涙の理由
どうして逃げるんだろう。
理由はよくわからないけれど⋯⋯皆も待ってるし早くあの子を捕まえなきゃなぁ⋯⋯。
はぁ⋯⋯憂鬱だなぁ⋯⋯。
俺はパンプキンパイをすり抜けると彼女を追いかけた。
あの状況じゃ俺しか行けないと思ったから追いかけて来たけど、その相手は女の子。
本当は追いかけるなんてことしたくなかった。
みんなのためだと言い聞かせながら来たが、今から俺が1人で彼女を捕まえなければならないということを考えただけで頭が痛い。
彼女は後ろから誰も追いかけて来ていないと思っているのだろう。
俺の存在に気がついていないらしく、走るペースが極端に落ちていた。
俺自体今透明になってるから気がつかれなくても当然だけど⋯⋯。
彼女は高い塀の前まで行くと、扉の横にある電子版を操作し始めた。
余裕だなぁ⋯⋯。
俺はその間に彼女の背後まで来た。
「これでもう誰も追いかけてこれない。」
彼女はそう呟くと、ゆっくりと開く扉の先へ一歩踏み出そうとした。
ヤバい、逃げられる。
俺は透明を解除し彼女に声をかけた。
「ま、待ってください。」
いきなり背後から聞こえてきた声に彼女は勢いよく振り向いた。
「⋯⋯ど、どうして⋯⋯?」
「お、俺、透明人間だから⋯⋯壁でも何でもすり抜けられるんだ⋯⋯。」
「で、でも⋯⋯ハーデンス使ったのに⋯⋯。」
「透明になってるときは⋯⋯レガロが効かなくて⋯⋯。」
そう俺が言った瞬間、彼女は悲しそうな顔をした。
「に⋯⋯逃げなきゃ⋯⋯。」
後ずさりをして今にも逃げそうな彼女を見て俺は焦った。
このままでは逃げられてしまう。早く捕まえないといけない。
でも⋯⋯怖い⋯⋯。
しかし、今ここで彼女を捕まえられるのは俺しかいない。逃がしたら待っているみんなに迷惑がかかってしまう。
俺は意を決して彼女に話しかけた。
「あの⋯⋯どうして逃げるんですか?」
「⋯⋯。」
「俺達⋯⋯なにか悪いことしましたか?」
「⋯⋯⋯⋯。」
「俺達は君を探してたんだ⋯⋯だから⋯⋯だからお願いします!話だけでも聞いてください!」
俺は必死に頭を下げた。
目を見て説得するという行為は怖すぎたため、俺は今冷や汗が止まらなくなってしまった。
目の前も涙でボヤけている。
怖すぎて彼女の方を向けない俺はひたすら頭を下げ続けた。
どれくらい経っただろうか。
彼女がやっと口を開いた。
「ど、どうして⋯⋯どうして私なんですか⋯⋯私なんて何も出来ないのに⋯⋯。」
彼女は扉を閉じると俺の目の前まで来たようだ。
目の前には彼女の足が見える。
「頭を上げてください。もう⋯⋯逃げませんから⋯⋯。」
俺が恐る恐る顔を上げると、彼女も涙を流していた。
「えっ⋯⋯。」
予想外の彼女の涙に困惑していると、彼女は言った。
「皆さんはガーディアンを探しているのですよね。その話は、この街のガーディアンである私の耳にも届いています。ですが、私は皆さんの力にはなれません。力になれるようなガーディアンじゃない⋯⋯から⋯⋯。」
「⋯⋯どういう事ですか?」
彼女は一つ一つ丁寧に話をしてくれた。
自分は街で一番強いと言われているけれど、使えるレガロは防御系ばかりだということ。
同級生に、『攻撃のレガロが使えないくせに街で一番強いなんてありえない。』とバカにされたこと。
その他にもたくさん教えてくれた。
「⋯⋯だから、ファニアス様の命令でガーディアンを探している人がいるということを聞いて⋯⋯迷惑をかけてしまうから見つからないようにしないとって思って⋯⋯。なのに皆さんに声をかけられたからどうしていいのかわからなくなっちゃって⋯⋯。とりあえず逃げなきゃって思ったんだけど⋯⋯ダメだったみたい。」
彼女は悲しそうに微笑んだ。
そっか⋯⋯。彼女もきっと辛かったんだろうな。
俯く彼女を見ているとそんなことが頭をよぎった。
「⋯⋯周りの人と同じことが出来なくてもいいんじゃないでしょうか⋯⋯。」
「⋯⋯え?」
俺はいつの間にか言葉を発していたらしい。
彼女は俺の言葉を聞き顔を上げた。
彼女と目が合い俺は恐怖から少し狼狽えたが、精一杯彼女に俺の思いをぶつけた。
「じ、自分の出来ることを最大限に活かして沢山の人の役に立てたのなら、それでいいのではないでしょうか⋯⋯。ぜ、全員が攻撃型だとしたら⋯⋯敵から攻撃を受けた時に守ってくれる人がいない、ということになります。守ってくれる人がいるから、攻撃に特化した人が安心して戦えるのではないでしょうか⋯⋯。」
俺から目を逸らさず、彼女は静かに俺の話を聞いていた。
俺は我慢ができず視線を彼女の足元へ落としたが、彼女に思いが届くように言葉は発し続けた。
「攻撃しかできない俺にとって君の防御能力は⋯⋯とても、素敵な力だと思います。防御しか出来ないからって周りに合わせる必要もないと、思います。1人だけ違うからって馬鹿にするやつのことは気にしない方がいいです。俺も⋯⋯透明人間なのに見えるという異質さから親に捨てられ他人に気持ち悪がられていました⋯⋯。でも、そんな俺を幼少期からずっと支えてくれた人に言われました。『自分に自信を持て。自分の持つ特別な能力を誇りに思え。それは神が与えてくれた最高の宝だ。』と⋯⋯。俺はその言葉を信じて生き続けました。そして、今、そんな俺を心から受け入れてくれる人達と出会いました。」
俺は怖いという気持ちを必死に押さえつけると、彼女の目を見た。
「俺達には君が必要なんです!君と一緒に戦いたいから俺達はこの街に訪れたんです!お願いします!俺達に着いてきてはくれませんか?」
流れてくる涙を抑えることは出来なかったが、その分必死に恐怖心を殺し続けた。
俺が今恐怖心に負けて下を向いてしまったら、彼女に思いは届かないだろう。
俺達14人の思いを彼女に届けるため、彼女から目を離さず見つめ続けた。
すると、彼女は下を向き涙を流した。
「ダメですね、私⋯⋯涙が止まらなくなっちゃいました⋯⋯。あんなに大勢が心から私を必要としてくれてるのは初めてだから⋯⋯。」
涙を拭いながら彼女は唇をかみ締めた。
そして顔を上げると彼女は言った。
「認めてくれてありがとうございます。こちらこそ⋯⋯よろしくお願いします。」
彼女が微笑んだ瞬間、何故か俺は彼女の笑顔に心を奪われてしまった。
⋯⋯この気持ちは⋯⋯一体、何なんだろう。




