逃げるアイドル
1日に多くの出来事があり疲労の溜まった椰鶴とグレイは、部屋へ向かうと直ぐに寝入ってしまった。ビアは軽く目を閉じ身体を休ませると、いつも通りに窓辺から、月が沈み朝日が昇る様子を眺めていた。
朝日が昇りすぐにホテルを出た俺達は次の街へ向けて出発した。
ホテルが隣街との境に近い位置に建っていたため、歩いて20分もかからずに隣街の「デビル」にたどり着いた。
「うわぁ!椰鶴の街と一緒〜!」
「首を持ってかれないように⋯⋯だったな!」
「デビル」は「ロージ」と同様にたくさんの人が上空を飛び回っていた。
ビルの立ち並ぶ街をぶつからずに飛び回る姿は新鮮だった。
「⋯⋯凄い⋯⋯。」
ホワリは物珍しそうに上空を仰いでいた。
「ホワリ。「デビル」には来たことないのか?」
「⋯⋯うん。わたし、いつも地下に篭ってたから⋯⋯。」
「そうか。」
キョロキョロと辺りを見渡す姿から、見慣れない光景に興味を示しているのが伺えた。
「翼で飛ぶって、どんな感じか気になるにゃー!やっぱり気持ちいいのかにゃ〜!」
いつの間にかホワリの隣に来ていた吉歌が楽しそうに空を見上げながら声を上げた。
「でも、ホワリの箒で飛ぶのも気持ちが良さそうにゃね!」
「えっ⋯⋯そう、だね。」
「今度一緒に乗りたいにゃ!」
突然話を振られたからか驚いた様子のホワリに対し臆せず話を続ける吉歌。
女の子同士、仲良くなるのにも俺達男よりも時間はかからなそうだな。仲が良いという事は、戦いの最中にも協力がしやすい為良い影響を及ぼす。
少しずつ打ち解けていければ良いが。
2人の様子をボンヤリと見ていると、そんな態度を一気に引き締めるような怒号が背後から聞こえてきた。
「待ちなさい!シュロちゃん!!」
「シュロ!!迷惑かけるつもりか!?止まりなさい!!」
「お願いですからぁ!!止まってくださぁい!!」
何事かと振り返ると、物凄い速さで隣を走り抜けたサキュバスの女の子が俺のマントを掴み後ろに隠れた。
それと同時に後ろを歩いていたヒショウは驚きのあまり隣にいたランドに飛びついていた。
ランドは突然の出来事に驚いていた。
俺の後ろに隠れた女の子が下を向いたまま小さな声で呟く。
「助けてください。お願いします。追われてるんです。」
その言葉と行動に脳が追いつかずにいると、怒鳴りながら追いかけてきていた3人が俺達に追いついた。
「すみません。先程こちらを女の子が通ったと思うのですが、ご存知ないですか?」
スーツに身を包みメガネをかけた知的系のサキュバスが問いかけてきた。
女の子とは、先程の発言から考えても、俺の後ろに隠れているこの子の事で間違いないだろう。
出来るだけ面倒なことは避けたいが、こうなってしまった以上俺は仕方がなく嘘をつくことにした。
「すみませんが、分かりません。」
「絶対にここに来ていると思うのですが!?隠したりしてないですよね!?」
俺の答えに対して怒鳴り散らしたのは、スーツ姿で髪型を七三分けにしたインキュバス。余程俺の回答が気に食わなかったのだろう。
今にも俺に食ってかかりそうなインキュバスを見て、ミオラが俺の前に立ち塞がった。
「貴方、私達のこと疑っているみたいだけれど、よく考えて見てちょうだい。知らない街の見ず知らずの女の子を隠すなんて有り得ないと思わない?貴方達からしたら大切な女の子なのかもしれないけれど、私達からしたら無関係の子よ?匿う必要を感じられないわ。」
冷静に言いくるめるミオラに、インキュバスは言い返せないようだった。
そんな様子を見ていた、2つに髪を結いメガネをかけている、腰にハサミやクシが入ったポシェットを下げたサキュバスが前のめりになって焦ったように質問を続けた。
「その女の子がどこに行ったかわかりませんか?」
「すぐそこの角を右に曲がったよ。こんな所で立ち往生している場合じゃないと思うな。早く追いかけないと逃げられちゃうんじゃない?」
営業スマイルを振りまいている鴇鮫の言葉にハッとした3人は、「ありがとうございます。」とだけ言い残すと走って角を曲がって行った。
俺のマントに隠れていたサイドテールの黒髪を大きなピンクのリボンで結んだ女の子。
3人が角を曲がったことをマントからそっと顔を出して確認すると、俺達の前に立って深々とお辞儀をした。
「ありがとうございました!助かりました!」
「大丈夫か?」
「はい!大丈夫です!」
「どうして追いかけられてたにゃ?」
不思議そうに聞く吉歌に女の子は笑った。
「私が自己中なこと言ったから、マネージャー達が怒ったんです。」
「マネージャー?」
「はい!⋯⋯あ、そっか。他の街の人達だからマニアじゃなければ分からないですよね。」
女の子は姿勢を正し、ピンクの目を輝かせながら俺達全員の前でポーズを決めた。
「私はシュロ!16歳でソロアイドルやってます!」
突然の告白に、それぞれが様々な反応を示した。
「あい⋯⋯どる⋯⋯?」
「お兄様⋯⋯あいどるとは?」
「分からないけど⋯⋯きっと有名ってことだよね?」
そもそもアイドルが何なのか分からず困惑しているヒショウ、牡丹、椿。
「はぁ!?お前アイドルなのか!?」
「アイドルやってるなんて凄いにゃね⋯⋯。」
「すっごーい!スクープじゃん!スクープ!」
「お前ら浮かれるな。目立つ。」
アイドルという単語に驚きを示し手盛りあがっているグレイ、吉歌、和倉と、それを制止する椰鶴。
「アイドルさんですか。そんな素晴らしいお仕事をされている方と街中でお会い出来るとは。」
「⋯⋯アイドルは詳しくないが⋯⋯華紫亜くんが言うくらいだからここにお前がいるのは普通じゃないって事だよな。」
「⋯⋯それ、大丈夫なの?」
「ホントよね。なんでまた、アイドルが追いかけられてるのよ。」
「だけど君、追っかけじゃなくてマネージャーに追いかけられたんだよね?何か理由があるのかな?」
お辞儀をする華紫亜と、素朴な疑問をぶつけるランド、ホワリ、ミオラ、鴇鮫。
三者三様、混乱している俺達を見てシュロはお腹を抱えて笑い始めた。
「アハハハッ!!そんなに驚かなくても〜!」
まさか目の前にいた人物がアイドルだという事実に驚かない方がおかしいだろう。
笑いの止まらないシュロに、華紫亜が再度疑問を投げかけた。
「シュロさん。なぜ貴方は先程の方々に追われていたのでしょうか?」
「あぁ、それは、アイドル辞めますって言ったんです。そしたら「自分勝手すぎる」って怒られちゃって⋯⋯。あまりにも私と話が合わなかったからつい逃げ出しちゃって、そしたらみんなに追いかけられちゃってさ〜⋯⋯。」
シュロは少し困ったような表情で笑った。
「辞めようとしたのか?」
「はい。ちょっと思ってたのと違うなぁって。もう得られるものもないから辞めようかなぁって思ったんです。」
少しだけ悲しそうに見えるシュロに対し、またもや鴇鮫が営業スマイルを発動させた。
「とても可愛らしいのに勿体ないですね。貴方のようなお嬢さんがアイドルなら、ファンもたくさんいたでしょう。」
突然褒めちぎる鴇鮫に、シュロは顔を赤く染めた。
「やだ〜!可愛いだなんてっ!もうっ!お世辞がすぎるよ百目くん!」
ちょっとした茶番に、この状態の鴇鮫を初めて見たランドがかなりひいていた。
褒められて嬉しそうにしていたシュロだが、視界に入った俺達を見て表情を変えた。
首を傾げるところから察するに、何かしら疑問が浮かんだようだ。
「そういえば、みんな違う街の人達だよね?何の集まり?」
「あぁ。実は⋯⋯。」
せっかく出会ったのだから、この子にもガーディアンについて聞いてみよう。
俺は簡単に事情を説明し、この街のガーディアンを探しに来たことを伝えた。
それをウンウンと頷きながら聞いていたシュロは、目を輝かせると何かを閃いたような表情を見せた。
「ねぇねぇ、私の事仲間に入れてよ!」
「えっと⋯⋯それはどういうことだ?」
「貴方、ガーディアンなの?」
「いや、ガーディアンかどうかって聞かれたらガーディアンではないんだけど⋯⋯私も強いから力になれると思うしさ!まだガーディアン見つかってないんでしょ?みんなにとってはこの街の代表が見つかったってことになるし、私にとっては新たな挑戦ができるチャンスってことじゃん?一石二鳥じゃん!」
ミオラの問いかけに対し返ってきた答えは全く想像もしていなかった回答だった。
手を合わせながら「ねぇお願い〜!」と懇願してくるシュロを見て、俺達は顔を見合わせてしまった。
お願い⋯⋯されても困るな⋯⋯。
ごく普通の旅だったならそのお願いは許可しただろう。
こんなに元気な女の子が行動を共にしてくれるなら、どれだけ楽しくなるだろうか。
しかし、これは楽しい旅行じゃない。
「申し訳ないけれど⋯⋯その案は断らせてもらう。」
「え!?どうして!?」
「大きな理由としては君がガーディアンでは無いからだ。俺達はこの国を守るためにファニアス様の命令で集まった。全員がオスクリタと戦うために覚悟を決めている。キツい言い方になってしまうが、今のシュロのような生半可な気持ちの者はここにはいない。」
「ビアの言う通りね。そもそも私達の目的はこの街のガーディアンを探すこと。もしも、貴方がガーディアンのような力を持っていたとしてもそれを了承することは出来ないわ。誰でもいいから強い人を見つけてくるという命令では無いのよ。」
俺とミオラの言葉に対し目を見開いたシュロは、俺達全員の表情を伺うと悲しそうに笑った。
「⋯⋯そっか、そうだよね、ごめんね。国を守るんだもんね。⋯⋯いきなり変なこと言っちゃってごめんね!私の事匿ってくれてありがとう!頑張ってね!」
シュロはすぐに笑顔を作ると、手を振りながら元来た道を走り去って行った。
「何だったんだ?アイツ。」
「嵐のようでしたね。」
シュロの姿が見えなくなると、俺達は歩みを進めた。
「アイドルなんて素敵なお仕事してるのに辞めちゃうなんてもったいにゃーよね。」
「表面上キラキラしてる仕事だけど、実際は辛い事も多いんだろうね。」
嵐のように突然現れて勢い良く去って行ったアイドルのシュロ。
アイドルを辞めるという話は直接的に俺達に関係のあるものでは全くない。ただ、あの場でたまたま出会って短時間でも関わりを持ったのは事実であり、辞めるという話を知ったのも事実。
その事実の中、俺は『アイドルのシュロ』に対して何か違和感を覚えた。
辞める理由か?やってみたいと懇願してきたことか?
いや、違う。何だ?
違和感が全くぬぐえずにいるが、正直今はそれに時間を割いているわけにはいかない。
目的を果たすことが先だ。
右手に現れた角を曲がると、少し広く人通りの少ない路地に出た。
通行の邪魔にならない道の端に全員が集まった。
「それじゃあ今から、ガーディアンに関する情報の調査に向かう。以前と同様数人でまとまって行動するように。集合は⋯⋯。」
「前みたいに時間決めるか?」
「上手くいけばいいけれど、それだと良い情報を得られなかった場合、ここへ戻ってくるという時間が勿体無いわよね。」
ミオラの言う通りだ。
華紫亜の時はかなりスムーズにたくさんの情報を手に入れることが出来たが、毎回それが通じるかと言ったらそうではない。
ではどうする?
やはり他に方法がないならそうするしか⋯⋯
「⋯⋯ねぇ。」
頭を悩ませていると、今まで話を聞いていたホワリが口を開いた。
全員の視線がホワリに集まった。
「通信できるものがあればいいってこと?」
「え?あぁ⋯⋯そうだな。離れた者同士の意思疎通が可能なら、時間を決めずしっかりと調査ができるだろう。」
「そう。」
軽く頷いたホワリは、何故か近くにいた鴇鮫を見上げた。
「どうかしたかな?」
突然目が合った為一瞬目を丸くしたが、すぐに微笑む鴇鮫。
ホワリは表情1つ変えずに言った。
「百目の中には思いを伝えられる者がいるって、百目の患者さんから聞いたことがある。よくそれで私に意思疎通を計ってきてた。それの応用⋯⋯できない?」
鴇鮫は、困ったような表情で「参ったなー」と小さく呟くと、ホワリから視線を俺に動かした。
「ビア。ホワリちゃんのこと、仲間にして正解だよ。」
「⋯⋯突然どうした?」
「俺は侮ってたみたいだ。」
ニコッと笑った鴇鮫はホワリに視線を戻した。
「ホワリちゃん。君、想像以上に知識が豊富だね。確かに俺達百目の中でも意思疎通が出来る者はいる。でも、それって限りなく0に近いくらいのレアケースなんだ。だから、そんな患者さんに出会う事が出来たのも、その事実を知っていたのも奇跡としか思えないよ。そして、その事実をみんながここで知ったのなら、隠し続ける必要はないよね。」
鴇鮫は目を瞑ると胸に手を当てた。
「コロ・ルーイン。」
何か目に見えて分かる変化が起きたかと言われたらそんな事は無い。
そのため俺達は顔を見合せた。
しかし、すぐに変化に気がつくこととなった。
『これが、俺のレガロの1つだよ。』
「うぉおおおおぉ!?」
「トッキー今吉歌のここで喋ったにゃ!?」
吉歌は自分の両耳を指さした。
そんな可愛らしい吉歌の様子に鴇鮫はふふっと笑を零した。
『そうだね。そう聞こえるよね。』
「口開いてないにゃ!?」
「驚くところそこかよ。」
「だって!喋ってたにゃよ!?」
「確かにな!すげーな!パントマイムみてーだな!」
「意味が全然違うだろ。知った言葉をすぐにポンポン使う癖やめろ。」
「え!違うのか!?」
「まぁまぁ2人共。それは置いといて⋯⋯鴇鮫凄いね!そんな凄いレガロ秘密にしてたの?」
賑やかに騒ぐ吉歌と和倉、それに1つ1つ丁寧にツッコミをいれる椰鶴を微笑ましそうに見ていた鴇鮫だったが、ヒショウの言葉を聞くと「そうだねー。」と呟いた。
「実は、このレガロの事は椿と牡丹ちゃんは知ってたんだよね。」
「そうなのか!?」
「うん。前に兄さんから聞いた。」
「はい。会話の中で少し出た程度なので実際に体験したのはこれが初めてです。」
本当に今回が初めてだったようで、2人は驚いた表情を崩すこと無く鴇鮫をジッと見つめていた。
「ただ、このレガロにはいろいろと不都合もあってね。簡単に使える物でもないから言わなかっただけだよ。」
「そっか。そういう事もあるよね。」
「理解してくれてありがとう。」
ウンウンと頷くヒショウに対しニコッと微笑むと、俺達全員を見渡した。
「このレガロを使っている最中は俺達ガーディアンの中でだけなら、どれだけ離れた位置にいても意識を共有できる。情報が見つかったら思考で伝え合う。どうかな?」
もちろんこの素晴らしいレガロに対して文句を言うものはいない。
「ありがとう、鴇鮫。鴇鮫が問題なければ、是非使わせてほしい。」
「うん。もちろんだよ。」
「はいはーい!質問質問!」
ビシッと手を真っ直ぐあげた和倉。
鴇鮫が「はい、和倉くんどうぞ。」と先生のように返すと満足気な表情を浮かべつつも疑問を呈した。
「俺の思考って、全部筒抜け?内緒話とか、全部みんなにバレちゃったり⋯⋯する?」
「あれ?和倉くんはみんなに聞かれたくないような内緒話、しちゃうのかな?」
「いやいやいや!そんなことないよ!ないない!本当に!ちょっとみんな疑いの目で見ないで!本当だって!」
あまりにも焦る様子を見せるため、全員の視線が必然的に和倉に集まったからか、和倉が余計に取り乱してしまった。
性格上そんな事はやらなそうだが、取り乱したせいで隠し事が下手な人みたいになってしまっている。
しかし、みんか俺と同じような考えを抱いていたようで、その場には笑いが起きた。
「なんだよー!笑うなよー!」と必死な和倉に対し、それをまたもや微笑ましそうに見ていた鴇鮫から返答が全員に送られてきた。
『大丈夫。思考が全て筒抜けになる訳では無いよ。伝えたいと思った事だけが伝わるようになってるから安心してね。』
視界の端でビクッと吉歌が飛び跳ねていた。
頭の中に直接鴇鮫の穏やかな声が聞こえてくるため、そんな反応になってしまうのも気持ちが分かる。
「それなら安心だな!」
焦っていたのが嘘のように笑顔で大きく頷いた和倉。
だが、それも長くは続かなかった。
『良かったな。内緒話聞かれなくて。』
「んぇ!?もう攻略してるんだけど!?」
『そうね。内緒話、ですものね。』
『でも、せっかくなら和倉さんの内緒話、お聞かせ願いたいものです。』
『いつでも聞くからな!遠慮すんなよ!』
「待ってよ!思考の中で弄られてるんだけど!?違和感しかない!!」
頭を抱えて喚くことしか出来ない和倉に、俺達は声を出して笑った。




