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HalloweeN ✝︎ BATTLE 〜僕が夢みた150年の物語〜  作者: 善法寺雪鶴
仲間を探しに
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蝕む毒

「そっちはダメだ。」

「分かったにゃ!」


 現在唯一匂いを感じとれているランドが指示を出し、それに従いながらも出口に向けて迷路を攻略していく吉歌(きっか)


 このまま行けば出口に辿り着くのも間もなくだろう。

 景色が変わらず精神的にも参りそうな状況だった為、解放されるのは有難い。


 だが、そう思ってからが長かった。

 一向に出口に辿り着く気配がないのだ。


 絶対におかしい。

 ちゃんと正解の道を進んでいるはずなのに、出口が現れない。


 俺はその違和感から壁を見渡した。


 俺には、迷路を攻略していく中で気がついていた事があった。

 代わり映えのない景色の中、唯一各壁で位置の違うものがある。

 それが毒ガスが出ているであろう排気口だった。


 俺は排気口の位置を記憶していた。


 だからこそ、壁を見渡した事でその違和感の正体に気がつくことが出来た。


「なぁ。」

「どうした、椰鶴(やづる)。」

「気の所為だったら悪いけど⋯⋯。」


 俺の顔をじっと見る2人に静かに告げた。


「俺達、部屋の中回ってるだけじゃねーか?」

「⋯⋯え?」

「どういうことにゃ?」


 俺が感じた違和感の原因について説明を始めた。


「壁に排気口があるだろ。あれの位置を見てみろ。今俺達の隣にあるのが排気口が右に付いた壁。その左隣の壁が中央、その隣が左、その隣が上に付いてる。」

「確かに位置が違うな。」

「あぁ。唯一それぞれでズレた位置にあんのが気になって見てたから記憶にあんだけど⋯⋯。」


 この間も毒ガスが蔓延している事を考えると、この事実を解明しないとただのデスゲームになってしまう。


「俺達が初めにいた場所から目の前に見えたのは、排気口が上に付いた壁だった。でも今は背後にある。目の前は排気口が中央に付いた壁だ。」

「それって⋯⋯元の場所に戻ってるってことにゃ?」

「あぁ。」

「それだったら、スタート側に出口があるって事なんじゃねーか?」


 確かにそうとも取れる。

 ただ、数分前に『気の所為だったら⋯⋯』と言ったが、確信を付くであろう材料となる物がもう1つあった。


「この壁。」


 俺が右隣の壁に触れると、2人は視線を壁に移した。


「傷があるにゃ。」

「そう。これは、さっき俺が付けた傷だ。」

「さっきって⋯⋯まさか⋯⋯。」


 ランドはその意味に気がついたようだ。


 俺は首を縦に振った。


「ランド、お前の考えは間違ってない。さっき通過した時に付けた傷がここにあるってことは、ここの道は一度通ってるって事だ。」


 それを聞き、意味を理解した吉歌の顔が青ざめた。


「グルグル回ってるって、ことにゃ⋯⋯?」

「だろうな。」

「そ、そんにゃ⋯⋯それじゃ、出口なんて最初からないってことにゃ!?」


 口を塞ぎながらも、声を張り上げる吉歌。


 毒ガスが蔓延しており、出口が無いとなったら答えは1つだ。

 信じたくない気持ちも分かる。


 だが⋯⋯


「そういう事だろ。」


 そんな俺の言葉を聞き、今にも泣き出しそうな吉歌。

 しかし、ランドは違った。


「椰鶴が気づいてくれたようにグルグル回ってんなら、この道から出られる出口はない。ただ、この道の外なら出口がある可能性はある。」

「⋯⋯それって?」


 俺の疑問と吉歌の表情に答えるようにランドは壁の先を見据えた。


「この道に繋がってない場所に出口が隠されてるかもしれねー。行き止まりとかに隠し扉があるのかもな。」


 それを聞いた吉歌は希望を見つけたかのように、先程より明るい表情になった。


 ただそれは、吉歌の気持ちを落ち着ける為の⋯⋯いや違うな。

 俺と吉歌を不安がらせない為だけの精一杯のフォローだったんだろう。


 ランドは伏し目がちになっていた。


「それなら、急いで隠し扉を探すにゃよ!」


 ランドの様子に気がつくこともなく張り切る吉歌。

 微笑んでいるものの罪悪感で満たされたような表情のランドに、俺は吉歌に聞こえない程度の声で耳打ちした。


「きっと突破口はある。」

「一一っ。⋯⋯そうだな。」


 ランドは突然の俺の言葉に一瞬目を丸くしたが、眉を下げ悲しそうな表情をしつつも小さく頷いた。


「2人共、ゆっくりしてる暇はないにゃ!行くにゃよ!」

「時間がねぇ。走るぞ。」

「そうだな。早く出口を見つけよう。」


 俺達は今まで以上に真剣に出口探しを再開した。


 だが、俺達の期待を裏切るように、簡単には出てこない出口への道。

 隠し扉とは言わずとも、何でもいいからこの状況を変えられる種が見つかってくれはしないだろうか。


 いくつもの行き止まりへ行き壁を捜索するが、この状況を打破する欠片が1つも見つかる気配がない。


 また1周してしまうのではないだろうか。


 そんな不安に駆られていた時だった。


「はぁ⋯⋯はぁ⋯⋯。」


 最後尾から小さく聞こえる荒い息遣い。

 最後尾は、匂いに敏感なランドだ。


 まさか⋯⋯


「ランド、お前⋯⋯。」


 俺が足を止め振り返ると、先を行っていた吉歌もランドの元へと引き返してきた。


「⋯⋯ランド、大丈夫にゃ?」

「だ、大丈夫だ⋯⋯。鼻と口を、覆ってれば⋯⋯何、とか⋯⋯。」


 ドサッ


「ランド!!」

「ラ、ランドにゃん!しっかりするにゃ!」


 ランドは力が抜けたかのように膝から崩れ落ちた。

 肩で呼吸をしている。限界が近いのだろう。

 しかし呼吸器を抑えたまま体勢を保てているということは、まだ間に合うということだ。


「ランド、俺を使え。」


 ランドの隣にしゃがむと、ランドの腕を自分の肩へ、自分の腕をランドの腰に回した。


「俺に全体重を預けろ。ただ、辛いとこ悪いが足だけは動かしてほしい。必ず出口まで連れて行くから。」


 俺の行動を見ていた吉歌は何かを決断したかのように頷くと、自分の呼吸器を塞いでいた手を除け壁に向き直り叫んだ。


「一か八かにゃ!!ターロンキャット!」

 

 吉歌の両手に鉤爪が現れたと思うと、吉歌は通路の壁を勢いよく壊し始めた。


 崩れ落ちる壁。


 迷路を攻略せずとも出口へ向かいやすくはなった。


 しかし⋯⋯


「吉歌!それじゃ毒が」

「大丈夫にゃ!」


 吉歌は俺の言葉を遮った。


「まずは出口を見つけるにゃ!早くここから出ないとランドが危ないにゃ!ランドを助けるにはこれしかないにゃ!吉歌はまだ動けるから⋯⋯動けるうちに出来ることをしないと!だから、椰鶴はランドを支えながら自分の事も守って欲しいにゃ!道は任せるにゃよ!」


 ガッツポーズをしながら笑う。


 しかしまだ大丈夫だと言っても、毒ガスが蔓延し続けている状況に変わりはない。

 長くは持たないだろう。


「⋯⋯わかった。絶対無理はすんな。」

「うんにゃ!」


 ニッコリと笑うと、吉歌は引き続き壁を壊し始めた。


 俺はそんな吉歌の背中を見つめながら、ランドと共に後ろを着いて行くことしか出来なかった。


 毒ガスがあると分かっている中で手を除けるのは、かなりの勇気がいるはずだ。


 俺には出来なかっただろう。


 吉歌の芯の強さが「ガット」のガーディアンという立ち位置を築き上げていたんだろうな。

 

 ここから脱出すると心に決めた時の意思表示にしろ、今回の勇気ある行動にしろ、全て吉歌の本心から現れた物だろう。

 見直した所の話ではない。吉歌の事を心の底から尊敬する。


 普段の印象とガーディアンとしての印象が全く違う。

 ミオラがあれだけ「吉歌ちゃんは凄いのよ」と言っていた意味が分かった。

 人懐っこいだけでなく芯の強いガーディアンだからこその発言だったのだろう。


 俺は全てを吉歌に委ね、ひたすらに吉歌が切り開き続けている道を進んでいた。


 そして、1番端の壁まで辿り着いた俺達。

 吉歌が力を込めて鉤爪で壁を壊そうとした。

 しかし⋯⋯


「にゃっ!?壊れないにゃ!」


 吉歌が勢いに負けて跳ね返された。

 今まで簡単に壊されていた壁だったが、端の壁になった途端ビクともしなくなったのだ。

 壊そうと何度も壁を引っ掻くがうっすらと傷がつくだけで大きな変化はない。


 このままでは時間が過ぎていくだけだ。


「そこはダメだ。別の道を探すぞ。」

「そ、そうにゃね!」


 俺達は道を引き返そうと振り返った。


「っ!?」

「にゃっ!!」


 吉歌は突然の出来事に、反射的に呼吸器を手で塞いだ。


 今まで以上に感じるツンッとした異様な香り。俺達でさえここまでハッキリと毒ガスの香りを探知できるということは、かなり濃い毒ガスが充満し始めているということだろう。


「ちっ⋯⋯。」


 もう逃げ道が定まりかけている。


 急がなければ、その道にさえ辿り着けなくなってしまうだろう。


「吉歌。」

「分かってるにゃ!吉歌に任せるにゃ!大丈夫にゃ!皆助かるにゃ!」


 吉歌は再度手を呼吸器から除けると、毒ガスを嗅ぎ分け、まだ毒ガスが回りきっていない方の壁を壊し始めた。


「あまり吸い込むな。」

「そうにゃね⋯⋯気をつけるにゃ!」


 そうは言うが、吉歌は毒ガスを嗅ぎ分け続けている。

 一瞬振り返った吉歌の額にはじんわりと汗が滲んでいた。


 ⋯⋯このままじゃ、吉歌まで⋯⋯。


 嫌な予感が頭をよぎる。


 出来ることなら代わってやりたいが、俺には嗅ぎ分ける力がない。

 吉歌頼みになってしまう。

 俺に出来るのは回復程度。

 完全とは言わずとも歩けるまで回復させることが出来る。

 ただこの強さの毒ガスの中での回復じゃ、できても蔓延してる毒ガスを中和させる程度だ。完全に毒ガスを消すことも出来ない。


 回復は確実にできないだろう。


 だから、どうか⋯⋯どうかここから出られるまでもってくれ。頼む。


 しかし、そんな俺の思いも儚く散った。


「んにゃ!?」


 突然吉歌がバランスを崩し壁にもたれかかったのだ。


「大丈夫か!?」

「だ、大丈夫にゃ⋯⋯。」


 息が上がっている。


「鼻と口をふざけ!」


 軽く頷く吉歌だったが⋯⋯


「あ、れ?⋯⋯お、かしいにゃ⋯⋯動かない⋯⋯にゃ⋯⋯。」


 指先しか動かない手と、ビクともしない腕。

 目も虚ろで視線が交わることもない。


「吉歌!」


 俺が声をかけた途端、ランドと同じように膝から崩れ落ち動かない吉歌。

 また、それと同時に力がなくなりズルりと俺の肩から崩れ落ちたランド。


「おい!しっかりしろ!」


 どれだけ声をかけても揺らしても反応がない。


 俺は、どうしたらいい?


 助かる為に2人を置いて逃げるか?

 そんな事はできるわけが無いし、したくもない。


 では、2人を抱えて出口を探すか?

 いや⋯⋯和倉なら出来るだろうが、1人を支えるだけで精一杯な俺じゃ到底不可能だ。


 俺には2人を助けられる力がない。


 そもそも、吉歌が壊してくれた部屋の半分には出口が無いことは分かりきっている事だ。

 残り半分の迷路を今から攻略するには時間がかかりすぎる。

 その上、俺には2人のように壁を壊せるようなレガロがない。


 無力な俺がここを脱出するのは無理だ。


 出来る限り思考を巡らせたが、辿り着いた答えはそんな後ろ向きな物だった。


 そうか⋯⋯あれだけ2人が守ってくれ、道を切り開いてくれたのに⋯⋯俺は2人を助ける事さえ出来ないのか。


 己の無力さに絶望した。


 だが、絶望をしているだけでは何も解決しない。

 ここから出られないのであれば、少しでも時間稼ぎを⋯⋯2人の病状を悪化させないように⋯⋯。


 俺は扇を取り出すと目の前に構えた。


「紅葉傘!」


 扇から巨大なモミジガサが生え、モミジガサが扇を中心に木のように地面に根を張りながら伸び始めた。


 扇から手を離した俺は、部屋の天井いっぱいに広がったモミジガサの葉を見上げた。


 モミジガサには癒し効果と回復効果があり、このモミジガサの下にいる者はその効果を得ることができる。

 このレガロの使用中は扇が使えずレガロを放つ事が出来ないため、巨大迷路の案内人だと言っていたカプラが現れたとしてもそれに対応する術はない。


 ただ、今俺がやるべき事はカプラの存在への対抗手段を考える事ではない。

 2人を生かし、自分も死なないことだ。


 モミジガサが発現している間、レガロの効果は続く。

 従って、毒ガスに侵され続ける状況のこの部屋に居続けても、モミジガサの効果によって毒ガスが中和される為死に至ることはない。


 俺に出来る事はこれだけだ。


 あとは、『きっと誰かが異変に気がついて助けに来てくれる』と、信じるしかない。



 どうか、どうか⋯⋯意識を失ったとしても⋯⋯耐えてくれ⋯⋯。



 俺は歪む視界の中、そう祈る事しか出来なかった。

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