夢 〜私は〜
毎日見続ける不思議な夢。
朝起きても忘れることのできないこの不思議な夢は、夜寝れば必ず今朝の続きから始まる。
夢ってこんなに続くものだろうか。
1日も途切れない夢に違和感を覚える。
知らない土地の見ず知らずの者達の物語。
普段このような類の本を読むことは無い。
なぜ、僕はこの創作の世界のような物語を見るのだろうか。
そして、最初に夢で話しかけてきたあの人は誰なのだろうか。
どこかで見かけた事がある気がするが、ハッキリとは分からないため気持ちがモヤモヤとしていた。
考えれば考えるほど疑問しか浮かばないが、だからといって睡眠を疎かにする訳にもいかない。
この夢を見始めてから、身体や記憶に影響が出たかと言えば特にそんなことも無い。
まぁ、影響もないし⋯⋯気にしないようにしよう。
僕はいつも通り眠りについた。
⋯⋯あれ、ここは⋯⋯
いつもと異なり殺風景のこの場所に、僕は見覚えがあった。
そう、ここは連日の夢を見る引き金になったあの場所。
どうして⋯⋯
辺りを見渡しても誰も見当たらない。
ここに来たからには何かしら理由がありそうだが、検討もつかない。
もしかして、昨日までの夢で150年の物語ってやつは終わりなのか?
本当にそうだとしたら、想像以上に呆気ない物語だったように感じる。
頭を悩ませていると、自分以外誰もいなかったはずの空間から、どこからともなく声が響き渡った。
「お久しぶりでございます。」
声の方向を振り返ると、初日に顔を合わせたあの男性が立っていた。
「毎晩物語をご覧頂き誠にありがとうございます。お楽しみ頂けておりますでしょうか。本日は体調等お伺いしたくこのような場を設けさせて頂きました。」
男性は微笑みながら指を鳴らす。
パチンッという音と共に、どこからともなく大きなソファーが2つ現れた。
何も無かったはずの空間に突然現れたため驚きを隠せずにいる僕の様子を見てか、男性はフフっと笑を零した。
「驚かせてしまったようですね。申し訳ございません。もしよろしければそちらのソファーにお座りください。座りながらゆっくりとお話が出来れば幸いです。」
僕は言われるがままにソファーへと腰かける。
夢の中だが、案外自分の考えた通りに動く事が出来る為、本当にここが夢の中なのか疑ってしまう。
僕が座るのを見届けると、男性もソファーに座り早速話を始めた。
「さて⋯⋯。まずは謝罪をしなければなりませんね。」
「謝罪?」
「ええ。突然貴方様の夢を乗っ取ってしまいましたから。大変申し訳ございません。」
男性は深々とお辞儀をした。
夢の中の人物からわざわざ謝罪されるなんて経験今まであっただろうか。
予想してなかった展開に一瞬だが思考が停止した。
確かに、男性の言う通り突然乗っ取られた形に間違いはない。
あの日から欠かすことなく毎日夢を、いや、物語を見続けている。
ただ、僕はこの状況をマイナスに捉えてはいなかった。
寧ろ、何の代わり映えもない日々にちょっとした刺激を与えてくれた事に感謝をしていた。
「全然迷惑なんかじゃないです。正直言うと、毎日退屈だったんです。学校に行って授業を受けて、帰ってきて課題をやっての繰り返し。刺激のない日々を送っていました。ですが今は、絶対に自分が経験できないような物語を毎日夜寝るだけで見ることができます。それにこの物語は僕の頭だけに流れている特別なものです。それが新鮮で、楽しくて…。だから、頭をあげてください。」
実を言うと、この物語が実在する話や小説等で、自分の記憶から引っ張ってきているのかもしれないという気持ちが過り、ネットや図書館で調べたことがあった。
しかし、どの文献を見ても、どのサイトを見てもこの話にヒットするものは1つも存在しなかった。
そうなると、この物語は僕だけが見ることができている物語ということだ。
僕はその事実に特別感を感じていた。
男性はゆっくりと頭を上げると、僕の顔を見て微笑んだ。
「そのように仰って頂き心から感謝いたします。」
男性は再度僕に対してお辞儀をすると、話を続けた。
「夢を受け入れて頂けているということが分かりましたので、このまま1つお伺いしたい事がございます。よろしいでしょうか。」
「はい。何でしょう。」
「最近の体調はいかがでしょうか。」
「体調⋯⋯ですか?」
体調と言われて思い当たることは1つもなかった。
気がついていない内に、この夢が自分の体調に悪影響を及ぼしているのだろうか⋯⋯。
「今現在貴方様の夢は、他者から操作されている形になります。それも1日ではございません。毎日続けて夢を見て頂いております。本来夢とは、自身の記憶を整理する時間でもあります。その時間を頂いている事になりますから、なにかしら貴方様の体調に影響が出てしまっていてもおかしくないと思いまして。本日お伺いすることになったのですよ。」
なるほど。夢が操作されるって想像以上に体に負担がかかる事なんだ。
でも、それをわざわざ乗っ取った側が心配してくれるなんて、なかなか面白い話だ。
「物語を見始める前と今で体調の変化を感じたことは特にないです。寧ろ楽しんでいるくらいなので、体調はいいと思います。」
「そうですか。それは良かった。」
僕の言葉に、男性はホッと胸を撫で下ろしたようだった。
「それでは、また明日から物語の続きを是非とも貴方様に見て頂けたらと考えておりますが、よろしいでしょうか。」
もちろん僕の答えは1つだ。
「はい。よろしくお願いします。」
「かしこまりました。」
そう言うと、男性はソファーから立ち上がった。
「本日は先程の件を伺う為にこの場を準備させて頂きました。貴方様の同意も得られましたので、これで失礼させて頂きますね。貴方様も本日はゆっくりとお休みになってください。」
そう言うと、男性がキラキラと輝き出した。
少しずつ薄くなっているように見える。目の前から消えていっているようだ。
そんな男性の行く末をボーッと眺めていた僕だったが、そんな僕の働いていない頭に1つ聞かなければならないと思っていた事が突然過ぎった。
「あ、あの!待ってください!貴方は⋯⋯貴方は誰なんですか?」
「ああ⋯⋯そういえば、まだ自己紹介をしていませんでしたね。私の名は一一」
目の前から完全に消えてしまった男性。
その場にはソファーだけが残った。
男性はギリギリで名前を口に出していたが、何故か名前だけ、ハッキリと聞き取ることができなかった。
⋯⋯機会があったら次こそは聞いてみよう。
何となく後味悪く残った悔しさを噛み締めていると、遠くから聞き覚えのある音が聞こえて来た。
一一一リリッ一一リリリリッ一一
ピリリリリッ!!!!
僕はベッドから飛び起き目覚まし時計を勢いよく止めると、カレンダーに目をやった。
今日は1月1日。元旦。
そうだ。今日はまだ冬休み中だ。
完全に忘れていた。
昨日⋯⋯いや、日を跨いで1時間程は友達と連絡を取りあっていた為、また眠気が襲ってきていた。
だが、二度寝をしている場合ではない。
1月1日は毎年必ず家族揃って朝食を食べ、1日を両親と共に過ごすと決めている。
眠気を覚ます為に僕はカーテンと窓を開けた。
いつも通り、眩い朝日が窓から差し込んできた。
それだけでなく、開いた窓の隙間からは涼しいそよ風が部屋に吹き込んできた。
とても心地よい風を感じつつ伸びをした僕は、簡単にベッドメイクするとすぐに着替えて両親の元へと向かった。