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HalloweeN ✝︎ BATTLE 〜僕が夢みた150年の物語〜  作者: 善法寺雪鶴
仲間を探しに
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死の箱庭

解散した後、ビアはホワリと華紫亜(かしあ)が無事に建物に入れるか見送っていた。姿が見えなくなると、1番遠くにある「巨大迷路」へと歩みを進めた。

「なるほど⋯⋯。」


 巨大迷路の施設の前に辿り着いた俺は早速外壁の周りを1周した。

 そこで判明したことは、『この巨大迷路への入口は1つしか無い』ということだ。


「⋯⋯とりあえず入るしかないな。」


 扉を開け中に入ろうとした俺は驚愕した。

 床から天井にかけてクリアなカーテンが何重にも渡って隙間なく吊るされていたのだ。


「何だ、これ。」


 俺は目の前の少し重たいカーテンを左右に避け続け進んだ。


 2mほど進んだだろうか。

 カーテンが途切れ、部屋の中へやっと入ることが出来た。


 しかし、カーテンを抜けた途端鼻にツンっと来る物があった。


 ⋯⋯なるほど、これが毒ガスか。

 ということは、カーテンは毒ガスが外に漏れないための物か。


 俺は、このカーテンが意味を成していること、そして、この遊園地は仲間に危害が及ばない為の対策だけは万全なのだという事に気がついた。


 俺達にとっては敵だとしても、奴らにとっては仲間なのだから仲間を守るのは当たり前か。


 妙に納得しつつも部屋の中の散策を始めた。


 巨大迷路だからだろうか。通路が広い。

 不思議と分かれ道などはなく一方通行になっているようであった。

 また、通路内の電灯が薄暗く気味が悪い。

 あまりの灯りの無さに、アトラクションと言うよりはバックヤードのように感じる。


 ただ、外からの入口が1つしか無かったことを考えると、ここがバックヤードだった場合本来の巨大迷路へはどうやって入るのだろうか。


 他の道に出られないかと考え、外壁側ではなく内側の壁に沿いながら通路を進み続けていた。

 数分すると、違和感に気がつくこととなった。


「⋯⋯一周したのか?」


 目の前に薄いカーテン1枚が現れた為押し抜けると、見覚えのある扉と複数枚のカーテンが現れた。

 多分俺がここへ入ってきたあの場所だろう。

 今この薄暗い道を散策していた中で外側はもちろん内側の壁にさえ扉を見つけることは出来なかった。


 信じ難いが、これが巨大迷路なのだろうか。


 巨大迷路というアトラクション名と実際の空間の差に頭を悩ませていた時だった。


「⋯⋯っ⋯⋯し⋯⋯」

「⋯⋯なんだ?」


 微かに声が聞こえた気がした。


 俺は違和感を覚えていた内側の壁に耳を当て息を殺した。


 すると⋯⋯


「紅葉傘!」


 小さくもハッキリとした声が内側から聞こえた。


 この声は⋯⋯


椰鶴(やづる)⋯⋯。」


 これでハッキリとした。

 俺のいる場所はやはりバックヤードで間違いない。

 そして、この壁の向こう側には椰鶴達がいる。


 それと同時にもう1つ気がついたことがある。


 天井を見上げると、葉が頭上まで伸びて来ていた。

 これが、先程聞こえた椰鶴のレガロだとすると、壁と天井の間には隙間が空いているという事になる。


 内側がどうなっているのかは定かでないが、外側は一見ハリボテのように感じる程、稚拙な作りとなっているこの壁。

 触れてみると壁に分厚さを感じるが、壁に耳を当てると壁からも声が反響して拾える事を考えると、中は空洞だろう。

 これならどうにか壊せるかもしれない。


「早く椰鶴達の元へ向かわなければ⋯⋯。」


 壁を壊す手段を考えていると、壁の内側から聞いたことのない大きな声が響き渡った。


「ふんっ。やっと倒れたか。」


 女性の声だ。


「ここまで毒ガスが充満しているというのに執拗い奴らだ。しかし、ここまで残ったのは貴様らが初めてだ。褒め称えてやろう。」


 パチパチパチと拍手が響く。


 それに応えるものは無い。


 その状況と女性の言葉から分かること。

 それは、『椰鶴達が毒ガスが原因で倒れている』という事だ。


 確かこの毒ガスを吸うと、意識喪失・四肢脱力・呼吸困難等の症状が見られると言っていたな⋯⋯。


 今、壁で遮られている視界の先では何が起きているのだろうか。


 俺はとにかく情報を集めようと耳を澄ませた。


「まぁ、貴様らには我の有難い賛辞等届いておらぬだろうがな。無駄な事はここまでにするとしよう。」


 カツンカツンとヒールの音が鳴り響く。


「まさか倒れる直前にこんな対処を施すとは⋯⋯なかなかやるな、天狗よ。しかし、こんな物の有無等我が迷路には関係ない。」


 女性の言う対処とは、俺の頭上に伸びた葉の事だろう。


 何となくだが、院内を巡ってホワリと出会いここに辿り着くまでに蓄積されていた疲労感が無くなっているように感じる。

 きっとこの葉⋯⋯椰鶴のレガロによる効果なのだろう。


 しかし、実際に回復効果が得られている状態に対し、それが無駄だとはどういう事なのだろうか。


 先程まで聞こえていたヒールの音がパッタリ聞こえなくなると、今度は女性の声がハッキリと俺の耳に届いた。


「どれだけ生き延びようと、扉のないこの迷路には誰も助けに来ることが出来ない。それに、私の毒が作用してこの壁は内側からは壊せないようになっている。例え外側から壁が壊されたとしても、そいつが毒ガスにより死ぬだけだ。仲間まで巻き込むことになる。貴様らも無駄に生き延びるより、早く死ねた方が楽だったろうなぁ。」


 その見下したような、嘲笑っているような、ねっとりとした声色に背筋が冷えた。

 ここまで声だけで嫌な気持ちになったのは初めてだ。


 ただし、女性の言葉を最後まで聞いたことで判明したことがある。


 たった一つだけある入口は迷路には繋がっておらず、迷路には出口がないこと。

 そして、迷路を取り囲む壁も、外側からなら壊せるが毒の影響で内側からは壊せないこと。


 要するに、椰鶴達は完全密室状態の迷路に閉じ込められていたということだ。


 そんな壁に囲まれているのだから、どれだけ出口を探しても、出られるはずがない。壊そうとしても壊れるはずがない。


 この迷路に迷い込んだら最後。

 ただただ毒に侵される運命だということだ。


 閉じ込められて出られないだなんて、まるで、死の箱庭のようじゃないか。


「そんな可哀想な貴様らに我が助け舟を出してやろう。これで貴様らも苦しい思いをしなくて済む。」


 女性の声色が、今までと比べると少し低くなり、落ち着いたように感じる。


 何となくだが、そろそろ頃合かもしれない。そんな予感がする。


 外からはこの壁が壊れるという事、このままでも回復はしないという事が確定した。そして、俺だったら確実に中に入れることが分かった。

 3人を助けるには一刻も早く壁を壊し中へ入らなければいけないように感じるが、それ以上にタイミングも重要となる。


 女性が3人に対して何かしら手を下す前に。そして、確実に3人を巻き込まず、かつ相手の不意を打てるタイミングで攻撃を仕掛けなければ。


 俺はタイミングを誤らないようにと、壁の向こう側に対して神経を研ぎ澄ませた。


「それでは、アリシャ様のご好意に感謝を込め⋯⋯いただきm」

「ファングミサイル!」


ドカーン!!


「何事だ!?」


 俺の放った牙のように鋭い無数の刃が壁に当たり爆発した。

 外側からの爆発の衝撃に耐えられず一瞬でヒビが入り脆くなった壁は、いとも簡単に崩れ落ちた。

 瓦礫が飛び散り、爆発による煙が立ち上る。

 瞬く間に目の前は真っ白な世界になった。


 俺は煙の先にいるであろう仲間の状況を今すぐにでも把握したかったが、敵である女性がそちら側にいる以上、煙の先で奇襲をしかけられる可能性も考えられる為、拳を握りしめながらもジッと先を見つめた。


 徐々に薄くなる煙。


 先が見えるようになると、迷路内の状況把握に時間は要らなかった。


 こちらを見据えるヤギ耳にガスマスクの女性、その足元で気を失い倒れている椰鶴・ランド・吉歌(きっか)の3人。

 そして、その3人の中央で根を張り葉を伸ばす大きなモミジガサ。これは椰鶴のレガロによるものだ。


 その様子を見る限り、女性は3人に手を下そうとしていた所らしい。


 タイミング、間違ってなかったな。


 俺は瓦礫を踏み付けながら、慎重に迷路の中へ侵入した。

 迷路⋯⋯といっても、俺のいる場所から中央付近までは瓦礫が散乱しているだけで、道のようなものは見当たらなかった。


 女性はこちらに顔を向けている。どんな表情をしているのかは、ガスマスクにより判断がつかないが⋯⋯


 だからこそ、女性がいつ奇襲を仕掛けて来てもすぐに対応できるよう、女性から目線を外さずに進んだ。


 一定の距離を保ち歩みを止めると、それを待っていたかのように女性が言葉を発した。


「貴様はあの場にいなかったはずだ。なぜ部外者がここにいる。」


 あの場⋯⋯それが何を指しているのか俺には検討もつかない。ただ女性の言葉から分かるのは、俺が予想だにしていない来客だということだ。


「俺の大切な仲間達が突然いなくなったんだ。助けに来るのは当然だろ。」

「違う。そうじゃない。」


 女性は淡々とした口調で続けた。


「この世界にはアリシャ様の許可がなければ来ることが出来ない。許可の降りていない貴様が何故ここにいる。」


 アリシャ⋯⋯HDFのリーダーだろうか。

 確かに俺達はこの世界に途中参加をした。


 先程の会話から察するに、今まで途中参加をしてきた者はいなかったのだろう。

 顔の見えない女性の声色から、微量の動揺を感じとった。


「俺達の仲間に優秀な魔女がいるんだ。その子がここへ連れてきてくれたんだ。」

「優秀な魔女⋯⋯まさか⋯⋯いや、外部に出てくる事の少ない奴が⋯⋯。」


 女性は顎に手を当てると、ブツブツと何かを唱えているようだった。

 ほとんど何を言っているか聞こえないが、「まさか」という言葉だけは聞き取ることができた。

 単語から察するに唱えているのではなく、何かを考え込んでいるのかもしれない。


「まぁいい。考えても無駄だ。今我が行うべきは招かれざれし客である貴様の執行だ。喜べ。我が貴様の相手をしてやろう。」


 女性は考えることよりも、俺の排除を優先したようだ。


「俺に興味を示すとは珍しい奴もいたもんだな。貴方のような素敵な女性に相手して貰えるなんて光栄だ。」


 いつどこからレガロを出してくるか皆目見当もつかないため、いつも以上に気を張り巡らせた。


「そうか。そこまで喜んでくれるのなら、話が早い。」


 女性は完全に攻略対象を3人から俺へと変更し体ごとこちらを向くと、間髪入れずに叫んだ。


「ガスヴェレーノ!」


 滅紫色(めっしいろ)の泡がシャボン玉のようにふわふわとこちらに飛んでくる。ただ、1つや2つではない。無数の泡だ。

 シャボン玉はメルヘンなイメージがあったが、滅紫色の泡が大量に浮遊しているのを見ると、泡に対して正反対のイメージを受けた。


 泡は近づいてくるもののゆったりと浮遊しているため簡単に避けられる。

 俺は泡に触れないよう気をつけながら慎重に避けた。


 ⋯⋯が、そんなに甘くはなかった。


 ほんの少しマントが泡に触れた。

 薄い膜で覆われた泡は簡単に弾ける。

 中から滅紫色のガスが飛び散ると、弾けた泡の振動が空気を揺らし、近くの泡を弾けさせた。

 大量に浮遊していたからこそ、全ての泡が簡単に連動して弾け飛んだ。


 一瞬で部屋の中がガスで充満した。


「このガスの量⋯⋯貴様が耐えられるのもあと少しだろう。ほら、少しは足掻いて見せよ。先程の威勢はどうした。このまま息絶えたらつまらんだろう。」

「随分と余裕があるんだな。」


 既に勝利を確信しているかのような振る舞いの女性。

 元から充満している毒ガスの量と今放出された量を足したら相当な濃度になるだろう。

 それを踏まえると女性が有利であるように感じるのも分かるが⋯⋯


「これくらいのハンデで勝負を終わらせたりはしない。」


 女性の近くで倒れている3人を巻き込まないレガロを⋯⋯


「ウウェーゾ!!」


 女性の足元から手が伸び、女性の足に絡みつく。しかし、女性の対応も早かった。


「レシェンラアル!」


 女性を中心に葵色の液体が地面一帯に広がった。 液体の触れた地面から伸びる手や瓦礫の破片はジュワァと音を立て消えていった。

 一瞬で液体が広がったため、避けることが出来なかったが、俺への影響はない。また、見たところ倒れている椰鶴達への影響もなさそうだ。

 人物以外へ影響するレガロなのだろう。

 万が一人物への影響もあるものだったら、俺は3人を庇うことが出来なかった。


 影響がないことを確認し、安堵したのもつかの間、いつの間にかカプラの周りには生き物を型どった黄金の仮面が浮かんでいた。

 口の空いた蛇・カエルと、針をこちらへ向けたハチ・サソリ。


 見るからに危険なオーラを漂わせている仮面に、俺は一瞬怯んでしまった。

 それを見逃さなかった女性は、チャンスを掴んだとでも言うように高らかに叫んだ。


「ベネノローア!」


 4つの仮面から、ゴオッと煙の咆哮が放たれた。

 俺の直線上にはサソリとカエルの仮面がおり、そこから真っ直ぐ俺目掛けて放たれた為とにかく咆哮を避けた。


 ジュワッ!!!


 何かが溶けたような音が部屋に響く。

 咆哮の当たったであろう先を見ると壁には4つの穴が空いており、穴の周りには液状化した壁だったものが垂れ固まっていた。


 壁を溶かすほどの威力か。当たったら一溜りもないな。

 ⋯⋯ん?なんだ?


 足元に、壁とは異なる黒い何かが溶けた痕跡があった。

 そして、それを発見したと同時に視界に入ったものがある。


「マントが⋯⋯。」


 自分のマントの先が広範囲溶けていた。

 避けた瞬間に翻ったマントが、咆哮に掠ったようだ。


「マントだけで済むとは何と運の良い。だが、それで済むと思うな。ベネノローア!」


 仮面は俺の方へ照準を定めると咆哮を放つ。


 先程以上に慎重に避けるが、4箇所に放たれる咆哮を確実に避けきることは難しく、フワッと浮かび上がったネックレスの水晶が咆哮を掠めた。


 マズイ。溶ける。


 俺はネックレスを手に取り、水晶を確認する。

 しかしかなり丈夫に出来ているようで、周りがほんの少し溶けた程度で済み、更に今まで以上に明るく輝いているように感じた。


「余所見は禁物だろう。」


 ハッとした俺はすぐに顔を女性の方へ向けるが、先に動いていたのは女性の方だったようだ。


 突然景色が紫色に染った。


 いや、違う。

 俺が紫色のガスの充満した球体の中に入っているのだ。


「ニーヴロム。このレガロで生み出された球体の中には人体機能を低下、麻痺させ死に至らせる毒が充満している。貴様でももってあと20秒程度だろう。抵抗は毒の巡りを早める。潔く諦めた方が良い。安心しろ。貴様の死は我が看取ろう。」


 女性はそれだけを言うと、近くの瓦礫に腰をかけた。


 女性の声が篭って聞こえた。この球体はかなり分厚くできているらしい。

 壁に触れると少し冷たく、またビクともしない事も分かった。


 ⋯⋯ガラス製か。


 俺が冷静に壁の性質を確かめているからか、初めは俯いて休憩している様子を見せていた女性がこちらを凝視していた。


「貴様⋯⋯何故動ける。」

「何故って⋯⋯。」

「おかしいだろう。言ったはずだ。貴様の命も持って20秒程度だろうと。なのに、何故生きている。何故動ける。」


 立ち上がり愕然としている女性を視界の端に捉えながら、俺は自分の首に下げられたネックレスを⋯⋯いや、水晶を見た。


 この水晶は、それぞれが施設に分かれる直前にホワリが即興で作って渡してくれた物だった。

 きっと、これが俺を生かしてくれているのだろう。

 ⋯⋯流石「マジック」のガーディアンだ。


「あぁ、すまない。伝えるのを忘れていた。」


 俺は立ち尽くす女性に視線を戻すと、水晶を見せつけつつわざと挑発をするように笑ってみせた。


「俺に毒は効かないようだ。」

「一一っ!?」


 イラついた様子を見せる女性。


 やっぱりそうだったか。


 俺はその女性の姿に確信を得た。

 大抵自分が優位に立っていると思っている者は、弱者だと認識している者から挑発をされると苛立ちを覚え手を挙げようとする。

 これを現状に置き換えるならば弱者は俺となる。


 今まで自分の勝利を確信していたであろう女性に対して俺は挑発をした。

 女性は確実に俺を潰そうとするだろう。

 俺はそう踏んでいた。

 しかし、女性は苛立ちを隠せずにいるものの、一切こちらに手を出そうとしない。


 そこから導き出されることは1つ。

 この球体が発現している間は、女性は俺に手出しすることが出来ないということ。

 要するに、レガロを同時に発動させることは出来ないようだ。


 それならば焦る必要はないな。

 まずは冷静に、このガラスの球体から脱出する事だけを考えよう。

 そうだな⋯⋯これが本当にガラスで出来ているのなら、爆破させた勢いでガラスを割るか、少し疵をつけた上で急激な温度変化を与えれば割れるかもしれない。

 しかし、温度変化のレガロは生憎持ち合わせていない。


 自分が出来る事を最大限に発揮するしかないな。

 物は試しだ。


 内側からの攻撃となるため、実害を被る可能性は十分に有り得る話だが、そんなこと言っている場合ではない。

 俺は一点に集中すると、そこ目掛けてファグングミサイルを放った。

 バチバチと当たりながらも爆発する音が球体の中に響く。

 体の前に翻らせた所々穴が開き丈の短くなったマントでも何とか防衛は出来ていたようで、怪我を負う事はなかった。

 

 全て爆発したのを確認すると俺はマントを顔の前から避けた。

 球体に疵は付いたが、割れるにはまだ程遠い。


 その様子をただただ眺めていることしか出来ない女性は、先程の位置から微動だにせずにこちらを見ていた。


 このままファングミサイルで疵をつけ続けていればいずれ割れるだろうが、それまでにはかなりの時間を要するだろう。

 それでは椰鶴達が危険だ。


 時間が無いのであれば仕方がない。


 俺は即座に作戦を変更し実行に移すことにした。


「パレーロップ。」


 俺の周りに薄く透明なバリアが張られる。


「貴様⋯⋯何故⋯⋯。」


 驚愕した様子の女性。

 俺は意識を球体へと集中させた。

 自分の出来る範囲で全力で⋯⋯


「フレイム。」


 全ての力を注ぐべく一点に集中したからか、球体を包み込んだ炎は過去一と言える程の勢いで燃え上がっていた。


 分厚いガラスに加え自分の周りをバリアで覆っているにも関わらず、焼け付くような暑さを感じた。

 事前にバリアを出して正解だった。バリアが無かったら、熱された球体に触れた部位が火傷を負ってしまったかもしれない。

 熱を帯びた球体とバリアを越えて感じる熱に、額にはじんわりと汗が滲んだ。


 そろそろだろう。


 再度、球体に意識を集中させた。


「アクア。」


 先程まで渦巻いていた炎は消え、水が球体を包み込んだ。

 集中すればするほど冷たさが増していく。


 額の汗もひき、寒気を感じるほどの涼しさが襲ってきた。

 同時に球体がどこからともなくピキピキと音を立て始めた。その音は主にファングミサイルによって疵が付けられた辺りから鳴っていた。

 疵をよく見るとヒビが入り始めているのが分かる。


 ここで攻撃を加えれば簡単に割れるかもしれない。

 時間をかけてしまえば割れにくくなる。脆くなってる今がチャンスだ。


 「ファングミサイル!」


 自分の真正面。ヒビが良く入っている位置に向けて放つ。

 水が消え去り、バチバチという音だけでなく、バキバキという壊れていくような音が響き始めた瞬間。


 ガシャン!!!


 ガラスがヒビを起点に細かく砕け散っていく。

 頭上のガラスは、キラキラと雨のようにキラキラと降り注いだ。

 床に落ちたガラスと割れたことで自由の身になった毒ガスだったが、どちらも無効化されたのかスウッと消えていった。


「はぁ⋯⋯はぁ⋯⋯。」


 効力を無くしたバリアが消えると、息が上がっていることに気がついた。

 普段は使わないから、レガロ以上に体力を消耗するようだ。


 俺の様子をずっと見ていた女性がやっと声を出した。


「この毒の解毒薬は世界で数人しか扱えないはず。対処魔法だってそうだ。何故毒の中で生きているのだ。何故吸血鬼である貴様が使えるのだ。」


 俺が毒の中で生きている事に違和感を覚えていたであろう女性の言葉には納得がいった。

 そしてその質問は予想がついていた。

 俺の答えはもうこの迷路に侵入した時点で準備されていた。


「俺の仲間に優秀な魔女がいる。その子はこの世界の事をよく知っていた。そして対処法も知っている。だからこそ毒を無効化する魔法を預けてくれたんだ。」


 十字架のネックレスにつけた小さな水晶が後押しするよつに紫に輝気を放つ。


「やはりホワリの事か。奴が貴様らの仲間だなんて⋯⋯厄介だ。」


 苦虫を噛み潰したような顔をしているのだろうと分かる声色。ホワリの存在は女性達にとってかなり迷惑らしい。


「ただ、貴様の言葉で確信したことがある。貴様のその魔法を、我が解けば良い話だ。」


 手を広げる女性の周りにあの黄金の仮面が現れた。


 なるほど。この水晶を割るつもりか。

 それは敵ながら賢明な判断だな。


 先程仮面に攻撃を受けた際に判明したことがあった。

 それは、ホワリのくれたこの水晶は自分の体内に入る毒の無効化は可能だが、毒の咆哮にだけは対応しきれていないという事だ。


 きっとそれを分かっていて女性は仮面を出したのだろう。

 俺は絶対にこの咆哮に当たる訳にはいかない。

 だが、「パレーロップ」はかなりの体力を必要とするため今使用することは出来ない。


 出来る限り自力で避けながらも、隙をついて攻撃を仕掛けるしかないな。


「ベネノローア!」


 女性の言葉を合図に4つの仮面が咆哮を放ち出した。

 咆哮から目を離さぬよう注意しつつ、タイミングを合わせて避け続けた。

 女性は無言でただただこちらを狙ってくる。


 しかし咆哮を注視してひたすら避け続けていたことが功を奏したのか、仮面と咆哮のある欠点に2つ気がついた。


 1つ目は、4つの仮面は女性を中心にそれぞれ定位置が確定しており自由に動くことが出来ないという事。そして2つ目は、女性の直線上にいれば安全だという事だった。

 女性の動きに合わせて仮面は左右に動くものの、それぞれが異なる方向に動くことは不可能。

 従って、仮面同士の距離感や女性の動きが分かれば避けるのは容易かった。


 避ける事に慣れ、思考を他の事柄に使えるようになった為、俺は隙をつくことに集中していた。

 今、安全な位置を続けて捉える事が出来ている。そうなると思考を巡らせている場合ではない。

 即実行だ。


 俺は女性目掛けて走り出した。


「なっ!?!?」


 この駆け出しは予想していなかったのだろう。

 女性がたじろぐと、仮面の放つ咆哮の勢いもほんの少しだが弱まった。


 俺はそれを見逃さなかった。

 多少距離はあったが仕方がない。

 掴んでいたマントの切れ端を女性に向けて投げた。


「一一!?何事だ!?」


 勢いよく飛んでいった切れ端が女性の近くで開くと、中に入っていた細かな瓦礫が飛び散った。

 

「くっ⋯⋯。疵が⋯⋯。」


 俺は攻撃を避けている最中に、ちぎれた少し大きめのマントの切れ端を拾うと、咆哮により壊れた瓦礫をマントで拾い集めていた。

 地面に着く前に集めた物のため、粉塵のみとは行かず、多少なりとも細かな瓦礫が混ざっていた。

それが女性の身につけているガスマスクの視界を傷つけたのだろう。


 女性はこちらを見ようとマスクを擦った。


「よそ見してていいのか?」

「どこだ!!」

「そっちじゃない。」


 キョロキョロと辺りを見渡す女性。

 背後に回っていた俺は、女性が振り返る前に耳元で囁いた。


「カリブテナ。」


 赤い模様の入った漆黒の棺が現れると、女性は吸い寄せられるように棺の中に閉じ込められた。


「貴様っ!何をした!ここから出せ!ここから⋯⋯だせ⋯⋯。」


 初めは叫びながらドンドンと中から棺を叩いていた女性だったが、徐々に棺に体力を奪われる為声が小さくなっていった。

 完全に声が聞こえなくなると同時に開く棺と中から崩れ落ちた女性。気を失っているようだ。


 当分女性が起き上がることは無いだろう。

 さて、次は⋯⋯


 俺は倒れている3人に目を移した。


 俺達はここに来る前、ホワリに指示を出されていた一一




「待ち合わせ場所はここでいいか?」

「⋯⋯うん。」

「そうですね。だだ、皆様を救うのに成功した時、もし全員が危機的状況に陥っていた場合は皆様をここへお連れするのに助っ人が必要になる可能性がございます。」

「⋯⋯回復できるレガロか、状態を維持できるレガロ⋯⋯使える?」

「回復は可能です。しかし怪我が酷い場合は時間が足りないかもしれません。」

「そう⋯⋯ビアは?」

「怪我等も悪化せずそのまま眠らせるレガロがある。ただ、悪化しない代わりに回復等も出来ない。」

「⋯⋯それじゃあ、レガロを使って仲間をわたしの所まで連れて来ることは⋯⋯?」

「難しいですね。申し訳ございません。」

「俺も⋯⋯全員となると連れてくるのは厳しい。」

「⋯⋯分かった。それじゃあ、全員が無事ならここに戻ってくる。それが難しければ、わたしがみんなの所に迎えに行くから⋯⋯その場で待ってもらってもいい?」

「承知致しました。」

「分かった。」


 


 一一「ララ・サラマ。」


 紅葉傘によって毒が中和された状態の気を失っている3人を棺に閉じ込めた。

 この漆黒の棺の中に入ると強制的に眠りに落ちる。そして、体力や怪我等を悪化させること無く現状を保つことが出来る。


 回復ができない俺に出来ることは、これで延命することだった。


 ホワリ、華紫亜⋯⋯どうか無事でいてくれ。


 棺を担いでの移動は出来ないため、ここでただひたすら2人の無事を祈り続けた。

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