飄々とした子
「きゃー!」
「うわー!」
「コミーダ」へ訪れる際と同じように、『ルヴェボスコ』から『パンパーネ』へ向けて地面を力強く踏み込んだ。
高く跳ね上げる地面にまだ慣れていない為、みんなは自然と声が出てしまっているようだった。
「2度目と言えど流石に慣れないわね。」
「そうでしょうか?誰よりも優雅に着地されておりましたよ。」
「ミオラちゃんの周りだけ高貴なオーラが出てたよね。」
「上手く着地出来ましたね、お兄様。」
「うん。1回目の経験が活きたかな。」
1度体験したからと、そこでの学びを活かした対応をした者。
「無理無理⋯⋯怖すぎ⋯⋯。」
「だ、大丈夫?グレイ、なな涙が、出てるよ。」
「ヒショウは震えすぎだろ⋯⋯。」
「ホント、何回やっても慣れないよね!ね、吉歌⋯⋯吉歌!?死なないでぇ!」
「もうここで全部出し切ったにゃ⋯⋯おしまいにゃ⋯⋯。」
初めと同じように恐怖を感じゲッソリとしている者。
十人十色とはまさにこの事だろう。
そんな中、やはりこの2人は冷静だった。
「ランドはずっと落ち着いてるよね。」
「そういうメロウも初めから驚いてなかっただろ。」
そう。「コミーダ」へ入る際、華紫亜と鴇鮫含む4人は驚く程に冷静で楽しそうな姿を見せていた。
そして今回も変わらず冷静さを保ち続けている。
「2人共私達みたいに羽があったり箒持ってたりしないのに、本当凄いよね!」
「⋯⋯怖くないのかな。」
「肝据わりすぎだよな。」
そんな2人の様子を自力で飛べる俺達が感心して見守っていた時だった。
ターン...ターン...
どこからか小さなビニールのボールが飛んできた。
「ボールだ!誰のだろう。」
シュロがボールを拾い上げ、首を傾げながらこちらへ持ってこようとした時だった。
「すみませーん!!」
「こっちにボールが飛んできてませんかー?」
林の先から和服を着た5、6歳くらいの男女が10人走って来た。
「みんなのボールだったんだね!持ち主がいて良かった!」
「そういえば、視界の端に動き回る何かがずっと入っていたけど⋯⋯。」
「この子達だろうな。」
この子達は多分ろくろ首だ。
メロウとランドの言う通り、首を伸ばしてボールを探し回っていたのだろう。
「おねぇさん!ありがとう!」
「みんなで何してたの?」
「クーバーレだよ!」
クーバーレとは、5人で構成された2チームが、首より上だけを使ってボールをゴールに運ぶ、「ハルス」特有のボールゲームだ。
最近では他の街でも挑戦をするものが現れているが、首より上のみを使って行うゲームの為なかなか難しいと話題になっていた気がする。
「クーバーレか!」
グレイは、声を上げると子ども達の前にしゃがんだ。
「実は俺の学園でもクーバーレ流行っててな!ただ、やっぱりなかなか難しいんだよなー。パスした後が続かなくて、地面に落ちちまうんだ。なんかコツとかあんのか?」
「お兄さんはフランケンさん?」
「おー、そうだ。」
「じゃあツギハギの街の学園だね!」
子ども達はグレイの質問に真剣に答え始めた。
「僕達みたいに首が長くないなら、やっぱりバランス感覚じゃない?」
「そうそう!頭の上にボールをどれだけ乗せられるかが大切だよね!」
「ドリブルはしなくていいのか?」
「私達のドリブルは遠くに飛ばすためにしてるけど、お兄さん達は遠くに飛ばすよりも繋げることが大切だよ!」
「ハルス以外の出身なら、ボールが繋がることが1番の強みになると思うよ!」
「落としたら終わりだもんな。」
「「「そう!!」」」
子ども達が予想以上に本格的にアドバイスをくれた為か、グレイまで真剣に頷いていた。
「ありがとな!次学園戻ったら試してみる!」
「うん!やってみて!」
「未来のスターチームからの助言だから間違いないよ!」
「頑張って!」
「お?お前らそんなに強いのか?」
その質問を聞くと、10人は顔を見合せニヤッと口角を上げた。
「私達はユピテル!」
「キッズチームの中では1番強いんだ〜!」
「ん?ユピテル?それって」
「ねぇ、まだー?」
「ボールないのー?」
グレイがチーム名について聞き返そうとしたが、その声に被さるように少し遠くから大きな声が聞こえてきた。
「あ!呼ばれてる!!」
「忘れてた!」
「怒られちゃうー!」
「お兄さん、ごめんね!今練習試合中だったからそろそろ戻るね!」
「おぅ。いろいろありがとな。」
「こちらこそ!」
「おねぇさんもボールありがとう!」
「「「ばいばーい!!」」」
子ども達はこちらへ一斉に手を振ると一目散に林から出て行った。
嵐が過ぎ去ったあとのように辺りが静まり返った。
「ボールも渡せたことだし、そろそろ進みましょう。」
ほんの少しだが林に長居してしまった為、木々の先に見える広場までミオラに続いて歩き始めた。
「華紫亜。」
「如何なさいましたか?」
「お前、ユピテル知ってるか?」
「はい。存じ上げておりますよ。クーバーレの大会で毎回優勝している強豪チームでございます。」
「だよなぁ。」
歩き始めてからずっとグレイは首を傾げ続けていた。
「どうかしたのか?」
「いや⋯⋯クーバーレが好きなヤツらで、しかもあんなに的確に俺にアドバイス出来るようなヤツらが、既に存在してるチーム名そのまま使うのかと思って⋯⋯。」
「名前が似てしまう事は充分有り得ますが、全く同じですと、流石に違和感がございます。」
「なー、おかしいよなー。」
確かに、あれだけクーバーレに力を入れてそうな子達が、既存のチームの名前を丸々使うとは考えられない。
「オスクリタの仕業とか〜?」
「似てる名前つけるレガロってことにゃ?」
「しょーもねーレガロだな。」
「そんなレガロじゃないよ!!」
後ろで話を聞いてた和倉と吉歌が率直な感想を述べると、隣の椰鶴が即ツッコミを入れた。
そしてそのツッコミに反応したのは、俺達の中の誰でもなく⋯⋯
「オスクリタの私のレガロがそんな大したことないレガロなわけ無いでしょー!!」
「ビスカ、理解できない者の事は無視するといいですわ。」
「だってー!!」
「ビスカのレガロが素晴らしいものなのは、私がよく知ってますわ。」
「ハルア〜!」
突然目の前に現れた女の子2人だった。
「誰だお前!」
「誰だなんて失礼だよ〜。私はビスカ!オスクリタの一員だよ!」
「同じくハルアですわ。」
オスクリタ⋯⋯。
まだ街の中へ入ったとは言い難いこの場所で、まさかオスクリタに出会うことになるとは思わなかった。
「私のレガロ、素敵でしょ〜!」
満面の笑みを浮かべるビスカと、表情を全く変えないハルア。
一見種族が分からないが、ハルアのスカートから一瞬除く膝やツインテールを見る限り、ブリキの人形だと思われた。
そうなると、ビスカも人形だろうか?
「おい。お前らは何をしたんだ。」
「何を?私達は挨拶に来ただけ。挨拶が終われば貴方達に危害など加えずここから去りますわ。」
「そうじゃない。この街の人達に何をしたのかと聞いてるんだ。」
「狼さん怖ーい!ハルアー!この人怖いよー!」
「闇喰に比べたらマシですわ。」
「そっか!確かに!」
「おい、話を聞け。」
「やっぱり怒ってるー!」
「気にしなくていいですわ。」
ランドが投げかけた問に答える以前に、2人でどんどん空気を変えてしまう為ランドが頭を抱えた。
その様子を見兼ねたのだろうか⋯⋯いや、違うな。あまりの話の聞かなさにイライラしたんだろうな。
シュロと吉歌が声を上げた。
「ちょっと!ランドくんが聞いてるんだからちゃんと答えなよね!」
「そうにゃ!話変えないで欲しいにゃ!」
「何この悪魔と猫。突然入ってきたんだけど。」
「悪魔!?」「猫!?」
ランドと関わってる時は楽しそうな様子を見せていたビスカだが、シュロと吉歌の2人に関してはとても冷たく対応した。
そしてシュロと吉歌は、悪魔、猫と呼ばれたのが気に触ったらしい。
とは言ってもまぁ、ランドの事も狼さんって呼んでたが⋯⋯ランドと異なり敬称がなかったからだろうか。
「何この失礼な子!初対面の相手に対して悪魔!?」
「そうにゃそうにゃ!猫、だなんて失礼にゃ!」
「敬称呼びなんて必要無いでしょ?敵なんだから。」
「ランドくんの時は狼さんって呼んだじゃん!」
「吉歌は猫って呼び捨てにゃ!おかしいにゃ!」
「もー!うるさいなぁ!悪魔と猫のくせに!!」
「「はぁ!?」」
このままでは戦闘が起きてしまうのではないか。
止めなければと手を出そうとしたが、俺よりも先に3人に声をかけたものがいた。
「ビスカ、その辺にした方がいいですわ。余計なことをするなと、闇喰に怒られますわ。」
「ハルア⋯⋯そうだね。」
今までの様子を見る限り、ビスカはハルアには従順なようだ。
「そちらの2人も。先にヒスイとバッサが挨拶に来たのだから知ってるでしょう?私達も挨拶に来ただけ。今は戦う気などありませんわ。」
「オスクリタにそんなこと言われても、信じられるわけないよ!」
「そうにゃ!最初の2人がたまたま手を出さなかっただけかもしれないにゃ!」
「⋯⋯はぁ。頑固な方達ですわ。」
「「頑固!?」」
ため息をついたハルアは、スっと目の前にいたシュロを指さした。
「私は悪魔の貴方にしますわ。どうぞよろしく。ビスカは?」
「えっ!?あ、あぁ⋯⋯隣の猫でいいや。」
「いいやって何にゃ!選ぶならもうちょっとちゃんと選ばれたかったにゃ!」
プリプリと怒る吉歌を横目に、ハルアはこちらへ視線を移した。
「私達のご挨拶は終わりましたわ。これ以上ここにいてもビスカとそこの2人がただ喧嘩をするだけになってしまう。無駄な時間を過ごす訳にはいきませんので。ですから私達はこれで失礼しますわ。」
「ちょっと待てって!」
身をひるがえそうとしたハルアに声をかけたのはグレイだった。
「この街の奴らは!?」
「何のことですの?」
「レガロって言ったなら、なんかやったんだろ!?何したんだよ!」
「そんな怖い顔しないで、フランケンさん!みんなを子どもにしてあげただけだよ?」
「子ども!?」
なるほど。これでグレイと華紫亜の言ってた疑問が解決した。
きっとユピテルの10人は、同じ名前を付けているのではなく本人達なのだろう。
だからこそあれだけ的確なアドバイスをくれたのだと考えたら、納得がいった。
「子どもに戻すだけが1番街の人達傷つけないし、いいことしたでしょ〜?」
「まぁ確かに傷ついてない⋯⋯違うだろ!」
「ハルア、このフランケンさん面白いよ!」
「ホントですわ。貴方がオスクリタにいたらもう少し雰囲気が和らぎそうですわ。」
「オスクリタになんか入るわけねーだろ!!」
また2人の空気に飲まれかけたが、そこは流石鴇鮫。俺達の前に歩み出ると、敵である2人に優しくかつ自然に声をかけた。
「そうそう、コミーダにいたオスクリタのお兄さん⋯⋯バッサくん⋯⋯だっけ?」
その問いかけに2人の意識は鴇鮫に移った。
「バッサがなにか?」
「バッサくん、街の人達にかけてたレガロ、簡単に解除出来るように調節して軽くかけてくれたみたいだよ?」
「え!?バッサくんが!?」
「⋯⋯それは本当ですの?」
信じられないといった表情を浮かべるビスカ。それだけでなく、今まで一切表情を変えずに淡々と話を続けていたハルアが眉を動かした。
今まで飄々としていたハルアが驚いた様子を見せる程だ。 普段とは異なる対応をしたという事だろう。
「そうだね。実際に、バッサくんがご挨拶を済ませたらすぐに解除されたよ。」
「⋯⋯誰が指名されたんですの?」
鴇鮫は振り返ると、真後ろに立っていたメロウの肩に優しく手を置いた。
「この子だよ。」
「⋯⋯やはり⋯⋯あのバッサがやる気を出すなんて⋯⋯率先して挨拶に行きたいと言うなんておかしいと思ってましたが⋯⋯。」
「でも、バッサくんが女の子を選ぶなんて⋯⋯信じられない⋯⋯。」
2人は目を丸くしたままメロウを見つめていた。
「貴方はキュルビスのガーディアンですわね。女の子とはいえ、出身地がキュルビスだから選ばれたのでしょう。」
「女の子が嫌いでも選ぶくらいだから、それ以上の気持ちがあったんだね。」
事情を知らない俺達にとって引っかかる物言いをする。
「何か理由を知ってるのか?」
「それはもちろん。ですが、貴方達にそれを教える義理はありませんわ。」
やはりハルアは感情の読み取れない目でこちらを見据えてくる。
それに対し、今度はミオラが一点を突いた。
「そうね。それは敵同士ですもの当たり前よね。でも、ビスカちゃんが言った女の子が嫌いってことくらいなら教えてくれるかしら。」
ハッと口を抑えるビスカに対し、ハルアはまたため息をついた。
「こちらから提示してしまったのだからそこを突かれるのは仕方ないことですわ。ビスカ。その程度の情報なら闇喰にも怒られないから言っても問題ないですわ。」
その発言に安堵したのだろう。
良かった⋯⋯と胸をなでおろしたビスカは口を滑らさないよう慎重に話しを始めた。
「バッサくんは、さっき言った通り女の子が嫌いなんだ。仲間だけど私とハルアとも必要最低限しか話してくれないし、基本的に距離を取られてる。私達が嫌われてるのかなって思ってたけど違うみたい。仲良くできないかなって悩んでたら、闇喰くんが「バッサは2人が嫌いだから避けてるわけじゃなくて、そもそも女の子と関わらないようにしてるだけだって言ってた。」って教えてくれたの!」
どうかな!?と言っているかのような自信に満ち溢れた表情でビスカに見つめられたハルアは、ゆっくりと頷いた。
「それ以上は貴方達に提示する情報はありませんわ。しかし⋯⋯。予定ではここで体力を削っておくはず⋯⋯でも、バッサは街の者にかけていたレガロを簡単に解けるようにしていた⋯⋯。」
「ハルア、どうしよう。」
「そうですわね⋯⋯。」
かなり葛藤している様子を見せたハルアだったが、その澄んだ瞳は俺の目を一直線で捉えた。
「残念ながらバッサのレガロと異なり、ビスカのレガロは時間で解けるようなものじゃありませんわ。だからこそ、本来であれば、私達が貴方達の手助けになるような行動をする事は毛頭有り得無いということを⋯⋯絶対に、忘れないで欲しいですわ。」
「⋯⋯ハルア。それってレガロを解くってこと?」
「オスクリタの中で最も有力な人材のバッサがそう判断したのだから、私達も従った方がいいですわ。」
「闇喰くんに、怒られちゃわないかな?」
「バッサの件は既に闇喰の耳に届いているはず。何か言われようものなら、バッサの話を持ち出せば問題ないですわ。私達はバッサの次に挨拶の権利を与えられた。元々の予定と異なる行動を直前でとったのはあのバッサなのだから、きっとそれ以上怒られることはないですわ。」
「そっか⋯⋯それなら大丈夫だね!!」
大きく頷いたビスカは、左腕に身に付けている電子版のようなものをササッと操作した。
この2人は予想外の行動をするようなタイプではないように感じるが、万が一自分達に攻撃を仕掛けられた時の為に、そしてここから見える広場で遊ぶ街の人々に危害が及ばないように、前列にいた鴇鮫・メロウ・ミオラ・俺が軽く戦闘態勢に入った。
操作を終えたビスカがニコニコとこちらへ視線を移すのと同時刻。
視界に入っていた広場にいた子ども達に変化が起きた。
「ねぇ!あれ見て!」
和倉の指差す先では、子ども達がそれぞれの元の姿へと変化する様子が見られた。
「ちゃんと戻したからいいよね!」
ハルアはその問いに頷くと、
「それじゃあ、失礼しますわ。」
横目で俺達を見ながら軽く会釈をすると、現れた魔法陣に歩みを進めた。
ビスカが先に魔法陣の中へ消えると、ハルアは俺達の方を振り返った。
「⋯⋯バッサに、感謝するといいですわ。」
魔法陣に吸い込まれながらもしっかりとこちらを見据えながら吐かれた捨て台詞のようなその言葉。
状況だけを鑑みれば、バッサのおかげでハルア達がレガロを解く判断を下したからバッサに感謝しろという意味に捉えられるが、あのハルアの目付きからはそれとは異なる意味があるように感じ取れた。