謎の女
「キャー!」
「他の街のイケメンが3人も!」
「カッコイイっ!」
蛇使いの街「サーペント」に着いてからというものの終始この有様である。
3人で歩いていると、どこから湧いてくるのかどんどん女性が周りに増え続ける。
後ろを振り返ると、先程は5人程だった女性が数十人に増え行列のようになっていた。
「なんだこれ、うぜーな。」
「グレイ。あんまり言うな。」
グレイは女性が後ろから着いてくることが嫌なのだろう。
顔には出さないものの、逆に無表情になりすぎている。そして⋯⋯
「ビ、ビア⋯⋯グレイ⋯⋯た、助けて⋯⋯」
女の子が苦手だと言っていたヒショウ。
俺の服の裾をかなりの力で握りしめながらずっと下を向いている。
「お兄さん、お話しようよ〜!」
「一一っ!?」
「やだ〜、可愛い〜!」
よりにもよってヒショウが話しかけられたらしい。
ヒショウは恐怖からか凄い勢いで俺の腕にしがみついてきた。
ヒショウを守りながら話を聞けそうな人を探そうにも、この状況じゃあヒショウに辛い思いをさせてしまうだけだろう。
「はぁ⋯⋯参ったな。」
この場をどう切り抜けようか悩んでいた時だった。
いきなり目の前にフードを深くかぶった女性が立ち塞がった。
「こっちよ。」
その女性は淡々と告げると俺の手を引っ張って勢いよく走り出した。
「ちょっ一一」
「ビ、ビア!?」
「お、おい!」
いきなりの出来事に驚いたヒショウとグレイだったが、すぐさま俺を追いかけてきた。
そして⋯⋯
「なんなのあの女!」
「ちょっと!待ちなさい!」
「私の吸血鬼くんに触らないで!」
その後ろからは俺達に着いてきていた女性達が追いかけてきていた。
しかし、俺のことを引っ張って走るこの女性はとても足が速かった。
「待ってよ!速いよ!」
「置いてくなー!!」
ヒショウとグレイはガーディアンをやっているだけあって体力があるからかこのスピードに着いてくることが出来ていたが、その後ろを追いかけていた女性達はいつの間にかはぐれていたらしい。
後ろの賑やかさがなくなっていた。
「おい!待てってば!」
グレイがそう叫んだ瞬間だった。
誰がこんなことを予想しただろうか⋯⋯。
女性が急に立ち止まったのだ。
「うわっ!」
「やべっ!」
案の定勢いよく走っていた俺達は急な出来事に反応出来なかったためお互いがぶつかり転びそうになった。
俺は転ぶのを覚悟し目を瞑ったが⋯⋯
「なんだ⋯⋯これ⋯⋯。」
「⋯⋯いっ⋯⋯たくねぇ?」
「え⋯⋯う、浮いてる?」
そう。俺らは宙に浮いていた。
俺達を宙に浮かせているのは、俺達といるこの女性の赤紫色の髪の毛だ。
長く伸びているこの髪の毛をよく見ると⋯⋯
「蛇だ⋯⋯。」
この女性の髪の毛は蛇だった。ということは、この女性はメデューサだろう。
この状況に困惑していると女性が口を開いた。
「いきなり立ち止まって悪かったわね。」
そう言うと、俺達を静かに地面へと降ろした。
「おいお前。いきなりなんなんだ?ビアのこと引っ張って走り出すし⋯⋯訳わかんねぇ。」
「そうね⋯⋯勝手に引っ張って走り出したことは謝るわ。でも、貴方達女性に囲まれて困ってるみたいだったから。それにそこの子、女性恐怖症でしょう?あの場にいたら気絶でもしてしまいそうだったわ。」
きっとヒショウのことだろう。ヒショウはこの女性を前に少し怯えているものの、先程よりは落ち着いているように見えた。
「私はこれ以上貴方に近づくつもりはないから安心してちょうだい。さっきいた女達と違ってそこまで気の利かない女じゃないわ。」
さっきの女達というのは俺達の後を着いてきていた女性達のことを言っているのだろう。
そして、この女性は続けて言った。
「それに、私も用があって貴方達をここまで連れてきたようなものだからこのまま逃げられても困るわ。怖がらせるようなことは一切しないと誓うから。」
「用?」
「そう。話があるの。⋯⋯少しだけいいかしら?」
そう終始丁寧な対応をするこの女性は、先程着いてきていた女性達と違って本当に俺達に用があるように見える。
話があるなら聞きたいところだが、俺達も用事があってこの街へ来ているため二つ返事で受け入れることが出来ない。
できるだけ早く仲間を見つけて次の街へ行きたいため余計な寄り道はしたくないところだ。
俺がどうするべきか迷っていると、グレイが言った。
「俺らもこの街に用があってきてんだよ。だからお前の話聞いてる場合じゃねーんだよな。」
まぁ確かにその通りだがかなりハッキリと言うものだから驚いてしまった。
祖父に対する態度を思い出す限り、グレイは怖いもの無しなのだろうか。
そんなことを考えていると、女性は表情一つ変えずに答えた。
「それは残念だわ。困ってるところを助けてあげた恩人の要件は聞けないのね。少し悲しいわ。」
グレイは女性の表情と淡々とこちらを見つめる赤い瞳、それに対する連なる言葉の矛盾に恐怖を感じたのだろう。
「大っ変申し訳ございませんでしたぁ!命の恩人とも言える方の要件を聞き入れないなんて失礼極まりないですよね!もちろん貴方様のお話はお耳に入れさせていただきますー!!」
もの凄い速さで土下座をしながら訂正をした。
祖父の時もそうだが、グレイは土下座で謝罪することに慣れているのだろうか。
その光景を目の当たりにした女性は表情をコロッと変化させた。
「あら、土下座させたり謝らせようとなんて思ってなかったのに⋯⋯でも、せっかく貴方が話を聞いてくれると言うのだからお話させてもらおうかしら。」
「是非ともーー!!」
「ふふっ。それじゃあこんな路地裏で話しているのも貴方達に失礼だから、そうね⋯⋯私に着いてきてちょうだい。」
そう言うと、女性は路地裏を迷いなく歩き始めた。
俺達は女性に置いてかれないように後ろを着いて行った。
数分歩くと路地裏を抜け出すことが出来た。
そして目の前に現れたのは⋯⋯
「⋯⋯凄いな。」
「うわ〜⋯⋯綺麗なお城⋯⋯。」
「⋯⋯でっけー⋯⋯。」
ファニアス様の城とほぼ同じ大きさの豪邸だった。
女性は躊躇なく門を開けると、俺達を豪邸の敷地内へ招き入れた。
「おい、勝手に入っていいのか?」
「えぇ。問題ないわ。」
先導して歩くこの女性は何者なのだろうか。
広い敷地内を歩いていると、ようやく豪邸の入口にたどり着いた。
「私よ。開けてちょうだい。」
扉の前で女性がそう言うと、すぐに扉がゆっくりと開き始めた。
中に立っていたのは執事服に身を包んだ優しそうなお爺さんだった。
「お帰りなさいませ。御姫様。」
「お出迎えありがとう。爺や。」
女性が御姫様と呼ばれたということは、もしかしてこの女性は⋯⋯
すると、「御姫様」という単語に違和感を覚えたらしいグレイがヒショウに小さな声で「御姫様ってあいつのことか?」と質問しているのが聞こえてきた。
「そちらは⋯⋯先程仰っていた方々ですか?」
爺やと呼ばれた執事は俺達の方を見ると女性に尋ねた。
先程というのはどういうことだろうか。
「えぇ、そうよ。お茶を用意してもらってもいいかしら?」
「ふふふ。分かりました。皆様もごゆっくりしていってくださいね。皆の者、こちらのお客様を大広間へ。」
そう爺やが声を張り上げると、どこからともなく若い執事達がたくさんでてきた。
そして⋯⋯
「こちらです。」
執事の中の1人が俺達を大広間へと先導して歩き始めた。
大広間と呼ばれる部屋はかなり広々としていた。
「うわぁ⋯⋯。」
ヒショウは口を開けてポカーンとしている。
外に出たことがないというヒショウにとったら、この豪邸もこの広い部屋も初めて見るものなのだろう。
「3人とも、座って。」
女性がそう言うと、3人の執事がそれぞれ椅子をひいてくれた。
俺達が言われるがままに椅子に座っていると、丁度爺やがお茶を持ってきた。
「御姫様、お茶でございます。」
「ありがとう。爺や。」
爺やはお茶を俺達の目の前に置くと、一礼をして部屋を出ていった。
すると、早速口を開いたのは女性ではなくグレイだった。
「こんな豪邸に住んでて御姫様って呼ばれてるとか⋯⋯お前一体何者なんだ?」
その言葉を聞き逃さなかったのは周りに立っていた執事達だった。
「御姫様に対してお前とは無礼者!!」
「貴様、口を慎みたまえ!!」
「え、なんで俺が怒られてんの?」
一斉に声を荒らげたため、グレイは困惑しているようだった。
それを見ていた女性は笑いながら言った。
「あははは!いいのよ、好きに言って。だって自己紹介がまだだもの。貴方も執事の言葉は気になさらないで。」
「ですが、御姫様⋯⋯。」
「大丈夫よ。この方達は私の急なわがままに着いてきてくださった心優しい方達なんだから。」
そう女性が執事を言いなだめると、不服そうだった執事達は一瞬で大人しくなった。
「ごめんなさいね。この人達も悪気はなかったのよ。許してあげてちょうだい。」
「お、おぅ⋯⋯。」
「ありがとう。⋯⋯ところで、自己紹介がまだだったのよね。話を始める前に、まずは私の自己紹介をしましょうか。」
女性は改めて俺達の方を向くと笑顔で言った。
「私の名前はミオラ。この街⋯⋯「サーペント」の姫よ。」
やっぱりそうだったか。
御姫様と呼ばれていたからもしやとは思っていたが、本当にそうだったとは⋯⋯。
それに対し、驚きを隠せなかったのはグレイとヒショウだった。
「え⋯⋯えぇえ!?ひめぇ!?」
「お、お姫様⋯⋯なの?」
「えぇ、そうよ。そんなに驚くことじゃあないと思うけれど?」
「いやいやいや!驚くからな!?いきなり姫って言われたら驚くからな!?」
「あらそう?吸血鬼さんは驚いてないようだけど?」
それを聞いた2人は凄い勢いで俺の方を向いた。
「ビア、なんで驚かないの?」
「姫だぞ!?この街の姫だぞ!?」
「あぁ。でも、この城に入ってきてからずっと御姫様って呼ばれてるんだからそうじゃないかとは思ってた。」
「流石次期国王候補の吸血鬼さんね。」
感心したように言うミオラの言葉に俺は違和感を覚えた。
「なぁ、ミオラ。なんで俺が次期国王候補だなんて知ってるんだ?」
「そのことについてはこの後ちゃんと話すわ。だから、その前に貴方達の名前を教えてちょうだい。」
そういえば、まだ俺達は自己紹介をしていなかった。
「⋯⋯そうだな。俺は、「ヴァンパイア」から来たビアだ。」
「お、俺は、「クラルテ」から来たヒショウです。」
「俺は「スティッチ」から来たグレイだ。」
「ビアに、ヒショウ、グレイね。自己紹介してくれたことだし、ビアの質問の答えと私の話をさせてもらうわね。」
ミオラは真剣な顔で話し始めた。
「ビアが次期国王候補だとなぜ知っているのかだけれど、それは私が貴方達にしたかった話と関連しているの。その話だけど⋯⋯貴方達がこの街へ来た目的についてよ。」
「俺達がこの街へ来た目的?」
「そう。貴方達、今のこの国の件⋯⋯オスクリタの件で集められてるメンバーじゃないかしら?」
いきなり確信をついてきたことに驚いている俺達をよそにミオラは話を続けた。
「その件に関してこの街の姫である私にも情報が入ってきたわ。どんな人達が選ばれているのか気になってそれを調べた時に、次期国王候補が選ばれていることを知ったのよ。」
なるほど。それなら俺の事を知っていても不思議ではない。
それに、俺達の目的を把握しているのなら、今ミオラにこの街へ来た要件を話せばすぐに目的を果たせるのではないかと思った。
「俺達はミオラの言う通りオスクリタの件でこの街へ来た。そして、この街のガーディアンを探している。ガーディアンが誰なのか、教えて欲しい。」
「やっぱりそう来ると思ってたわ。爺や。」
話を聞いたミオラは納得したかのように頷くと、爺やを呼んだ。
どこからともなく現れた爺やは、黒く光る箱を持ってきていた。
その箱を開けると中には赤く輝く宝石の付いたネックレスが入っていた。
爺やは白い手袋をはめ慎重にネックレスを取り出すと、ミオラの首にそっと付けた。
「おー!すげー!」
「綺麗⋯⋯。」
俺達が見とれていると、ミオラはこちらを振り向いて言った。
「ほらほら、見とれてないで。早く行くわよ。」
「行くって⋯⋯どこに?」
「そんなの決まってるじゃない。次の街に行ってガーディアンを探すのよ。そうね、1番近いのは吉歌ちゃんのところかしら。」
どんどん話を進めていくミオラに困惑していると、またしてもグレイがツッコミを入れた。
「おい!ちょっと待て!まだこの街のガーディアン見つけてないんだから先進めねーって!」
それを聞いたミオラは不思議そうな顔をして言った。
「何を言っているの?この街のガーディアンなんてずっと目の前で貴方達と話してるじゃない。」
「え⋯⋯えぇえ!?マジ!?」
「気が付かなかった⋯⋯。」
「ミオラがガーディアンなのか?」
「えぇ、そうよ。この街の姫兼ガーディアンをやってるわ。その証拠がこのネックレス。」
ミオラ曰く、この美しく赤く輝くネックレスは蛇使いの街のガーディアンに受け継がれている物らしい。
「⋯⋯それじゃあ、ミオラが「サーペント」の代表として来てくれるのか?」
「もちろんよ。爺やにはちゃんと了承得てるから大丈夫よ。ね、爺や。」
「はい。もちろんです。」
ここまで話を進めていてくれるとは、流石街のお姫様だ。
「ミオラも来てくれることだし、早速次の街へ行くか。」
「うん!」
「おぅ!」
「えぇ。」
「いってらっしゃいませ。御姫様。皆様。」
「行ってくるわ。爺や。」
俺らは豪邸を出ると、ミオラの先導の元次の街へ向かうことにした。
「ミオラ、近い街は何処だ?」
「吉歌ちゃんのところ⋯⋯そう、「ガット」よ。」
俺は書物を広げ確認した。猫の街「ガット」はガーディアン候補に含まれた街だ。
ミオラは街のことを知っている様子だし、街にはスムーズに向かえそうだな。
そんな中、1人話を静かに聞いていたヒショウが呟いた。
「「ガット」って、やっぱり女の子の方が多いの⋯⋯?」
「そんなことないわ。他の街と一緒だから安心して。それに、かなり平和な街だからさっきみたいに見境なく追いかけてきたりすることは絶対にないわ。」
「そ、それならよかった⋯⋯。」
「でも、一つだけ忠告しておくわ。」
立ち止まったミオラは、ヒショウとの距離は一切詰めないものの、ヒショウの方を向いて言った。
「さっきから名前を出してる吉歌ちゃん。その子が街のガーディアンだから新たなメンバーは女の子ってことになるわ。」
それを聞いたヒショウは少し震えているように見えた。
「大丈夫よ。安心して。悪い子じゃないから。」
ミオラはそこまで言うと、ヒショウの方に1歩だけ歩みを進めた。
ミオラの足元を見ていたヒショウは、ビクッと身体を震わせた。
「⋯⋯ヒショウは女性恐怖症だから私とこうやって話すのも辛いと思うわ。けれど、今後もしかしたら私と吉歌ちゃん以外にも女の子が増えるかもしれない。少しずつでいいし無理にとは言わないけれど、慣れていけるといいわね。」
「⋯⋯そ、そうだね⋯⋯。」
「恐怖症は簡単には治らないと思うけれど、初めて仲間になった女として、もし協力できることがあったらなんでも言ってちょうだい。手助けするわ。」
そんなミオラの心強い言葉を聞いたヒショウは、ミオラに1歩近づくと精一杯震える声で言った。
「こ、これから⋯⋯よろしくね。」
「えぇ。よろしく。」
ミオラはそれ以上ヒショウに近づいたり手を取ったりはしないものの、ヒショウの精一杯を受け止め笑顔で答えた。