EveleasE
早速3.4人のグループに別れると、聞き込みを開始した。聞き込みを行いながらも仲良くなれる機会作りをと考え、ランダムでグループに別れた。
共に行動することになったのは、
「近くの店に入って聞き込みしてみる?」
至って冷静な椿と、
「そうするにゃ!!」
お店の前を通る度に覗いて回っている吉歌だ。
吉歌の様子を見て、「店入りたいのかな?」と呟いていた椿。予想だが、吉歌の興味関心を考慮しつつ、聞き込みのしやすい場所をと考えてくれたのではないだろうか。
流石、妹がいるだけあり目の付け所が違う。
「このお店にするにゃっ!」
元気よく指をさすと、俺達の返事も待たずに中へ入ってしまった。
ポーションを販売しているお店のようだ。
煌びやかな瓶に入った、バリエーション豊富なポーションが棚一面に並んでいた。
「置いてかれちゃったね。」
「本当だな。」
眉を下げながらも笑う椿。
「俺達も行こう。」
「あぁ。」
俺はそんな椿に続いて店内へと足を踏み入れた。
店内は落ち着いた音楽が流れており、店の奥からはポコポコと音が聞こえてくる。
様々な香りが漂ってくるところから、ポーションを作っているのだろうと考えられた。
「2人とも、見て欲しいにゃ。ここに珍しいポーションがいっぱいあるにゃよ。」
真剣にかつ静かに俺達を呼ぶ吉歌。
近づくと、確かに珍しい名前の書かれたポーションが沢山陳列されていた。
「タンタシオン、キス、アモーレ、ジャミール⋯⋯どういう意味にゃ?」
「左から、誘惑、口付け、愛、美しいだな。」
「流石ビアにゃ!なんでも知ってるにゃね!」
「大したことはない。」
「本当に見た事ないポーションだね。流石「デビル」のポーション店って感じの名前ばっかりだけど⋯⋯。」
「そうだな。基本的に街の人に好まれる物を取り扱うから、俺達には見たことが無い種類が多くなるんだろう。」
他にも様々な「デビル」らしいポーションが並んでいたが、それら全てを見ている時間は無い。
「店員さんにガーディアンについて話を聞いてくる。もしポーションに興味があれば、店の中を見てても構わない。」
「気にはなるにゃ。でも、目的はガーディアン探しだから、吉歌も一緒に聞きに行くにゃっ!」
「そうか。椿は?」
「俺も一緒に行く。」
「分かった。」
俺達はカウンターに向かうと、置いてあるベルをチリリンと鳴らした。
「いらっしゃいませ。」
すぐ近くから声は聞こえるが、姿が見えない。
「んにゃ?どこにいるにゃ?」
「こちらです。」
吉歌の声にすぐに反応した男性の声。
声のする方⋯⋯カウンターの奥を覗き込むと、必死に椅子の上によじ登ろうとしているインプの男性がいた。
「可愛いにゃ!頑張るにゃ!!」
「可愛らしいお嬢さんに応援されたら、頑張るしか、ない、です、ね⋯⋯よいしょ!!」
登りきると額の汗をハンカチで拭いこちらを見上げた。
「いらっしゃいませ。大変お待たせいたしました。」
ニッコリと笑う男性だが、どことなく疲れているように見える。
少し疑問を感じたが聞こうか迷っていると、吉歌が先に質問をしてくれた。
「おじさん、羽あるけど飛ばないにゃ?」
「あぁ、実は店内では飛ぶのが厳禁でして⋯⋯。」
そう言う男性の視線の先を見ると、確かに壁の張り紙に注意事項としてイラストが描かれていた。
ポーションの瓶が割れる可能性があるため、との事だ。
「普段はカウンター担当のアエーシュマの男の子がいるのですが、今日はポーションの検定を受けに行っていましてね。店は2人で回しているものですから、本日は私1人なんです。せっかく来てくださったのに時間がかかってしまってすみませんね。」
「いえ。お気になさらないでください。」
少し荒くなっていた息を整えた男性は、俺達をよく見ると「ふむ。」と顎に手を当てた。
「皆様は観光客様だとお見受けできますが⋯⋯観光客様がポーション店にいらっしゃるのは珍しいですね。大抵街のポーション店にはその街の者ばかりが訪れますから。何か急用ですか?」
「実は「デビル」のガーディアンを探しにこの街へ訪れたのですが、残念ながら誰もガーディアンについて知る者がいない為、直接街の皆様へお聞きしようと思いそれぞれ調査に出向いている所です。俺達は近くの店舗から巡ることにしまして、初めにこちらへお伺いしました。」
「なるほど。皆様それぞれ違う街からいらっしゃっているようですし、何か事情がおありなのでしょう。私が知っている範囲内となってしまいますがそれで宜しければ協力させていただければと思います。」
「本当にゃ!?ありがとにゃー!」
吉歌は男性に視線を合わせると尻尾を振っていた。
すぐに情報がもらえると知り喜んでいるようだった。
「この街のガーディアンに関してですが、その前に⋯⋯皆様はEveleasEをご存知ですか?」
EveleasE。初めて聞く単語に俺達3人は揃って首を傾げた。
「今初めて聞きました。」
「EveleasEって何にゃ〜?」
「グループ名か何かですか?」
「いえいえ。いいんですよ。ただ、貴方は雪男さんでしょうか。貴方の考えで間違いないですよ。」
椿の考えということはグループ名って事か?
「実はEveleasEとは、私達の街一番、「デビル」一有名なアイドルグループの名前です。アイドルという職業が発展しているのは「デビル」と「デウス」ですから。他の街の方々はなかなか触れない職業でしょうし、ご存知なくても仕方がないと思います。」
なるほど、アイドルか。
確かにアイドルが発展しているのはその2つの街で間違いない。ただ、「ヴァンパイア」にもアイドルは存在している。「ガット」や「ネーヴェ」にもいるんじゃないだろうか。
ただ、想像だが⋯⋯
「すみません。今ここにいる俺達3人が特にそのような職業について疎いんだと思います。他の人ならその職業をよく知っている者もいたかもしれません。」
「ごめんなさいにゃ〜。」
「すみません。」
「ハハハッ、そうでしたか。でもそんなに気にしなくて大丈夫ですよ。」
男性は俺達の様子に声を出して笑うと話を続けた。
「それでガーディアンが誰かという話ですが、先程話に出したEveleasEのメンバー、ベルゼブブのBERUくんだと言われています。ガーディアンとして活動している所はまだ目の前で拝見した事はないですが⋯⋯アイドルだから仕事と両立して頑張っているとの噂をよく耳にします。」
「BERUさん、ですね。情報提供誠にありがとうございます。」
「私に協力できるのはそれくらいですから。感謝される事でもありません。」
「そんな事ありません。」
すぐに訂正したのは椿だった。
「ガーディアンを探すのに時間がかかってしまうのではと懸念していたので、凄く助かりました。本当にありがとうございます。」
深々とお辞儀をする椿に俺達も続いた。
「そんなに若者から感謝される事は滅多にないもんですから⋯⋯照れますねぇ。」
頭をあげると、男性は頭をかきながら笑っていた。
「BERUくんと会うのは少し手こずるかもしれませんが、頑張ってくださいね。健闘を祈ります。」
「ありがとうございました。」
「おじさんもお仕事頑張るにゃー!」
「失礼します。」
俺達は再度お辞儀をすると、店を出て道の端へと寄った。
「早速みんなに伝えるにゃー!」
「そうだね。吉歌にお願いする?」
「俺達より意気込んでるからな。お願いしよう。」
「いいにゃ!?吉歌がやっていいにゃ!?」
「もちろん。」
「あぁ。」
それが余程嬉しかったのか、満面の笑みで「任せるにゃ!」と胸を叩いた。
すぐに真剣な表情になった吉歌。数秒後、吉歌の声が遠くから頭に響いてくるような気がした。
「吉歌、もう少しだよ。」
椿の一言に、目を瞑り更に集中した様子を見せる。
すると⋯⋯
『みんな、聞こえるにゃー?』
今度はハッキリと声が頭に響いてきた。
「吉歌、完璧だ。」
「よく聞こえてる。」
俺達の答えを聞くと、コツを掴んだのか目を開けた吉歌はニコニコとしていた。
『今ポーション屋さんのおじさんから情報貰えたにゃ!!だから、さっきの場所に集合にゃ〜!!』
そんな吉歌の元気な思考は、全員の元へと無事届いたようだ。
『吉歌ちゃん、ありがとう。』
『承知致しました。』
『今から向かうわ。』
それぞれのグループの代表だろう。
鴇鮫、華紫亜、ミオラの3人の返答がすぐに頭へと響いてきた。
「やったにゃ!吉歌にも出来たにゃ!!!」
「良かったね。」
「うんにゃ!」
凄く嬉しそうに飛び跳ねる吉歌を椿は微笑ましそうに眺めていた。
「早く行こうにゃ〜。」
「そうだな。待たせることになったら申し訳ないからな。」
「うん。行こう。」
元気に先導する吉歌に続いて集合場所へと歩き出した。
相変わらずいろんなお店を見ながら歩いている吉歌。
丁度いいと思った俺は、椿にあることを聞いてみることにした。
「椿は、吉歌に優しいな。」
「え?そう?」
「何となくだが、そう感じる。」
「うーん⋯⋯」と吉歌の後ろ姿を見ながら考え込んだ椿だったが、ポツリポツリと話し始めた。
「牡丹が、凄く楽しそうなんだ。」
「牡丹が?」
「うん。俺達は両親を亡くしてすぐにガーディアンを継いだ。だから教育機関へ通ったことがない。でも、学ぶべき事はガーディアンの仕事をしながら、周りにサポートしてもらって学ぶことが出来た。だから不都合はなかった。ただそれは【学び】という面に関してだけ。⋯⋯俺達には友達がいないんだ。」
そう吉歌の背中を見つめながら話す椿はどことなく寂しそうに見えた。
「俺は特に友達を欲したことがない。牡丹が居ればそれでいい。でも、牡丹は違う。ガーディアンとして街に繰り出した時、時々同年代の子達が楽しそうに歩いているのを見かけた。ある時牡丹が言ったんだ。『楽しそうですね。』って。凄く羨ましそうにしてた。⋯⋯俺にはどうもしてあげられなかった。でも、そんな時ビア達が家に来て、一緒に行動をすることになった。理由は国を守るためだけれど、それでもこうやって街を歩いたり、宿に泊まったり、食事を共にすることもある。それが凄く楽しそうなんだ。中でも吉歌は牡丹とよく仲良くしてくれている。牡丹がよく吉歌との事を話してくれるんだ。『女の子のお友達が出来たのは初めてです。吉歌さんは私達とお誕生日が近いんですよ。生まれたのは1年離れていますが、それでも年の近いお友達が出来て嬉しいです。』そんな風に吉歌の事を話す時、見た事ないくらい楽しそうな笑顔を見せるんだ。」
どことなく、椿の表情が和らいだような気がした。
「牡丹はずっと願ってた。「友達がほしい」って。それを叶えてくれたのは吉歌だ。それに、時々牡丹と一緒に楽しかった事を話に来てくれるんだ。そんな2人が凄く愛おしく感じるんだ。妹が2人いたらこんな感じなんだろうなって思う。だからかな⋯⋯特別視してるわけではないけど、吉歌には自然とこの態度になるんだ。」
「そうか。確かに吉歌は、いつも笑顔で誰に対しても分け隔てなく関わっている。だからこそ、そうやっていつの間にか幸せを与えてくれるんだろうな。」
「そうだね。」
「あー!2人共楽しそうに何話ししてるにゃっ!吉歌も混ぜるにゃー!」
「あははっ、ごめんね。」
「吉歌が楽しそうだからな、つい。」
「吉歌の話にゃ?照れちゃうにゃ〜!」
コロコロと表情を変える吉歌の姿に、椿と顔を見合せ頬を緩めた。
「あ!楽しそうにゃ!何があったにゃ!」と俺達の間に入って腕を掴むと、「吉歌も一緒にお話するにゃ〜!何話すにゃ?お腹すいた話するにゃ?」と何度も俺達の顔を見上げて話すものだから、俺達はその可愛い姿に自然と笑みがこぼれた。
「これで全員だな。」
「ビア達、聞き込み早かったね。」
「本当だよな!俺達まだ全然情報集めてなかったわ!」
「まぁ、それどころじゃなかったからな。」
「想定外の所で時間がかかってしまいました。」
そう話すのは鴇鮫、グレイ、ランド、牡丹の4人。
話によると、牡丹が男性陣にナンパをされ、それをランドが止めに入り、鴇鮫が女性陣に囲まれ、それをグレイが助ける⋯⋯といったことが起きていたそうだ。
疲れた様子なのはそれが原因か⋯⋯。
「変な所で気を使って大変だったわね。でも私達も人の事言える立場じゃないわ。」
「こんな苦戦すると思わなかった。」
「⋯⋯大変だった。」
こちらは聞く対象を間違えたというミオラ、椰鶴、ホワリの3人。たまたま出向いた先が温泉街だったようで、そこに居たのはご高齢の方ばかりだったらしい。
3人共手に何か持っているから買ってきたのかと思ったが、現地のご高齢の方々から貰ったお土産だな。袋の中にいろんな物が入ってる。
「どんな方がいるのかは実際に足を運ばないと分かりませんから、仕方がありません。」
「⋯⋯ねー。」
「⋯⋯なー。」
「ふふふっ」と口に手を当て笑う華紫亜と、元気の無いヒショウと和倉。
「ずっと気になってたんだけど、2人はなんでそんなにボロボロなの?」
鴇鮫の一言に全員が一斉に頷く。
答えることさえままならなそうな2人に対し、唯一ピンピンしている華紫亜が代わりに答えた。
「少し厄介者に絡まれてしまいまして⋯⋯。皆さんが見て分かるように僕の尻尾の先は少し金色に染っているのですが、似たような風格の方がいるようでそちらの方と勘違いされたようですね。」
路地で聞き込みを始めた3人。奥に進むにつれて治安が悪くなり、話を聞いている間に帰れないように周りを囲まれていたそうだ。
理由としては、華紫亜がある人物にソックリだから勘違いしたということらしい。別人だと説明しても取り入ってくれず、暴力を振るわれそうになる始末。
華紫亜だけが狙われており、見兼ねた2人が応戦しようとした為安全な場所にいるよう華紫亜が指示を出した。自分は違うということを説明して理解してもらおうとしたが、厄介者達が全く理解する気配はなかった。
余りのしつこさに華紫亜の堪忍袋の尾が切れたようで、「狐の嫁入り」というレガロを発動させてしまったそう。このレガロを発動させると雨が降り幻覚を見るらしい。雨の範囲内にいた者は全員強制的に幻覚を見る。要は集団幻覚だ。同じ幻覚を見るから現実なのかどうか分からなくなり、混乱が生じるらしい。
「逃げる」という選択肢のみが頭に過ぎるくらいの恐怖を味わってもらおうと、華紫亜なりの恐怖の幻覚を見せたところ、厄介者だけでなく2人も逃げ惑っていたよう。
厄介者達は逃げるのに必死で訳が分からなくなり、お互い激突したり転んだりしながら路地からいなくなったらしい。
「で、それに2人は巻き込まれたと。」
「はい。つい、範囲を広くしすぎてしまいまして⋯⋯。2人も逃げようとしていたので必死に捕まえたのですが、なかなか幻覚が解けなくて⋯⋯。すみません。ご迷惑お掛け致しました。」
「⋯⋯いやいや⋯⋯。」
「うん⋯⋯大丈夫だよ⋯⋯。」
今にも死にそうな表情の2人は、声を揃えた。
「「⋯⋯怖かった⋯⋯!!」」
その言葉がレガロを受けた事に対するものなのか、厄介者の事なのかそれともそれ以外なのかは検討がつかないが、とにかく大変だった事だけは全員に伝わった。
「華紫亜も2人も災難だったな。」
「えぇ。ところで、ビアさん達は情報を得られたのですよね。」
ニコッと笑いながら自然と話を変えられた。
少し気になる点があるが、今はガーディアンに関して共有する方が先だな。
「たまたま入った店の店主さんが知っていた。」
ガーディアンはアイドルグループEveleasEのメンバーであるBERUさんという方だと説明をすると、やはりその名前に反応を示した者がいた。
「は!?EveleasEって、あのEveleasEだよな!?」
「EveleasEなんて名前のグループ、1つしかないわよ。それに、BERUがいるなら間違いないわ。」
「知らなかったなぁ。まさかアイドルがガーディアンを兼任しているなんてね。」
グレイ、ミオラ、鴇鮫の3人は名前にピンと来たようだった。
「3人はBERUさんを知ってるのか?」
「知ってるも何も!!超有名アイドルだぞ!?寧ろ知らねーのか!?」
「アイドルが盛んな街は「デビル」と「デウス」だから、他の街に住んでる人だと興味がなければ案外分からないものかもしれないわ。」
「俺は仕事の関係で芸能業界の方々と接する機会があるからよく知っているけど、2人はどうして知ってるの?」
「クラスの奴ら全員知ってるぞ?みんな音楽聞いてるし。毎日1回は絶対どっかで聞く!」
「パーティーに呼ばれた時に見た事があるわ。話したことは無いけれど。」
学生であるグレイには納得がいった。そして、グレイの出身校が流行に敏感な子が多そうな学園だったのを思い出した。それに対し鴇鮫とミオラの理由は流石としか言いようがない。
「誰なのか分かってるんだし、早速行きましょう。アイドル相手だから簡単に会わせてもらえるかは分からないけれど、きっと理由を説明すれば理解してもらえるはずだわ。」
「マネージャーさんや周りの人は拒むかもしれないけど、BERUくん本人が許可してくれそうだよね。」
「ただ、ガーディアンが誰なのかは分かってるが、どこに今いるのかまでは⋯⋯。」
「それならお任せ下さい。」
話に参加してきたのは華紫亜だった。
「先程話をした厄介者からその情報まで聞き出すことは出来ております。ご案内いたします。」
「そうだったんだな。それじゃあ、華紫亜に案内してもらおう。」
俺達は華紫亜の後に続き、BERUさんのいると言われている場所へと向かった。
「ここは?」
「こちらがEveleasEの皆様が所属されている事務所、「インフェルノ」でございます。」
案内をされた先は、雲の上まで階層が続いており地上からは最上階を拝むことの出来ない高さのビルだった。
「ありがとう、華紫亜。」
「当たり前の事をさせていただいたまでです。」
早速回転扉に順番に入り全員が敷地内へ入ったのを確認すると、正面に見える受付へと向かった。
「いらっしゃいませ。」
「突然すみません。私は「ヴァンパイア」でガーディアンを務めておりますビア・エヴァンズと申します。この度は、「デビル」のガーディアンであるBERU様にお会いするためにこちらへ参りました。」
「ご要件を詳しくお聞きすることはできますでしょうか?」
俺はここにいる者が国王ファニアス様の命令で招集されている各街のガーディアンであること、オスクリタの件で招集されていること、「デビル」のガーディアンにも招集がかかっていることを伝え、ファニアス様から受け取っていた書物を見せた。
「かしこまりました。ただいまBERU様のご関係者様へご連絡させていただきますので、そちらの椅子に掛けてお待ちくださいませ。」
受付嬢が手で示した場所、入口を入ってすぐの窓辺に置かれた長椅子に腰を掛けた。
「門前払いされちゃうかなって思った。」
隣に座ったヒショウが呟く。
「後日電話で、とか有り得るかな〜って正直思ってたんだけど、案外取り入ってくれるもんだね。」
「ファニアス様から直々に命が出てるからな。配慮してくれたんだろう。」
「俺、離れた所にいたからどんな感じだったか分からないけど、遠くから見てた感じだとオスクリタの話をした辺りから受付嬢のお姉さんの表情が途中からピリついてたよね⋯⋯。なんかあんな表情見ちゃうと、やっぱり俺達って大変な事してるんだなーって改めて実感しちゃうよね。」
今はまだガーディアンを探している最中。平和な街を散策しているから、実感が湧いていないという気持ちが凄く理解出来た。
実際途中で何度か戦闘に巻き込まれてはいるものの、それは目的のものでは無い。オスクリタとの戦闘は、きっと今まで以上に命に関わるような大きなものになるだろう。
こうやって平和に過ごせるのも、あとどれくらいだろう。
楽しそうに談笑するみんなを眺めていると、ロビーで待つ俺達を受付嬢が手招いた。
「お待たせ致しました。EveleasEの皆様から直接許可を得られましたので、どうぞ中へお入りください。そちらに見えますエレベーターで12階まで上がっていただきます。エレベーターを降り右手に進んでいただきまして、突き当たり正面の部屋がEveleasE専用の部屋となっております。現在部屋にはメンバー全員がいるとの事ですので、そちらへ向かってください。」
「分かりました。ご丁寧にありがとうございます。」
俺達は受付嬢へお礼を言うと、言われた通りにエレベーターで12階まで移動し、廊下の突き当たりにある部屋へと向かった。
部屋までの廊下は10人くらいが横並びに歩いても余裕がありそうな程広く、高級ホテルかと勘違いしてしまいそうな装飾が続いていた。
案内された部屋の扉の横にはボタンがある。
きっとこれがチャイムだろう。
ボタンに触れると、ビーッと低い音が部屋の中で鳴り響いたのが聞こえてきた。
音が消え、鍵の開いた音が聞こえたと思うと直ぐに扉が内側に開いた。
扉の先には緑色の衣装を身にまとい、大きな目の下に血痕のついた小さな男の子がいた。
「話は聞いたなの。どうぞなの。」
男の子に誘導され、廊下に負けないくらい広い部屋の中へ入った。
「⋯⋯目の下⋯⋯血痕だよね⋯⋯?」
「あれ、大丈夫なのかな?ヤバいよね?」
ヒショウと和倉は男の子の外見に少し怯えているようだった。
この子はドレカヴァクだろう。
元々大きな黒目から血が流れている姿の悪魔だからこっちの姿になると跡が残ってしまうのでは無いだろうか。
「お兄さん達僕の事が気になってるなの?」
ヒショウ達の声が聞こえていたらしい男の子。
いつの間にかヒショウと和倉の前に移動しており首を傾げている。
突然の出来事に引きつった表情のまま言葉を失い固まる2人。
男の子はふふっと笑った。
「血の跡、気になるのは当然なの。僕はドレカヴァクだから本来は目から血が出てるなの。でも、こっちの姿になると血は無くなるけど跡は残っちゃうなの。だから、仕事中はこうやってレガロで消してるなの。」
すると、男の子の血痕は一瞬で消えた。
跡形も無く消えた血痕に驚く2人を見て男の子はまた笑った。
「でも、ずっとレガロを使ってたら疲れちゃうから普段はさっきの姿なの。」
今度は血痕が現れた。レガロを解除したようだ。
アイドルをしているというこの子にとってそのレガロは、かなり使い勝手のいいレガロなんだな。
「ということで、僕の話はここまでなの。用があるのはお兄さん達なの。こっちへ来るなの。」
男の子は俺達に背を向け歩き出すと、長めの部屋と言いたくなるような廊下とは思えない広さのこの空間にある、もう一枚の扉を開けた。
扉の奥には様々な色の衣装を身にまとった少年達が複数人椅子に座っていた。
「お前らがガーディアン御一行か!」
椅子から立ち上がり大きな声でそう言うのは、赤い衣装を身にまとったサラマンダー。
「こんなに来てると思わなかったからビックリだよね!」
サラマンダーの少年の隣で楽しそうに飛び跳ねているのは、ピンクの衣装と牛モチーフのアクセサリーを身にまとったモロク。
「ほら、こっちへおいでよ。ソファーに座ってゆっくりしていいからね。」
うっとりするくらいとても綺麗な声で俺達を中へ誘うのは、紫の衣装を身にまとったセイレーン。
「歓迎しよう、神の加護を受けし救世主よ。」
⋯⋯理解するのに少し時間がかかる独特な言い回しをして天を仰いでいるのは、サングラスを付けており黒い衣装を身にまとったサタン。
「彼は「ガーディアンの皆さん、よく来てくれましたね」と仰っております。さぁどうぞ、遠慮せず中へお入りください。お茶はいかがですか?」
ドレカヴァクの隣におり、サタンの発言を訳してくれたのは、片眼鏡を付けオレンジの衣装を身にまとった紳士的な風格のウァプラ。
俺達はウァプラの少年に誘導されながら複数あるソファーへそれぞれ座った。
ウァプラの少年とドレカヴァクの少年は、人数分のお茶を直ぐに準備すると、俺達の前に1つずつ並べていった。
その間に少年達は俺、ヒショウ、鴇鮫、グレイ、華紫亜の目の前にある3人掛けのソファーに集まった。
そこには既にもう1人の少年が座っていた。
「俺に用事だよね、ビアさん。」
そう言うのは、ソファーの中央に腰を掛けていた黄色の衣装に誰よりも輝くオーラを身にまとっているベルゼブブの少年だった。
「俺にということは⋯⋯貴方がBERUさんですか?」
俺が尋ねると、ベルゼブブの少年はニコッと笑った。
「そうだよ。俺が「デビル」のガーディアンを務めているBERUです。よろしくね。」
BERUの挨拶を聞き、他の少年達も順番に自己紹介を始めた。
「俺はEveleasEの太陽、SUNだ!」
「僕はEveleasEのハァト!ピンクが超絶似合うROMAIくんだよ〜!気軽にROMAI♡って呼んでねっ!」
「僕はSEREN。EveleasEの女神って呼ばれてるよ。」
「我が名はDEVIN。」
「DOREKUなの。よろしくなの。」
「私、PUWHARAと申します。以後お見知りおきを。」
個性豊かなメンバー紹介を聞き終えると、すぐにBERUが話を戻した。
「ところでビアさん。ここに来た目的は簡単に受付のお姉さん達から聞いたけど、詳しく聞いても?」
微笑みながら問いかけてきたBERU。悪魔なだけありかなりオーラの色が強い。
同じ悪魔という種族である俺はオーラの圧に負けじとオスクリタの件と国王から召集がかかっている件を一通り話した。
ずっと頷きながら聞いていたBERUは、俺が話を終えると「なるほど」とたった一言呟き黙り込んでしまった。
静かな時が流れていく。
何十分たっただろうかと考えてしまうが、実際はそんなに経っていないだろう。だが、時間の感覚が分からなくなるほどに静かで重い空気が流れていた。
ずっと1点を見つめていたBERUの視線が動き俺と交わった。
「みんながわざわざここまで俺を迎えに来てくれたことは凄く嬉しいよ。ありがとう。だけど、ごめんね。着いていくことは出来ないかな。」
「⋯⋯それはどうして?」
「俺の本業はアイドルだとそう思ってる。もちろん、ガーディアンという仕事も誇り高き仕事だと思ってるし、大切な仕事に変わりは無い。ただ、国を守るために戦うってことはそれだけこの街やアイドル業から離れる時間が長くなるということだよね。それって、今の俺達にとってはアイドル人生を揺るがすことなんだ。」
そう言いBERUが見上げた視線の先には1枚のポスターが貼ってあった。
「俺達のグループEveleasEは、自分で言うのは気が引けるけど、この街のトップアイドルだ。俺達と共に写っているのは「デウス」のトップアイドルグループPriêre。実は今度合同ライブを行うことになったんだ。それぞれの街のトップアイドルグループが合同ライブを行うのは歴史上初の出来事としてメディアにも取り上げられ今話題になってる。そしてそんな注目の的となっているこのライブは、俺達EveleasEとPriêreそれぞれの存続が関わってくる重要なライブになる予定なんだ。そのライブ前に俺が抜けるのは、今までのグループの努力を水の泡にするのと同じなんだ。」
ポスターにはライブの詳細と共に、左反面にEveleasE、右反面には白い衣装に身をまとった5人組の写真が載っていた。
赤色の薔薇のブローチを付けた背の高いリーダーらしき少年、ピンクの薔薇の髪飾りをつけたふわふわのスカートを履いている可愛らしい子、青い薔薇のイヤリングを付けた美しい顔立ちの少年、緑の薔薇のピアスを片耳に付けたおっとりした雰囲気の少年、オレンジの薔薇のモチーフ付きのカチューシャをつけた切れ長の目の少年の5人が写っていた。
きっとこれがPriêreだろう。
BERUはポスターから視線を外しこちらを見た。
俺もBERUに視線を向けると目が合った。
「だから、俺はビアさん達について行くことは出来ない。ごめんね。」
ポスターを見て、大切なライブだということが伝わってきた。それは俺だけでは無い。ここにいる全員に伝わったようだった。
そして、今回はランドの時のようにはいかないとも思った。
俺達は反論をしないものの、どうしたらいいのか分からず静かに項垂れていた。
俺達とBERUの会話をただひたすら静かに聞いていたEveleasEの面々。
代替案が浮かんだ様子のROMAIを筆頭に話し合いを始めた。
「ねぇねぇ!そういうことならあの子呼べばいいじゃん!」
「闇に迷いし漆黒の天使。」
「そうだな!あいつなら間違いないな!」
「今ならタイミング的にも良さそうだよね。」
「きっと手伝ってくれるなの。」
「ですね。呼びに行ってきましょうか?」
「そうだね⋯⋯俺が責任をもって呼びに行ってくるから、みんなはビアさん達とここに残ってて。」
BERUは俺達に一礼すると部屋を出ていった。
ガーディアンとその仲間達が推薦するガーディアンの代わりになる者⋯⋯そんな人が存在することに俺は驚いていた。
BERUが出て行ってから、EveleasEのメンバーが呼びに行っている知り合いがどんな方なのか説明をしてくれた。
「今から来るのは女の子なんだ。その子はガーディアン補佐をやってる。BERUが唯一力を認めて傍に置いた子だから、絶対BERUの代わりになれると思うよ。」
「だな!実はアイドル辞めたいって相談してきてたんだよ!辞めてもやることが無いって嘆いてたし、丁度いいだろ!」
「BERUの祝福に歓喜するだろう。」
「新しい刺激になるの。きっと喜んで代表になってくれるの。」
「も〜!お兄さん達超絶ラッキーだよ!タイミング良すぎ〜!」
「そうですね。あの子なら確実に力になれますよ。保証致します。」
6人の話を静かに聞いていた俺達だったが、部屋には異様な雰囲気が漂った。
アイドルを辞めたいと考えている女の子アイドル⋯⋯。
俺達は丁度そんな女の子をたった1人だけ共通で知っている。
きっと今全員の頭の中には同じ人物が過ぎったのではないだろうか。
俺達が声は出さずとも目で会話を始めた丁度その時、扉の開く音と2人分の足音が廊下から響いてきた。
開いた扉の向こう側には、
「連れてきたよ。」
扉を開けて微笑むBERUと、その後ろでこちらを見て狼狽えているシュロがいた。