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HalloweeN ✝︎ BATTLE 〜僕が夢みた150年の物語〜  作者: 善法寺雪鶴
侵攻軍
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愛ノ詠

「名を名乗るのが遅れて申し訳ない。吾輩の名は、フリードリヒ・ヴィルヘルム・ツァルト。街の皆からはツァルトさんと呼ばれている。皆さんも気軽に呼んでくだされ。」


 ツァルトさんに案内されながら進んでいくと、道を外れたところにゴシック建築の1軒の大きな家が建っていた。


 周りに他の家屋は見当たらない。

 きっとこれが⋯⋯


「まさか、これツァルトさんの家か!?」


 和倉がまた代弁をしてくれた。

 ツァルトさんは歩みを止め、家を眺めながら呟いた。


「あぁ、そうだ。」

「庭も手入れされていて素敵な家だね。」

「ありがとう、百目さん。まぁ、オスクリタの件もあって見せられたものじゃないがな。」


 俺達の目の前にある家は立派な建物で庭も綺麗だったことが想像つくが、実際には屋根は所々崩れ落ち、窓ガラスは割れ、手入れされた庭に咲く花は萎れていた。


「まぁ、気にせず入ってくれ。」


 悲しそうな表情を見せるツァルトさん。

 そんなツァルトさんの様子に、掛ける言葉が見つからなかった。


 ツァルトさんに続いて中へ入ると、俺達は広間へ通された。


「こんなボロボロの家で申し訳ない。この広間なら窓も割れてないから安心して寝られるだろう。」


 確かに、ツァルトさんにここまで案内された際に見た外観の様子や廊下の様子に比べたら壁や窓に損傷はほぼ見当たら無い為、安心して就寝できそうだった。


「いえ。こちらこそお忙しい中、宿泊させて頂きありがとうございます。」

「迷惑をかけてしまったのは吾輩の方だ。これくらいさせてくれ。」


 「ガーディアン様方は何も悪くないのだから気に病むことない」と、そう言われてしまったら言い返すことはできない。


 ツァルトさん。

 貴方はどこまで芯の強い方なんだ。

 流石元兵隊だ。


 そんな中、ずっと周りを眺めていたシュロはツァルトさんの横にあった2つの写真立ての前まで行くと、じっと写真を見つめた。


「ツァルトさん。お隣に写っている可愛い方⋯⋯市松(いちまつ)(ふじ)さんかな?この方はツァルトさんの奥さん?」


 シュロの見ている写真立ての1枚は若い頃のツァルトさんと綺麗に切り揃えられた黒髪と着物の似合う可愛らしいドールが写っており、もう1枚には数年の間に撮ったであろうツァルトさんと変わらず横で微笑むドールが写っていた。

 写真立てには2人の名前が掘られていた。


 棚の上の写真へと目を移したツァルトさん。

 ツァルトさんは目じりが下げると穏やかな表情を見せた。


「この家は、婆さんと建てて2人で暮らしてた家なんだ。もう、今となっちゃあ1人暮らしだから大きすぎてな。久しぶりに賑やかになって、きっと婆さんも喜んでるだろう。」


 ツァルトさんは割れてしまった写真立てを眺め、悲しそうに笑った。


 そっか⋯⋯と写真立てを見つめながら目をうるませるシュロ。

 それと同時に、1人を除き全員の視線が2枚の写真に集まった。


 ホワリだけは、しっかりとツァルトさんを見据えていた。


「⋯⋯ツァルトさん。私、家直せる。」

「⋯⋯どういうことかね、お嬢さん。」


 誰もが予想だにしていなかった言葉に、ツァルトさんだけでなく俺達も驚きを隠せなかった。


「街全体は難しいけど⋯⋯ツァルトさんの家だけでいいなら。」

「そんな事が、出来るのかい?」


 目を見開くツァルトさん。


「うん。」


 ホワリは表情1つ変えず返事をする。


「⋯⋯やっても、いい?」

「⋯⋯あぁ。本当に直すことが出来るのなら、是非ともお願いしたい。」


 頭を下げたツァルトさんに対し、ホワリは静かに頷いた。


「それじゃあ、みんな家の外に出て。」


 ホワリの指示でツァルトさんを含め俺達全員は家の外へ、敷地外へと出た。

 全員が敷地外へ出たことを確認すると、ホワリは家の方を向き詠唱を始めた。


慈愛(じあい)に満ちたこの天命を

永永無窮(えいえいむきゅう)の風にのせ

今宵麗しく奏でましょう

星々よ集え

愛ノ詠(あいのうた)


 フワリと浮き上がった瓦礫が、ゆっくりと元の場所へと戻っていく。

 萎れた草花は、生き生きと背を伸ばし輝き出した。


「⋯⋯なんと⋯⋯。」


 ツァルトさんが驚くのも無理はない。


 先程まで無惨な姿と化していた自宅が、元通りの姿へと戻ったのだから。


「凄い⋯⋯信じられないわ。」

「今までの状況が嘘のようだな。」


 呆気にとられている俺達の様子に、レガロを唱え終えたホワリが呟いた。


「⋯⋯もっと凄い詠唱が出来る人がいるらしいけど、私はこれくらいしか出来ないから。」


 その一言に一瞬静まり返り、全員の視線がホワリに集中した。


 いや⋯⋯これくらいって⋯⋯


「充分凄いだろ!!」

「充分凄いよ!!」


 重い空気を割ったのは目を輝かせたグレイとシュロだった。


「だって、ツァルトさんの家、半壊してたんだぞ!それがこんなに綺麗になってんじゃねーか!すっげーよ!」

「そうだよそうだよ!お花だってこ〜んなに綺麗に咲いてるよ♪生き生きしてて、枯れてたのが嘘みたいっ!」


 その言葉はホワリにとって思いもよらない物だったようで、目を丸くしていた。


「皆さんの仰る通りだ。もう戻ることが無いと思っていた思い出を、元に戻してくれたんだ。魔女のお嬢さん、本当に⋯⋯本当に、ありがとう。」


 涙を流しながらホワリの手を握り感謝を述べるツァルトさん。


 ホワリは少しだけ微笑んでいるように見えた。


「⋯⋯泣いている場合ではないな。」


 ツァルトさんは涙を拭うと笑顔を見せた。


「魔女のお嬢さんのおかげで皆さんも気兼ねなく安心して宿泊できるだろう。さぁ、ゆっくりして行ってくれ。精一杯もてなそう。」

「改めて。ありがとうございます、ツァルトさん。よろしくお願い致します。」


 俺達は再度ツァルトさんへ感謝を伝え頭を下げた。



 元通りになったツァルトさんの家へと足を踏み入れると、ツァルトさんが振り返った。


「じゃあ、今から夕ご飯を作るからな。皆さんは先程の広間でゆっくりしてくれ。」

「いやいやいや!そんな!ゆっくりとか贅沢すぎるでしょ!」


 ツァルトさんの有難くも申し訳ないくらいの提案に、またもや和倉が素早く反応した。


「確かに、宿泊させて頂く身でもてなされてばかりではいけない。」

「お兄様の言う通りです。ツァルトさん。出来ることがあったら是非私達にお手伝いをさせてください。」

「いや、しかし⋯⋯。」


 ツァルトさんは困ったように眉を下げた。

 が、俺達も負けじと続けた。


「僕達にとって、身に余るご提案ですから。」

「そうにゃ!何もしないなんてそんな事出来ないにゃ!」

「家の中の散策はしないから安心してくれ。」

「⋯⋯無理は言わないから。」

「そうだね!ツァルトさんを困らせたら元も子もないし、私達も余計なことはしないよ!」

「例えば⋯⋯掃除とか花の水やりとか、夕ご飯の手伝いとかどうかな?」


 途中まで「うーん⋯⋯」と悩んでいたツァルトさんだったが、メロウの提案を聞きハッとしているようだった。


「そうだな。晩御飯作りと風呂の準備⋯⋯それと、掃除はどうだ?」


 俺達はツァルトさんの提案に声を弾ませた。


「それなら俺達にもできるぞ!」

「そうだね。俺達がやってもツァルトさんに迷惑はかからないかな。」


 ツァルトさんは俺達の様子を見て笑った。


「皆さんの満足の行く結果が導き出せてよかった。 いろいろと頼んでしまって申し訳ないな。」

「謝らないで下さい。寧ろ、俺達の我儘を聞いて頂く形になってしまって申し訳ございません。」

「吾輩は皆さんの提案が我儘だとも、迷惑だとも思っていない。家中に活気が溢れて良い。ありがとう。」


 ツァルトさんの目線の先にいるみんな。

 やる気に満ち溢れているのが一目で分かった。

 

「そうだ。料理や風呂は良いとして、掃除をしてもらうなら掃除道具が必要だったな。何人掃除に回るかにもよるが、もしかしたら足りないかもしれんな。」


 どうしたものか⋯⋯と顎に手を当てて考えるツァルトさん。


「どれくらいあるか分かりますか?」

「吾輩と婆さんが使う程度だからな。ホウキとハタキが1本ずつと、雑巾が2枚だな。」


 なるほど⋯⋯。


「4人分はあるってことね。」

「風呂の準備に3人、料理はツァルトさんもいるから3.4人だとしても、かなり足りないな。」


 掃除に役立ちそうなレガロや魔法が使える人はいないか話し合いを始めた。

 そんな中、ホワリはツァルトさんへ何かを伝えていた。


 どこかへ消えたツァルトさんだったが、すぐに戻ってきた。

 ツァルトさんは手にホウキとハタキ、雑巾を持っていた。


 それを預かるホワリ。


 一体何をするつもりだろうか。


 静かに見守っていると、ホワリがポツリと言った。


「⋯⋯デュプリケイト。」


 その瞬間、ホワリが抱えていたホウキ、ハタキ、雑巾が3倍に増えた。


「なになになに!?増えたんだけど!」

「何したにゃ!?」

「ホワリさん、凄いです!複製魔法が使えるのですか?」

「⋯⋯初期魔法だから。」


 初期魔法。それは、「マジック」にある魔法使い養成学校の初等部で習う魔法だ。レベルは違えど魔法使いなら誰でも使う事ができる。


「複製魔法って初期魔法だったんだな。」

「今の時代出来て当たり前の魔法だという魔法士達の発言により、学習のカリキュラムに加えられたと小耳に挟んだ事がございます。」

「⋯⋯よく知ってるね。」

「年に2回、各街代表学園の生徒会長会合がございまして、その際に話題に上がっておりましたので。」

「⋯⋯そう。」


 言葉は素っ気ないものの、ホワリは納得したような表情を見せていた。


「それにしても、素晴らしい魔法だ。皆さんのせっかくの思いを無下にしてしまう所だった。」


 ツァルトさんは、ホワリが生み出した掃除道具を見て感心しているようだった。

 しかしすぐに目線を動かすと、先程までと一変し、ひたむきな眼差しでホワリを見つめた。


「魔女のお嬢さんに助けて貰ってばかりだな。本当に申し訳ない。」


 突然頭を下げたツァルトさんに、ホワリは驚いたように目を開いた。


「⋯⋯なんで謝るの?」


 ツァルトさんは顔を上げると話を続けた。


「魔女のお嬢さんに、魔法やレガロを使ってもらってばかりで、吾輩は何もしてやることができん。本当にすまない。」


 再度頭を下げるツァルトさん。

 ホワリはそんなツァルトさんの側へ寄ると、目の前で立ち止まった。


「⋯⋯謝らないで。」


 ツァルトさんを淡々と見つめるホワリの口から出たのは、少しだけ柔らかさの感じるトーンの言葉だった。


「これは、わたしがやりたくてやってる事。ツァルトさんが喜んでくれたら⋯⋯わたしも、嬉しい。」


 ホワリのそんな言葉にゆっくりと頭を上げ、目線を合わせたツァルトさん。

 ホワリの表情に、「そうか。」と小さく呟いた。


「ありがとう、お嬢さん。」


 感謝を告げられたホワリは、少しだけ微笑んだ。


「⋯⋯うん。」


 発せられたのはたった一言だが、その言葉を聞いたツァルトさんの気持ちは晴れやかになったようであった。


「魔女のお嬢さんのおかげで道具が増えたからな。掃除に関しては問題ないだろうか。」


 俺の目を見て俺達の審判を待つツァルトさん。


 そりゃあもちろん⋯⋯


「はい。これだけあれば、問題ないかと。」

「そうか。それなら良かった。」


 ツァルトさんは目じりを下げ、笑みをこぼした。


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