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HalloweeN ✝︎ BATTLE 〜僕が夢みた150年の物語〜  作者: 善法寺雪鶴
仲間を探しに
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コロス

劇場へと走るホワリは、早く助けなければならないと思いつつも、もし本当にガーディアンが来ているなら、時間稼ぎをして生き延びてくれているかもしれないとほんの少し期待を膨らませていた。

 誰もいない。


 劇場の正面にある一目見て分かる入口には何故か鍵がかかっていた。

 他に中に入れる場所はないかと裏手へ行くと通用口だと思われる小さな扉があり、ドアノブを回すと簡単に扉を開けることが出来た。

 警戒しつつも中へ入ると、舞台裏に出た。舞台裏には特に何も無かった為少し明るさが漏れているステージへと歩みを進めた。

 客席にも、舞台にも、誰もいない。

 ただただ不気味に静まり返っていた。


 HDFが居ないことを確認しステージに出る。

 わたし以外に誰もいないこの劇場に、わたしの足音が響いていた。

 客席へ降りたとうとした際、ステージの端に落ちている割れた風船の残骸と1枚のカードの存在に気がついた。


 その残骸は、確実にここで何かが起きた事を示していた。


 カードを拾い上げると、そこには『学園生活』と書かれていた。


 確か、劇場ではうさぎの被り物を着けた不気味な少年の世界へ行った⋯⋯という調査結果が出ていたはず。

 HDFの招待状の件を踏まえると、多分このカードが世界へ入り込む鍵となっているに違いない。


 このカードに必要とする魔法レベルは、先程の招待状と同レベルかそれともそれ以下か。


 今はHDFの世界にいる。ここに入り込むことは出来たものの、わたし達の力ではこの世界から脱出する事は出来ないと考えている。

 それ踏まえて仮説を立てる。

 例えば誰かに万が一このカードを解除され、その誰かがカードの中の世界から抜け出したとする。それではまだ完全に助かったとは言えない。なぜなら、HDFから脱出する必要があるから。ではHDFを脱出する手がかりはあるか。⋯⋯いや、ない。脱出するには招待状の解除と異なり世界を壊す必要があるが、その手立てがない。予想にはなるが、ここから出るにはHDFの誰かの力が必要なのではないか。

 そう考えるならば、このカードの解除はさほど手間取らずに済むだろう。

 なぜなら、無理にこのカードの中の世界に閉じ込めなくとも、万が一脱出されたとしても、1度HDFの世界に入ってしまえば自分達だけでは出られない仕組みになっているから。


 だったら出来ることは何でも試してみた方がいいよね。


 わたしはまず初めに初期魔法から唱えた。

 流石に初期魔法では解けないようで、カードはビクともしない。

 次に特殊魔法を唱えた。これもハズレ。

 想像してたよりも厳重に魔法が掛けられているようだ。


 HDFに入る時は世間では知られていないレベルの古代の解除魔法を使用した。

 HDFを作りあげた人は、かなりの知識を有する立場の者なのだろう。

 少し厄介だ。


 わたしは古代魔法を唱えた。すると、今度は直ぐにカードに異変が現れた。文字が薄くなりどんどん消えていく。


 おかしい⋯⋯解除魔法であってるはずなのに⋯⋯

 もしかして、この魔法相性悪かった?


 嫌な考えが頭をよぎる。この文字が消えたことで、別世界へ招待されたであろう人達を助けることが出来なくなってしまうのではないか。

 額に汗が滲む。


 でも既に消え始めてしまったこの現象は、魔法を唱え終えた今もまだ消え続けている。


 こんな重要な時にまた間違えたの⋯⋯?


 いや、そんな事考えてる場合じゃない。頭をフル回転させ、これを止める術を編み出さなくては。

 しかし消える文字はわたしの事など待ってはくれない。


 もう完全に消えてしまう。目の前で起こる現実に焦りを感じ、働かない自分の頭に苛立ちを感じ始めると、突然真っ白に染まった。

 頭が⋯⋯ではない。視界が真っ白なのだ。

 

 焦りを感じていた中の突然の出来事に思考が追いつかない。

 そんなこともお構い無しに真っ白の世界は今わたしに起きている現実を突きつけてきた。


「⋯⋯ここは⋯⋯。」


 朝霧が太陽の光にあたって薄くなり、少しずつ遠くが見通せるようになる。そんな風にわたしの視界に少しずつ世界が映し出されていく。

 先程までいた劇場でない事は一目で分かった。そして、ここが何処なのかも。


 ここはあのカードに書かれていた『学園生活』を演じるのにふさわしい舞台。


「⋯⋯学校だ。」


 わたしは学校に通った事がない。幼少期から両親の元で医学や魔法を学び、すぐに薬の開発に携わり始めたため、通う必要がなかった。いや、通うタイミングがなかったと言うのが正しいだろうか。

 通ってみたいという気持ちが全くなかったと言ったら嘘になる。

 患者さんの中に学生さんもいる。友達がお見舞いに来ることがほとんど。その様子を廊下からコッソリ見て、羨ましいと何度も思った。


 わたしには友達がいない。


 不便に感じた事は1度もないけれど。

 でも、もし友達がいたら、わたしにはまた違った世界が広がっていたかもしれない。


 初めて目の前で見る学校を眺め自分が辿ることの出来なかった世界に思いを馳せていると、そこから現実に引き戻すかのような物凄く激しい喧騒が視界に入った。

 ここからは遠いが、コンクリートで出来た地面の上で何人もの学生が倒れており、周りを多くの学生が取り囲んでいるのが見える。

 わたしが世界に入った場所は世界の端なのか、背後は塀になっており、周りには人1人見当たらない。


 そして、一通り見渡した事で困った事態になっていることに気がついた。


「⋯⋯どの人がガーディアン?」


 わたしはこの世界に来ているガーディアンの顔を把握してない上に、そもそもどの街の人が集められているのか聞いてなかった。

 服装や風格で判断が着くのではないかと考えていたがそれは甘かったようで、舞台の中の1役者として取り込まれてしまったのか、違和感のある人物を見つけ出すことが出来ない。


 どんな人達が仲間なのか、ちゃんとビアに確認すればよかった。


 だが、そんなわたしにも1つだけ救いがあった。それはわたしの服装だ。

 わたしはこの舞台に迎え入れられた者ではないからか、服装に変化はなく役割は与えられていないようだった。

 どこからどう見てもこの舞台に相応しくない違和感のあるわたしなら、あちら側から何かしらの反応を見せてくれるかもしれない。


 わたしはその人物達を見逃さないようにしないといけない。


 まずは一旦状況を把握しよう。そうしてから的確に動かなければ。


 でも、この位置でただ眺めているのはリスクがある。この世界に侵入者が現れたことにいち早く気が付くのはHDFの少年だ。自分の世界となれば、違和感を覚える可能性は高い。

 少しでも探す事に手間をかけてもらえるよう、すぐ側の木の影に身を潜め気配を殺した。


 遠目に見える喧騒はわたしが考え事をしている間にも進展していたようで、野次馬を除き、倒れている者の数と立っている者の数がほぼ同じように見える。

 どちらか一方が圧倒的強さを誇るのか、それとも力のレベルがほぼ同等で平等に倒れているのか。

 途中から目にしたわたしには検討が付かなかったが、すぐにその答えは判明することとなった。


 金髪(ゴールド)銀髪(シルバー)の少年が殴り合いを始めると、立っていた者達は皆ゴールドの背後へと回った。


 シルバーの仲間達が奇襲を仕掛ける為に移動したのかとも捉えられたが、表情からわたしの考えとは真逆の答えだと察した。

 あの少年達は全員ゴールドの仲間だ。全員がシルバーに対して何とも薄気味悪い笑みを浮かべていた。


 どこからどう見ても不利な状況のシルバー。それでもゴールドとは互角に戦っていた。

 少しすると、ゴールドが素早く距離をとり、シルバーを指さした。

 それを合図としてか、ゴールドの背後にいた少年達はシルバーの周りを取り囲んだ。一目見た限りだが20人ほどいるように感じる。


 20対1は流石に卑怯では⋯⋯


 そう考えているのも束の間、ゴールドが笑うと、20人の少年達はシルバーへ一斉に襲いかかった。

 そんな不利な状況でも諦める様子を見せないシルバーは、羽交い締めにしてきた者達を振り切り殴り返したり、回し蹴りで一掃していた。


 しかし流石に人数差には勝てなかったようで、シルバーが体勢を崩した瞬間、ここからはシルバーを視認することが出来なくなった。

 胸の奥が嫌にざわめく。


 わたしが視線を外すことが出来ずにいると、動きを止めた少年達は、近づいてきているゴールドを中央に誘うように道を作った。

 そのおかげでシルバーの様子を知ることが出来たがそれは全く良い物ではなく、シルバーは見るも無惨な状態で倒れていた。


 ゴールドがシルバーに軽く蹴りを入れる。しかし、シルバーが動く気配は全く感じられない。

 すると、ゴールドは少年達に何か指示を出すと植え込みの方へと歩いていった。

 少年達はシルバーの周りを取り囲んだまま、ゴールドの様子を伺っているようだった。


 あの倒れている人が⋯⋯シルバーがガーディアンかどうかは分からない。でも今それは関係ない。

 わたしはガーディアン。

 倒れているものを見過ごすような冷酷な心は生憎持ち合わせていない。

 それに、植え込みの中へ話しかける仕草を見せるゴールドの姿から、新たに別の誰かが標的にされているのは簡単に検討がついた。

 そしてそれは風に乗って微かに聞き取ることが出来た言葉で確信となった。


「⋯⋯から殺す。」


 今⋯⋯殺すって⋯⋯言ったよね?


「リリアーム。」


 わたしはレガロでシルバーの足元の1番後ろに立っていた少年と場所を入れ替えると、ゴールドへ照準を合わせ、周りにも聞こえない程の小さな声で初期魔法を呟いた。


「ヴァン・ハザック。」


 ドゴーン!!


「あっ⋯⋯。」


 ゴールドが一瞬で奥の壁を破壊した。

 あの様子じゃあ、多分気絶してるだろう。

 少しやりすぎたかもしれない。

 いや、殺すなんて物騒な言葉を吐くような人が相手だ。危険を感じたのだから、やりすぎるくらいで丁度良かっただろう。


 誰もが予想していなかった出来事に言葉を奪われたようだが、すぐに野次馬達はゴールドの様子を見て騒ぎ写真を撮り出し、仲間達はゴールドの元へと駆け出した。

 わたしが場所を入れ替えた男子学生も、状況が理解出来ていないような慌てた表情を浮かべながら置いてかれまいと全速力でゴールドの元へと向かっているようだった。


 そんな中、野次馬の中に混ざることも無くこちらを振り向く察しの良い人達の姿が視界に入った。

 目を丸くし、わたしの存在に驚いている様子の者が3人。現在植え込みから顔を出している、先程まで植え込みの中に隠れていたであろう男子生徒と女性教諭の2人と、わたしの足元で倒れながらもこちらを見上げるシルバー。

 そして、もう1人。物凄く怖い形相でこちらを睨みつけている、野次馬が先程まで屯していた場所に1人佇む純白ボブヘアーの可愛らしい男子生徒。


 正直まだ確定はできないが、この中の誰かがガーディアンもしくは全員がガーディアンだろう。こちらを睨みつけている子が気になるが、うさぎの被り物を着用している訳では無いためハッキリとHDFの少年だとは言い難い。


 とにかく、わたしの存在に反応を示したこの4人以外には一旦ここから消えてもらおう。

 しかし、どうしようか。「エラージングラスト」でここから消そうにも、相手は人。人物は対象外だからこのレガロは使えない。


 この場に5人だけが残るための方法を探している中、わたしの耳にある言葉が飛び込んで来た。


「消えた。」


 野次馬達が一斉にそうざわめき出した。

 何事だと野次馬の視線の先を見ると、先程壁を壊し倒れていたゴールドがいなくなっていた。

 野次馬の言葉から察するに、どこかへ逃げたり移動したのではなく、本当に消えてしまったのだろう。

 では何故?どうやって?


 わたしの頭の中には1つ仮説が立てられた。


 もしかして、範囲外に出ると消えるのかな。


 どこが範囲外かなんて分からない。ただ、ゴールドは勢いよく壁を壊し、崩れた壁と共に壁よりも外側に倒れていた。

 よくよく考えてみれば、壁の外側には何も無かったように見えた。


 この世界は作り出された物。地球等の惑星のように、永遠と進むことの出来る世界を作るには限度がある。それにそんな世界を作るにはかなりの魔力を必要とするだろう。

 それを踏まえるならば、この世界には、世界の端が存在するのではないか。


 それは横だけに限ったことでは無い。上も然り。

 有難いことに、ここは建物の中では無い。見上げれば青い空が広がっている。ならば、この空に飛ばせば消えるかもしれない。

 どこまで飛ばせばいいかは分からないから、とにかく全力でやってみよう。


「パレーロップ・ハルト。」

「うぉ!?なんだ!?」


 4人が巻き込まれないよう、簡易的なバリアを4人の周囲に張り巡らせた。

 足元にいるシルバーは驚きから声を上げていた。

 わたしはすぐに野次馬の集まる場所へ杖を向け息を吸い込むと肺から全て吐き出しながら叫んだ。


「ヴァン・ハザック!」


 わたしは普段大きな声を出さない。

 なのに声を張り上げるという慣れないことをしたからか、少し喉が焼けるように痛む感覚がわたしを襲った。

 しかしそれに負ける訳にはいかない。

 痛みを堪えながらも、わたしは一直線に勢いよく吹き抜ける風を杖で操作し、野次馬を空へと吹き上げるように杖を振り上げた。


 足元にいたシルバーを除き、近くに倒れていたシルバーの仲間達は全員風に乗って野次馬の元へと飛ばされると、野次馬を巻き込みながら空へと舞い上がった。

 大勢の叫び声がこだまする。

 悪い事をしているようで少し罪悪感があるが仕方がない。

 この状況を変えるには雑な方法だがこれしかない。


 ごめんね。


 空へと舞い上げた学生達の中にガーディアンが混ざっていないことを祈りながら行く末を見守っていると、一定の場所まで辿り着いた人達に変化が訪れた。


「はぁ!?き、消えた!?」


 シルバーの言うように、世界の範囲外に到達した人達から順番にどんどん消えていっているのが見えた。


 よかった。間違ってなかった。


 わたしは全員が無事に消えるまで空を見上げていた。

 最後にシルバーの仲間達が空へと消えていくと、風は止み、先程までとは一変し世界には静けさが訪れた。


 バリアを解くと、植え込みにいた2人がこちらへと駆けて来た。

 シルバーもゆっくりと体勢を変えてその場に座り込む。

 純白の男子生徒は、変わらずその場でわたしを睨み続けていた。


 早く元の世界に帰らないと。

 その為にはまずこの世界を作ったHDFの少年が誰なのかハッキリさせないといけない。


 体勢を変えたばかりのシルバーに確認しようと視線を向けるとわたしを凝視していた為、驚きからたじろいでしまった。


 そんなわたしに対し怪訝そうな様子でシルバーが口を開いた。


「⋯⋯なんで魔法とかレガロ使えてんだ?お前もビット側か?」

「⋯⋯ビット側?」


 何の話だろう。それに、魔法やレガロが使えることの何がおかしいのだろうか。

 この人、ガーディアンじゃないのかな?


 どう答えたら良いか分からずシルバーと見つめあったまま固まっていると、その状況を変えるように、こちらへ到着したばかりの女性教諭が間に入ってくれた。


「グレイ、落ち着きなさい。この子は私達を助けてくれたのよ。もしビット側なら、わざわざビットの邪魔をするような事はしないでしょう?それに、始めにビット達と会った時、この子はいなかったわ。」

「じゃあ、こいつ誰?」


 ビシッとわたしを指さすシルバー。いや、シルバーじゃなくてグレイだっけ?

 とにかく、グレイの反応は正しい。

 普通なら見ず知らずの相手に指をさすのは失礼な話だが、そもそも囚われている最中に挨拶もせずに突然現れた人がいたら、味方かどうかも分からないのだから誰でも疑うしそのような反応になる。


 まずは挨拶しないと。


「あのさ⋯⋯。」


 なんて言えばいいか考えようとした矢先、わたしよりも先に女性教諭の後ろに立つ男子生徒が口を開いた。


 わたしを凝視していたグレイも、女性教諭もそちらを振り向いた。

 男子生徒の視線の先には純白の男子生徒がいた。


「あの子は⋯⋯誰?」


 そう言われた2人はハッとしたようにそちらへと視線を向けると動きを止めた。


 あれ⋯⋯?


「⋯⋯あの子、知り合いじゃないの?」


 考えていた挨拶の言葉もすっかり忘れ、先に出たのはこの言葉だった。


「いや、知らねー。」

「何で私達の知り合いだと思ったの?」


 視線を戻すことなく答える2人。


 何で⋯⋯か⋯⋯


「わたしがゴールドを吹き飛ばした時、わたしの方を見たのが貴方達3人とあの子だったから。事情を知ってる人なんだと思って⋯⋯。」

「そう。やっぱり貴方がマヒトを飛ばしてくれたのね。ありがとう。何となく貴方が私達の味方だって事は分かったわ。」


 女性教諭の言葉に頷くグレイと男子生徒。

 女性教諭は続けて言った。


「いろいろ聞きたいことはあるけど、あの見ず知らずの子の事を考えるとそれどころじゃないわね。あの子が誰なのか判明させる方が先。ただ、答えは1つしかないわね。」

「⋯⋯?」

「マジかよ!あいつが誰か分かんのか!?」

「そうね。貴方の知り合いでも私達の知り合いでもないとするなら、きっとあの子はこの世界を作った者⋯⋯ビットじゃないかしら?」

「え!?」


 信じられないといった様子のグレイと、何となく察していた表情を浮かべる男子生徒。


「ビットって⋯⋯うさぎの?」

「あら、よく知ってるのね。」

「何となくだけど。以前から調査してたから。」

「ここを調査するって事は本当に私達の仲間のようね。安心したわ。」


 初めてわたしに対して微笑む女性教諭。


 よかった。優しそうな人だ。


 そんなわたし達の会話を、1点を⋯⋯わたしの事を睨み続けながら聞いているビットは、相変わらずただただそこに佇んでいる。


「⋯⋯何もしてこねーのな。」

「そうね。だからといって油断しちゃいけないわ。」

「でも、なんで何もしてこないんだろう。」

「本当だよな!おい!早くこっから出せよ!」

「ちょっと!刺激しちゃダメよ!何されるか分からないわ!」

「俺達ここじゃレガロ使えないし、何かされても対処出来ないよ。」

「あー!!そうだった!」

「⋯⋯ねぇ、それどういうこと?」


 さっきもグレイが言ってた「レガロが使えない」という話。詳しく聞いてみると、ここに来る前、劇場でビットが話していた注意事項にレガロが使えないという項目があったようだ。


 なるほど。だからわたしが魔法やレガロを使っている事に疑問を抱いていたのか。

 でも確かになんでだろう。どうしてわたしはレガロが使えるのだろう。


 この間も全く動きを見せないビット。

 何もしてこないというのも気味が悪い。


「ていうか、いつまでそうやってんだよ⋯⋯もう他の演者もいねーし早く帰らせろよ⋯⋯。」

「ここでゆっくりしている訳にもいかないわ。」

「みんなの様子も気になるよね。」


 女性教諭の言う通りゆっくりしていられない。ここに留まる訳にもいかない。

 わたしの事を睨むビットの目をしっかり見つめ返し、ビットに聞こえるであろう声量で問いかけた。


「ねぇ。貴方⋯⋯まだ脇役(コロス)になってるつもり?」


 ビットの眉がピクっと動いた。


「貴方が本当にビットなら、わたし達にとって貴方は脇役(コロス)じゃない。それは貴方も分かりきってる事⋯⋯なんじゃないの?」


 唇を噛んだビットは、ワナワナと肩を震わせながらか細い声を発した。


「なんで⋯⋯いるんだよ⋯⋯。」

「あ?何だ?」

「なんでホワリがいるんだよ!!!」


 グレイが聞き返すと、驚く程大きな声で叫んだ。

 わたし達は突然の怒号に言葉を失った。


「おかしいよ!!さっきはいなかったじゃんか!」


 怒りながらもわたし達の方へズカズカと歩いてくる。

 3人は素早く身構えた。行動からもガーディアンで間違いなさそうだ。

 わたしはいつでも魔法で対応出来るように杖をビットへ向けた。


 しかしビットはわたし達に攻撃をする訳ではなく、一定の距離を保ち立ち止まると怒りをぶちまけた。


「アリシャはお前のことなんて招待してない!!ましてや僕の世界にいるなんて!!何したの!?」


 ビットの目は微かに潤んでいるように見える。


「病院の外にカードが落ちてた。だから解除魔法を使ってこの世界に来た。貴方の劇場も同じ。」


 淡々とどうやって来たかだけを説明したわたしを見て何を感じたのか、キッと睨んだ目からは涙がこぼれた。


「ふざけないでよ⋯⋯僕達の世界を壊さないでよ⋯⋯僕の世界で⋯⋯勝手なことしないでよ!!!」

「うぉっ!!」

「ビックリした⋯⋯。」

「⋯⋯戻ってきたわね。」


 両拳をギュッと握り叫ぶと同時に風景がガラッと変わり、元の劇場へと戻って来た。

 そして、舞台上に立つビットはいつの間にか不気味なうさぎの被り物を着け、漆黒の風船を握りしめていた。

 周りを見渡すと、先程の3人も元の姿に戻っているようだった。女性教諭はメデューサ、グレイはフランケン、もう1人は⋯⋯。


「君達には、こっちの方がお似合いだよ!」


 先程までの泣き叫んでいたのが嘘のように、余裕の伺える声を張り上げる。

 同時に手放された漆黒の風船は、天井に当たるとパンッと弾けた。天井からは針が出ているように見えた。

 割れた風船の中から飛び出した紙は、舞台の上へとヒラヒラと舞い落ちる。


「おめでとう。みんなの作る物語のテーマは『幽霊屋敷』だよ。怖ーい幽霊達がたくさん出てくるから楽しんでね。」

「あ!?」

「え!?」


 カードを拾い上げたビットが意気揚々とテーマを告げると、グレイと背の高い男の子が引きつった表情をして動きを止めた。

 うさぎの被り物が真っ直ぐわたしを視界に収めると、2人の様子もお構い無しに話を続ける。


「この劇場の注意事項をよく知らない人がいるみたいだから、もう一度注意事項を教えるね。①演技だからってあまり好き勝手にやり過ぎないように。②みんなが舞台で体験したことは現実の君達にも反映されるよ。③舞台上ではレガロは使えないから『十分に』気をつけてね。」

「⋯⋯何を言ってるの?」

「もうこうなったらされるがままよ。」

「?」


 今までジッとビットを見つめていたメデューサさんは、わたしと目を合わせると眉を下げながらも微笑んだ。


「次の舞台ではイレギュラーな助けなんてもうないでしょう。絶対生きましょうね。」


 イレギュラーな助け⋯⋯わたしの事だろう。

 きっと⋯⋯レガロが使えないから、死に直面するような危険が伴うということを、前の舞台で身をもって体感したんだ。


 途中参加じゃない入り方は始めてだからか、鼓動がいつもより早く鳴り響いているように感じる。


 ブー


 ブザーが鳴った。


「時間だね。それじゃあ楽しい物語が出来るのを楽しみにしてるよ。行ってらっしゃい!」


ビットが手を振りながら声高らかに叫ぶと、どこかに吸い込まれるように視界が歪んだ一一

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