ゆめのくに
酷い地鳴りに足が振らついた直後、ホワリの視界に入ってきたのは、空を飛び回る遊園地のアトラクションだった。その場所は、丁度みんなが待つあの場所。ホワリはその光景にほんの少し恐怖を覚えていた。
無事に帰れる、そう甘い考えを抱いたからいけなかったのだろうか。
わたし達の視線の先には、突然奇妙な動きをするアトラクションが現れた。
あそこは華紫亜達の待つ集合場所。
嫌な予感がする。
「早く行こう。」
わたしの言葉が何を含んでいるか察してくれたのだろう。
4人は頷くと走り出したわたしの後ろを追いかけてきた。
近づくにつれて大きくなる地響き。
そして聞こえてきたのは、待っているはずのみんなの声と衝撃音。
「和倉!」
椰鶴が反射的に叫んだ。
高く飛び上がり炎の上を転々と飛び回りながら、追いかけてきているジェットコースターから逃げている和倉がわたし達の視界に入り込んできた。
あの炎は簡易的な床の代わりなのだろう。
和倉が炎を踏み込み離れると、そこにいた炎は消えていた。
「あ!椰鶴〜!!!生きてたんだね!!みんなも無事でよかったー!!」
こちらを見ながら嬉しそうに手を振る。
あ⋯⋯そのままだと⋯⋯
「馬鹿!!後ろ!!」
「え?ぉわあ!!!」
間一髪の所でジェットコースターがぶつかるのを避けることが出来たようだ。
しかし、バランスを崩したからか次に展開されていた炎の床に足が届かず真っ逆さまに落下していく。
「死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ!!!」
様々な音が響き渡る世界に和倉の叫びが木霊する。
「このままでは地面に叩きつけられてしまう。」そう頭が考えるよりも先にわたしの体が勝手に動いていた。
「死ぬぅおあぁ!?」
「⋯⋯大丈夫?」
「だ、大丈夫!ありがとう!めっちゃカッコイイね!」
いつの間にか箒に跨り和倉の元へと飛んでいたわたしは、無我夢中で魔法を放っていたようだ。
落ちた時の体勢のままわたしの横で浮いている和倉。
良かった。間に合った。
箒から降りると、和倉をそっと地面へ着地させた。
「本当にありがとう!死んだと思った!!」
「死ななくてよかった。」
先程の吉歌と同様わたしの手を握るとぶんぶんと振った。
きっと2人は性格が似てるんだろうなぁ。
されるがままにしていると、追いついた椰鶴がわたしと和倉の手を上から自分の手で覆って動きを止めた。
「今は遊んでる場合じゃねー。」
椰鶴の視線は少し遠くを見ていた。
釣られて視線の先を見ると、そこにはまだ1度も見たことがない金髪の女の子と背の高いピエロがわたしを凝視して立っていた。
そして、いつの間にかアトラクションによる攻撃が止まっており、戦っていたみんなは呼吸を整えながらも2人の動きから目を離さないようにしていた。
「やっと会えたわ。」
視線を交わした女の子は、丁寧な素振りで微笑んだ。
「せっかく素敵な人達を招いたのに、想定外のお客様達が来ちゃうなんて。それが会いたくもない人、ホワリ様だなんて。しかも、ビットやカプラ達のことを勝手に拘束するなんて⋯⋯本当困るわ。」
声を落とした女の子の視線の先には、わたしがバリアの中に閉じ込めたままにしていたビット達がいた。
「貴方達、名前は?」
「こんな時に名前を聞くなんて、流石ガーディアン様。余程余裕があるのね。」
ふふっと笑うと、女の子とピエロは姿勢を正して声高らかに叫んだ。
「私はアリシャ。HDFのリーダーよ。」
「俺はロット。HDFの監視役だ。」
「さぁ、みんな。もっともっと楽しみましょう!」
そんなアリシャに呼応するように先程まで動きを止めていたアトラクションが一斉に動き出した。
「来たわよ!!」
「気をつけて!」
最前線に立っていたミオラと鴇鮫の声が聞こえた。
それと同時に各々がアトラクションからの攻撃に対抗し始める。
凍りつくゴンドラ、蛇の絡みついた馬、砕け散ったティーカップ、燃えるゴーカートに、真っ二つになったコースター。
目の前ではとても遊園地とは思えない光景が広がっていた。
そんな中、わたし目掛けて転がってきた観覧車のゴンドラを飛んで避けた時、わたしの視界の端にアリシャとロットが不気味に笑っているのが映りこんだ。
不気味な笑顔の裏には必ず何かがある。
あの笑顔は、自分達が優勢だと確信しているからこそ出る笑顔だ。
⋯⋯もしかして⋯⋯
わたしの頭によぎった仮定が、下で戦っていたある者の言葉で現実となった。
「しつこいわね。繰り返し叩いているのに蘇ってくるわ。」
それはたまたま真下にいたミオラだった。
ミオラはわたし達が到着する前から戦っていた。そんなミオラから出た「蘇る」という言葉に確信した。
アリシャのこの世界は、このレガロは、間違いなく⋯⋯
わたしが高度を上げ世界を見渡していたからか、ビアと椰鶴がわたしの横まで飛んできた。
「何かあったか?」
「⋯⋯うん。この世界も、あのレガロも、わたし知ってる。」
「は?何で?」
「ここは、「マジック」に古くから存在する絵本『ゆめのくに』の世界。そして、あのレガロは絵本に出てくる魔物の使役する怪物と同じ。」
わたしの答えが考えもしなかった物だったからか、2人は顔を見合せていた。
「その絵本では、どうやって魔物と怪物を倒したんだ?」
「絵本と同じなら倒し方も同じだろ。」
絵本では王子様が魔物に立ち向かうが、今のわたし達のように全く歯が立たずにいた。そこで立ち上がったのがお姫様。お姫様が魔物に“ある言葉“を掛けたことで魔物の動きを沈静化させることに成功し、その隙を見て王子様が魔物を直接やっつけたのだ。
「⋯⋯だから、絵本と同じであることに賭けるなら、わたし達がやるべきはアトラクションにひたすら猛攻することじゃない。アリシャ本人に攻撃を仕掛けないと。」
「そうか。もし絵本通りにやるなら、まずやるべきはアリシャの気を引く事だな。この喧騒の中どうやって気を引くかだが⋯⋯。」
「絵本の内容知ってんだったらここから『魔物の気を引いた言葉』を叫べば?わざわざ絵本を題材にしたレガロを使うぐらいだし、何か絵本に囚われてんじゃねーの?」
「⋯⋯ここは絵本じゃないから⋯⋯そんな簡単に上手く行くわけない。」
「じゃあどうすn」
「でも⋯⋯やってみる価値はある。」
多分椰鶴の言ってる事で間違いない。
アリシャは『ゆめのくに』に何か思い入れがあるはず。
ならば、あの言葉を叫べばきっと、必ず、ほんの少しだとしても心が揺れ動く瞬間が来る。
ただ⋯⋯
「⋯⋯やりたいのは山々だけど⋯⋯多分わたしの声はこの喧騒にかき消されて届かないと思う。でもこれ以上近づくのはリスクがある。」
「ここはギリギリ範囲外なのかアトラクションからの攻撃が届かない。だがそれと同時に距離も遠いのは間違いないな。」
「ここから声を届かせられるならそれが一番安全だけど⋯⋯。」
「だったら。」
下をじっと見つめていた椰鶴は2箇所指をさした。
「声を届かせるだけなら簡単だろ。それだけのでかい声量の奴らをここへ連れてくればいい。」
その先にいたのは奮闘中のグレイと和倉だった。
「あの2人がいれば、声量は間違いなく足りるだろうな。」
「そっか。それなら、2人を連れて来よう。」
「あいつらの事は俺とビアが連れてくる。あんたはここにいろ。」
「⋯⋯分かった。」
早速椰鶴が和倉に向けて高度を下げようとしたが、それをビアが手で阻止した。
「2人を連れてくる前に、もう1つ確認しておきたいことがある。」
「⋯⋯何?」
「さっき華紫亜がアトラクションの隙間を縫ってアリシャに攻撃を仕掛けてるのを見たが、隣に立っているあのピエロ⋯⋯ロットが全て防いでいた。だから、もしアリシャの心を動かせたとしても、ロットがいたらまた攻撃を防がれてしまう可能性は高い。」
ロット。ずっとアリシャの隣で護衛をしている。護衛のスキルが高いのか、華紫亜の攻撃を尽く打ち消していたのをわたしも確認している。
現に今もそうだ。
ジェットコースターに追われながらも観覧車の間を縫って吉歌が2人に近づこうとしているが、すぐさまロットがアリシャの前にスっと立った。
ロットの手にはどこから取りだしたのか不思議な量の赤と白のカラーボールがあった。
「っ!吉歌、避けて!!」
わたしはあのカラーボールを見た事があった。だからこそ咄嗟に叫んだが、やはり吉歌の耳には届かなかったようだ。
近づく吉歌の足元目掛けてカラーボールが投げつけられる。
「危にゃ!!」
流石猫娘さん、瞬発力が高い。
ボールがぶつかる直前で直角に方向転換をすると、ジェットコースターを振り切るように駆け抜けた。
破裂したボールにより周囲は白煙に包まれたが、ジェットコースターの勢いによりすぐに霧散すると、ロットの目の前には炎が燃え盛っている事が確認できた。
しかし、その炎も数秒後に消えてしまった。
あのカラーボール⋯⋯何で⋯⋯?
「⋯⋯あいつ邪魔だな。」
「ボールを使うレガロか?だとしたら他にも種類がありそうだな。」
「赤が炎、白が煙だろ?青で水、黒辺りが目潰しか?」
「目潰しは残酷だな。」
2人の会話でわたしは現実に引き戻された。
多分あれはレガロではなく魔道具だろう。ただ、今考えるべきはボールじゃない。厄介な魔道具を使いアリシャを巧みに守るロットをどうするかだ。
もしアリシャに隙を作ることが出来ても、同じようにロットに隙が出来ないとアリシャを叩くのは難しいだろう。
ただそれは『隣にロットがいる場合』だ。
「ロットをアリシャから離せばいいんだよね?」
「それが出来たら最高だろう。」
「んな事簡単にできねーだろ?」
「大丈夫。出来るよ。」
わたしが迷いなく答えたからか、2人共言葉が出てこず固まっている。
大丈夫。本当だから。
「でも、少し手伝って欲しいことがある。」
わたしはロットをアリシャの元から引き離す作戦を伝えた。
ビアはすぐに納得し手伝いを受け入れてくれ、椰鶴はたった一言「マジかよ」と呟いた。
「じゃあ作戦の通りに。」
「あぁ。」
「行くぞ。」
2人は高度を下げると風を切りながらそれぞれの元へと飛んだ。
突然射程圏内に入ってきた2人をアトラクションが見過ごすわけがなく、待ちわびていたと言わんばかりのスピードでメリーゴーランドの馬達が飛びつく。
しかし、それらをヒラリとかわしながらビアはグレイ、椰鶴は和倉へと一直線で飛んでいった。
説明は範囲外で。
そう決めていたからこそ、2人は全くスピードを緩める様子はなかった。
躊躇なくグレイを脇に抱え方向転換してこちらへ向かってくるビア。
和倉のベルトを背後から掴み上げて雑に連れてくる椰鶴。
突然空に飛び立った2人は目を白黒させていた。
2人の速さにアトラクションがついていけなかったこともあり、無事にスムーズに範囲外まで戻ってくることができた。
「高ぇ!高ぇよ!」
「無理やり連れてきてごめんな。」
空に飛び慣れてないグレイは青ざめながらビアの腕にしがみついている。
「なになになに!?めっちゃお腹痛い!」
「⋯⋯支えてるから床に足つけろ。」
「あっ!そっか!」
椰鶴に言われて自分の能力を思い出した和倉は足元に炎の床を展開した。
やはり足が着いている間なら床は消えないようだ。
意味もわからないままここへ連れてこられた2人に対し、わたしは作戦を伝えた。
「わたしの声はきっとアリシャに届かない。でも、貴方達の声なら絶対届く。だからわたしが今から言う事を真似して叫んで欲しい。」
「なんだよ、そんなことかよ。焦ったじゃねーか。」
「分かった!任せて!ね、グレイ!」
「だな。いつもうるせーって言われてる俺達の声量が役に立つな!」
凄くワクワクしているのが伝わってくる。
拒否されてしまったらどうしようという不安が一瞬で消え去っていった。
「じゃあ、いくよ。」
2人は頷くとアリシャの方へ体を向けた。
わたしは一言一句間違えないように気をつけながら呟いた。
「クルクル回る観覧車。」
「「クルクル回る観覧車!!」」
突然空から降ってきた言葉にその場にいた全員がわたし達を見上げた。
と同時にアトラクションも動きを止める。
アリシャがこちらに気を取られていることはすぐに分かった。
わたしは速攻言葉を畳み掛けた。
「ニコニコ笑う子ども達。」
「「ニコニコ笑う子ども達!!」」
「フワフワ浮かぶ夢風船。」
「「フワフワ浮かぶ夢風船!!」」
「キラキラ輝く遊園地。」
「「キラキラ輝く遊園地!!」」
「これが⋯⋯」
そう、これが⋯⋯
「これが私の夢見た王国よ。」
「「これが私の夢見た王国よ!!」」
悲痛な表情を浮かべ涙を流したアリシャはその場に蹲った。
「今!リリアーム!」
「カリブテナ!」
合図でわたし達は作戦通り動き出した。
言葉を紡ぎながらも目標を定めていたわたしはロットと場所を入れ替えた。
突如空中に飛ばされたロットは、重力に引かれるよりも先にビアの出した棺に吸い込まれる。
棺は重力に耐えられず落下していく。しかし、既に棺の真下には椰鶴が待機していた。
わたし達がレガロを発すると同時に地面へと急降下していた椰鶴は、棺を見上げると体全体を使って扇を大きく一振りした。
ゴオッと風が吹き上がる。
風の力により棺の落下速度がかなり落ちたのが見て取れた。
「あと1回か。」
椰鶴の声が微かに耳に届いたと思った時には、再度扇を大きく一振りしていた。
完全に速度の落ちた棺は、ドンッと音を立てて地面に垂直に落ちた。
落下音は重みから来るものだろう。そう感じる程ゆっくり、しっかりと地面に立った。
棺の扉が開くと力の抜けたロットが崩れ落ちてきた。
目の前にいた椰鶴が支えようと手を出したが、それよりも先にいつの間にか降り立っていた和倉が横からサポートしていた。
わたしの目の前にいるアリシャは、そんな様子も気にかける事無くただただ蹲り静かに泣いていた。
「ゆめのくに。」
近くにいるはずのないわたしの声が真横から聞こえたからだろう。
体を大きくビクつかせると、顔をこちらへと向けた。わたしと目のあったアリシャは状況が理解出来ていないらしく目を泳がせた。
「『ゆめのくに』⋯⋯だよね?」
「⋯⋯どうして⋯⋯。」
「⋯⋯お母様が、仕事が忙しくて私と遊ぶ時間を作れないからって絵本を買ってきてくれた。何回も読んだから分かる。この世界、絵本に出てくる遊園地だよね?」
1度止まった涙がアリシャの目から零れ、ツウッと頬を伝った。
「この世界に来て、どこか見た事あるような懐かしさを覚えた。初めて来たはずなのに。でも、さっき空から全体を見渡した時思い出したんだ。あの巨大迷路も、ミラールームも、劇場も⋯⋯全部全部『ゆめのくに』に出てきた建物と同じ。」
わたしの言葉に耳を傾けるアリシャ。
絵本へと気持ちが移ったからだろうか。空中で停止していたアトラクションが少しずつ薄れていくと完全に消滅した。
「⋯⋯この絵本は貴方に何か影響を与えた。こんなに細部まで再現してる。きっとこの絵本が貴方は好きだったんでしょ。なのに、その世界をこんな風に使っていいの?」
「⋯⋯。」
「絵本の『夢の王国』はお姫様が守ったから最後まで輝いていた。貴方の『夢の王国』はどちらかというと澱んでる。貴方が夢見た王国は⋯⋯貴方が絵本で見た王国は、こんな色だったの?これじゃあ貴方は絵本の魔物と同じだよ。」
わたしの言葉に反応を示したのは目の前のアリシャではなく⋯⋯
「アリシャは魔物じゃない!!」
「アリシャヲ虐メルナ!」
「アリシャヲ泣カセナイデ!!」
わたしのバリアに閉じ込められたままのビット、ミラー、ラミーだった。
「アリシャは優しいんだ!僕達に居場所を作ってくれた優しい人なんだ!」
「アリシャノコノ世界ハ澱ンデナンカナイ!!」
「キラキラ輝イテル素敵ナ世界ナンダ!」
「ここは、僕達が自信を持って過ごせる大切な場所なんだ!」
必死にアリシャを擁護し叫ぶ3人は何故か泣いていた。
「間違いない。」
3人に応戦するように聞こえてきた声。聞こえてきた方へ顔を向けると、そこには体力を奪われたままだからかバリアの中で座っているカプラがいた。
「アリシャ様は、我々をこの世界へ導いてくださった。我々が共に生きるこの世界を⋯⋯邪魔が入らず好きに過ごせるこの世界を与えてくださった。アリシャ様がいなかったら、我々は今頃存在していなかっただろう。」
ガスマスクにより表情は判別できないが、どこか遠くを見ながら話すその姿からは悲壮感が漂っていた。
「ロット。そう思わないか。」
話を振られたロットは、和倉に支えられたままぐったりしていた。
こちらはまだ体力を奪われてからさほど時間が経っていないため、まだ自力で立つことが出来ないのだろう。
「⋯⋯そう、だね。」
それでも、カプラの問いに答えようと⋯⋯いや、アリシャを守ろうと声を発した。
「俺達は⋯⋯孤児だった。」
ずっと流れていた遊園地の音楽がピタッと止まると、空気の音が聞こえるくらいこの広い世界が静まり返った。
「幸せや希望なんて、とっくの昔に置いてきた。1つ屋根の下ただただ息をするだけの俺達に、あの日アリシャは希望を与えてくれた。⋯⋯共に生きる事の楽しさを教えてくれた。アリシャは⋯⋯素敵な子、なんだ⋯⋯。」
声を発したことで体力を更に使ってしまったのだろう。
力の抜けたロットを、隣にいたグレイも手を貸し支えた。
5人が思い思いの気持ちを、アリシャやこの世界に対する気持ちを表す中、ひたすら静かにそれを聞いていたアリシャ。
目に溜まった涙が瞬きと共に零れ落ちた。
「⋯⋯私は⋯⋯私にとってこの世界は、孤児院に入る前の唯一の忘れられなかった記憶なの。だから⋯⋯。」
「やっと帰ってこれたー!」
「生きてる!俺生きてる!」
「長い時間いた気分にゃ⋯⋯。」
「ですが、まだ明るいですからあまり時間は経ってないかもしれませんね。」
わたし達は元の世界へと戻ってきていた。
あの後、これ以上の抵抗は無駄だと感じたアリシャが降伏宣言をした。
それを聞き受け入れることしか出来なかったHDFのメンバーは、それぞれ涙を流したり肩を落としていた。
アリシャにより世界から解放されたわたし達は、HDFのメンバー全員と共に病院の階段横に出た。ここはわたし達が招待状の魔法を解除する時にいた場所だった。
周囲を見渡すと、牡丹の言った通りまだ空は青く、日付を超えていない限りはそこまで時間が経っていないと予想出来た。
今何時だろう。
ポリシアンに連絡をしてHDFを預けて、おじいさんの所へ急がないと。
「ホワリさん。」
焦っているような様子で階段から現れた華紫亜。ちょうど中央にいたわたしの所までみんなの間を縫って来た。
「現在時刻の確認をしてきました。あれから丁度4時間が経過しようとしているところです。まだ間に合います。早くおじいさんの元へ向かってください。」
4という数字にわたしも焦る。
4時間も経っていたのか。華紫亜の言う通りまだ間に合うが、それでも急がないといけない。
でも⋯⋯
「アリシャ達をポリシアンへ受け渡さないと⋯⋯。」
バリアから解放され、それぞれ2人ずつの見張りのついたHDF。
わたしは、「マジック」のガーディアンとしての仕事をこなす必要がある。
「それは俺達がやる。」
華紫亜とわたしの会話に入ってきたのは事情を把握しているビアだった。
「連絡を入れて到着を待ち受け渡す。例えマジックのポリシアンだとしても全てを終えるのに10分はかかる。検査結果を聞き容態を確認するなら10分はかなり長い時間だ。ホワリは早く向かった方がいい。」
「でも⋯⋯。」
「お任せ下さい。このような方々の対応は慣れております。僕達もガーディアンですから。」
マジックのポリシアンは目的の場所まで瞬間移動ができる。だからといって受け渡し時の状況確認が無かったことになる訳では無い。
HDFは6人いる。全てを終えるまで、ビアの言った通り最低でも10分はかかるだろう。
本当にお願いしてしまっていいのだろうか。
HDFの存在は「マジック」のポリシアン全員が把握し追いかけていたグループ。それをわたしが対応しなくていいのだろうか。
「華紫亜くんがそう言ってるんだ。気にせず俺達に預ければいい。」
悩むわたしに後ろから声をかけてきたのは意外にもランドだった。
「置かれてる状況を俺は知らないが、行くとこがあるんだろ。代わりに行ってやることは出来ないが、ポリシアンの対応ならできる。仲間になるんだから、俺達に任せてくれたっていいんだ。」
「気にしなくていい」と微笑むランド。
その言葉にわたしは心が揺れ動いた。
「じゃあ⋯⋯お願いしてもいい?」
「あぁ。」
「お任せ下さいませ。」
わたしは見送るみんなを背に、早足で待合室へと向かった。