった。


 その上、周りに立つ建物の窓からこちらを覗く者までいる。


「俺達がここに登ってから、どんどん集まってきたんだ。みんな、今日この時間に俺達が来るって知ってたんじゃないかって思うくらい、自然に集まってきた。」


 そう説明をするヒショウは未だ俺の後ろに隠れている。

 もちろんこの街には女性も住んでおり、広場に集まってきた中には大勢の女性がいた。


 その視線がこちらへ集まってきていたら、恐怖を覚えるのも無理は無い。


 この異様な光景の原因を追求するには、この人達の力が必要だろう。

 広場に視線を落としている珀の背中に俺は問いかけた。


「珀さん、1つ質問してもよろしいでしょうか?」

「えぇ。何でもどうぞ、ビアさん。」


 ゆらりとこちらに顔を向けた珀。

 一瞬微笑んでいるようにも見えたが、何故だか目が笑っていなかった。


「今「クロック」の街の方々がこの広場に集まってきています。街のほとんどの人がいるのではないかと思ってしまうくらい。ここで何かが起こるのを期待しているようなそのような目線にも見えます。街の方々がここに集まっている理由を、珀さんは何かご存知でしょうか。」

「あぁ、そうですね。それは⋯⋯。」


 そこまで言うと、足場の端にいた珀は移動を始めた。

 丁度足場の中央へと移動してきた珀。

 広場の方を向いたかと思うと⋯⋯

 

「くっ!」


 突然苦しそうな声を上げた珀が膝から崩れ落ちた。


「兄貴!」


 それを見てサッと駆け寄る圀。

 珀の額には少しばかり汗が滲んでいるように見えた。


 街の人々の目の前で起きた出来事の為、広場にはすぐにざわめきが広がった。


「大丈夫か?」


 近くにいたグレイが2人に目線を合わせるように屈んだ。

 その瞬間だった。


「みんな!こいつらがオスクリタだよ!」


 珀の今まで聞いたことの無い大きさの声が広場を一瞬で静まり返らせた。

 それと同時に突然こちらに向けられた謎の刃に、俺達は戸惑いを隠せなかった。

 そんな俺達の事など気にすることなく続ける。


「俺と圀はもうこの場から消えてしまう!だから、どうかみんなこの街を救って!」

「はぁ?お前何言っt消えた!?」


 不思議な事を叫ぶ珀にグレイが問いかけた途端、隣でしゃがんでいたはずの2人が突然目の前から消えた。


「大丈夫、まだ消えてないよ。」


 想像と異なる位置から聞こえた声に全員が一斉にそちらを振り向く。

 足場の端。登ってきてすぐに珀と圀が立っていたあの位置に2人は揃って立っていた。


「瞬間移動⋯⋯?」

「残念。その考えも素敵だけど、残念ながら俺達は瞬間移動出来るような力は持ってないよ。」

「じゃあ⋯⋯なんで?」


 静かに問いかけるホワリ。

 普段から落ち着いているホワリの声が、この不気味なほど静かな広場に響き渡る。


 そう。静か(・・)なのだ。


 その違和感に、ほんの少しだけ目線を広場へ移す。

 それと同時に怯えたような牡丹と椿の声が聞こえた。


「お兄様⋯⋯街の人達が、全く動いてないように見えるのですが⋯⋯。」

「⋯⋯うん。止まってる。」


 2人の言う通り、街の人達全員が、動きを止めていた。


「貴方達がやったの?」


 冷静に問いかけるミオラ。

 珀は穏やかに微笑んだ。


「そうだね。君達の動きを止めた時、街全体にも一緒にレガロをかけたんだ。そして、俺達が今いるこの場所に移動してから、君達と話をするために、君達にだけまた別のレガロをかけたんだ。」

「なんでわざわざそんなことを?それに、さっきの発言は何?私達がオスクリタ?冗談じゃないわ。」

「ふふっ。そうだね。君達はガーディアン様御一行だ。俺達とは違う。『ヒーロー』だもんね。でも、今街の人達はどう思ってると思う?」


 表情を変えない圀と、今まで見せなかった腹黒い笑顔を浮かべる珀。

 言いたいことは分かっている。そう。今俺達はこの街の人達にオスクリタだと思われている状況だ。


「この街の人達はオスクリタの脅威を良く知っている。だからこそのこの表情だよ。」


 時を止められた為こちらを見上げ続ける「クロック」の人々の表情からは、怒りや恐怖の感情を受け取ることが出来た。


 だが⋯⋯


「ねぇ、どうしてこの人達がオスクリタの事を知ってるの?今この街は過去に戻ってるのよね。この時代の人達は、まだオスクリタの事など知らないはずだわ。」


 ミオラの言う通りだ。なぜオスクリタの存在を『よく』知っているなどと言えるのだろうか。


「流石ガーディアン様だ。過去に戻ってるって気がついてたんだね。⋯⋯答えは簡単だよ。」


 珀はニンマリとした笑顔を浮かべた。


「俺達が時間をかけてオスクリタの脅威を植え付けたんだ。」


 この街に住む全員に見知らぬ脅威を植え付ける等到底簡単なことでは無い。未来予知を信じてもらうには、珀と圀がこの時代のこの街の人達に信頼されていなければならないだろう。

 ということは、珀が言ったようにかなり長い『時間をかけて』いると思われる。


「⋯⋯そんなに長い時間、この街を過去に戻しているのか?」

「そんな訳ないだろう。何度も時間を操作して、そう思わせているだけだ。」

「本来の時間で言うなら1日も経ってないんじゃないかな。」


 珀の言葉に圀は静かに頷いた。


「ビアさんが言うように、時間をかけて植え付ける方が望ましいと思うけどね。侵攻してるだけなのにわざわざ本気を出す必要がないのも理由の1つだけど、なんせ緊急だったから。」

「緊急?」

「俺達よりも君達の方がよく知ってるんじゃない?」


 珀は時計塔にもたれかかった。


「予定が狂ったんだよね。バッサ、ハルア、ビスカの3人がレガロ解いちゃうんだもん。本当なら、街の人達と争わせたり元に戻そうと奮闘させることで体力や精神力を奪ってやろうって話だったのに。」

「だから、予定より早くこちら側へ辿り着いてしまうことを懸念した姫さんから任務が与えられたんだ。」

「俺たちに与えられた任務は、ご挨拶ついでにちょっとした時間稼ぎをすること。急なお願いだけど、姫君の提案を跳ね除けることなんて出来ないからね。」

「死にたくないからね。」「死にたくないからな。」


 まただ。

 「死にたくない」これに似たことを今まで何度もオスクリタの口から聞いてきた。

 今話にでてきた姫さん・姫君は同一人物を指している。そしてそれは文脈から察するに、間違いなく闇喰のことだろう。

 闇喰という人物は、簡単に仲間を殺してしまうような危険人物なのだろうか。


 様々な事が頭をよぎる。聞きたいことは山々だ。

 全員が何も言えずにいると、和倉が口を開いた。


「任務が与えられたって言ったけどさー。自分達の街を侵攻対象にされてる上に侵攻担当にされて何も思わないの?自分達の故郷でしょ?」


 確かにそうだ。

 格好でどの街の者なのかは大抵予想つく。

 2人は紛れもない「クロック」出身者だろう。


 それなのにも関わらず、自分の街を侵攻し、今は街全体にレガロをかけ過去に戻してしまっている。


 思うものがあってもいいはずだが⋯⋯

 珀達はそんな俺の思考とは全く異なる事を考えていた。


「故郷?ははははっ!いいよな、ガーディアン様は。幸せな思考回路をお持ちで。」

「んえ?馬鹿にされてる?」

「街に住んでる奴全員が自分の街を好きだなんて有り得ないんだよ。そんなお花畑思考は今すぐにでも枯らしてやりたいくらいだけど⋯⋯それはうちの姫君が許さないからね。」


 和倉が椰鶴に問いかける間もなく、言葉を紡ぎ続けた珀の表情は凍りついていた。

 今まで珀の後ろで淡々とこちらを見ていた圀が、静かに口を開いた。


「兄貴の言う通り、俺達は「クロック」に思い入れなんてない。いっその事このままでもいいくらいだ。」


 何故だろうか。感情のなさそうな圀の言葉の節々に寂しさを感じた。

 様々な疑問が頭をよぎる。それらを2人に投げつけるよりも先に、珀はコロッと表情を元に戻すと話を続けた。


「今「クロック」の人達は俺達がこんな思いを抱いてるなんて知りもしないし、なんなら俺達を崇め称えている状況。そして、街の人達全員がオスクリタは危険だと認識している。さぁ。ついさっきこの街に来たどんな奴らかも分からない不揃いの君達と、過去を救う為に未来からやってきたって設定で長時間共に過ごしてきたと思われている俺達。街の人達はどっちの言葉を信じ、どういう行動をとるだろうね。」

「⋯⋯ズルいにゃ。吉歌達がどれだけ否定したって、真実を伝えようとしたって、街の人達は信じてくれるはずないにゃ。」

「なんだ。分かってるじゃん。」


 楽しそうに笑う珀に、圀が何か耳打ちする。

 頷いた珀はこちらを見て微笑むと1歩前へ歩み出た。


「さて、お喋りはここまでにしよう。今から君達には時間稼ぎという名目で、ちょっとしたゲームを楽しんでもらえればと思うよ。ルールは簡単。「クロック」を過去に戻している元凶の時計をこの街の中から見つけて壊せばいい。そうすれば街も元に戻るし、君達がオスクリタだという間違った認識もなかったことになる。ただ、壊す時は気をつけて。それは本当に最後を……ゲームの終わりを意味するから。」


 「何も難しいことはないだろう?」と笑みを浮かべる珀に対し疑問を呈す者が現れた。


「ねえ、質問!」

「どうぞ、アイドルさん。」


 アイドルと呼ばれたのはシュロだ。俺達の情報がオスクリタに回っているのはやはり間違いなさそうだ。


「もし、私達全員が街の人達に捕まっちゃったりなんかしたらどうするの?それこそ、お姫様って人に怒られちゃうんじゃないの?」

「あぁ。それはご安心を。『オスクリタが現れたら、何が何でも捕まえること。ただし、絶対に殺してはいけない。殺してしまったら「クロック」に未来は来ない。殺さず捕え牢屋に閉じ込めるように。』って伝えてあるからさ。殺されはしないよ。それに、万が一捕まっても、きっと魔女さんの力があれば牢屋から抜け出すことだって容易いんじゃない?」


 何かを見透かしたような目線がホワリに移動する。

 ホワリはそんな珀の目をジッと見つめ返していた。


「そもそも、あんたらくらいになればただの一般人に一方的にやられたりなんてしないだろ。」

「ふふっ。それは間違いないね。」

「俺達のレガロの効果は無限じゃない。」

「ただ、例え数時間でもここまで築いた俺達の新しい「クロック」の世界を⋯⋯君達は簡単に壊せるかな?」


 いつまでも冷静な圀を愛おしそうに見つめ微笑む珀。驚く程に真逆の温度に困惑が勝りかけた時、困惑等させる暇ないとでも言うかのように、珀はまた俺達に向けて腹黒い笑みを見せた。


「と、いうことで。ご挨拶も済ませた事だし、帰ろうか。」

「そうだな。」


 ご挨拶を⋯⋯済ませた?


「おい、待て。いつ挨拶を」

「選ばれた2人に直接聞いてみなよ。」


 俺の言葉に被せながら珀は微笑んだ。


「俺達もこれ以上長居する訳にはいかないからね。それじゃあ、行こう圀。」

「あぁ。」

「健闘を祈ってるよ。ガーディアン様。」


 こちらに言葉を発させる隙も与えたくないかのように話を進めた2人は、ビレクタワーの壁に現れた魔法陣の中へと吸い込まれて行った。

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