ハロウィン一の魔道具店
「ホワリが病室へ行っている間に自分達の回復処置は済ませてある。ホワリはどうだ?」
「大丈夫。」
「それか。もうすぐ日も暮れるし、明日「デビル」へ向かおうと考えているがどうだろうか。」
「うん。いいと思う。」
既にみんなとの間で話は纏まっていたようで、わたしの承諾を聞くとオススメの宿泊施設がないか質問された。
わたしは商店街裏の街1番の大きなホテルを提案した。
近くの商店街でご飯を済ませることになるが、それでもいいのであれば、この人数が泊まれる部屋数は確保出来るはずだ。
わたしの提案を全員が受け入れてくれた為、早速ホテルに案内をした。
ホテルの路地に入るには商店街を歩く必要がある為、道中で各々夕飯を選んでいた。
軽くすませようかな⋯⋯
ビスケットやクッキー等、軽食が売っている小さなお店を見ていると、隣にヒショウと鴇鮫が来ていた。
楽しそうに軽食を選んでいる。
⋯⋯そういえば。
「ねぇ。」
話しかけてみると、ヒショウは体をビクつかせて鴇鮫の影に隠れた。
「ホワリちゃん、どうしたの?」
「ヒショウの事で聞きたいことがあったんだけど⋯⋯。」
ミオラが「通訳を使って」って言っていたことを思い出した。
「⋯⋯鴇鮫に聞いてもいい?」
ヒショウの事が聞きたいと言ったのにも関わらず自分を指名してきたからか目を丸くしたが、その意味をすぐに理解したのだろう。ニコッと微笑んだ。
わたしには正直まだ理解が追いついていないが、きっと話をしていれば分かるだろう。
「いいよ。なんでも聞いて。」
「えっと⋯⋯ヒショウは透明人間だと思うんだけど、どうしてみんな視認できてるの?」
鴇鮫はチラッとヒショウを見た。目が合ったのだろう。ヒショウが大きく首を縦に振ったのが見えた。
「ヒショウの事だけど、俺の知ってる範囲で代わりに答えるね。ヒショウは間違いなく透明人間だよ。でも、神様から「君は多くの人と関わることになるから、他の街の人からも視認できるようにしてあげよう」って街の人とは違った能力をもらって生まれてきたんだ。だから有難いことに俺達が視認できているんだよ。」
そっか。そういう事だったのか。
他の街の人は透明人間の事を常時視認できない。
各々がレガロを発動してくれると見えるようになる程度だった。
常時視認できるヒショウは、わたし達の為にわざわざずっとレガロを使っているのかと思っていた。疲れちゃうんじゃないかとも思っていた。
だから、少し安心した。
「もう1ついいかな?」
「どうぞ。」
どうしても気になってしまう⋯⋯
「どうしてヒショウと直接話せないの?」
「そうだねぇ⋯⋯。」
鴇鮫は再度ヒショウに確認をとった。ヒショウはというと、鴇鮫が振り返るより前から首を縦に振り続けていた。
その様子を視界にとらえたのだろう。
鴇鮫はヒショウに「伝えるね」とだけ言った。
「ヒショウは、男の子とお話するのが凄く得意なんだ。反対に女の子とお話するのはあまり得意ではないみたいなんだ。だから、ヒショウが慣れるまではそっとして置いてあげてほしいかな。お話したい時は、離れた所から声をかけたり、例え近くだとしても今回みたいにだれか男を挟めばお互い安心してお話出来ると思うから、そうしてね。」
この答えで分かった事が2つあった。
1つ目は予想になるが、ヒショウが女性恐怖症のようなものなのではないかという事だ。だとしたら無理に声をかけるべきでは無い。鴇鮫の言うように、誰か間に挟んで話をしよう。
薬で治療するものでもないし、そう簡単に治るものではないと思うけど⋯⋯少し慣れてきてお話出来るようになるといいなぁ。
2つ目は、鴇鮫は言葉を操るのがとても上手だという事だ。女性恐怖症を表現する為に初めに「男の子と話すのが得意」と言ったり、他人と違った状態で生まれてきたことに関しても「神様から能力を貰った」と表現した。
傷つけない表現の仕方がスルッと出てきた鴇鮫。
なかなか出来ないことだが考える間もなくそんな言葉が出てくるのは、やはり百目だからなのだろうか。
とにかく、鴇鮫のおかげでヒショウに関して少し理解することが出来た。
「分かった。鴇鮫、ヒショウにこれからよろしくって伝えて。」
「いいよ。だってさ、ヒショウ。」
もちろんこれだけ近くにいるのだから、わざわざ鴇鮫が言わずとも直接会話は聞こえている。
だからだろう。ヒショウはわたしと目を合わせようとはしないが、鴇鮫に隠れたまま直接答えてくれた。
「よろしくね、ホワリちゃん。」
それだけでも凄く嬉しかった。
わたし達の様子に、間にいた鴇鮫は「ふふふっ」と笑った。
「そういえば、ホワリちゃんは何にするか決まった?」
「ううん。まだ。」
「そっか。美味しそうな食べ物がたくさんあるから悩んじゃうよね。」
そう言うと2人は陳列された商品に目を向けた。
「でも、早く選ばないとみんなを待たせちゃうかな?」
「⋯⋯多分大丈夫。」
わたしは丁度向かいにあるお店を指さした。
「あの2人、違うもの見てるから。」
そちらを見た鴇鮫はまた笑った。
「さすが、自由だなぁ。何見てるんだろう。」
「⋯⋯行ってみる?」
「せっかくだから行ってみようかな。ヒショウも行く?」
「行きたい!」
そっか、男の子と話すのは得意なんだもんね。
全く別人のような姿を見せたため、一瞬驚いたが、先程の鴇鮫の説明があったからすぐに納得した。
わたし達は道路を渡ると2人の元へと向かった。
「これ何にゃ!?」
「すっごい!面白そう!」
渡っている途中で聞こえてきた元気な声。
近くに行くと、吉歌と和倉がキラキラした目でショーウィンドウを眺めていた。
「魔道具⋯⋯気になるの?」
「「うん!!」」
首が取れそうなくらい勢いよく振り返った2人の声が揃ったからか、他お店を見ていたみんなもこちらへやってきた。
この魔道具店がハロウィン一の魔道具店である事、2人が興味を抱いているから入ろうと思っている事を伝えると了承してくれた。
カランカランッ
扉に着いた小さな鈴が鳴ると、広々とした店内からは「いらっしゃい」という老夫婦の声が聞こえてきた。
戦闘時に役立つ魔道具を生み出す職人のお婆さんと、子どもも使えるような面白く変わった魔道具を生み出す職人のお爺さん。
2人の事を知らない者は「マジック」には存在しないだろう。それくらい有名な2人だ。
「凄いにゃ凄いにゃ!綺麗で面白い物がいっぱいにゃ〜!!」
「見た事ない物ばっかり!何これ!」
「和倉、勝手に触んな。許可を取れ。」
「そっか!おじさん!これ見てもいい?」
「構わんよ。手に取って試してみるといい。」
興味を示していた2人は早速様々な魔道具を手に取り試し始めた。近くにいた椿と牡丹も物珍しさからかそーっと手に取っていた。
お試しができるのはお爺さんの作った魔道具だ。
お婆さんの作る魔道具は戦闘用だから、壁一面に張り巡らされた鍵の付いたガラスケースに展示されていた。
「あ?これ⋯⋯。」
和倉に注意を促してすぐに傍から離れてガラスケースを見て回っていた椰鶴。
わたしと視線が交わると目で訴えかけてきた。
「これを見ろ」ってことかな?
ガラスケースに近づくとすぐに椰鶴が気を止めた魔道具が何なのか分かった。
「カラーボール⋯⋯。」
「これ、ロットが使ってたヤツだろ?」
「うん、似てる。」
「似てる?そのものだろ?」
そう言いたいのも分かるが、多分別物だ。ロットの使用していたものはこの魔道具のようで正確にはこの魔道具じゃない。
「使う前のサイズが小さいのも、ケースから取り出すと大きくなるのも似てる。ケースから出したかどうかは分からなかったけど⋯⋯でも⋯⋯1つだけ、違う物だって断定できる事がある。それは効果の持続時間。本来ならそれぞれ約2分効果が持続するはず。でも実際はすぐに消えた。初めは私もロットが使ったのはこの魔道具だって思った。でもそれを目の当たりにしてしまったら不思議で仕方がなかった。」
カラーボールは1度きりしか使えない使い切りの魔道具。
手入れが必要な物ならまだしも、そうじゃない魔道具なら効果が薄れることなんて有り得ない。
お婆さんの魔道具に不良品が出たことなど1度もないから。
だからこそ効果の短さに違和感があった。
でも、私はある仮説を2つ立てた。
「ただ⋯⋯冷静に考えたら似たような物を作り出せる可能性は『マジック』の中なら有り得るとも思った。例えば、複製魔法。これを知ってるなら作れるかもしれない。効果が短いのも納得できる。でも、大抵は直前に触れた物しか作れない。ロットがカラーボールの本物を1つでも持ってたり、ロット自身がかなり優秀な魔法使いだったなら話は変わってくるかもしれないけど⋯⋯。」
そう。もし複製魔法を使ったなら、かなり優秀な魔法使いでないと、あそこまでリアルな物を作り出すのは難しいと思う。
だから、もう1つの可能性も捨てきれない。
「あともう1つ。もしもアリシャかロットのどちらかの能力が『具現化できる能力』だとしたら、カラーボールの説明が付く。具現化といっても、完璧にコピーすることは難しいはず。だから、効力が薄かったのかもしれない。」
「あー⋯⋯魔法使いってことを考えれば前者も有り得るし、そもそもアイツらの能力、最後までハッキリしなかったから後者もあるか。」
ハッキリはしないがどちらかである事は間違いないとも思う。
椰鶴は納得したのか、分かったとだけ言うと別の魔道具の場所へ移動した。
折角だからわたしもいろいろ見てみよう。
見た事のない魔道具も沢山置いてあるため、どんな効果があるのか、どんな時に使えるのかの説明を読みながら進んだ。
すると、今度はある魔道具の目の前でランドが立ち止まっている事に気がついた。
「⋯⋯どうかした?」
「いや⋯⋯以前見た魔道具に似た物があったから気になって。」
「どれが気になるんだい?」
話を聞いていたお婆さん。ランドが箱型の魔道具を指さすと、お婆さんは納得したように頷いた。
「お前さんが見たのは、闇商店の玩具だろう?」
「ご存知なんですか?」
「自分の作った魔道具に似ていたら、嫌でも記憶に残っちまうね。」
戦闘時に使用する魔道具を販売するには魔道具の申請と規定の製作能力や条件をクリアする必要があり、それをクリア出来なかった者達が闇商店で販売をしていると教えてくれた。
「玩具と言えどそれだけ凄い物が作れるなら、もっといい方向にその能力を使えばいいのにねぇ。勿体ない。」
自分の後継者になれる者を探していると聞いた事がある。
やっぱり若者がみんな諦めてしまうから悲しいのだろう。
「まぁ、まだまだこの世界にはアタシが必要ってことなんだろうねぇ。仕方がないねぇ。長生きしてやらないとねぇ。」
⋯⋯案外そうでも無いかもしれない。
高笑いするお婆さんだったが、それを遇に超える声が店内に響き渡った。
「なぁ、婆さん!」
この広い店内でたった1箇所奥まった部分があった。その目の前でグレイがお婆さんを手招きしている。
「ちょっと!婆さんは失礼だよ!」
「お姉さん、かな。」
突如失礼な発言をしたグレイを後ろから前後に思いっきり揺らすヒショウと、隣で微笑みながら訂正する鴇鮫。
それを見てお婆さんはまた高笑いした。
「婆さんで構わないよ。いいじゃないか。最近はなかなか威勢のいい若者と会わないからね。お前さんのような若者、アタシは好きだよ。」
「だよな!」
「でも、隣の2人もいい子達じゃないか。仲がいいんだねぇ。」
笑いながらもグレイの元へ向かうお婆さん。
グレイが何を見つけたのか気になったわたしとランドもお婆さんの後に続いた。
奥まった所には台座に設置されたガラスケースがあった。
「それで?何が気になったんだい?」
「これ、石だよな?なのに俺が映んだよな。石みたいな鏡なのか?」
「それはお前さんの言う通り石だが、鏡では無い。鏡のように反射する希少石を使用した宝石の魔道具『ラディーレン』だ。」
「『ラディーレン』?なんだそれ?」
「匂いを消す魔道具だよ。」
「匂い?それだけでこんな厳重に保管されてるのか?石が高いとか?他の人に知られたくないとか?」
「中々いい線行ってるが確信はつけてないねぇ。じゃあ大ヒントだよ。この国には祖先が人間の妖怪がまだ存在している。これで分かるかい?」
悩む様子のグレイとヒショウに対し、意味を理解しているのか2人をニコニコ見ている鴇鮫。
ランドも、「あぁ。」と呟いていたから使い道が分かったようだ。
「あれは⋯⋯。」
「だろうな。」
グレイの声を聞き付けて来たのだろう。
華紫亜とビアも宝石の効果を知っているような素振りを見せた。
「お前さんにはちょいと難しかったかねぇ。これは、人間の匂いを消せる魔道具さ。さっきも言ったが、祖先が人間の妖怪はまだまだ存在している。人間界とアタシ達の住む世界を遮断するようになってからは人間を恨む者も現れた。だから魔道具で人間の血が流れている事を隠すようになったんだよ。この魔道具があれば、人間の匂いを消せる。人間の血がほんの少しだけでも流れていると、嗅ぎ分けられる奴に目をつけられちまうらしい。そんな人達の助けになる宝石が『ラディーレン』さ。この宝石を各々好きなように身につけて匂いを消してるんだよ。⋯⋯この世の中も生きにくくなったねぇ。」
いつの間にか静まり返っている店内。みんなお婆さんの話を聞いていたようだ。
「ちなみにこのケースに入っている宝石は全て『ラディーレン』だよ。」
「黄色のも黒いのもか?」
「あぁ。そうさ。最近は希少石に別の宝石を混ぜることで様々な色を作ることができるようになった。オシャレな宝石の方がアクセサリーのように見えて目立たなくなるからねぇ。その方が需要があるんだよ。」
お婆さんはニヤッと笑った。さすが、ハロウィン一の魔道具店の店主。商売上手だなぁ。
「すげーな。そんな魔道具もあったんだな⋯⋯って!高っ!!」
グレイが値札を見て驚愕している。
横から覗き込んで確認すると、確かに簡単に買えるような値段ではなかった。
「ハッハッハ!!驚くのはまだ早いよ。」
お婆さんが台座のスイッチを押すと、ガラスケースの下からもう1つガラスケースが出てきた。
中には先程とは比べ物にならないくらい綺麗な赤と青の宝石が入っていた。
驚くべきはその仕様ではなかった。
「おいおいおい!何だこの値段!ヤバすぎだろ!」
そこに書かれていた金額は先程の倍以上だった。
「こんな高くて買うやついるのか!?」
「あぁ、いるさ。」
お婆さんは遠くを見ながら呟いた。
「この赤と青の『ラディーレン』は、希少石と希少石を掛け合わせることで出来る色だからね、その分効果が強いんだ。だからこそ、どれだけ値段が高くても、どうしても必要な者は買っていくんだよ。」
「必要な者⋯⋯。」
「⋯⋯安く提供できるならそうしてやりたいのも山々なんだがねぇ。どれも希少石だからね、値段は許しておくれよ。結構これでも安くしてるんだ。それ以下だと赤字さ。ねぇ爺さん。」
「そうだなぁ、婆さん。」
2人の高笑いが店内に響く。
希少石というだけあり、なかなか手に入れる事も難しい宝石なのだろう。
この店はボランティアをしている場所ではない。商売をしているんだから仕方ないよね。
ふと外に目をやると、ショーウィンドウから見える外の風景が人工的なライトで輝いていた。かなり長居してしまっていたようだ。
わたし達は2人に挨拶をすると店を出た。
「またおいで。」
2人はわたし達全員が店を出るまで手を振り続けていた。
わたし達はそれぞれ決めていたお店で食事を購入しホテルへ入った。
複数人ずつの部屋にはなるが、宿を確保することが出来た為それぞれ別れて部屋へ向かうことになった。
同室のミオラと部屋へ向かう途中、同じ階になった鴇鮫・和倉・ランドと合流した。
「そういえば、魔道具店で何か買ってたわよね?何を買ったの?」
前を歩いていたミオラが隣を歩く鴇鮫に問いかけた。
買い物してたなんて気が付かなかった。
後ろを歩いていたわたし達は手元を除くように背伸びをした。
「あぁ、ちょっとした玩具だよ。名前は『レミィモ』⋯⋯だったかな。持っているだけで思い出を記録できるんだって。かなり小さいし、お守り代わりにいいかなと思って。」
「えー!いいないいな!俺も買えばよかった!」
「ふふっ。これ一つあればみんなと一緒に過ごす日々が記録できるから大丈夫だよ。買った時から記録が始まるらしいからね。今の和倉もしっかり記録されてるんじゃないかな?」
「今も!?」
和倉は慌てて少し離れて立ち止まるとこちらに向けて大きく手を振った。
「おーい!見てるかー!未来のみんなー!!今めちゃくちゃ楽しいぞー!俺にも仲間が沢山できたんだ!これかr」
「ちょっと、ここ廊下よ!声が大きいわよ!」
「あっ!そうだった!」
「和倉は何でも思いつくと直ぐに行動するんだな。良い意味で。」
「あははっ。そうだね。いつも笑顔にさせられちゃうね。」
「⋯⋯そういう所凄いと思う。」
口に手を当てながら小走りで戻ってくる和倉。ミオラからのお叱りを受けてしょんぼりしたものの、「これからの旅で思う存分やりなさい」という言葉ですぐに元気を取り戻していた。